9 ロックバード討伐
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「オレはカイル。ウォーリアだ。こっちはシオンでソードマスター。キャロルは見た目通り、ウィザードだ。オレとキャロルはCランク、シオンはBランクの冒険者だ。改めてよろしくな! リーン、ルベル!」
討伐対象の元へ歩きながら、カイルが簡単に自分たちのパーティの紹介をした。
「よろっ、よろしく、お願いします……カ、カイルさん……」
「さん付けなんかしなくていいって! カイルって呼んでくれ!」
「おれも、シオンでいい」
カイルは太陽のように明るい笑顔を見せ、シオンは相変わらずの無表情だったが、声は柔らかかった。リーンはふたりにぺこりとお辞儀をした後、緊張しながらもキャロルに目を向け、おずおずと口を開いた。
「え、えと……、よ、よろ、しく……キャロル」
「はぁ? 誰が呼び捨てでいいって言った?」
「ヒッ! すっ、すいません! 調子に乗ってすいません!」
「キャロル~! お前は意地悪すんなっての」
「フン」
カイルに宥められ、キャロルはプイっとそっぽを向いた。
『あの女、感じ悪いな。お前、何かしたのか?』
「え……特に何も……。というか、何もしてなくても私って存在がウザいから……」
『ウザいという自覚はあるんだな……。まぁ、敵意があるなら、あからさまに向けられた方がわかりやすくていい。無駄に笑顔で近付いて来る人間の方が、裏では何を考えてるかわからん。逆に警戒すべきだ』
「え……、カ、カイルみたいな?」
『アレはただの単純馬鹿だ』
リーンとルベルがそんなことをぼそぼそと話しているうちに、目的の場所に辿り着いた。高い岩壁に囲まれたその場所はロックバードの縄張りで、2羽のロックバードが岩の上で羽繕いをしているのが見えた。
(わぁ……。ロックバードって初めて見たけど、おっきい~!)
先日遭遇したキラービーよりも遥かに大きく、翼を広げると太陽を覆い隠す程だった。
「リーンちゃん、作戦はどうする?」
振り向いたカイルに、ルベルは岩壁を見上げた。
『即席のパーティで息を合わせるよりも、普段の戦い方をした方がいい。お前たちと俺で、1羽ずつ仕留めよう』
「りょーかい! じゃ、キャロルはいつもの魔法頼むわ。あとは俺とシオンに任せろ」
「はーい」
リーンたちの気配に気付き、1羽のロックバードが羽を広げ向かって来た。キャロルは持っていた杖を向け、呪文を唱えた。
「グラヴィティ!」
杖から放たれた褐色の光がロックバードを覆い、上空を飛んでいたロックバードは、まるで何かに押し付けられるようにゆっくりと降下してきた。
『ほう、重力魔法か』
ロックバードは低い位置まで落ちてきたが、大きな翼をはためかせ突風を巻き起こした。
(すごい風……! これじゃあ近付けないんじゃ……)
そんなリーンの心配をよそに、シオンが風の道筋を読むように素早く近付き、死角からロックバードの羽を斬りつけようとした。しかしその攻撃に気付いたロックバードは、鋭いくちばしをシオンに向けた。
「シオン!!」
(あっ、危ない!)
キャロルが声を上げ、リーンの体にも思わず力が入ったが、くちばしはシオンの頬を掠め、その攻撃でできた隙を見逃さないように、シオンが羽を斬りつけた。
風を起こせなくなったロックバードに、カイルが斧を振り上げとどめを刺し、1羽の討伐があっという間に完了した。
(す、すごい……!)
