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気が付くと……そこは遊女の御宅

東京離脱編――第三話!

 この国は後、数年も経たない内に大きな変化を遂げる。それを肝に銘じておけ。


 ――(なぎ)よ!――


「ジーちゃん!!」


 文字通り、俺は跳ね起きた。まさかの悪夢に魘されていたのか全身が汗でびっしょりだ。


「……ん? どこだここは? 敵の本拠地まで運ばれた――にしては、内装が素朴だな」

 俺は薄暗がりの中、どっかに隔離された(?)部屋の内装をぼんやりと見つめる。


 8畳程の和室。畳の床はかなり年季が入っている……。彼方此方がくすんでいて、正直に言うとかび臭い。畳独特の臭いだ。

 そこに敷かれた布団。当然ベッドなど似付かわしくないし、こちらの方が疲れが取れるから……まあ、有り難いっちゃ有り難い。今はお洒落など気に掛けている状況ではないのが心情だ。

 他にも木の箪笥(たんす)や机。天井には紐で引っ張ると明かりが点く電灯。ミシンやアイロン、それらを置いたり仕舞ったりする雑貨類が部屋の隅々に配置されてある。


 変な場所だ。こんな感じは今となってはあまり見かけない……。それにここは東京の何処だ? 何区だ?


「……はっ! そうだ! 時間……!」


 俺は汗でびしょ濡れになった忍び装束等気にせずに、直ぐに布団から出ると時計を探した。


「置時計でも壁掛け時計でも振り子時計でも鳩時計でも世界終末時計でも何でも良い。願わくばそこに『時計』なる人類が開発した文化遺産を――我に与え給え……!」


 祈りよ届け! 等と誰がいるのかも分からない他人様の一室で謎の儀式を執り行っていると、俺の願いが神に電報を知らせたのか――その英知の結晶片手にある人物が現れた。


「探していたのはコレの事?」

「お疲れ様です。大変失礼いたしました」


 恥ずかしいを通り越して、俺はビジネスマンと化す。


「え……えーと。今は何時ですか?」

 他にもっと聞くべき事もあるだろうに、我ながら間抜けな質問だ。


 するとそのまたもや素朴な置時計を手にした女は何だか品の悪い笑みを浮かべ、


「あなた……もしかして文字が読めないの? 学の素養も無い(つまりは教養のない)忍者なんて……ちょっとショックね。今は焼け野原と化して何だか色々とややこしい事になってる首都東京に行ったらとんだ笑い者になっちまうわよ」

「……ムム! 我を田舎者扱いするか? この小娘が――じゃあなくてですね。今は――ああ、そうか。その時計を見れば良いのか。こいつはとんだ無礼を」


 自分で口に出した通り、時計を見る。時刻は三時。おやつの時間だひゃっほーい♪ カステラ欲しい。水羊羹や桔梗信玄餅でもOK。カモ~ン♪


 ――等と心の中で御託を言ってる時ではない。ここは余所様のお家かな? こんな所で桔梗信玄餅? アホか。もちろん出されれば食べるけどな。


「三時か。……にしては薄暗いな。やはり、俺は悪夢に魘されていたのか」

「その通り。今は夜中の三時。あなた三日も寝込んでいたのよ」


 どことなく妖艶な魔性に満ちた美人。今の時間帯ならば化粧をそぎ落とし、すっぴんでも可笑しくはないのに、彼女は途轍もないバリケードを顔面に張っていた。そこらの整形美人よりも性質が悪そうだ。


「所でここは何処だ? どうして……俺を? それにまだ名を聞いてなかったな。――ん? そう言えばさっき東京に行ったら……って、あんた言ってたな」

「『あんた』じゃないわよ小童! 私はこれでも仕事柄、御柳(おりゅう)って呼ばれてんだい。よく覚えときな」

「まさか、その仕事って言うのは……」


 御柳(おりゅう)は近くにあった火鉢から煙管(キセル)を取り出して、絵になる程優雅に口にした。


「はぁ~。もうここまで来たら明かすしかないね。そうさ。私は遊女。でもね、別に好き好んでこの職に就いたんじゃないのよ。あなただってそうでしょう? 忍者のナギ」


 紫煙を吐き出し、御柳(おりゅう)はまたもや妖艶な笑み。クスリと笑う。


「どうして……俺の名を? あんた――いや、御柳(おりゅう)さん。俺が首都東京の出身だって知ってるんじゃないのか」

「おや? そうなのかい。あなたが寝ている間、何度も言ってたのさ。俺は絶対に『(シノビ)』の称号を貰う――そして皆に、俺が本物の忍者ナギだ! と知らしめてやるんだ! ってな具合にね」


 ぐあああああああ! 本日二度目の悪夢再来! これ以上は堪忍!! 恥ずかしいから止めてくれ! それ、正真正銘俺のガチの過去だから! 思い出したくない少年時代よ過ぎ去ってくれ~!


