三話 いわゆる、惚れたもん負け / 四話 お願いですから、勘弁してください
三、いわゆる、惚れたもん負け
先生がチェンバース家側の事情を調査している間、私の方で、カール側の事情を聞き出しておきたい。
そう思って接触したのだが――
「俺は……エレナ様のお父上に言われたんだ。『娘と付き合いたいようだが、無名の騎士崩れに娘を任せることなどできん。何かしら成果を持って来い』……と」
なるほど、一見話の分かる父親だが、身分違いの恋に腹をたて、無理難題を押し付けて諦めさせる魂胆だろう。
「だから伝説だのなんだの言ってたんですね」
「そう!例えば、竜牙山脈に住まうドラゴンを倒すとか!」
「あ、それこの前、課外授業で先生が標本にしていましたよ」
「……伝説のエリクサーを見つけ出すとか」
「それもこの前、先生が薬学の授業で調薬していました」
「ぐわぁーーー!」
気持ちは分かる。
ホンモノを目の前にすると、自分の野望などちっぽけになってしまうのだ。
否が応でも自分の矮小さを実感させられる。
「ミア!それは……君の隣りにいた教師だろう?」
「ロウェン=マクロード。名前だけでも聞いたことがあると思います」
『魔術王』、『真実の幻視者』、『闇夜の誓約者』。
呼び名は数あれど、共通するイメージは一つ――人類の枠を超えた”バケモノ”。
「いや……そうか、やはり……。以前、エレナお嬢様が学園を訪れた際に、えらく気に入ってたんだ」
はぁ、彼女もか。
マクロード先生は、名声も実力もすべてが備わっている上、むやみやたらと美形だ。人を寄せつけない雰囲気は、よく言えばミステリアスにも見える。
“完璧”とは、あの人のことを指すのだろう。
世間知らずなお嬢さんが惚れ込んでも不思議ではない。
学園でも女生徒に人気だった。
それを責められはしない――私もその内の一人だ。
先生にとって、私は学生の一人にすぎないとしても。
だからこそ、私はこの依頼内容に少し興味があった。
「それは……やはり恋人として、気になりますか?」
「……いやぁ、まぁ、それはそうなんだけど……俺、彼女の素直なところ、好きだから」
たどたどしく語る口調に、こちらも照れくさくなる。
「……エレナお嬢様は、何事にも自分に素直で、それ故に度々人と軋轢が入ることもあるけど、俺にとって、指し示す先を教えてくれる……かけがえのない存在なんだ」
エレナ嬢に直接お会いしたことはないが、大人しい深窓の令嬢と言うだけではなさそうだ。
――相手の欠点すら愛おしく思える。
「なんだか、私も分かる気がします」
「そう?ひょっとして……君も?」
一瞬、答えようか迷ったが……ゆっくりとうなずく。
「確かに先生は、授業はスパルタだし、私語してるとすぐ怒るし、いつもむすっとしてるし、課題の提出期間は短いし、冗談は分かりづらいけど――頑張った分だけ褒めてくれる。実は優しい人なんです」
なんというか、改めて口にすると照れる。
「あの長い指から紡ぎ出す魔術は、芸術のようにとても美しい……。
あ、この眼鏡も、先生が手づから作ってくださったんです!」
私は、眼鏡をかけ直す。
勉強で視力が下がった私に、先生からの贈り物だった。
甘えを許さず、いつも冷たく厳しい彼の中に――優しさを知ってしまった。
「そっか……なんだか君にはシンパシーを感じるよ。はは、勝手にだけど……」
カール……いや、カールくんは、弱々しくつぶやく。
「私は……好きな人のために変わろうとする努力は、報われてほしい……と思います」
だって、私もそうだから。
これは同情であり、自分自身へのなぐさめと共感にも似ている。
傷の舐め合いなのだろうか。
超える壁の大きさ。卑屈にならざるを得ない環境。
劣等感と羨望。
憧れと尊敬。
普通の生徒として先生を見ていたら、苦しまずに済んだのかもしれない。
「君が学生でありながら、戦闘慣れしてるのは、あの先生の影響?」
「はい、先生の教育方針が『心技体』なので」
健全な魔力は、健全な肉体に宿る――という考えから、何事も超スパルタだ。
「……魔術師じゃなく、格闘家養成学校なの?」
「貴方こそ、あんなところで、ガラの悪い人たちと何をしてたんですか?」
「よくぞ聞いてくれた!
まずは自分を変えるために、自分とは真逆の人たちの仲間になり、善良な市民から悪の手に染まろうとしてたんだ!」
「きっちり迷走してますね」
目的を見失って、手段が迷子になっている。
「その様子では、野盗らしい犯罪はまだしてないさそうですね」
「ずっと後ろに隠れて、ぷるぷる震えていたからね!