『なかなかやるな。各々の特性を生かした効率的な戦い方だ』
感心しているルベルに、カイルが斧を担ぎ声をかけた。
「さーて、次はリーンちゃんたちの番だぜ!」
見ると、もう1羽のロックバードがリーンたちに狙いを定めていた。
「ルッ、ルベル! どうするの?」
(いつもだったら魔法を使う所だけど……)
『そうだな、このままの姿でも十分なのだが、カイルのやたら期待した目に応えてやるか』
空に舞い上がったルベルの体が金色に光り、瞬く間にロックバードと同じくらいの大きさになった。
「うぉ!? でかくなった!? すげぇ!」
「あれが本来の大きさなの?」
興奮するカイルの隣で、シオンがリーンに問いかけた。
「う、ううん。あ、あれは……まだ小さいよ。ほ、本来はあれの20倍くらい……かな?」
「マジか! 子供のドラゴンだって噂で聞いてたけど、違うんだな! それを使役してるリーンちゃんって何者よ!?」
カイルは目をキラキラさせ、ルベルの戦いに見入っていた。ロックバードはルベルに攻撃を仕掛けていたが、ルベルの硬い鱗に覆われた体に傷をつけることさえ叶わず、勝敗は明らかだった。
『やはりロックバードごとき、俺の相手にならんな。そろそろ終いにしよう』
ルベルはそう言うと、ロックバードの首元に咬みついた。そして、そのままゆっくりと地上に降りてきた頃には、ロックバードは動かなくなっていた。
「すげぇよルベル! オレはてっきり炎とか吹くのかと思ったけど、ロックバードの素早い動きにこんなに対応できるなんて!」
『傷が少ない方が、採取した素材の値がいいからな。ロックバードは肉も美味いし、羽根もそこそこ高級品だ』
ルベルはカイルと話しながら小さくなると、再びリーンの肩に乗った。
「随分早く終わっちゃったわね。ロックバードも、もっと数がいると思ってたんだけど」
「だな~。これ、ホントにBランククエストか? 簡単過ぎだろ」
「終わったならどっかで休憩しよう。おれ、眠い」
「ねぇ、じゃあ久しぶりに例の場所に行かない?」
シオンたちの会話を聞きながら、ルベルは考えていた。
(結局……シオンには、これといって抜き出た才能は見出せなかった。むしろあいつの戦い方は、どこか危うい。まるで死ぬことを恐れていないような……。懐かしいと感じたことは気になるが、深入りする必要はないな)
ルベルはそう結論付け、パーティを離脱することにした。
『討伐が終わったのなら、俺たちは抜ける。リーン、このままアルミラージの討伐に行くぞ』
「ええ!? そんなの受けた覚えないけど!?」
『俺が、お前の名前で受けておいた。トロイは話のわかる男だ』
「ちょっ!? いつの間にギルドマスターと仲良くなってんの!? てか勝手に何やってんの!?」
『お前に言うよりも話が早いと気付いた。これからは、俺が直接トロイに頼む』
「絶対イヤ!! 認めない!!」
ギャーギャーと言い争いをするリーンとルベルを見て、シオンがぼそっと呟いた。
「リーンって、ルベルとは普通に話せるのに、何でおれたちに対しては気を遣うの?」
「えっ……」
思わぬ問いかけに、リーンはチラリとシオンを見た後、目を逸らした。そんなリーンをシオンは真っ直ぐ見つめながら口を開いた。
「おれとも、普通に話して欲しい。おれのこと、怖い?」
「えっ!? あっ、いやっ、そ、その……」
(別に気を遣ってるわけじゃないんだけど……。ただ、緊張してるだけで……)
リーンは何て答えたらいいのかわからず、下を向いたまま口ごもった。その様子を見ていたキャロルは、リーンに対する視線を遮るように、シオンの顔を覗き込んだ。
「シオン! 無理強いは良くないわよ。ここは女同士、まずはあたしがリーンと仲良くなるわ!」
『仲良く?』
ルベルは訝し気な視線を向けたが、キャロルはリーンに向かい微笑んだ。
「ね、リーン。あたしたち、これから温泉に行こうと思ってるの。女同士、お風呂に入りながら仲良くしましょ」
(え、笑顔で近付いて来る人間には気を付けろ……!)
リーンは、先程ルベルに言われた言葉を思い出していた。
「そうだぜルベル! これも何かの縁だ! オレらも男同士、裸の付き合いをしようぜ! てゆうか、ルベルってオスだよな?」
能天気なカイルの言葉に、ルベルはハァとため息をついた。
(まぁ……リーンに人付き合いをさせるいい機会かもしれない。キャロルは明らかにリーンのことを良く思っていないが、そういう人間と上手く付き合うことが、きっとリーンの成長に繋がる)
『……わかった、行こう』
(し、知らない人とお風呂……!? 拷問か!?)
リーンはにっこりと笑うキャロルを見つめ、全くリラックスできそうもないと項垂れた。
そんな中、岩壁の上に、温泉へと向かうリーンたちの後ろ姿を見下ろす影があった。銀色のふさふさの毛に覆われた巨大な狼のようなその影の足元には、ロックバードの屍が無数に転がっていた。
月・水・金曜日に更新予定です。