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引きこもり龍姫と隻眼の龍  作者: 鳥居塚くるり
51/114

51 シオン

51


「おれは、家には帰らない」


シオンは少し伏し目がちになりながらも、強い口調でそう告げた。


「父さん、ぼくも家には帰りません。ヴァーミリオン家の婿養子になります」


「だからお前も何を言ってるんだ」


話に割って入ったシキに対し、盛大なため息をついたシリウスは、厳しい表情でシオンを見据えた。


「シキはともかく、シオン、お前は次期当主だぞ。冒険者などという()()()(うつつ)を抜かす暇があるなら、家業を継ぐ為に私の仕事をそばで見ていろ」


シオンはギュッと拳を握ると、強い瞳でシリウスを見つめた。


「遊びじゃない! おれは、“狼騎士”としてリーンと一緒にいるんだ!」


シリウスはチラリとリーンに視線を向け、リーンはその視線に畏縮し、思わずルベルの後ろに隠れた。


「“龍姫”を守るのは“狼騎士”の使命……そんなのは大昔の話だ。先見の明を持つと言われる“鷲眼師(じゅがんし)”であるアーノルド殿は、その類まれなる先読みの能力を活かし、王の側近をしておられる。“蛇術師”であるアマンダ殿は、毒の解明や分析など、呪術の研究にご尽力されている。そして“狼騎士”である我がヴィーグリーズ家は、その身体能力と剣の腕を活かし、要人の警護という仕事に就いている。皆、そうして社会に貢献しているんだ。私が見る限り、お前はただ理由を付けて家業から逃げているに過ぎない。いつまでそうして甘えているつもりだ」


「……甘えてなんかいない。おれは……」


「大体、お前はリーンさんと接触したにもかかわらず、リーンさんはひとりでこのマグナマーテルの屋敷にいた。それは、護衛に失敗したということだろう。()()()大事には至らなかったようだが、お前の中途半端な行動が、惨事を引き起こすことだってある。お前は、()()()()()()()()()()()()()()


「……っ」


シリウスの言ったことに、シオンは言葉を詰まらせた。


(よく、わかってる――――。おれは、また……)


過去を思い出し、シオンの体は小さく震え、瞳には後悔と罪の色が浮かんでいた。




10年前――――


「シオン、今回もお前を連れて行く。私たちの()()をよく見ておけ」


おれが7歳になると、父は頻繁におれを仕事に同行させた。


「父さん! ぼくも連れて行って下さい!」


「お前はダメだ、シキ。母さんのそばにいなさい。シオン、すぐに準備しろ」


「そんな……、どうしてシオンだけ……」


父が去った後、シキはおれを睨み付けた。思えばこの頃から、シキはおれのことを忌々しく思ってたのかもしれない。シキだけじゃない。共に家業を手伝っていた従兄弟たちも、()()()()()()であるおれを疎ましく思っていた。


“当主の()()という理由だけで後継者に選ばれた”


“やる気がないヤツを上に立たせるのか”


“シキ様の方が、よっぽど当主に相応しい”


皆が陰でそう言っていたことを、おれは知っていた。


確かにおれはやる気がなかった。最初は、“要人警護”は国の重要人物を守るという大事な仕事なんだと、父や従兄弟たちを見てそれなりに誇りを感じていたのだが、守るべき“要人”が、必ずしも()ではないと気付いたからだ。()()から守らねばならないほど、“要人”は恨まれていることが多かった。おれが父の仕事に付いて行ったこの時の“要人”も、“一般市民”から恨まれていた。


「アンタ、アイツを守っとる一味のヤツ?」


「え?」


父が要人を護衛している所を、少し離れた場所から見ていたおれに、獣人の少女が声をかけてきた。浅黒い肌に、銀色の髪の毛の隙間から猫のような耳が覗き、ガーネットを思わせる赤い瞳は、まるで獲物を狩る肉食獣のように強い光を宿し、真っ直ぐおれを見据えていた。当時のおれと、同い年位の少女だった。


「一味……っていうか……まぁ、うん」


「何であんなヤツ守るん? アイツは、私のお母さんを殺したヤツやのに」


「殺した?」


「エマ!」


おれが思わず訊き返した時、路地から出てきた獣人の男が少女の腕を掴んだ。


「お父さん」


少女に“お父さん”と呼ばれた男は、エマという少女を路地へと連れて行こうとした。


「こっち来るんや!」


「嫌や! 私、あの卑怯者のこと絶対許さへんから!!」


エマはそう言うと、キッとおれを睨み付けた。


「アイツはな、病気のお母さんに薬も与えず死なせたんや! 希少な薬を貧乏人には分けられない言うて、医者のくせに病人を見殺しにしたんや!!」


「エマ! もうええから来るんや!」


「離しぃ! アイツは医者やない! 人殺しや!」


エマはそう喚きながら、父親に連れられ路地の奥へと消えた。おれはエマが言っていたことがどういうことなのか、その日の夜、父に問いかけた。すると父は、無表情のまま今回依頼を受けた“要人”について話してくれた。


