83 忘れたくない
83
「なんと……これほどまでに国が発展していたとは! 人間の創造力は侮れんな!」
王都の街並みを見て、人型になっていたヒドルスが感嘆の声を上げた。
王への報告も終わり、調査という名目はあるにせよ、無事に迷宮へと入る許可を得たリーンたちは、協力してくれたヒドルスの“街を見て回りたい”という要望を聞くため、王都の繁華街に来ていた。アクイラとグレイスは王宮での仕事がある為、今日のところはリーンたちとは別行動をすることになった。
「とりあえず、ぼくとシオンは今後の迷宮攻略に向けて、装備を整えるために武器屋と防具屋を見て回ろうと思っています。姫はどうなさいますか?」
シキの問いかけに、リーンは龍の姿で肩に乗っているルベルに目を向けた。
「ええっと……私は、ルベルと一緒にヒドルスの案内をしようと思ってるよ」
「おれもそっちがいい」
そう言ったシオンの首元を、シキが後ろからむんずと掴んだ。
「駄目です。武器や防具のメンテナンスは、ソードマスターであるぼくたちにとって、とても重要なことです。ただでさえシオンは疎かにしがちなんですから、これを機に自身の装備を見直すべきです。では、失礼致します、姫」
リーンの方に歩み寄ろうとしたシオンを、シキが無理矢理引っ張り、ズルズルと引きずるように連れて行った。
「ま、待て! シキ! シオンをそんなぞんざいに扱うな! ここはシオンのサポート役である俺様が代わってやる! さあ! 存分に俺様を引きずり回すがいい!! さぁ、尻尾を掴め!! さぁ、さぁ!! ハァハァ」
「ちょっ……ソール! 無理矢理割り込まないで下さい!」
「も、もうソール! ボクたち人型になってるんだから、ちゃんと二足歩行しないと!」
ソールとルーナもわちゃわちゃとしながらシオンたちに付いて行き、リーンは苦笑いをした後ウララに目をやった。
「ウララちゃんは、装備とか整えなくていいの?」
「あたしの場合、エルフという種族が大きく影響しているので、装備はそこまで重要ではないのです」
「種族が影響?」
「はい。エルフは精霊の力を借り受け、魔法石に宿すことができるんです。エルフは魔力が高いと言われていますが、それは精霊の力を魔力に変換して放出することが出来るからなんです。強い精霊が縄張りにしている場所には、強い魔物が集まるものなので、敵が強い場所ほど力を発揮します」
『なるほど……。その場の強い精霊の力を借り受けるわけだから、必然的に強い魔物とも対等に戦えることになるのか』
ルベルがそう言うと、ウララは小さく頷いた。
「ヒドルス様の湖に言った時、Aランクの魔物がいるにしては、精霊の力がそれほどでもないと感じました」
「あ、そういえば……。ウララちゃん、強い精霊がいないとか言ってたよね」
「はい。あの地の精霊はそれほど強くなかったので、強い魔物も集まらなかったのでしょう。ヒドルス様は魔物ではなく、神獣でしたし」
ウララの言葉に、ヒドルスは目線を左上に向けた。
「そうだな、確かに、あの湖周辺にはあまり魔物がいなかったな」
「迷宮などは強い魔物の宝庫だと聞きますし、そうすると精霊の力はかなり強いと思うので、あたしは特に事前準備のようなものは必要ありません」
「そっかぁ。現地調達ってやつだね!」
「まぁ……言ってみればそういうことですね」
リーンの言い回しに、ウララは小さく笑って同意した。
「なので、あたしもリーン様やヒドルス様と一緒に、街を見て回ってもいいですか?」
期待を込めた瞳で見上げられ、リーンは自身の胸をドンと叩いた。
「も、もちろん! 案内は私に任せて!」
『大丈夫か、リーン、そんな大見得を切って。お前も王都には慣れてないだろう』
「ほ、本屋と図書館とお裁縫屋さんならわかるよ! あ、あと、えっと、歩くときは縫うように!」
そう言って歩き始めたリーンだが、早速人とぶつかり、ペコペコと謝っていた。
「人が多いな。わしが神獣だと明かせば、皆道をあけるのではないか?」
『神獣が人々に崇められていたのは遠い昔だ』
ヒドルスの言葉に、ルベルは少し遠い目をした。
「昔はよかったの~。何もしなくとも、村の人間が供え物を持ってきて……」
「湖では、どうやって過ごしてたの?」
「主に魚を食べていたな。森には果物もなっていたし、猪を狩ったこともあった。人間を真似て焼いて食ったが、肉が硬くてイマイチだったな」
「そういえば……ヒドルス結婚してるって言ってたよね。どうして奥さんは一緒じゃないの?」
「……わしのことは詮索するな。別にぬしには関係ないであろう」
リーンの質問にヒドルスがフイと顔を背けた時、ウララがツンツンとリーンの服の裾を引っ張り、ヒドルスに聞こえないように耳打ちした。
「リーン様、ヒドルス様は不死身と言っていましたが……奥様はそうとは限りません。もしかしたら、ヒドルス様の奥様はもう……」
ウララの言葉を聞いて、リーンはハッとして口を噤んだ。
(わ、私……また空気が読めないことを)
「あ、も、もう詮索しないよ。ごめん……」
リーンはもごもごと気まずそうに謝った。
「わしは腹が減った。何か美味いものが食いたいぞ」
「う、うん! じゃあ食堂にいこっか!」
リーンたちが食堂に向かおうとした時、露店の商人が声をかけてきた。
「お嬢ちゃんたち! 美味しい飴はどうだい?」
「飴ですか?」
ウララが興味を示したので、リーンとヒドルスも立ち止まった。
「王家の守り神、ルクス様を模った飴だよ! こっちは、名門アーウェルサ家の守り神、アクイラ様だ。どちらも王都の土産物として人気があるよ」
店頭には、細部まで精巧に作られた龍の形の赤い飴と、綺麗なオレンジ色の鷲の形をした飴が並べられていた。
(ルクスとアクイラが飴になってるー!)
