裏切り
ダークな内容ですがコメディータッチで頑張っていきたいと思います。
「酷い臭いだ。まさか東京のインフラの三分の一が完全に機能停止に追い込まれるなんてな」
かつて展望台として栄えたスカイツリー。
ぐにゃりと半分に焼け爛れ、ねじ曲がった関節部分の先端に俺は立っていた。
通称ナギ。その名は城宗凪だ。何も悪い事してないのに東京中に俺の手配書は出回っている。信じ難い現実だ。
そんな中、もっと恐るべき現実が目の前にある。首都東京……23区各地で紛争は相次ぎ、内戦が勃発。
だが、銃器の音や戦車のキャタピラ音が響いてる事も無い。民間人は普通に外を出歩いてるし、敵国の兵隊が常駐している――そんな事も無い。何で建物が崩壊しているのか不思議な気分だ。
風景だけ戦後に切り取った絵画の中で人々が往来、或いは憎しみを表に出して相争っている――と言うのが妥当だろうか。シンと静まり返った場所とバラック小屋付近の集落での喧騒。
各地のそこかしこにそんな雰囲気が散りばめられている。
戦争の元凶。それは『理』だ。東洋でその昔、伝承されし究極の術。人は個人の内に潜む召喚獣を理性の檻で閉じ込めている。『理』はそれを解き放つ事が出来る唯一の御業なのだ。
第三次世界大戦は『理』が引き金の一つとなった。
それが故に目の前の光景は当然の事なのだ。
今や大和国は首都東京陥落だけでなく、全国各地に『理』の使い手がいる。
「さて……と。時間か。俺の初任務。『忍』最年少記録更新だな♪」
俺はある《設計図》を懐にある事を認識して、再確認。これだけは命の次に大切な代物だ。
俺はこの世界でただ一人。世界最年少の『忍』だ。まあ、それは大袈裟かな? 少なくとも大和国で俺と同年代の『忍』はいない。
ピロリロリロ~♪
俺の携帯端末が鳴る。
「……ああ、先輩。何でしょう?」
『何でしょう……だと? 寝言は寝て言え。標的は見つけたのか?』
「ええ。俺の『嗅覚』からするとターゲットの女はもう目の前です。どうやら聖女らしく教会で大人しくしてるようですね」
『あんまり『理』を乱発するなよ。お前はバカだから言う事聞かねえけどな』
「へいへい。先輩こそ遊郭で女と寝すぎてアソコの『泉』枯渇しない様に」
『……お・ま・え・な~。まあ良い。俺はイケメ……』
ピ♪ 携帯端末をシャットダウンした。
「イケメンだけどそれを自覚してるのもどうかしてると思う。さて、こっちは仕事だ仕事だ~♪」
五感――『視覚』『聴覚』『嗅覚』『味覚』『触覚』と第六感を駆使して、更に『守』を発動する。周囲の景色に解け込んでいく。自分が空気になる。一時的に透明人間と化した俺は例の教会を目指し、ゆっくりと跳躍した。
*
大和国の首相でさえも収拾が付かない事態が、起きていた。
かつての繁栄は何処へ? ビルの残骸が広がり、そこに東京各区の『征夷大将軍』が鎮座。
条坊制が敷かれて荘園と呼ばれる土地を親(領主)や子(武士)から領地として与えられる代わりに、一定の年貢――金――を納める制度が復活しつつある。
戦後封建制度の確立である。
これは大和国の首相あるいは政府の画策ではない。全ては民間で行われている。
国民と政府のせめぎ合いは現在進行形で進行してる。そんな中、開拓民は勝手に自分達の領土を侵して、新たな制度を作り、そこで我こそは正義と名を騙るのだ。
こうした小さな内戦は皮肉かな、大和国の首相よりもある種豊かな賢い掟となって機能する。
政権交代は国民に引き継がれていっている。確かな現実。
ガッシャ―ン!!!!!
派手にステンドグラスが割れて、教会の中に侵入した俺。
「……な!? 何者だ貴様!」
「ここは大司教区の代表者。大司教ジエン様の聖堂と知っての狼藉か!?」
『視覚』を駆使して正面をゆったりと見据える。『暗視』――熱源探知機の様に生物の体温を色で感知して見える基礎能力だ。
「ひい。ふう。みい――何だ、態々『暗視』する必要ないな。何で護衛が3人しかいないんだ? それとジエン様って誰?」
目の前には3人の武装兵だけ。『理』の使い手かは謎だが、
「チャチャッと始末して、奥の部屋にいる女を攫って行こうか♪」
俺はこの時――何だ、チョロいじゃん♪ とか思っていた。自分がハメられた事実に気付かずに。
徒歩で教会内部を歩き、周囲を撫でる様に見据える。脳に焼き鏝を当てる様に記憶に焼き付けるのだ。意外と広いな。正面には燭台に……神を模した白い銅像か。
西洋は一神教とは聞いていたが、あれがいえす・なんたらとか言う全知全能の神様か?