依頼主の“要人”は、この土地の領主の息子だった。主に貴族を相手にしていた医者で、町で流行り病が発生した時、法外な値段で貴族に薬を処方していたらしい。一般市民もその流行り病に苦しめられたが、高額な薬を手に入れることが出来ず、たくさんの死者が出たということだった。きっとエマの母親は、その時亡くなった人たちの内のひとりだったのだろう。その医者の横暴ぶりに、直接異議を唱える市民もいたらしいが、そういう人たちは何故か不慮の事故にあったり、突然町から消えたりして、市民たちの間では“領主の息子には逆らうな”というのが暗黙のルールになっていたという。


「正しい人間ではないのかもしれない。だが、これはあくまで仕事だ。私情は挟むな」


父はそう言って、仕事へと戻って行った。


おれは、考えていた。この医者は、()()()()()()なのだろうか? 命は金よりも軽いと思っているようなこの医者に、人を救うことなど出来るのだろうか?


そんなことを悶々と考えていたある日、その医者に、エマが護衛をすり抜け縋りついた。


「お願い! 助けて! お父さんが……ひどい熱で、苦しんどるの!!」


「何やこの獣人のガキは!? おい! シリウス! 警護がなってへんぞ!!」


医者はまるで汚い物でも見るかのような表情で、エマを足蹴にした。


「申し訳ありません。シオン、この子を連れて行くんだ」


おれはエマに駆け寄り、抱き起こした。


「エマ、大丈夫?」


そう声をかけたが、エマは医者に食い下がった。


「お願い! お父さんを助けて! お願い! お金なら何とかするから……薬を処方したって!! やないとお父さんが……お父さんまでいなくなってもたら、私……私……」


ボロボロと涙を流しながらそう訴えるエマに対し、医者は見下すように鼻で笑った。


「金を何とかするやと? ハッ! 獣のお前ごときが何とか出来る金額やないわ! ワシの薬は、貧乏人が手に出来るような代物やない!」


そう吐き捨て去って行く医者に、おれは怒りが沸いた。けれど何も言えず、泣いて懇願するエマの背中を支えてやることしか出来なかった。この少女に、おれが出来ることがあるのだろうか? おれは、病気の父親を心配し、泣いている少女を助けることも出来ないのだろうか? 自分の無力さを認めたくなくて、おれは思わずエマに向き合った。


「エマ、薬はおれが何とかする。だから、親父さんの元で待ってて」


「……ほ、ほんま……? お父さんは……助かる?」


「大丈夫、俺を信じて。必ず薬を届けるから。約束する」


おれはエマにそう言って、医者の後を追った。


「待って下さい!」


おれが呼び止めると、医者は振り向き訝し気な顔をした。そばに付いていた父も、眉間にしわを寄せた。


「薬の代金はおれが払います。だから、彼女の父親に薬を処方してあげて下さい」


「シオン」


父が戒めるようにおれの名を呼び、おれの前に立った。


「仕事に私情を挟むなと言っただろう。頭を冷やせ」


「でもっ……!」


()()()が守るのは、彼女の父親じゃない」


父はそう言って、おれに背を向けた。けれどおれはその後も諦めず、何度も医者に交渉を持ちかけた。医者に邪険にされたり、父や従兄弟たちに牽制され、時間は無情にも過ぎて行き、エマと約束した日から3日程経過していた。それでもおれは医者に食い下がり続け、そして遂に医者が折れた。


「金は本当に払えるんやろうな?」


「おれはヴィーグリーズ家の次期当主です。家業を継いで、貴方にきちんとお金を払います」


そう言うと、医者は顎に手を添え、ニヤリと笑った。


「ほな、サッサとガキの家に案内せぇ」


その様子を見ていた父は、呆れたように軽く首を振ったが、おれは気付かないフリをした。


おれは医者と、その護衛である父を連れ狭い路地に入り、以前エマが父親に連れられて消えた奥まで歩を進めた。すると連なった家屋のひとつから、エマの泣き叫ぶ声が聞こえた。


「嫌や!! お父さん!! お父さん!!」


慌てて声のした家屋に入ると、ベッドに横たわる男に縋りついているエマがいた。


「嫌やぁ!! ひとりにせんとってぇ!! お父さん!!」


「エマ……」


ゆっくりとこちらに振り向いたエマは、涙でぐしゃぐしゃになった顔でおれを見据えた。


「……大丈夫って……言うたのに……約束、したのに……」


おれはその場に立ち尽くし、動けなかった。


「約束したのに!!」


泣き崩れたエマに、おれは掛ける言葉が見つからなかった。医者はそんな光景を見て、大袈裟にため息をついた。


「さすがのワシにも、死人を生き返らせる薬は処方出来へんわ。もうええやろ、こんな不衛生な場所におったら、我々まで病気になってまう」


医者はそう言って踵を返そうとした。


「……アンタが……」


エマはぎろりと医者を睨み付けると、小さな拳を振り上げながら、獣人特有の超人的な瞬発力でおれの横を通り過ぎ、医者に飛びかかろうとした。護衛である父が咄嗟に医者の前に出て、エマの体を受け止めた。


