第30章 景信の死
悲田明院は全体が高い塀でぐるりと囲まれており、敷地内には診療所や食堂、休憩所、宿泊所など平屋の建物が幾つか並び、屋外の畑では薬草を栽培していた。開院して間もないというのに、既に大勢の人間・・・病人や怪我人や身体障碍者などが集まっていて、何よりもまずはそれに紫音は驚いた。
「どう? たくさんの人がいるでしょう?」
案内をする明子が得意気にそう言うと、紫音は小さく「ええ」と返事をした。
「みんな社会の底辺で苦しんでいるかわいそうな人たちなのよ」
「ああ、そうなんですね・・・」
白頭巾姿の紫音に好奇心を抱いた子供たちがワーッと駆け寄ってきた。みな真っ黒に日焼けして、粗末な着物を纏い、中には半裸の子供もいた。それだけでなく、顔に疱瘡痕のあばたがある子供もいたし、皮膚病で髪の毛が半分ない子供もいた。
「この子たちは戦乱や疫病で親を亡くした孤児なの。世の中にはこういう恵まれない子供がたくさんいるのよ」
孤児たちが紫音を見上げている。キラキラした瞳で物珍しそうに見上げている。その無邪気な顔を見ていたら、紫音はあばたを隠すため頭巾で顔を覆っている自分が恥ずかしくなった。紫音は意を決して頭巾を脱ぎ、人前に堂々と素顔を晒した。
「あ、きれいなお姉ちゃんだ」
孤児の一人がそう言った。紫音はその子の方を向いて「ありがとう」と微笑んだ。それを見て明子が言った。
「ここでは自分のちっぽけな悩みなんかどうでも良くなるでしょう? それくらいここへ集まっている人たちは悲惨なの。わたしは、ここにいる全員が自分の力で自立できるよう、病人や怪我人は悪いところを治療し、体の不自由な人たちには彼らにやれる仕事を斡旋し、孤児たちには読み書き算盤を教えているのよ」
「あの、資家はここで何をしているのでしょうか?」
「彼は医師の見習い。ついていらっしゃい、診療所にいるから」
紫音は明子の後について診療所の建物へ入っていった。多くの病人や怪我人が床に寝かされ、医師の治療を受けていた。その中に資家の姿もあった。資家は江戸城にいた時とは別人のようないきいきとした表情で治療にあたっていた。その姿を見て紫音は軽い衝撃を受けた。
「彼は熱心で真面目よ。いずれ素晴らしい医師になるわ」
明子がそう言うのをぼんやり聞き流しながら紫音には心に期するものがあった。
「どう、紫音さん? わたしと一緒にここで困っている人の為に働いてみない?」
そう尋ねられた紫音は躊躇なく
「母上、わたしをここで働かせてください」
と、明子に頭を下げた。
この展開に仰天したのは資長である。「城の姫君がやるような事ではなかろうが」とか「あんなところで働いたら変な病気に感染するかもしれない」と言って懸命に反対したが、紫音が一度こうと決めたら梃子でも動かぬ頑固者であることを一番よく知っているのは資長であるから、次第に語気がしぼんでゆき、最後は「俺をひとりぼっちにしないでくれ、紫音」と訳のわからない事を口走る始末だった。冷静に紫音が言った。
「そんなにわたしが心配なら、いちど見学しに来てください、父上」
もちろん資長は行った。行かぬわけがなかった。目的は見学ではない。愛する娘の奪還であり、洗脳からの解放である・・・資長はそのつもりで悲田明院へ乗り込んでいった。紫音は孤児たちの世話係を任されていた。少しもじっとしていない孤児たちの世話に奮闘する紫音の姿は美しかった。何よりも資長を感動させたのは、紫音が堂々と人前で素顔を晒して働いていることだった。資長の目から自然と涙が溢れ出た。
(これで良かったんだ・・・これで・・・)
資長はその場に泣き崩れた。いつの間にか横に来ていた明子が資長にこう言った。
「親は子供をもっと信用してあげなくちゃね、旦那さま」
資長は泣きながら「うん、うん」と何度も頷いた。
さて、古河公方・足利成氏が下総へ逃げた後、関東は平穏な状態が続いていたが、成氏がそのままおめおめと引き下がるはずが無く、翌文明四(1472)年二月、千葉孝胤や結城氏広らの軍勢と共に怒涛の反撃を開始し、たちまち古河城を奪い返した。
「古河城が再び成氏に奪われただと?」
知らせを受けた資長は絶句した。
(・・・ったく、何をやってんだ、五十子陣の連中は。やはりあの時、俺や景春が主張した通り、一気に成氏を攻め滅ぼすべきだった。そうしていれば、このいくさはとうに終わっていたはずなのに。これでまた一から出直しじゃねえか)
