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引きこもり龍姫と隻眼の龍  作者: 鳥居塚くるり
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6 買い物クエスト


「いつまでメソメソしている」


「ル……ルベル……」


ドアを蹴破ったのは、人型になったルベルだった。ルベルは仁王立ちでリーンを見下ろすと、眉間にしわを寄せた。


「お前、飯を食っていないのか? 何だその力のない目は。お前の魔力がないと、俺も弱るんだ。とにかく何か食って力を取り戻せ」


「……何も……欲しくない」


「そう言って、もう4日も何も口にしていないではないかリーン!」


俯き、涙を滲ませたリーンに目をやったロベルトが、心配そうに声をかけた。


「どうりで……子供のくせに肌のハリとツヤが皆無だ。まさか風呂にも入っていないのか? 女というより、人として終わってるぞ」


「別に……どうでもいい。もう……どうでも……」


ベッドにもたれかかるように項垂れたリーンの前に、ルベルは片膝をついた。


「俺にとってはどうでもよくないぞリーン。ちゃんと飯を食え」


「欲しくないって言ってるじゃん……。もう、ほっといてよ……」


「……お前は昔から無駄に頑固だからな。では、欲しくさせてやろう」


ルベルはそう言うと、リーンのわき腹に手をかけ、豪快にくすぐり出した。


「わっ、わは! やめ、やははははは!! あははははは! な、何して……やめ、やめてぇ!!」


「飯を食うと言うまでやめない」


「わかっ、わかったぁあははははは! 食べる! 食べるからぁあははははは!!」


それからルベルは、くすぐられぐったりとしたリーンを尻目に、テキパキと食事の準備をした。

部屋に小さな食卓を用意し、リーンとルベルは隣同士に座った。


「ミルク粥を準備させた。よく噛んでゆっくり食え」


「……」


リーンはお粥の入った器を見つめたまま、黙り込んだ。


「どうした? スプーンも持てないくらい力が入らないのか? それとも、俺に食わせて貰いたいのか? まるで赤子だな」


ルベルの言葉にムッとしたリーンは、スプーンを持ちお粥を口に運んだ。


「熱っ……」


「気を付けろ。貸せ、俺が冷ましてやる」


ルベルはリーンからスプーンを取り上げると、フーと息を吹きかけた。するとルベルの口から炎が噴き出し、ゴゥという熱風と共にスプーンに乗っていたお粥が黒コゲになった。


「わぁ! ちょっとルベル!!」


「悪い、誤って炎を吐いてしまった」


「冷ます所か、これじゃ食べれないくらい黒コゲだよ!」


「加減が難しい。どれ、もう1回……」


「わー! もういい! いい! 自分でやるから! もう……ふ、ふふっ……」


リーンはおかしくなって、思わず噴き出した。


「あはは! ビックリしたぁ」


クスクスと笑うリーンを見て、ルベルも口元を綻ばせた。


「やっと笑ったな」


「!」


そう言われ、リーンは咄嗟に口元を手で覆った。ルベルはリーンを見つめると、大きな手でリーンの頭を撫でた。リーンは気まずそうに目を逸らし、口を尖らせた。


「さっき……笑ったじゃん……くすぐられて」


「あれは無理矢理だったからな。自然に零れた笑顔の方が、ずっといいに決まってるだろう」


ルベルの言葉に、リーンは少し赤くなった。


「マリーは……、お前の母は……優しい人だった。俺も大好きだった。だがお前がずっと泣いていては……彼女も悲しむだろう」


母がしてくれていたように優しく頭を撫でられ、リーンは目頭が熱くなった。


「講師の件は……お前のせいじゃない。あれは……」


そう言いかけたルベルだったが、なぜか口を噤んだ。そして気を取り直すように小さく息をつくと、まるで慈しむような瞳でリーンを見つめた。


「お前にはお前を心配してくれる父がいる。お前はひとりじゃない。大丈夫だ、リーン。俺も……ずっとお前のそばにいる」


リーンは涙目でルベルを見つめると、黒コゲになったお粥をぱくりと食べた。


「にがっ!」


「いや、そりゃそうだろう」


「苦くて……涙出てきた……」


リーンはそう言いながら、涙を隠すように俯いて、必死にミルク粥を口に運んだ。ルベルはそんなリーンに口元を緩め、優しく頭を撫で続けた。





(ルベルは……いつだって私を心配して、励ましてくれて……。私は、本当にルベルに甘えてばっかりだ……)


リーンは目を開けると、顔を上げ大きく息を吸った。そしてコートラックに掛けてあったローブを着ると、前を見据え外に出た。


(よし! ひとりでも……成功させる! このクエストを!)


