8 パーティ結成(本日限定)
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「これがいいと思うよ!」
『いや……採取は時間がかかる。このCランクのアルミラージ討伐にしよう』
「昨日も討伐だったじゃん! 今日はのんびり採取しようよ!」
『のんびりしているヒマはないと言っただろう。討伐クエストの方が報酬もいいし、すぐ終わる。追加でレアアイテムも手に入るかもしれん』
「でも討伐対象に辿り着くまでに他の魔物も倒さないといけないし……、今あるのって、人口の多いⅮランクの冒険者にも人気のやつばっかりだから、お昼ご飯を食べる時に他の冒険者の人とかち合っちゃうし……」
『今から昼飯の心配をするな。というか、俺たちは討伐に行くんだぞ。昼飯とかどうでもいいだろう』
「どうでもよくない! 一番重要だよ! 別にね、食べるのはひとりでいいの! けど、周りに“あいつひとりで食ってるぜ”“マジかよ、友達もいねーのか”って同情の目で見られるのが嫌なの! 私は好きでひとりでいるんですぅ! って言いたいの!」
『本当にどうでもいい話だな。そんなに気になるなら、俺が人型になって一緒に食ってやる』
「ルベルが人型になると、逆に注目されるんだよ! ちょっと顔がいいから、女性冒険者がこっちをチラチラ見て、“どうしてあんなイケメンが、あんなこ汚い子と一緒にいるのかしら”“きっと何か弱味を握っていて、無理矢理服従させているんだわ”“酷い女ね”とか何とか言われて、“その酷い女、オレたちが調教してやろうか、うへへへへ”って薄暗い森に呼び出されて手籠めにされて、最終的には海の藻屑になるんだよ!」
『だからそれはお前の妄想だろう。しかも何でいつも手籠めにされる展開になるんだ。いい加減、色々と面倒くさいぞ、お前』
リーンとルベルは、ギルドのクエストボードの前で言い合いをし、中々受けるクエストを決められないでいた。
『本当は、このBランクのロックバードの討伐をやりたいが……最低必須人数が3人だ。パーティを組んでない俺たちには受けられない』
「パーティなんて、リア充じゃないと無理だよ。私たちみたいな底辺の人間は、大人しくヘルバを摘んで、日陰で生きて行かないと……」
『俺を“底辺の人間”の中に入れるな。まぁ実際、他の冒険者はただの足手まといだし、俺の使う魔法は特殊だから、他のヤツがいる時は使うのを避けたい。ロックバードは諦めよう』
「じゃあ採取クエストを……」
『アルミラージだ』
「おっ! このロックバード討伐はどうだ? 3人以上で受けられるぜ!」
リーンとルベルが睨み合い、堂々巡りをしていた時、隣でボードを見ていた冒険者パーティの会話が聞こえ、リーンは思わず顔を向けた。
そこには、昨日出会ったシオンとカイル、キャロルの姿があった。カイルは自分たちを見ていたリーンに気付き、声をかけた。
「あれっ、もしかして、昨日の……」
「あ、あ、あ、あ、そそその節は」
「リーン」
シオンに名前を呼ばれ、リーンは少し赤くなった。
「あんた、冒険者だったの? そのドラゴン……もしかしてテイマー?」
「え!? ドラゴンって……もしかして、あの有名な新人ドラゴンマスター!? マジかよ!! 昨日、どっかで聞いたことあるような風貌だと思ってたんだよな! ホントにドラゴンを肩に乗せてるぜ!! すげぇ! オレ、ドラゴンなんて初めて見た!!」
シオンの言葉を聞き、ルベルに目をやったカイルは、興奮気味にまくし立てた。
『リーン、まさか知り合いか? 俺の知らない所でいつ知り合った?』
ルベルは、リーンに知り合いができていたことに純粋に驚いていた。
「うぉ!? 喋った!? マジか!! コンニチハ! コンニチハ!」
『……少しうるさいぞお前、黙れ』
まるで九官鳥に言葉を教えるような喋り方をしたカイルを、ルベルはぎろりと睨み付けた。そしてリーンの方に顔を向けると、淡々と尋問した。
『こいつらは誰だ? いつ知り合った? どういう状況だったんだ?』
「え、えっと……あの……」
どう説明していいのかわからず、モゴモゴと口を動かすリーンを流し目で見ていたキャロルが、口を挟んだ。
「その子がシオンを逆ナンしたのよ」
『はぁ!?』
「いやっ!! ちがっ!! 違う違う違う違う!!」
慌てるリーンを見て、シオンがルベルの前に出た。
「リーンが俺を店員と間違えて話しかけて、それをおれがナンパされたって勘違いしたんだ」
リーンは、シオンの言ったことにコクコクと激しく頷いた。ルベルは黙ってシオンを見つめ、その銀色の瞳に、リーンが感じたような、何故か懐かしい不思議な感情を抱いた。
(何だ? この人間は……。前に、会ったことがある?)
「なぁ! リーンちゃんもクエスト受ける所なんだろ? よかったら、オレたちと一緒にロックバードの討伐に行かないか?」
ルベルが何か思い出そうと思案したのを、カイルの提案が遮った。
「ちょっと! 何言ってんのよカイル! この子、冒険者の間で噂になってるのよ! ソロで動いてて、人を寄せ付けないって……」
「そんなのただの噂だろキャロル。オレ、ドラゴンが戦うとこ見てみたいんだよ! な!? シオンもいいよな?」
「おれは別に構わないけど」
「ちょっと、シオンまで……」
「ほら~、シオンもぜひって言ってるしさぁ! リーンちゃんも、どう!? いい? いいよね!?」
カイルに顔を覗き込まれ、リーンは目を泳がせた。
「へ!? あっ、あの、え、えっと……」
「リーン、おれも、あんたと一緒に戦ってみたい」
シオンに期待を込められたような瞳を向けられ、リーンは背中に変な汗を掻いていた。
(どっ、どっ、どっ、どうしよう……! 何かめっちゃ断り辛い!!)