「アンタが全部悪いんや!! アンタが!! アンタがぁ!! お母さんだけやなく、お父さんまでもっ……!! 人殺し!! 人殺し!!」


父の腕の中で、エマは暴れながら医者を責め立てた。


「人殺しのクソ野郎!!」


エマはそう言って、医者に向かい唾を吐いた。エマの吐いた唾は医者の服に付着し、医者は怒りをあらわにした。


「このっ……頭の悪い獣め!!」


「エマッ……、とにかく落ち着いて……」


おれはそう言って、父の腕から離れたエマを宥めようとした。次の瞬間、パンという乾いた音がして、エマは俺の前に倒れ込んだ。


(え……)


硝煙の匂いが立ち込め、頭から血を流し倒れているエマを見て、おれは医者の手に銃が握られていることに気が付いた。


「フン! 護身用として持っておいて正解やったわ。このワシに暴言を吐いた罪は、死んで償うのが当然や! おい、シリウス! ワシを守るのは貴様の仕事やろが!? この獣に打ち込んだ弾の代金を、報酬から差し引くからな!!」


小型の銃は狩りや魔物討伐には使えないが、コレクターの間で人気があり、かなりの高級品だった。まさか所持しているとは思わず、父も驚いていた。


「エマ……、エマ!!」


おれは必死に彼女の名前を呼んだが、一点を見つめるように開かれた赤い瞳からは、光が失われていた。


「そんな……」


呆然とするおれを尻目に、医者は嫌悪感をあらわにした。


「クソが! 獣の分際で、ワシに歯向かうからや」


医者はそう吐き捨てながら、動かないエマの体を蹴った。


「やめろ!!」


おれはエマを庇うように医者の前に立ち、睨み付けた。


「何やその目は?」


「クソはあんただ。人殺しめ」


「なっ……!」


「こんな子供の言ったことに腹を立て、銃を放ち足蹴にするなんて、恥を知れ」


「きっ……貴様ぁ……!」


怒りで顔を赤くし、ブルブルと震えた医者が、持っていた銃をおれに突き付けた。片やおれは丸腰。撃たれる――――そう思った次の瞬間、おれの体は部屋の壁に叩きつけられていた。


「ぐっ……、うっ……!」


おれの胸倉を掴み、体を壁に叩き付けたのは父だった。当時7歳だったおれの体は、父に胸倉を掴まれたまま壁に押し当てられ、足はぶらぶらと宙に浮いていた。


「シオン、お前はまだ子供だ。だが、ヴィーグリーズ家の次期当主を名乗るのなら、家業のことを理解しろ。今すぐ謝罪するんだ」


父の言葉に、おれは喉の奥から声を絞り出した。


「い……やだ……!」


おれは父を睨み付け、掴まれた胸倉を押しのける勢いで父を罵倒した。


「何でこんなヤツを守るんだ!? 目の前で見ただろ!? この医者は人殺しだ!! 人殺しを守るなんて、あんたは馬鹿だ!!」


そう言ったおれの頬に、父の平手が飛んできた。耳鳴りがして、しばらく何が起こったかわからなかった。


「シオン、それ以上余計なことを言うな。お前が口にしていいのは、謝罪の言葉だけだ」


「……こんなクソ野郎、守る価値もない!!」


父は今度は、反対側の頬を、先程平手打ちをした手の甲で叩いた。おれは再び父を睨み付けると、唾を吐いた。


「何が要人警護だ……。こんな仕事クソくらえだ」


おれがそう言い放ったのを皮切りに、父はおれを容赦なく殴った。おれの体は何度も吹っ飛んだが、父はその度に胸倉を掴み、頬を往復するように殴った。おれの瞼は目が開かなくなるほど晴れ上がり、唇は切れて床に血だまりができるほど出血していた。


「お、おい……、もうええ! やめろ! ぼうず、大丈夫か!?」


見かねた医者が止めに入り、父がおれの胸倉から手を離したことで、おれはそのまま床にひれ伏した。医者の、おれに対する怒りはすっかり消沈していて、それどころか、先程まで暴言を吐いていたおれを心配する始末だった。


酷いケガを負ったが、あそこで父がおれを殴らなければ、おれは医者に殺されていただろう。父は恐らく、おれを()()()()わざと殴ったんだ。


“仕事に私情を挟むな”


そうおれに説いた父が、一番私情を挟んでいた。  


月・水・金曜日に更新予定です。

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