第24章 謁見
「さて、わしの話は、もうこれくらいで良かろう」と、乞食坊主は言った。「次はおぬしの話を聞かせてもらう番じゃな」
「俺には話すような事なんか何も無いよ」
そう言って資長は尻込みしたが、乞食坊主は離さそうとしなかった。
「沙羅さんとか言ったかのぉ? なぜ亡くなった奥さんの過去を知りたいのじゃ?」
「そりゃあ・・・俺は沙羅を心から愛していたからね。愛した妻のことをもっと良く知りたいと思うのは自然な感情だろう?」
「確かに自然な感情じゃ。しかし、さっき路上で初めて会った時、おぬしの表情からは、それ以外の感情が読み取れた。すなわち贖罪の感情が。わしはそれが気になるのじゃ」
「ああ、そういう事か・・・」資長は頷いた。「実は亡くなる何年も前から沙羅は心を病んでいたんだ、最愛の父親を亡くしたのがきっかけで」
「その父親というのが、紅衣・・・」
「紅衣長頼だ。主君と共に暗殺された」
「暗殺とは物騒な話じゃのぉ」
「京からやって来た紅衣親子は関東の片田舎でひっそり暮らしていたんだ。ところが、たまたま俺と知り合い、俺が沙羅を嫁にし、長頼どのに職を世話したものだから、有能な長頼どのはすぐに主君の側近になり、そのせいで権力争いに巻き込まれて殺された。そう考えると、ぜんぶ俺のせいに思えてくるんだ。最初から俺と知り合わなければ、こんな事にならなかったんじゃないか、とね」
「奥さんは、それでおぬしを恨んでおったのか?」
「まさか。沙羅は俺のせいじゃない。長頼どのは良い職場を得て喜んでいた。主君と共に死ねて本望だろう、そう言ってくれたさ」
「それならおぬしが贖罪の念に駆られる必要は無かろうに」
「沙羅は長いあいだ病気だったから・・・看病するこちらもたいへんで・・・精神的に辛くて・・・」資長の表情が苦し気に歪んだ。「それで沙羅が亡くなった時、俺は悲しみの感情と同じくらい安堵の感情を抱いたんだ・・・つまりホッとしたんだよ・・・それが俺は許せないんだ・・・つらいんだ」
「誰しも普通はそうなるのではないか? それが自然なのではないか? おぬしは少し潔癖すぎるようじゃの」
「沙羅への俺の愛情が嘘だったのではないかと不安になるんだよ」
「つまり自分に自信が持てなくなるというわけじゃな?」
「父親に一度この話をしたら、とにかく仕事をしろ、余計な事を考えるヒマが無くなるくらい仕事に打ち込め、そう言われたけど・・・」
「的確な助言じゃ。お父上は正しい」
「ああ、父上はいつも俺に正しい事を言ってくれた。それなのに、生意気盛りだった若い頃の俺は、そんな父上に向かって、随分と無礼な暴言を吐いたものだ。父上もさぞ心が傷ついたことだろう。今、それを思い返すと、たまらなくつらくなる」
「何かというと、そうやっておぬしは、自分をウジウジと責め立てるけど、それで何か良い事があるのか? 問題が解決するのか?」
乞食坊主がそう言うと、資長は「さぁ、どうだろうね?」と顔を伏せた。
「ウジウジと自分を責めて、それで問題が解決するのなら、正解が導き出されるのなら、大いに自分を責めるべきじゃけど、おそらく一生責め続けても何も出てこんよ」
「そうかもな」
「お父上はまだご存命なのじゃろう? それなら、これから思いっきり親孝行して、お父上を喜ばせてあげれば良いし、亡くなった奥さんに対しては、今さら何もしてあげられないけど、せめて供養だけは欠かさずにしながら、他方ではおぬし自身が幸せになる道を歩むことが大切なのではないかな?」
「俺の幸せ? 」資長は顔を上げた。「何だ、それは?」
「再婚するとか、こういう店で女遊びするとか、色々あるじゃろう?」
「今のところ、そういう気にはなれないな」
「再婚したり、女遊びをしたりすれば、亡くなった奥さんが悲しむと思うのか?」
「そうは思わないけど、今はまだその気にならないんだ」
「それならしょうがない。その気になるのを待つしかないな。ところで、今日はこれからどうするつもりじゃ?」
「帰る」そう言って資長は立ちあがった。「悪いが、後は坊さん一人で楽しんでくれ。さっき放り投げた財布の銭はぜんぶ使って構わないから」
「そうかい。それならお言葉に甘えてそうさせて貰おうかのぉ」
「坊さん、あんたと話せて今夜は楽しかったよ。あんたは不思議な人だ。さすが都には面白い人物がいるものだな」
資長はそのまま真っすぐ宿舎に戻った。乞食坊主は馴染みの遊女を部屋に呼び、陽気に楽しく酒盛りの続きを始めた。
翌日、将軍・足利義政からお呼びが掛かったので、すぐさま資長は花の御所に参内した。
