それぞれの計画
今回もややこしい話かもです。
「……ん? ええ。そうよ。あの子、正真正銘の『理』……いえ、『忍』だったわ。え? いつもの嘘だって? ちょっ、失礼ね。しょうがないでしょ! 確かにこの目でみたんだもの。それに……あなただって!」
……何やら別室で論争気味な声が聞こえてくる。俺はその声の主。遊郭に働く美人姉さん(すっぴんは謎)の御柳さんにあれから匿われていた。
持っていた携帯端末と脇差し(小烏丸)や手裏剣。
それと金……5両7500匁。 ※度量衡で換算すると……え~、大体7、8万円くらいだと思え。
――取り敢えず最低限の所持品は確保した。
現代は紙幣の刷り込みも行っているが、あくまで政府が臨時発行している混乱期なのであまり活用されていない。全体の二割くらいが扱っていると、女好きな忍者。イケメン先輩に情報を貰ったが、正直政府公認だろうが民間の独断専行だろうがあまり興味はない。
因みにその政府公認の紙幣は地域によって価値が全く異なる。
東京二十三区では各区に《日本町》と呼称されし、条坊制の様な区画があり一般人や怪しい輩(俺とかね)の立ち入りを禁じている。全くもって傍迷惑な話で、そこの入り口を通過するには厳重な検査を必要とする。
木簡と呼ばれる文字の書かれた板にもう一つの板を照合してその《日本町》の住民か確かめるのだ。
ある種のカーストで、その《日本町》の中にも華族・上流階級・中流階級・労働者階級・穢多、非人と分かれているらしくトップ階級華族のお偉いさん。
自称――征夷大将軍が条坊。《日本町》の政権を握っている。んなもんが東京二十三区の各地にあるってんだからある意味凄い。
各地の《日本町》の中では政府紙幣を紙切れとする制度や、希少価値のある現代の遺産とする物として高値で取引されたりする万事屋稼業の大切な品になったり様々だ。
ハッキリ言って任務や仕事以外で、《日本町》に侵入したくはない。正直な所、俺は争い事を避けて通りたいタイプなのだ――コレでも。
元来、忍者と言うのは文字通り忍びの者なので、戦闘に特化した職種じゃないのだ。どういう訳かRPG――ロールプレイングゲームやその他のゲーム、風習、世俗ではやたら好戦的な者として描かれるが、やはりフィクションなだけに現実味を帯びていない。
そもそも忍者の持っている手裏剣や煙玉、後は分身の術とか水遁の術とか火遁の術なんてものはその場しのぎの為に工夫して作られた――金や銭、骨董品等の宝や精々が幼子一人を攫ってとんずらする様に開発された代物だ。
任務を終えれば逃げるが勝ち。その為に日々鍛錬し鍛えている。
『理』の超常の力や武器、防具を錬成し、新たな武器、防具に生まれ変わらせる鍛冶屋なんてのは俺達忍者に革命的な働きをしてくれる。とても心強い味方だ。
何が言いたいのかと言うと、最年少『忍』の称号を持つ忍者の俺でも、そこ等にいる開拓民と何ら変わりがないのだ。数多いる開拓民の一人。それが忍者になった俺――指名手配中の俺だ。
唯、何の因果か? 開拓民である筈の忍者。最年少の『忍』にはとんでもない秘密が隠されていた。その発端が、俺達忍者の崇拝する組織《日輪・日本》の裏切り行為。あの大司教ジエン・クロノス様の組織《聖人社》との吸収合併。
一体、誰がこの計画を考えたのか? 裏切り者の鼠は果たして誰なのか?