リーンが驚く中、ウララはキラキラした瞳で飴を見つめていた。
「ア、アクイラ様……!」
「お嬢ちゃんはアクイラ様推しかい? アクイラ様は若い女性に人気があるよ」
「かっ、買います!! 全部下さい!!」
「ええっ、全部!? ま、毎度あり!」
商人はウララの態度に驚きながらも、飴を包んだ。
「素晴らしいな。龍の鱗も細かく再現されている。これが職人技というわけか。わしも、この龍の飴を全部くれ」
「いやいや待ってヒドルス! ヒドルスはお金持ってないでしょ!?」
リーンがそう言うと、ヒドルスは商人にいい笑顔を向けた。
「ツケで頼む」
「ツ、ツケ?」
困惑する商人に、リーンは慌てて財布を取り出した。
「3つ! 3つだけ下さい!」
「みっつ~? わしは全部と言っておる」
「全部買ったら、ご飯を食べるお金がなくなっちゃうの!」
リーンはそう言って、不服そうな顔をしているヒドルスを横目に、商人に金を払った。
「毎度あり! お嬢ちゃんたちたくさん買ってくれたから、歳の数だけキャンディーをサービスするよ。いくつだい?」
そう言って、商人は小さくて丸い形のキャンディーを袋に詰めようとした。
「あたしは185歳よ」
「わしは2569歳だ。ぬしはなかなか太っ腹だな」
『俺は1207歳だ』
「はいぃ!??」
「あー! あー! えーっと、代表して私が! 15歳です!!」
リーンは15粒のキャンディーを受け取ると、足早にその場を後にした。
王都の中心地にある大きな噴水の前で、リーンは立ち止まりハァと大きく息をついた。
「も~、みんなふざけ過ぎ! 見た目7、8歳の子が185歳とかにせん何歳だとか言うから、商人さんビックリしてたじゃん!」
「ふざけてなどいない。わしは2569歳だ」
「ヒドルス様は、人型になっても龍の角が頭に生えていないので、見た目は完全に人間の子供ですものね。あたしもフードを被っているので、エルフ特有の耳が見えず、普通の人間の子供と勘違いしたのでしょう」
ヒドルスとウララはしれっとそう言った。
「そうなんだろうけど……。てゆうか、ルベルまでどさくさに紛れてキャンディー貰おうとしてたよね」
『……』
リーンは肩に乗っているルベルを横目で見たが、当の本人は誤魔化すようにそっぽを向いた。
「なんだか喉が渇きましたね。あたし、何か飲み物を買ってきます。皆様の分も」
『俺も行こう』
ルベルは、リーンのじとっとした視線から逃れるようにウララの肩に乗り、一緒に飲み物を買いに行った。
「ルベルってば……飴が食べたかったのなら、素直にそう言えばいいのに」
リーンはそう呟くと噴水のふちに座り、貰ったキャンディーを一粒口に含んだ。
「はい、ヒドルスも一緒に食べよう」
ヒドルスは、リーンに渡されたキャンディーを口の中に放り投げ、リーンの隣に座りウララたちの後ろ姿を見つめた。
「あやつ……ルベルと言ったか? ルベルは、ぬしという存在がそばにおって、幸せだな」
ヒドルスが突然そんなことを言い出したので、リーンは思わず口の中の飴玉を、丸ごとのみ込みそうになった。
「な、なに急に!? しあ、幸せって……何で!?」
熱くなった頬を冷ますため、リーンは手のひらで顔を扇いだ。
「龍の寿命は長い。すぐに死んでしまう仲間よりも、長生きする仲間の方がいいだろう」
「あ……」
リーンはヒドルスのセリフを聞いて、押し黙った。
「わしもたくさんの者たちを見送ってきたが、残された瞬間に感じる虚無感には、一向に慣れない」
ざわざわと騒がしい王都の中心地で、ヒドルスの声は何故かハッキリとリーンの耳に届いた。
「そ、そんなの……慣れちゃったら、悲しい、よ……」
そう小さく呟いたリーンに、ヒドルスは目元を和らげた。
「ぬしは、転生を繰り返しとると言ったか」
「え、う、うん……」
「では、次に転生した時、今のこの記憶は消えるのか?」
「そ……」
“そうだ”と、何故かリーンは言いたくなかった。忘れることが、まるで後ろめたいことのように感じ、リーンはバツが悪そうな表情をした。