あ~聖書か福音書でも無ければ分からねえから正直。
少しずつ近付いていく俺に相手は古代の遺物。銃火器の先端を向ける。
唯の銃火器――等と侮るなかれ。これがアニメなら……全て避ける格好良い見せ所。迫力の1シーンになる事間違いなし。容易に想像が付く。
現実は……奴等が『理』の使い手か否か――その1点に焦点が絞られる。
「……ん? 何、話してんの? 出来れば俺も混ぜてくれないか」
奴等はコソコソとお喋りの真っ最中の様だ。何か秘策でもあるのか?
「奴が……あの?」
「まだ、子供じゃないか」
「いや、警戒するに越した事は無い……」
だが、ここで退く訳にはいかない。俺も仕事の最中なんでね。
徐々に奴等の間合いに入って行く俺。ニヤリと敵の一人が笑いその次の瞬間――俺の背筋に強烈な悪寒が走った。
地面が……オセロや将棋のマス目上に光り輝き、その光が軸となって揺れ動き出したのだ!
その光の網が吊り上がり、俺は間抜けにも宙吊り状態で捕らえられた。
最悪な生け捕りだ。
「良し、網に掛かったぞ!」
「ひゃっほー♪」
「逃げるぜぇ~……」
3人の武装兵は囮。クソ! 調子乗り過ぎた! こんな初歩的なミスに引っ掛かるな――
――いや、ちょっと待て。
俺は十分警戒していた。確かに余裕かましてたのも事実だが……足技は『忍』の基礎中の基礎。そこに『触覚』の意識を集中させれば、音を殺す事も、敵の気配を探知する事も、増してや忍び足なんてそれこそ余裕じゃないか!?
まさか、敵は――事前に俺がここに来る事を知っていた!? 更に言えば『理』を発動したのも……!!!
俺は宙吊り状態のまま背後を見た。
ゴォ――――――ン!
教会――大聖堂の大扉が開かれる。
「よお。少年……シノビのボーイ。自分が罠に掛けられた気分は如何かな?」
「大司教ジエン・クロノス……!」
そう。俺は前にしか意識を向けていなかった……! まさか、背後から『理』を仕掛けてくるなんて……正に若さゆえの過ち!
いや、それよりも……! あの口振りからいって――
嫌な予感しかしない。宙吊り状態で俺はそれを振り払う様に頭を振る。
「……キミはある密告者によって『忍』の道を永久追放されたのだよ。当然、称号も剥奪だ。以降名乗る事は許されない♪」
やっぱり鼠がいたか。俺は正に掌の上で踊らされていた訳だ。
「それに……キミには東京各地で手配書が出回っている。これを見逃す程、我々も甘くはない」
クソ! このままではお役所公認の番屋に突き出される……! あくまで政府非公認ではあるが、この世の中を牛耳ってるのは民間――世間様だ。
「……ん? ちょっと待て! 今、『我々』って言ったよな? それはどういう意味だ?」
大司教ジエン・クロノス様は豪胆に笑い、
「ガッハッハッハ! そんな事も分からないのか? やはりキミはまだまだ幼いな。キミが崇拝している《日輪・日本》――『忍』は我々と徒党を組む事が決まったのだよ。正式にな♪」
ここでの『正式』とは金での交渉を意味する。
「――な!? バカな! 俺達の組織にそんな金は無い筈!」
俺は本音を吐露する。あ~ここで言っちゃいけない場面だった?
「い~や、金に代わる物ならある筈だ。今、なぜキミをここで捕らえる必要があったと思う? 最年少の『忍』――ナギ」
俺は空中で寝っ転がった状態で頭を働かせる。答えは2つあった。
「俺の懸賞金と――《設計図》が目的か」
「そうだ」
《設計図》と言う言葉にギラリと目を光らせる大司教。
「己惚れるな。ナギよ。お前ほどの『忍』は今後いくらでも現れる。我々《聖人社》と《日輪・日本》が本気で欲しているのは……ナギ。キミが持っている《設計図》なのだよ!」
まさか『忍』の称号を手にした初任務で組織から裏切られ、こんな大ピンチに陥落するとは……俺もここまでか。やけに呆気ない人生だったな。いや、死ぬとは思わないが。
その時だ。全くもって別のベクトルから謎人物の声がした。
「逃げて――――――!!!!!!!」
一体誰なのかは見当も付かない。唯、それは俺と同い年位の少女による甲高い叫び声なのは記憶している。
何せ、その直後俺は――見事に意識を断ち切られたからね。
一つ言える事は……それは何か意識を強制的にシャットアウトさせる能力だ。
その場にいる全員を気絶させる声。
『理』はそれ程、驚異的な術なのだ。
読了してくれた方々に感謝です!