深くフードを被ると、リーンは真っ直ぐアクセサリーショップに向かった。リーンにとってのクエスト……それは、“ひとりでアクセサリーショップに入り、チェーンを買う”という単純なものだった。しかし長年引きこもっていたリーンにとって、それはかなり難易度の高いクエストだった。


案の定、アクセサリーショップが放つきらびやかな雰囲気に、リーンの足が止まってしまった。


(こ、これは……一度店に入ったら、何か買わないと出られないというダンジョン……!!)


リーンは店の前を行ったり来たりし、その後しばらく店を睨みつけていたが、意を決し中に入った。


(いや、買うものは決まってる! チェーン! とにかくチェーンを買えばクエストは達成だ!!)


ウロウロと商品を物色していたリーンだが、なかなかいい感じのチェーンが見つからなかった。その時レジにいた店主がウウンと咳払いをし、リーンは体をビクリと震わせた。店主はただ単に喉の調子がおかしかっただけなのだが、リーンは自分が疎まれていると思い込み、焦っていた。


(ど、どうしよう、どうしようどうしよう……何か買わないと……何か、何か……そ、そうだ! とりあえずこれを手に持っておこう!)


「わ、わぁ~かわいい~……これ、買お~」


リーンは、ぼそぼそと小芝居をしながら、棚にあった小さな丸い朱色の石が揺れるピアスを手にした。


(よ、よし! とりあえずはこれで店を追い出されないで済むはず……)


そして再び店を見回すと、壁に飾ってあったチェーンが目にとまった。


(あ、あれ、長さも色もいい感じかも……)


リーンは近付いてチェーンを手に取ろうとしたが、リーンの背丈では届かない位置に飾られていた。


(これは……別の高難易度クエストが発生している……!!)


それは、店員に声をかけ取ってもらうというごく当たり前のことなのだが、例え店員だとしても、知らない人に話しかけるということ自体が、リーンにとっては特Aランクのクエストだった。


(ど、どうしよう……諦める? で、でも、そしたらまた違うアクセサリーショップに行かないといけないし……できればここで終わらせたい!)


「だ、大丈夫……私はできる……私はやれる……」


リーンは自分を勇気づける為、ブツブツとそう呟くと、店員らしき男性に声をかけた。


「あっ……ああああのっ……!」


声をかけられた男性は振り向くと、リーンを見下ろした。深紫色の髪の毛に銀色の瞳をしたその男性は、ルベルに負けず劣らず整った顔立ちをしていた。


「何?」


(たっ……ため口……!! 店員なのにエラそう!!)


「あ、あの……えっと……」


リーンは目を泳がせながら、壁に飾ってあるチェーンを指差した。


「あれが……欲しい、です」


「え?」


男性に訊き返され、リーンはギュッと目を瞑った。


(この“え?”には、きっと“オメーみたいな底辺の人間が、俺みたいなオシャレカリスマ店員に話しかけてんじゃねぇよ”っていう言葉が隠されている……気がする!)


リーンは小刻みに震え、パニック状態になった。


(どどどどうしよう……! 怖い! 逃げたい!)


後ずさりをし、チラリと後方を確認すると、出入り口付近で女性同士が何やら談笑していた。


(しまったーーーー! 出入口が塞がれている! 逃げたい! だが逃げられない!!)


リーンは動揺を悟られないように深呼吸をした。


(いやいや、落ち着け! 私は客! お金払う! モノ買う! 私は客! お金払う! モノ買う!)


リーンは呪文のようにそう自分自身に言い聞かせると、顔を上げ、しっかりと男性を見つめもう一度口を開いた。


「ああああれが、欲しい、です!!」


男性は無表情のまま黙り込み、しばらくリーンを見つめていたが、手を伸ばしチェーンを取ると、レジに向かった。


(つ……通じたぁ~! やったあ~!)


達成感で胸がいっぱいになったリーンも、男性の後についてレジに向かった。


レジにいた店主にチェーンを渡した男性は、リーンが手にしているピアスに目をやり、淡々とした口調で問いかけた。


「それも買うの?」


「えっ、あっ……い、いえ……」


「買わないの?」


(ヒィ! これも買うんだろうなぁ?っていうオーラが凄い!)


「あっ、かっ、買います! もちろん買います!」


男性は返事を聞くと、リーンの手からピアスを取り、それも店主に渡した。


「全部で銀貨2枚ね」


店主の言葉にリーンは財布から金を払おうとしたが、男性が先に銀貨を置き、商品を受け取った。


(えっ……)


戸惑っているリーンに、男性がやはり淡々とした口調で声をかけた。


「行かないの?」


「え? あ、行き……ます」


リーンは、スタスタと店の外に出て行く男性の後を慌てて追った。


(え? 何これ? どういうシステム? お金っていつ払うの? この人に渡すの?)


今まで外でひとりで買い物をしたことがないリーンは、どうしていいのかわからないまま、男性の後について行くしかなかった。



月・水・金曜日に更新予定です。

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