お陰で無難なお使いしか頼まれなくなりました!」
おいおい。
「もっと冒険パーティを組んで討伐をしたり、剣闘士の大会に挑んだり、真っ当な努力をしましょうよ!」
「そんな根性あったら、町中でのんべんだらりとしている訳ないだろう!」
「開き直るなぁっ!」
思わず、敬語が取れてしまった。
自分から動きたくないが、名声は欲しい。……性根が腐っとる。
可能性や希望があっても、根から腐っていては花の咲かしようがない。
「いやいや、自分で分かってるなら、こんなところでパッとしない人たち相手に媚び売ってないで、もっと……」
「ほう、面白い話をしてるじゃねーかお嬢さん」
私の言葉を遮って、洞窟から出て来た野盗連中。数、十数人。
ふむ、獣人の私ならカールくん込みで逃げおおせる自身はある。
――が
「何をしている」
後ろから、聞き覚えのある冷たい声に、私の足はすくんだのだった。
◆
四、お願いですから、勘弁してください
殺気立つ野盗を一瞬で掃討し、マクロード先生は私をにらみつける。
「学生がこんな時間まで出歩くべきではない」
私を探していたにしても、一体どうやって見つけたのか。
「夜は魔道士の真骨頂ですよ。先生」
「君にはまだ早い」
むむ、まだまだ子ども扱いされてしまう。
「昼間にターゲットを逃してしまったので、見つけられないかと探っていました」
そのターゲットことカールくんは、先生の攻撃魔法で歪んだ地形の端っこでぷるぷる震えている。
「はぁ」
ため息をつく先生。
ビクッと反射的に身体がこわばる。
「今回の君の行動は、思慮が浅く、反省点も多い。特に独自行動は慎むように」
「うっ……忌憚のないご意見をありがとうございます」
冷たい目線が厳しい。
「だが、魔法の使用許可を出したことについては、私の責任だ。
ターゲットを逃したことは、君が君の責任以上に気に病む必要はない」
先生の慰めが逆に惨めにさせる。泣きたくなる。
そして、こういう生真面目なところが好きになる。――好きになってしょうがない。
「で、ミア=パーカー。状況説明をしてもらおうか。説教はその後だ」
前言撤回。好きだからって、なんでも受け入れられるわけではない。
「……ほう、なるほど。何か伝説となる手柄を立てたいと――ならば、この私を倒してみなさい」
「えええええ!」
「丁度良い、ミア=パーカー。君の期末試験も兼ねる。君の実力がどれほど向上したかテストする。
二人併せてかかってきなさい」
スパルタ!鬼!冷血漢!
「待ってください!無理です、無謀です、非人道的です!」
「安心しなさい、私はここから一歩も動かず、人差し指だけで戦おう」
言うやいなや、人指し指一本で、虚空に魔法陣を描く。
空中に生まれる無数の火球。
呪文省略&魔法陣簡略化で、通常なら発動すらしないが、先生に理屈は通じない。
「ひぇぇぇ!」
襲いくる火の玉に、悲鳴をあげるカールくん。
ごめん!守れないから、自分でなんとかして!
私も身を翻し、火球をなんとか避ける。
こちらも自衛だけで精一杯である。
「くっ」
くるん、とカールくんは、剣で火球を薙ぎ払う。
――って、ええ!戦えるのかい!
なるほど、出会った際に(邪魔が入ったとはいえ)先生と私から逃げおおせたのも納得がいく。
不思議だったのだ、こんな逃げ腰でチェンバース家のご令嬢の警備が務まるのかと……。
答えは――ものすごく弱気で、根性なしで、自己評価が低くて、実力だけはある人だったんだなぁ。
「ほう、面白い」
ひぃぃ!先生の対抗心に火をつけてしまった。
「闇霧!」
カールくんが叫ぶと、辺りに暗黒の暗闇が広がる。
いや、魔法も使えるのかい!
目眩ましの魔法だろうか。足元も見えない完全なる暗闇に支配される。
人間の先生には見えないだろうが、私は夜目が利く。お陰で、先生の居場所が分かる!
ふっ、と先生が再び指で虚空に落書きのような円を描く。
瞬間、暴風が吹き荒れる。
これは――風の基礎魔法だが、威力が段違いである!
風に闇が払われる。
あぁ、自分の矮小さを実感する。
――でも、諦められない。どうしても譲れないものがある!
ダッ、と霧が払われるタイミングで距離をつめる。
昼の反省を活かし、目標は外さない。
例え人外レベルの魔力と規格外の戦闘力を持っていようが、先生は人間である。
人間の認識。人間の思慮。種族という限界がある。
卑怯と言われようが、人間の弱点を突かせてもらう。
――対マクロード先生用必殺技!
「獅子の疾走!」
力ある声を叫ぶと、周囲の草むらがざわつく。
暗闇で光る複数の目玉、その数、数十体。
「なっ!?」
人ならざるものが、先生に突撃する!
『みぃ~』
『にゃぁ~』
『うにゃぁ~』
トラ柄、白、ハチワレ、子猫から成猫まであらゆる種類が襲撃する。
ゴロゴロ、すりすりと媚を売る!
「……くっ、卑怯な!」
言いながら、なんとも言えない表情に歪む。
おぉ!あの鉄仮面が崩れかけてる!先生、やっぱり動物お好きだったんですね!
こういうところ、たまらなく可愛いんだよなぁ。なんて呑気に考えてしまう。
ともかく、周囲に猫がいる以上、派手な攻撃魔法は使えない。
「さぁ!カールくん、チャンスですよ!」
今回の目的上、カールくんが止めをささないと意味がない。
と、振り向くと……何やら草陰に怯えてビクビクしてる塊が一つ。
「いや、ムリムリムリお願いミアが倒して!……俺はここで応援してるから」
「人任せにするなぁ!――っうぐ!」
カールくんに気を取られてる間に、木の根によって縛られる。
――これは昼間私がやった、樹木よる拘束魔法!
振り返ると、体中に猫をくっつけ、子猫を落ちないように抱えながら、ギリギリの体制で地面に手を当てる先生。
――大地を媒体に植物を操るとは流石。
だが……
「指一本じゃないので、レギュレーション違反ですよ」
「まったく、君には驚かされるな」
その後、怯えて震えるカールくんをふん縛り、なだめ、あやし、なんとか学園まで連れて帰った。
「カール!」
「エレナお嬢様!」
翌日、学園にど派手な女性が現れたのだった。
お読みいただきありがとうございました。
もし、作品を気に入っていただけたなら、「いいね!」やブクマ、評価【★★★★★】をいただけると大変励みになります。