再び上杉勢と成氏勢による泥沼の戦闘が再開された。その最中の文明五(1473)年六月、かねてから病臥していた山内上杉家の家宰・長尾景信が死去した。
あらかじめ覚悟していた事とはいえ、息子の景春は悲しみに沈んだ。しかし、大いなる使命を有する景春に悲しんでいる暇など無かった。祖父の景仲、父の景信に続き、両上杉家を率いて古河公方・足利成氏と対決できるのは自分しかいない、それが俺に課せられた使命だ、景春はそう信じて疑わなかったのである。衆人の見るところも大方そうだった。それゆえ、当然のように自分が次の山内上杉家の家宰に選ばれるものと景春は考えていた。ところが、実際に任命されたのは、総社長尾家を継いだ叔父の長尾忠景だった。すぐさま景春は山内上杉家の当主で関東管領の上杉顕定に、
「わたしの能力では家宰職は務まらないとお考えなのですか?」
と不満をぶつけた。
「そうではないよ」と、十九歳ながら分別を備えている顕定は、景春の憤慨ぶりに些か閉口しながらも、事を荒立てぬようなるべく穏やかな口調で諄々と説明した。「君の能力については誰よりもわたしが評価している」
「それなら、なぜ?」
「聞くところによると、我が家の家宰職は、君の白井長尾家と忠景の総社長尾家が交互に務めてきたそうじゃないか」
「確かにそうですけど、しかし・・・」
「わかってる。君の言いたいことはわかってる」と、顕定は景春を制した。「君の祖父と父が二代続けて家宰職に就いたと言いたいのであろう?」
「はい」
「しかしながら、前家宰の景信は忠景の実の兄だった。いくら古くから続くしきたりとはいえ、弟が兄の上位に立つのは長幼の序という点からよろしくない。それで前回は例外的措置となったのだ」
「しかし・・・」
「この度は古くからのしきたりという点からも、長幼の序という点からも、忠景が家宰職に就くべきであると判断した。だって君は忠景の甥なのだろう? たとえ私が君を家宰にすると言っても、それを固辞して叔父の忠景に家宰職を譲ると主張するのが、ほんらい君のあるべき姿ではないのか?」
「しかし、お館さま、今は戦時なのですよ。平時なら叔父上が家宰になることに何の異議も唱えませんが、いくさの真っ只中にある現在、叔父上に家宰職が務まりましょうか?」
「忠景が今この時期に家宰職に就くのは荷が重すぎると言えば、すぐさま君を指名したさ。しかし、忠景はわたくしにお任せあれと自信満々だった。これでは選ばないわけにはいかぬではないか」
「何がわたくしにお任せあれだ。嘘つき野郎め」
「なぁ、景春、何をそんなに焦っているのだ? 君はまだ若い。忠景はもう年だ。忠景なんかすぐにおっ死ぬかもしれないじゃないか。そうなったら次は君の番だ。だから、この場はおとなしくしていた方が利口なのではないかな? わたしはそう思うぞ」
顕定はこのように説得したが景春は納得せず、五十子陣から立ち去って白井長尾家の本拠地である白井城に引き籠ってしまった。江戸にいる資長は事の仔細を聞き、景春の気持ちもわかるが、ここは顕定の言に分があると思った。
(景春め、管領の言う通り、しばらく我慢していれば自然と家宰職が転がり込んでくるのだから、今は自重しておとなしく決定に従っていれば良いものを、ガキみたいにへそを曲げやがって。本当に困った奴だ)
だが、このままでは上杉勢が分裂しかねない。資長は五十子陣へ赴いて仲裁を試みた。
山内上杉家の家宰には莫大な権益が伴っており、家宰職でなくなるとそれまで得ていた収入源をごっそり失い、白井長尾家の為に働いてきた家来や国衆たちに利益を分配することができなくなる。そこで家宰職は総社長尾家の忠景に譲るが、その代わり忠景が現に有している武蔵守護代の地位を白井長尾家の景春に譲る。そうすれば白井長尾家の家来や国衆たちも収入を確保できるので、景春も納得するだろう・・・というのが資長の和解案だった。
ところが、この和解案は顕定と忠景の両者からあっさりと拒否された。拒否する最大の理由は「長尾家の問題に部外者である太田家の人間が偉そうに首を突っ込んで来るな」というものだった。また顕定からみると、関東管領の自分が理を尽くして説明してやったのに、それに従わぬ景春は不忠の極みであるし、そんな景春を優遇する和解案を提示した資長には、反逆の下心があると疑われても仕方がないという結論になる。いずれにせよ、両上杉家のため良かれと思ってした仲裁行為が、山内上杉家と長尾家に資長に対する大きな不信感を植え付ける結果になったのである。




