一話 どうしてこうなった / 二話 少女、奮闘する
一、どうしてこうなった
「俺のこの手はッ……悪に染まってしまったんだァッッ!」
「はぁ……」
私と先生は、うんざりした様子で、先程から叫んでる男性に目線を向ける。
――何故こんなことになってしまったのか。
ことの発端は数日前に遡る――
『お願いです!恋人を探してください!』
ルナリス学園に舞い降りた一通の伝書鳩。
依頼者は、学園に多額の出資をしているチェンバース家のご令嬢。エレナ=ヴィクトリア=チェンバース。
内容は、『親の反対で、離れ離れになってしまった恋人を探し出して欲しい』
シンプルながらにややこしそうな依頼だった。
人探しなど、警察や探偵にでも頼むべきものだが、学園としては、スポンサーの娘の依頼は無下にできない。
そこで白羽の矢が立ったのが、その場に居合わせた学園一番の実威力者であるロウェン=マクロード先生。
人手要因として、先生の研究室所属で探知が得意な私、ミア=パーカーが駆り出された。
「……面倒だ、攻撃魔法一つで済ますか」
「気持ちはわかりますが、お願いですからやめてください」
というわけで、忙しい中駆り出されて、マクロード先生はまったくやる気がない。
「先生の匙加減一つで、この町がクレーターと化します」
「無論、冗談だとも」
目が笑ってないんですけどぉ。
――ロウェン=マクロード先生。
ルナリス魔導学園の教授にして、名のある魔道士……どころか、王国でも五本の指に入る大魔道士。
年は、二十代後半だろうか。やたらと整った顔立ちをした長身で銀髪の男性。
まさに魔法がかかったルックスだが、モノクルの奥に光る鋭い眼差は、冷然な雰囲気をまとっている。
見た目通り神経質で気が短いのに、依頼を受けてからずっとごきげん斜めだ。
無関係な恋人同士の茶番に付き合わされて、たまったものではないのだろう。
――私としては願ってもないことだが。
「俺がこの手で伝説を成し遂げるまではッ!帰るわけにはいかないんだ!」
今回の目的、チェンバース嬢の警備員兼、恋人のカール=ハインツ。
依頼文章の通り、浅黒い肌で黒髪を後ろに結んだ二十代前半の青年。
どこにでもいそうな若者だが……剣を携えながら、おどおどした様子はなんなのだ。
「いや、そのわりには町中でぐだぐだしていたようでしたが……」
獣人である私が探知能力を使うまでもなく、ちょっと聞き込みをしただけで居場所が分かった。
というか、学園を出てすぐの雑貨屋でのんきに買い物していたのを発見した。
ここ、ルナリス学園都市は、人口も人種は多いから、長丁場を想定したんだけどなぁ。
「ふむ、敵意は無いが、こちらを警戒しているようだな。
――さて、ミア=パーカー。
ここで問題だ、話の通じない相手に対し、可及的速やかに無効化する戦法とは何か?」
私の名を呼ぶマクロード先生は、どこまでも先生だった。
いつだって、試されているのはこちらだ。
堅苦しい教師の風格を嫌う生徒もいるが……私は受けて立ちたい。
「えーと、こちらの被害を最小限に抑えるためには、催眠術や幻術が望ましいです」
「だが、ミア=パーカー。君はどちらも使えないだろう。
それに、相手が興奮している場合、効果が薄い可能性を考慮しなくてはならない」
言ってる間にジリジリと距離をとるカール。
青ざめながらロウェン先生をチラチラ見ているが、先生が誰だか知っている様子だ。そりゃ恐い。
「……私が捕縛術で確保するので、市内での魔法の使用を許可してください」
「よかろう。君がやれるところまでやってみなさい」
よし!頑張るぞ!
私は、並木の幹に手を置き、大地干渉の呪文を唱える。
「地精触腕 」
ザァッ、と木々がざわめく。
枝木の触手が無数に伸び、カールに襲いかかる!
「うあぁぁぁ!」
恐がってうろちょろ逃げる。む、意外とすばしっこい。
だが、無軌道な人ならざるものに対し、どうすること出来ず、枝木に足を絡め取られる。
「氷結烈光」
私は、追い打ちをかけるように、冷凍魔法を解き放つ。
かなり威力は落としたが、直撃したら死なないまでも、氷漬け必須である。
こうなったら、逃げないように氷漬けにして、依頼人に送り返そう。
まぁ、後のいざこざは、当人同士で解決してもらうということで!
と、そこに――
「おい、お前たち!俺らの連れになんか用か!」
カキンッ!コキンッ!