「――俺が本物の忍者ナギだ! 俺は絶対に『(シノビ)』の称号を貰い受けるのさ♪」


「ギャアアアア――――――!!!」

 遊女相手に止めを刺された。俺は羞恥で吐血し、見悶える。


「大声出すんじゃない。もう! 明け方に近いからって、まだ他人様の起きてる頃合いじゃないんだよ」

「……御柳(おりゅう)さん。一体俺の身に何があったのか教えてくれないか? 俺は城宗凪(じょうむねなぎ)。正真正銘の《(シノビ)》の称号を与えられた……まあ、世に言う忍者だ」

「ふぅ~♪ そうだねえ……どこから話そうか」


 御柳(おりゅう)さんは煙管(キセル)をまた吸い込み、煙を吐き出してから少しずつ語り出した。あの日の真相を。


 俺は《聖人社》とかいう組織に……《日輪・日本》――俺が所属する《(シノビ)》組織の一つを裏切り者の魔手に晒され、吸収合併された。


 親父達は大丈夫だろうか? それとも、今回の画策は親父達も関与しているのか?


「まず、ここは首都東京じゃないわよ。武蔵国(むさしのくに)――埼玉県の南部に位置する川口市さ。もっと細かく言えば……一番近い京浜東北線の駅名、西川口さ」


 京浜東北線は国営の公共交通機関。電鉄(鉄道会社)の路線経路の一つで、南は東京方面。北は埼玉県の大宮まで電車の線路が引かれている。途中の浦和駅では新幹線に乗り換える事も出来る大型機関だ。


 戦前はもちろん、戦後に至っては政府と民間人の睨み合いが続く中、地下鉄も含めて国民にとってとても利便性の高い移動手段として良い様に利用されている為、政治家達は頭を悩ませている。


 但し、国民はちゃんと金を払って利用しているので今は暗黙の了解でこの国営鉄道機関は動いてるのが現状だ。

 この世の中は金だ。


「埼玉県南部? 川口市って事は――荒川河川敷を跨いで東京北区の傍に位置する……鋳物の名産地か」

 大和国(やまとのくに)各地にある大司教区の代表者――あのジエン・クロノス様が居座る大教会(或いは大聖堂)のあった場所は新宿区だ。


 路線経路は山手線。高田馬場駅が近くにある。そこの電波塔(スカイツリー)(戦後破壊された)から寂れた商店街(戦後破壊されたが、今は復興の兆しを見せ始めている闇市)を抜けると見えてくる。


 俺が襲撃した場所から随分遠くまで運ばれたな……。


 電波塔は3つある。一つは新宿区の焼け爛れ、半分に折れ曲がった展望台。

 二つ目は墨田区の地上デジタル放送の拠点。東京スカイツリー。

 三つ目は知る人ぞ知る港区の東京タワー。


 因みに司教(ビショップ)とは西洋の十字架を司る宗教の位の一つ。教会の中では教皇(ポープ)が教皇領と呼ばれる支配域で実権を握り、その下に枢機卿(カーディナル)と呼ばれる緋色の服を着た集団がいて、更にその下に大司教(アーチビショップ)司教(ビショップ)司祭(プリースト)(神父)と続いていく。


「よく御存知で。キューポラの街川口と呼ばれるくらいここは全国各地で唯一鋳物を生産する古き良き伝統を固守する土地柄なのよ。所でナギ、あなた忍者なんでしょ? もしかして……『(コトワリ)』の使い手なのかしら」


 『(コトワリ)』――戦後……いや、戦前においても犯罪の温床となる禁じ手。(まじな)いである。

 俺の師匠。ジーちゃんは事ある毎に語っていた。


 ――『(コトワリ)』はその使い手によって善にも悪にもなる。東洋の秘術じゃ♪――


「……もし俺が『(コトワリ)』の使い手だとしたらどうする? 番屋に突き出すのか?」


 番屋は戦後に築かれた民間の悪人を取り締まるお役所だ。当然、政府非公認で戦前は警察が担っていた。この為、自分の腕に自身のある賞金稼ぎが増えて政府だけでなく俺も困っている。


 そう。あの指名手配書。立て看板に『城宗凪(じょうむねなぎ)』と書かれた人相書きは警察ではなく番屋の仕業だ。奴等は勝手気儘に番屋を創り出し、しかもその捜査網は自警団や自治体にまで広がり俺はその網を掻い潜る為に毎日必死で『(シノビ)』として活動していた。


「別に怖くないわ。『(コトワリ)』の使い手なんて。……手品の類を披露するインチキ勢が粋がってるならず者でしょう? 私の常連さんの中にもたくさんいたわ。そういう輩に限って玉代(ぎょくだい)をツケたりするしね」


 玉代(ぎょくだい)――遊郭での遊興費。金銭勘定の事だ。


「本当に……そう思うか? 『(コトワリ)』がこの世に存在しない噓八百だと」

「ええ。何なら証拠を見せてくれないかしら? どうせ何も出来ないだろうけれど」


 俺はハァ~……。と、深い深~い溜め息を吐いた。


 首都東京では『(コトワリ)』の使い手なんぞ腐る程いるってのに……。このご時世にのん気なもんだ。武蔵国(むさしのくに)――埼玉県民は。


「――仕方ないな。本物の『(コトワリ)』を見せてやるよ。その原理や実態がどうなのか……解説も含めてな」

「……ん。そうね。是非とも見てみたいもんだわ。私が種明かしをしてあげる。これまでのお客さんにもそういう前口上を言って、私に見透かされて恥を掻いた連中ばかりだったからね。こう見えて私は噓を見抜くのは得意なのよ」


 嘘を吐くのが一番得意なんだけど……とは言わない目の前の遊女。


 御柳(おりゅう)さんは煙管を口にしてまたもや煙を吐き出した。


 このアマ全然信じてないな。

読んでくれた人々に感謝です。

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