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引きこもり龍姫と隻眼の龍  作者: 鳥居塚くるり
72/114

72 キス

72


「リーン、夜遅くごめん。今大丈夫?」


「シオン! うん、大丈夫だよ!」


「ルベルは?」


「ルベルは今お風呂に行ってていないよ」


「そっか。じゃあここで……」


シオンは手に持っていた紙袋を渡そうとしたが、シキとピオ七の話で盛り上がり、テンションが上がっていたリーンは、シオンの腕を強く引っ張った。


「入って入って! お茶でも淹れるよ! 実はジークにお茶の淹れ方を習ったんだ! シキさんにもご馳走すればよかった。盛り上がっちゃってすっかり忘れてたよ」


「え? あ、いや、でも」


珍しく躊躇したような素振りを見せたシオンだったが、リーンに強引に部屋の中へと引き入れられた。


「……」


「待ってね! 今準備するから!」


フンフンと鼻歌を歌いながらお茶の準備をしようとしたリーンに、シオンは怪訝そうな顔を向けた。


「シキも、部屋に来たの?」


「うん! 今までピオ七について喋ってたの! シキさんもピオ七を読んでくれたみたいで」


上機嫌なリーンを見て、シオンは自身の手に持っていた紙袋に視線を落とした。


「シキは……女だけど、あんたのこと好きなんだし……。あんたは、()()だと思ってるのかもしれないけど、でもシキは」


「あっつ!!」


リーンが突然声を上げた為、シオンはリーンに歩み寄った。


「どうしたの?」


「お湯がちょっと指にかかっちゃって……でも大丈夫」


リーンは指に火傷を負ったようで、少し赤くなっていたが、治癒能力によりその赤みは徐々に引いていった。


「なんか、記憶が戻って、ルベルとふたりきりの夜を過ごすこと考えたら緊張しちゃって……。シオンが来てくれてよかった! お茶でも飲んで心を落ち着けるよ!」


リーンのセリフにシオンは短く息を吸い、紙袋を持つ手に力を込めた。


「……リーンは、ずっと、ルベルを……」


その先を言うのを躊躇し、シオンはキュッと唇を噛んだ。リーンはそんなシオンには気付かず、ティーポットにお湯を注ぎながら話を続けた。


「前は、お湯の温度が低すぎるってジークに注意されたんだ。今度は熱々にしてみたから、上手く入れられると思うよ」


そう言ったリーンに、シオンは鋭い顔つきになった。


「ジークに習ったって、いつ?」


「え? あ、えっと……川に落ちた後、なんか隠れ家? みたいな所に行って、その時に。私もビックリしたんだけどね、すごくテキパキしてて、入れてくれたお茶もすっごく美味しくて」


「自分を攫った相手に、お茶を習ったの? ヤツを信用したってこと?」


「え、信用っていうか……。ジークも、色々あったみたいで……」


シオンは眉間にしわを寄せると、少し声を大きくした。


「危機管理能力が低すぎるんじゃないの? ジークは人を殺してる。そんなヤツを手放しで信用したの? もしかしたら毒が入ってたかもしれないのに、ヤツが淹れたお茶を飲んだの? 浅はか過ぎるよ」