その事に……この時の俺はまだ気付ける筈はない。首都東京から離れたこの地では情報が入ってこない。特に匿われてる現在。現時点では……。
「あら、起きてたのね。ナギ。調子はどうかしら?」
「ええ。もうバッチリ♪ 平気の平左ですよ」
「ふふふ♪ なら良かった。私はこれから仕事に行くけど……暫くはここにいても良いからね♪ これでも私は西川口にある遊郭『女一番』の花魁――と言いたい所だけど、天神なのよ」
「へ~天神さんか。そりゃ凄い。まあ、そのぶっ飛んだ化粧でガッチリ守備範囲をキープすれば金に物を言わせるバカ男の下心もガッチリキープ出来るって訳か」
平手打ちで殴られた。因みに遊郭とは戦前から続く現代のキャバクラ、ホステスと娼館を併せ持つ男達の極楽浄土。天国だ。天神とは遊女の格付け・位の一つで花魁の下に位置する。
「いたたた……。是非とも俺も御相伴に預かりたいな。誰か良い遊女を紹介してくれよ」
未だにプンスカしてる遊女の御柳さんは鼻をフン! と鳴らして、
「ガキ相手に商売してる訳じゃないのよ。それにナンバー2の天神である私も日々、禿の稽古や世話、遊女を取り仕切る女将さんに礼儀作法の芸を学んで磨いたり……外を練り歩き客引きの手伝いをしたり、逆に遊郭の建物の中から姿を見せて舞や袖振りサービスしたりしてるのよ」
「ほえ~。なるほど。裸で?」
今度は鉄拳制裁で懐に来た。いや、コレヤバいだろ! 人体の急所。
――天神遊女『御柳さんの一部屋』を忍者屋敷として認定された!――
暫くゲッホゲホ咽ているのが大分落ち着いてから、
「ひょっとして『御柳さん』なる名前も源氏名か?」
「……ん。ようやく分かったのかい。別に隠してた訳じゃないんだけど、そっちの方が呼び慣れていてね。それだけ忙しいってのもあるんだろうけど……本名は日華柳って言うんだ」
日華柳……か。柳の部分を取って源氏名が御柳さんになったんだな。
それにしてもとんでもない女と遭遇したもんだ。
彼女。御柳さん事日華柳は未だに俺がここに運ばれてきた事件の真相を教えてくれない。でも、何となくこの人は信頼出来た。でなけりゃ、俺を自宅に三日も寝かせたりしないだろう。
そうでなけりゃ今頃俺は牢獄行きで、最悪の場合《日本町》の最底辺身分。
穢多・非人として過酷な余生を送る事になっていたかもしれない。
実は御柳さん事日華柳――姉御肌な気質を持つ彼女の嘘は別にあった。表の顔は天神遊女。裏の顔は……?
そこで初めて《設計図》が無い事に気付いた。一番大事な物が無い……それも当然か。あの大司教ジエン・クロノス様が喉から手が出る程欲しがってたもんな。
きっと今頃、奴等――合併して新たな派閥となった《日輪・日本》と《聖人社》の連中は《設計図》を手に入れて祝福。門出の祝いに宴会でも催してるのかもしれない。最後に万歳三唱とかしてるのかもしれない。
実は《設計図》に関して俺は何一つ情報を知らない。唯、今は亡きジーちゃん。先代の後を引き継いだ親父が『忍』初任務に持っていけ――と、指令を貰ったのだ。
その時の親父の鬼気迫る迫力が今も目に焼き付いて離れない。あれは夢に見たジーちゃんの予言。
――この国は大きな変化を遂げる。
戦前に『忍』の称号を手にした俺に言った覚悟を示す言葉。
恐らく親父はジーちゃんから何か『忍』の頭として《日輪・日本》の長として秘め事を受け継いだのだろう。
その答えがあの《設計図》に隠されている。
ジーちゃんは第三次世界大戦の勃発した後の大和国を憂えていた。
でも、俺の予感が正しければ……あの《設計図》にはまだ何かある。それがこれから起きそうだ。
そうでもしなければ、親父は死んだジーちゃんの跡取りとして役目を果たせなかったのだ。
そんな中、《設計図》は奴等――俺が所属していた《日輪・日本》を《聖人社》とか言う謎組織に吸収合併し何かを企んでいる。
「とにかく今は情報が必要だな」俺は独り言ちた。
ここを忍者屋敷の拠点として寝泊まりしても良いと居住者の御柳さん。日華柳の許可も得た。
ここは遠慮なく甘える事にしよう。特に俺を狙ってる賞金稼ぎに注意しながら。
「さて……と、私はもう行くわ。東京にある吉原遊郭には劣るけど、『女一番』の遊郭だって負けちゃいないわよ。そこの花魁になるのが私の夢の一つなの」
かつていた小野小町とか言う超絶美人に匹敵する程――超絶化粧技巧(※すっぴんは謎)で危ない女に変身した彼女――日華柳。源氏名御柳さん。
褒めてるのか貶してるのか自分でも良く分からんが、何となく応援するぜ。
「……そうか。東京から離れた俺もいつまでも匿われてる時じゃない。出来れば色々と情報が欲しい。少し外出するが――大丈夫か?」
「何よ。そんなの気にしないで。元々私は一人暮らしの身だったのよ。好きな時に出て、何時でも帰ってきて良いわ」
「あ、ああ。そうか。それはありがたき幸せ。恩に着る」
余りに太っ腹な年上(だと思われる)遊女に違和感を覚えながらも俺は先に彼女の住居から出て行った。
それを笑顔で見届けて……天神遊女は妖艶に笑う。
「ふぅ~。この場は何とか誤魔化せたわね。やっぱり私の迫真の演技は……どこぞの座に籍を置く役者なんか相手にならない。花魁にだって負けるもんですか」
まるで自分に言い聞かせる様に遊女は呟き、また最初に相手をしていた謎の人物に電話を掛けた。
ここまで付き合ってくれた方、そうじゃないこれが最初だ! ってな方、何言ってんだコイツ単なる暇潰しだと仰られる方――兎にも角にも閲覧ありがとうございました!