『報酬の分配はどうなる?』
動揺するリーンの代わりに、ルベルが口を開いた。
「ルッ、ルベル!?」
「お!? ドラゴンちゃんは乗り気だな! 報酬はギルドの規定に沿って4等分。ウチのパーティでは、ドロップアイテムは分けれる物だったら分けて、そうじゃないのは順番で貰うって仕組みにしてんだけど……今回はドラゴンちゃんたちに全部譲るぜ。無理矢理誘ってるのはコッチだしな!」
『いいだろう。今回だけお前たちとパーティを組んでやる。あと、俺のことはルベルと呼べ。二度とドラゴンちゃんと呼ぶな』
「交渉成立だな! よろしくルベル! オレ、さっそく受付で手続きしてくる!」
カイルはそう言うと、シオンとキャロルを連れて受付に行った。
「ルッ、ルベル! 大丈夫なの? あの人たちがいたら魔法が使えないじゃん!」
『ロックバードごとき、魔法を使わなくても倒せる。というか、ちょうど受けたかったクエストだし、渡りに船だ。報酬が4等分になるのは痛いが、レアアイテムをドロップしたら俺たちが貰えるから、まぁいいだろう。それに……』
そこまで言って、ルベルは口を噤んだ。
「え?」
『いや、何でもない』
リーンは訊き返したが、ルベルは黙ったまま思考を巡らせていた。
(共に戦えば、あのシオンとかいう男のことが……何かわかるかもしれない)
ルベルは、シオンに感じた懐かしさの正体を探るように、受付にいるシオンの後ろ姿を見つめた。
時は少し遡り、月明かりが照らす夜の森の中……ルベルに殴られたジョニーは、半べそでズルズルと体を引きずりながら歩いていた。
「うぅ……くそっ……痛ぇ……痛ぇよ……」
「キミ……どうしたの? 大丈夫?」
ひとりの男が、ジョニーに声をかけた。
月明かりに照らされ、ひと際目を引く薄いピンク色の髪の毛に、翡翠のような緑色の瞳、穏やかで優しい顔つきをしたその男に、ジョニーはすぐさま泣きついた。
「たっ、助けてくれ……! 今、人型になった龍に襲われて……!」
「酷いケガだね、待って、今、痛み止めをあげるよ」
男はそう言って、ごそごそと鞄の中をまさぐった。
「一体誰にやられたんだい? 人型になった龍ってことは、獣人族かな?」
「わ、わからねぇ……。だが、あの新人冒険者の仲間だ……! 赤い目の女冒険者!」
「赤い目の……」
男の瞼が、ピクリと動いた。
「あの赤目が連れてた龍は、普通の龍じゃねぇ! 右目にすげえ傷があって、おれの事を殺すって脅してきやがった! リーンを傷付けたら殺すって……!」
男は一瞬目を見開いたが、すぐに穏やかな表情をした。
「リーンって、その赤目の冒険者の名前?」
「あ? あ、ああ。ギルドに登録する時に、そう名乗ってた……。テイマーだって言ってたのに、あの女が見たこともねぇ魔法を使って、キラービーをぶっ殺したんだ!!」
「へぇ……そうなんだ……」
「あんな気味が悪い魔法見たことねぇ……きっとあの赤目は悪魔の化身だ! あのツノ野郎は龍じゃなくて、使い魔か何かだ!」
興奮するジョニーを落ち着かせるように、男はジョニーの背中を支えながら、何やら液体が入った小瓶を渡した。
「大変だったんだね……。さぁこれを呑んで。痛みから解放されるよ」
「あ、ありがてぇ!」
ジョニーは男に渡された液体を、ごくごくと呑み始めた。
「あ、ごめん間違えた。それ、水虫の薬だ」
「ぶはぁ!!」
ジョニーは飲んでいた液体を吹き出し、派手に咳込んだ。
「な、なんてモン呑ませんだ!! てか、ほとんど呑んじまったじゃねぇか!!」
「なーんて、嘘だよ」
男はいたずらっぽい笑顔を見せたが、ジョニーは男の胸倉を掴んだ。
「はぁ!? ふざけんな! ナメてんじゃねぇぞ!!」
「軽いジョークだよ。キミは怒りっぽいね。そんなだから、“愛”に気付かないんだ」
「愛? 何を言って……、う……ぐ……」
男を睨みつけたジョニーだったが、突然喉を押さえ苦しみだした。
「ぐっ……ぐぅっ!?」
男は、苦しみながら崩れ落ちるジョニーを、凪いでいる海のような穏やかな瞳で見つめた。
「痛みを与えるのは、愛があるからなんだよ。きっと彼は、キミが“リーン”に深入りしたら、命を落とすことになるって伝えたかったんじゃないかな? 彼なりのキミへの思いやり……つまりは愛だ」
「く……苦し……げぇっ、ゲホッ!!」
ジョニーは目を見開き、口から大量の血を吐くとそのまま動かなくなった。男はそんなジョニーを見下ろし、にっこりと笑った。
「キミは、愛を知るには未熟過ぎたね」
男はそう言うと、森の中へと消えて行った。
月・水・金曜日に更新予定です。