いきなりしゃしゃり出て来た柄の悪い男たちに直撃する。
「あぁ!柄の悪い通行人さん!」
「――ふむ、困ったことになったな」
マクロード先生は、慌てる様子もなく、淡々とつぶやく。
いきなり出て来た連中は、よその町からやって来たならず者達らしい。
何度か問題を起こしているようで、私の魔法で氷漬けにしたまま町の兵士に引き渡した。
問題は、私と先生がゴロツキに気を取られた一瞬。
――その一瞬で、捕縛の魔法が緩み、カールを見失ってしまった。
おのれ~。
◆
二、少女、奮闘する
ミア=パーカー ――十九歳、女子。
ルナリス魔導学園2階生。超自然魔道学専攻。
五分の一ほどケモノが混じってる獣人。タイプは猫。
攻撃魔法は苦手だが、自然干渉系の魔法は得意。
尊敬してる人は、マクロード先生。
苦手な食べ物は、熱い食べ物。
背は低め。常に眼鏡をかけている。
授業は欠かさず出席している。いわゆる優等生。
その甲斐あってか、100人余り在籍しているロウェン=マクロード研究ラボの期待のエースである。
それが今、少々凹んでいる。
カールを見失った後、一旦仕切り直しということで、また明日探索を進める方針となった。
先生は、一旦学園へ戻られた。
ターゲットの発見報告と、チェンバース家の関係について詳細の確認をしに行ったのだろう。
今回の依頼人はエレナ令嬢。だが、学園に出資しているのは、その父親のチェンバース伯爵である。
チェンバース伯爵は、二人の恋愛に反対している。
エレナ嬢が言うには、説得するつもりらしいが、失敗した場合、学園が勝手なことをしたと判断されかねない。
そこら辺の関係性の調整も兼ねての確認だろう。
その他にも、先生が外に出ている間、会議や実験、授業を他の教授や担当主任に任せているため、色々連絡ごとが絶えない。
「それでも、いつも滞りなく遂行してしまうんだから、敵わないんですよねぇ」
尊敬。そして、想うほど遠くに感じる。
私はというと――カールを発見した場所に戻り、一人反省会をする。
「もっと距離を詰めるべきでしたか……いや、大地の魔法をコントロールしながら、別の魔法を使うには、まだ無謀でしたか」
対人の実践は初めてだった。やはり動く獲物は上手くいかない。
力技で追い詰めようとして失敗し、結果、先生の手を煩わせてしまった。
先生とともに行動できるのは嬉しいが、迷惑をかけるのは望むところではない。
「う~ん、まだそこまで遠くへ行ってないはず。足取りだけでも掴めないでしょうか……」
黄昏時。太陽が沈みかける時刻。
町から外れた郊外の獣道。
「ニャッにゃぁおにゃぁにゃぁ」
私は暗闇に向かって、人ならざる鳴き声を発する。
『みゃー』『に”ぁー』『うなぁにゃぁ』
鳴きながら、数匹の野良猫が草むらから現れる。
「ありがとうございます。助かりました」
懐から煮干しを取り出し、答えてくれたこの町の野良猫たちに与える。
獣人というのは便利だ。草や木の気配、同族たちから人では知り得ない情報が得られる。
私の場合、そこまで獣人の血は濃くないが、それでも猫や犬、ギリギリ鳥までは言葉が理解できる。
そして――ふむ、どうやら目星をつけた通り、このあたりの洞窟が奴らのたまり場となってるようだった。
夕暮れ時、森の中をひらりと駆け抜ける。
獣人にとって、日の落ちる頃からが活動時刻だ。
眼鏡が落ちないように、かけ直す。
眼鏡には特殊な魔力がかけられており、体温などで他者の気配を察知できた。
見つけたのは、大きな洞穴。
入り口には、人工的な補強がほどこされていた。
中からガヤガヤと人の声が聞こえる。昼間の連中の残党だろう。
彼らは、カールのことを『俺らの連れ』と言った。
ならば、カールもそこにいるのだろうと予想していたが――
「おい新人!パン買ってこい」
「はい!いますぐ!」
――ぱ、パシられておる。
「あの、こんなところで何やってるんですか?」
「ひぃぃぃ!」
カールが洞窟を出たところで、声をかける。
「あ、大丈夫です。今のところ力づくでどうこうしませんから」
多分。
なんとなく、危険性はないと思って話しかけてしまった。
私と同じくらいの年齢のようだが、卑屈に下を向く姿勢といい、醸し出すオーラがいじめられっ子のそれである。
「カール=ハインツさんですよね?
私、エレナ令嬢からの依頼で、貴方を探していたミア=パーカーと申します。
それであの……このような場所で何をしていたのか、事情をお聞かせ願えませんか?」
お読みいただきありがとうございました。
この章は3回で完結予定になります(作品自体は続きます)。
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