義政との対面に関しては有名なエピソードが伝わっている。それによると、この時期、義政は一匹の猿を飼っていた。とても獰猛な猿で、大名などが参内すると必ず飛びかかり、噛んだり引っ掻いたりしていた。そして、猿に襲われ、悲鳴を上げながら逃げ回る大名の姿を眺めて、義政はいつも笑い転げていた。この話を予め聞いていた資長は、猿師に多額の金銭を渡して将軍の猿を一晩借り受け、噛みつこうとする度に棒でしたたかに打ちすえておいた。それゆえ、資長が参内した時、猿はいつものように飛びかかろうとしたが、相手が資長であるとわかるや怯えて縮こまってしまった。それを見た義政は、あのやんちゃ猿が資長の威厳に怯えたと勘違いし、田舎武者とバカにしていた資長に一目を置くようになった・・・というのだが、これでは私の小説の主人公が動物を虐待していたということになるし、そもそも将軍が大切にしているペットをこっそり借り受ける事など不可能に近いので、本作ではこのエピソードを採用しないし、こんな事実は無かったと思う。
資長は義政に拝謁した。この時、義政は二十九歳。初めて会った義政について、体型は中肉中背、色白、神経質で我儘で優柔不断な性格が顔に出ている。そのくせ常人には無い何かを隠し持っている雰囲気がある。なかなか複雑な御仁らしい・・・というのが資長の抱いた印象だった。
義政は古河公方討伐が遅々として進まない事、両上杉家が堀越公方に対して非協力的な事をヒステリックに叱責したが、資長はのらりくらりとかわしながらひたすら幕府からの援軍が必要だと訴えた。いくら叱責してもするりとかわされるばかりで手応えが無いので、叱り疲れた義政は忌々しげな目で資長を眺めながらこう言った。
「聞いた話によると、そなたは和歌を嗜むそうだな。それなら、そなたのいる江戸城がどんな場所か、和歌で俺に伝えてみよ」
この突然の無茶振りに対して、資長は些かも動揺する素振りを見せること無く、少し考えてから朗々とこう吟じた。
「わが庵は、松原つづき、海近く、富士の高嶺を、軒端にぞ見る」
「おお、見事だ」義政は目を見開いて絶賛した。「目の前にありありと江戸城の風景が広がるようだったぞ」
義政自身が芸術家であるので、資長が芸術家としての資質を持ち合わせているとわかるや、たちまち親近感を覚え、俄かに機嫌が良くなった。その後、義政は資長とにこやかに談笑し、最後は援軍の派遣を約束した。
この和歌の評判が宮中に伝わり、資長は後土御門天皇に拝謁できることになった。資長が現れるや、興味津々の後土御門天皇は、さっそく「武蔵野は、どんなところじゃ? 和歌で答えてみよ」と尋ねた。資長は嫌な顔ひとつせず、さらりとこう答えた。
「露おかぬ、かたもありけり、夕立の、空より広き、武蔵野の原」
即座に見事な和歌で返答した資長を後土御門天皇は絶賛し、資長の名声は朝廷内にも広がった。
資長は管領の畠山政長のところへも挨拶に伺おうとしたが、従兄の畠山義就と何やら揉めて忙しいらしく、面会は叶わなかった。その代わり、幕府内一の実力者であり、関東の争乱においては常に上杉側に味方してくれている前管領・細川勝元と会えることになった。
石庭で有名な龍安寺は、もともと勝元の屋敷内にあった。その広大な屋敷で資長は勝元に面会した。この時、勝元は三十五歳。資長より一歳年上である。自信に満ち溢れた切れ者の貴公子という印象を資長は抱いた。
「どうか今後も両上杉家にお力をお貸しください」
資長が床に額を擦り付けてそう頼むと、勝元は鷹揚に笑いながら「まぁまぁ、顔をお上げください」と言った。「もちろん、私は最初から上杉を支持しています。鎌倉公方の横暴を諫めつつ、関東を平和に治めることが出来るのは、上杉しかいないと思っております」
「ありがとうございます。我が太田家も、扇谷上杉家の家臣として関東の安寧実現に力を尽くす所存です」
「ぜひお願いしますよ。ところで」と、勝元は話題を変えた。「先日は御所さまの前で見事な和歌を披露なされたとか。それに天子さまの前でも。世間ではたいへんな評判になっていますよ」
「恐縮です」
「関東武士は無骨者ばかりだと思っていたら、こんなに繊細で情感豊かな和歌を詠める武者がいると知って、みな一様に驚いています」
「わたしなんぞはまだまだひよっこの類いでして・・・」
「関東武者は皆あなたのように和歌や芸術に造詣が深いのですか?」
「いいえ、そんなことはありません。わたしと父くらいです、和歌に詳しいのは。わたしら親子は、たぶん変わっているのでしょうね」
「つまりあなたは関東一の変わり者というわけですね?」
「恐れながらそうかもしれません」
「実はこの都にも、あなたに負けないくらいの変わり者がいるのですよ。せっかくの機会ですから、その者に会わせてあげましょう」
そう言って勝元が合図をすると、横の襖がスルスルと開いた。