「ど、毒なんて! た、確かに、毒を作る工程と似てるって本人も言ってたけど、私はすぐそばで見てたし、変なものは入れてなかったよ!」


リーンが言い返すと、シオンはハァと大きくため息をついた。


「そうやって優しいそぶりを見せて、あんたのこと騙そうとしてたんじゃないの?」


「そん……そんなの、わから、ないけど……」


苛立った様子のシオンに、リーンは語尾が小さくなっていった。しかしシオンは、追及の手を緩めなかった。


「今だって……こんな夜遅く、ルベルがいないのに男のおれを部屋に入れて、おれに襲われるかもしれないとか考えなかったの?」


「お、襲うなんて、シオンが、そんなことするわけ……」


「するわけないって、どうして言い切れるの? おれが“狼騎士”だから? 守ることはあっても、襲うことはないだろうって思ったの?」


シオンに銀色の瞳を真っ直ぐ向けられ、リーンの脳裏に、同じ瞳を持つシルバーの記憶が過った。


「ち、違う……。そういうわけじゃ……」


「おれだって……男なんだ。あんたはルベルしか見てないのかもしれないけど、おれのことも意識しろよ……」


「シ、オ……」


いつものシオンとは違う、乱暴な口調と強い視線に、リーンは思わず後退りをした。しかしシオンは、リーンの手首を引っ張り、自分の方へ引き寄せた。


「……今さら警戒すんなよ」


シオンは持っていた紙袋を手放すと、その手でリーンの頭を押さえ、無理矢理唇を重ねた。


「んっ、んんっ!?」


驚いたリーンは必死で抵抗したが、シオンの力は強く、引き離せなかった。


「んっ……だっ、や、だっ!」


リーンは渾身の力でシオンの胸を押し返した。その拍子にシオンが自ら落とした紙袋を踏んずけ、何かが割れる小さな音がした。


「……ごめん」


涙目になっているリーンを見つめ、シオンは一言そう言うと足早に部屋を出て行った。リーンはヘナヘナとその場に座り込み、震える手で口元を覆った。


(え、何? 何が起こったの?)


唇にはキスの感触が残っていて、リーンは混乱しながらも、自分の置かれた状況を整理しようとした。


(キス……された? シオンに? ほっぺたじゃなくて、唇に……)


突然のことに呆然とする中、シオンが落とした紙袋が目に入った。リーンは紙袋を手にし、中味を取り出した。中には、ピオ七の最新巻と、購入者特典の割れたマスコットチャームが入っていた。そしてリーンは、シオンが部屋に来た時に、この紙袋を渡そうとしていたことを思い出した。


「シオン……、シオンも……これを、私に……」


リーンは本を胸に抱き、割れてしまったマスコットチャームをただ見つめていた。




一方、ルベルはソールとルーナと共に風呂に入っていた。


「ルベル! 貴様、俺様の尻尾を掴んで引きずり回したそうだな! ルーナに聞いたぞ!!」


「引きずり回したなんて言ってないよ! 引きずって、街まで運んだって……」


「そうだな。()()()はいない。ただ引きずっただけだ」


「貴様が()()()()()ということが問題なのだ! 俺様にそういうことをしていいのは、シオンだけだ!」


「引きずったのは俺だが、お前はシオンに引きずられてる幻覚を見てたし、満足度は同じだろ」


「貴様に引きずられたということが屈辱なのだ!! 俺様は、誰に対しても屈辱を愉悦に変換できるわけではない!」


「……」


ソールの言い分に呆れ、ルベルが息をついた時、勢いよく風呂場の扉が開かれ、服を着たままのシオンが入ってきた。


「シ、シオン!? どうしたのだ!? そんな鬼気迫ったような顔をして……。ま、まさか、風呂でリラックスしている無防備な俺様を蹂躙しようと……!? ハァハァ」


興奮するソールの横を通り過ぎ、シオンはルベルの前に立った。


「ルベル、おれを殴って」


「は?」


突然のシオンの言葉に、ルベルは目を見開き固まった。


「なっ……何を言っているのだシオン!! 気をしっかり持て!! 貴様は殴られることに快楽を覚えるヤツじゃなかっただろう!?」


「ソール! ちょっと落ち着いて! なんかシオンの様子が変だよ」


慌てふためくソールを落ち着かせようと、ルーナがそばに歩み寄った時、シオンが再び口を開いた。


「リーンにキスした。今頃泣いてるかもしれない」


次の瞬間、シオンの体が風呂場の端まで吹っ飛んだ。ソールとルーナが止める間もなく、ルベルはシオンを殴り、一発で吹っ飛ばされたシオンを一瞥した。


「ルーナ、ウララを呼んで来い。多分鼻と顎の骨が折れてる。俺は部屋に戻る」


ルベルはそう言うと、呆然としているソールとルーナを尻目に、風呂場を出て行った。


次回5月3日(金)更新予定です。

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