「そんな顔をするな。別に、ぬしを責めているわけではない。人間にとっては普通のことだ。人間の脳みそは、何かを忘れないと新しい事柄は記憶されない。何せ容量が小さいからの。まぁ、わしらはちと寂しい気持ちにはなるがな」
「私も……もう、忘れたくない」
(せっかくルベルと愛し合っていたことを思い出したのに、また忘れるなんて……)
口の中で溶けていく飴が、まるで自身の甘い記憶のようで、リーンは無くなってしまわないように転がすのをやめた。その時、ヒドルスがリーンの顔を覗き込んだ。
「不死の人間であることが稀なのに、記憶まで失いたくないとは、贅沢な悩みだ」
「私は、ヒドルスみたいに完全な不死じゃないし……。不完全な不死……だからこその悩みだよ。だって、他の皆は覚えててくれてるのに、私だけ忘れちゃうなんて……」
「日記を書けばいい」
リーンが悲しそうな表情をしたので、ヒドルスは慰めるように穏やかな口調でそう言った。
「……日記?」
「そうだ。まぁ日記でも自伝でも、未来の自分への手紙でも……形態は何でもいい。転生した後、それを読めば記憶を思い出せるように、記録を残しておくんだ。ぬしは普通の人間よりも、記憶の整理が上手い。きっと脳を損傷することなく、思い出せるであろう」
「そ、そっか……日記……。そうだね、書いてみるよ!」
少し明るい表情に戻ったリーンを見て、ヒドルスは再び目元を和らげた。
「あ、あの……じゃあさ、ヒドルスにだけ、私の日記の隠し場所を教えておくから、私が転生して字が読めるくらい成長したら、それを私に渡してくれないかな? それで、記憶を思い出す手伝いをしてくれると助かるんだけど……」
「なんだ、わしを使うつもりか? 神獣を侍らせるにもほどがあるぞ」
「言い方! そんなんじゃないよ! 同じ不死仲間として頼んでるの!」
「不死仲間か。いいだろう。というか、ルベルに頼んだ方が確実なのではないか? ぬしの伴侶なのだろう?」
「伴っ……」
リーンは思わず口の中の飴を嚙み砕いた。
「伴侶とか、そっ、そうなったらいいなって思うけど……。て、てゆうか、もしもルベルに日記を読まれちゃったら、なんか恥ずかしいし!」
「あやつへの愛を綴るであろうからの。わかった、日記の件はわしが責任を持って未来のぬしに渡してやろう」
「だから言い方!! あ、愛を綴るとか、そんなんじゃないから!!」
「照れるな人間。気持ち悪いぞ」
(こ、この~)
ニヤニヤしながら面白がっているヒドルスを、リーンは赤い顔で睨みつけるのだった。
リーンがヒドルスにからかわれていた頃、ウララとルベルは飲み物が売っている露店へと向かっていた。しかし、ウララは露店を通り過ぎ、人気のない路地へと入って行った。
「ルベル様、気付きましたか?」
『ああ。何やらつけられているな』
ウララとルベルは、自分たちを追いかけてくる何者かの気配を感じ取り、路地へと誘導した。
「何者でしょうか? いずれにしても、ここで迎え撃ちます」
明らかに駆け足で追いかけてくるその不審な男に対し、ウララは狭い路地の角を曲がった所でくるりと振り向くと、伸びてきた手の主に向かい杖を向けた。
『待て、ウラ……』
「ライトニング!」
「ギャーーーーー!!」
ルベルが追いかけてきた男の正体に気付き、ウララを止めようとしたが間に合わず、ウララの魔法はバリバリと音を立て、見事にその男に命中した。
「安心して、死なない程度の稲妻に抑えたわ。貴方は何者? 何故あたしをつけ狙うの?」
稲妻に打たれた男は、その場に倒れたまま頭だけを動かし、ウララを見上げた。
「リ……リーンじゃない……のか? 白い龍を乗せてるから……てっきり……」
「え?」
ウララが首を傾げる中、ルベルはハァとため息をついた。
『久しぶりだな』
「……なんだよ……やっぱり、ルベルじゃねーか……」
「え? え? ルベル様、お知合いですか?」
『お前がコソコソついてくるから、怪しいヤツかと思った。元気か? カイル』
「今の状況見て……元気だと思うか……?」
痺れて動けなくなっているカイルを、ルベルはウララの肩から冷静に見下ろすのだった。
次回、7月14日(日)更新予定です。




