五話 すいません、帰ってくれませんか? / 六話 エピローグ
五、すいません、帰ってくれませんか?
金髪で、日に当たったこともなさそうな色白の肌。
可愛らしい少女だが、キラキラとした真っ赤なドレスが学園でめちゃくちゃ浮いている。
エレナ=ヴィクトリア=チェンバース。学園に多大な出資をしているチェンバース家のご令嬢。
「このまま送り返しても同じことが繰り返されるだけだ。
ならば、関係者同士で決着をつけてもらうしかあるまい」
流石先生、手際が良いというか、雑に放り投げたというか。
「エレナお嬢様!まさか再びお会いできるとは!」
「あぁ!カール!わたくしのような高貴の生まれに不釣り合いである貧乏人として、奴隷同然に一生従うと約束したじゃない!」
口悪いな!この人!
な、なんか想像していた人物像と大分違うなぁ。
「俺だって、君に媚を売って卑屈に生きていきたかったよ!」
生きていきたかったんだ。
「まぁ!出て行って心配していたけど……以前と変わらず、始終ビクビクして他人の顔色伺う無様さに拍車がかかって素敵よ」
素敵か?
「……気がついたよ、俺は、他人にいじめられるより、君にいじめられる日々が何よりも心がときめいたことに!」
「あの、話がついたらとっとと帰ってくれませんか?」
先生に無理言って同席しといてなんだけど、むしろ私が帰りたい。
「そんなぁ、貴方にはシンパシーを感じていたのに」
「やめてください。私に精神的拠り所を置かないでください。馴れ合わないでください。不快です」
ただの被虐趣味と、好きな人に認められたい少女の努力を一緒にしてほしくない。
「あらあら、貴方!わたくし野良猫って初めて見たわ。ペットにしてあげもよろしくてよ。
下賤なケダモノには、見たこともない餌をめぐんでさしあげるわ」
腹立つな!この人!
言葉は丁寧だけど、真っ向から喧嘩売ってる。しかも一切の悪気がない。
「以前から打診してるけど、そちらの殿方にも私の執事として、仕えることを許してあげているの」
あ、先生がビキビキきている。横で学園長が抑えている。
う~ん、先生がこの依頼に気乗りしなかった理由も頷ける。
「こ、こらエレナ!先生方になんという失礼を!」
後ろから現れた恰幅のよい中年紳士。
恐らくこの人が、チェンバース伯爵。
「この度は、娘たちがご迷惑をおかけして誠に申し訳ない」
ふ、普通の人だ……。
なぜ彼の肉親に人格破綻した娘と、雇用者に問題児警備員がいるのだろう。
なんというか、人生は不揃いなことばかりだ。
「カール!このバカモノ!少しは根性をつけてくるかと期待していたのに……」
え、あぁ……そういうことか。
「いつまでも娘の言いなりになってばかりで情けない。
性根を叩き直すため、突き放して放り出したのに、根性なしのまま戻ってきおって……」
別れさせるつもりで追い出したのかと思ったが、普通に理解ある父親だった。
「でも当人同士は満足しているようですが……」
思わず、口をはさむ私。
「そうは言いますが、わしの義息がコレになるんですぞ」
う……、アレが跡継ぎは嫌かもしれない。
「当人と言うなら、わしだって立派な当人だ。文句いう権利はある!」
「そういうことでしたら、解決策を提案しましょう」
にっこりと微笑むロウェン先生。作り笑い恐っ!
「精神面がご心配なら、私が鍛えてさしあげましょう。
ここに私が研究室用に組んだ『新入生歓迎プログラム』があります」
「わぁ、懐かしいなぁ。魔力を封じられて、魔獣の折の中に放り込まれたり、十キロの重りをつけて、山中をマラソンさせられたっけ★」
光を失った眼差しでプログラムを見つめる私。少々、意識が混濁しているようだ。
「ひぃぃぃ」
遠い目をする私に、悲鳴を上げるカールくん。
「それはそれは、お言葉に甘えてもよろしいですかな。
いやぁ~、面倒見が良い先生とお聞きしておりましたが、これはルナリス魔導学園も安泰ですなぁ」
「何卒、お任せください」
「はっはっはっ、ロウェン君は頼もしいことだ。
ところでチェンバース伯爵、折角学園に足を運ばれたのですから、次回の寄付金のお話を……」
学園長と先生と伯爵で、話がまとまろうとしている。
「そんな!カールはこのままで良いのに!卑しく私の靴を舐める下僕のように魅力的な男なのにぃ!」
「あぁ!俺は一体どうなってしまうんだ!」
「まぁ、大いなる力は、痛みを伴うと言いますし……」
混迷を極める連中を横目に、私は漫然と佇むのだった。
◆
六、エピローグ
場所は、学園室を出た通りの購買部。
あの後、関係者たちのゴタゴタを尻目に、学生の私は一足先に抜け出していた。
「はへ~、お小遣いが~」
「む、何をそんなに猫缶を買っている?」
話が済んだのか、付き合っていられなかったのか、先生も顔を見せる。
「例の『獅子の疾走』は、あくまで瞬時の交渉術なので、対価が必要なのです」
あの時協力してもらった猫たち分の餌。
正直、猫缶とは言え、学生にとっては痛い。
「それなら、私に任せておきなさい」
「え?」
「今回、君はよくやってくれた。独自行動が目に余るとはいえ……私の予想を超えて成長している」
厳しくて、生徒想いの良い先生。
「向上心のある生徒は大歓迎だ。より一層、励むように」
先生が私の頭を撫でる。
誰かに頭を撫でられるのは好きじゃない。
でも、先生に触れられるのは好きだ。純粋に嬉しい。ゴロゴロと喉が鳴る。
「うにゅ……はいっ!」
わたし中で。
いつの間にか。
きっかけはどうあれ。そう、あってしまった。
未だに実力の差を感じて、劣等感に苛まれるけど。
厳しい課題を出されたら恨む事もあるけれど。
”愛おしい”と想う。
貴方の理論では、分からないでしょうけど。
もはや理屈を超えた部分にある。
一つ言える事は、私は先生に出会えて良かった。
先生と過ごす時間は、感謝しきれない程だ。
仮にこの想いが実らなくても、幸せだったと伝えたい。
ミア=パーカーは、貴方を想えて幸せでした。
「この猫缶は、経費で落とそう」
案外、先生はしっかりしてる人だった。
「それと今回の実践授業のレポートは、3日以内に3枚でまとめるように」
やっぱり、鬼だった。
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