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引きこもり龍姫と隻眼の龍  作者: 鳥居塚くるり
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5 母の言葉


「あーーーー!!」


爽やかな朝の宿屋に、リーンの声が響き渡った。


「うるさいぞ、リーン。何してる?」


人型になり、縫物をしていたルベルがバスルームを覗くと、リーンが涙目になってペンダントを見つめていた。


「チェーンが……ペンダントのチェーンが、切れちゃった……」


「なんだ、そんなことか」


呆れたように頭を掻き、ルベルは自身がやっていた縫物を再開した。リーンはキッとルベルを睨み付けると、また少し大きな声を出して訴えた。


「“そんなこと”じゃないよ! 不吉! 不吉過ぎる! これはきっと、今日はクエストを受けるなって言う啓示だよ! 私、今日はクエスト行かない!!」


「リーン」


ルベルは“また始まった”というような顔をした。


ギルドカードを取得してから1ヶ月が経ち、リーンとルベルはいくつものクエストをこなしていた。しかし、本来は引きこもりのリーンにとって、ギルドに通って人々の目に晒され、依頼を受け報酬を手にするという、体を動かし人と接しなければならない行為が苦痛でしかなかった。

リーンは日々あらゆる言い訳をして、なんとかクエストを受けなくてもいい方向に持っていこうとしていた。


「だってだって、今は食べれるくらいそれなりにお金もあるし、なくなったらまたクエスト受ければいいじゃん! こんな毎日ギルドに通わなくてもいいじゃん!」


「リーン、俺には計画がある」


ルベルは縫物をしていた手を止め、駄々をこねるリーンに向かい目を合わせた。


「こうして毎日依頼をこなし、規定数を満たしてランクアップクエストを受ける。それに合格し、より難易度の高いクエストをいくつか受け、大金を手に入れる。そうして何処かに家を建て、優雅に暮らす。くしくもお前の望んでいる、引きこもり生活が最終目標だ」


「……それって……あとどのくらいで達成できるの?」


「まずは、ランクアップクエストを受ける為に、通常クエストをこなさなくてはならないな。ランクが高いクエストを受ければ、より早くランクアップクエストを受けられるようだ。だから俺たちは、できれば1日にふたつBランク以上のクエストを受けたいところだ」


「ふたつって結構キツイよ! しかもBランク以上って、めっちゃ大変だよ!」


「悠長なことは言ってられない。ランクを上げ、早く特Aランクの依頼を受けれるようにならなければ。無事昇格できるかもわからないし、休んでるヒマなどない」


「最終目標は魅力的だけどさ、休みは必要だよ! 疲労してたらクエストの達成にも支障が出るでしょ!?」


「そういう割には、俺にあーだこーだと難癖つけるほど元気じゃないか」


「元気じゃないよ! もう私、心が折れそうなの! むしろ折れた心を無理矢理支えてるの!」


ルベルは眉間にしわを寄せ、手元の縫物に視線を落とすと、ぼそりと呟くように言った。


「……時間は有限だ、リーン」


「時間ならこの先もいっぱいあるじゃん! 何でそんなに急いでるの!? もっと長い目で見ようよ!」


急いでいる理由を訊かれ、ルベルは小さく息をのんだ。リーンはそんなルベルを見て、思わず心の中にあった自分の甘い考えを口にしようとした。


「……こんなことになるって知ってたら、逃げたりなんかしなかった! 大人しく結婚すればよかった! 私はルベルが……!」


そこまで言って、リーンはハッとしたように口を噤んだ。


「……俺が、面倒を見てくれるとでも思ったのか?」


リーンは黙り込み、ギュッと拳を握った。


「家出したお前を、俺が養ってやるとでも思っていたのか? つくづく甘いな、お前は。“変わりたい”と願ったのはお前だろう。お前の中の“変わる”とはどういうことだ? ただ環境を変えるという意味だったのか?」


「ち、違う……」


ルベルは少し苦しそうな表情をしたが、顔を上げ、目を逸らしているリーンを見つめた。


「俺は、お前の“変わりたい”は“自立したい”という意味かと思った。だから協力しようと思った。お前が人と関わり、社会を学び、自立した人生を歩みたいと思ってくれたことが嬉しかった。けれどお前は、所詮親や俺に甘えて、世話をしてもらいながら好き勝手生きたいだけなんだな」


「……」


リーンは何も言い返すことができず、下を向いた。


「もういい。今日は好きに過ごせ」


ルベルはそう言うと、立ち上がり部屋の扉に手をかけた。


「ルッ……ルベル……」


リーンは出て行こうとするルベルに小さく声をかけたが、ルベルはその声が聞こえなかったのか無視をしたのか、そのまま廊下に出てバタンと扉を閉めた。リーンはうずくまり、ギュッと両膝を抱えた。




それからどのくらい時間が経ったのか、リーンのお腹がグゥと音を立てた。


(お腹……すいたな……)


ルベルが帰って来る様子はなく、リーンはルベルがやっていた縫物に目を向けた。それは何やら人形のように見えたが、正直リーンにはルベルが何を作っているのかわからなかった。


(何だろ、これ……。変な人形……。ルベルって、なんか変わった趣味があるよね……)


昔から、ルベルは色々なことをやっていた。大量の書物を読み漁り、何やら妙な薬を作ったり、怪しいキノコやら薬草やらを採取したり、あらゆる種類の宝石を集めている時もあった。


(人の趣味にとやかく言うつもりはないけど……今度は裁縫? しかも下手だし……)


リーンはふうと息をついて、ベッドに寄りかかり天井を仰いだ。


(でも、色んなことに興味を持つって凄いよね……。お母様にも言われたっけ……)


リーンはチェーンが切れてしまったペンダントヘッドを見つめ、小さく息をついた。そして目を閉じ、幼い頃に母と交わした会話を思い出していた。




「リーン、そこにいるのね?」


母の優しい声が聞こえ、リーンは隠れていた戸棚の陰からおずおずと顔を出した。


「また、魔法のお稽古をサボったのね? こっちにいらっしゃい。少し話をしましょう」


リーンは下を向いたまま母の元へそろそろと近付いた。ベッドに横たわっていた母は体を起こし、リーンの顔を覗き込んだ。


「魔法のお稽古は、魔力があるあなたにはとても大事なことよ。どうしてサボったりするの?」


穏やかな声でそう問いかけた母に、リーンは下を向いたまま答えた。


「怖い……から……。魔法は……使いたく、ない」


実は先日、リーンは魔法の稽古の最中に、講師にケガを負わせていた。何故そんな事故が起こってしまったのか、リーンにはその時の記憶がなかった。瞬きをした次の瞬間には、講師が目の前で瀕死の状態になっていたのだ。幸い講師は一命を取り留めたが、覚えがなくとも自分がやってしまったということに恐れを抱いたリーンは、以来それがトラウマとなって、魔法を使うことができなくなってしまった。


「リーン、その魔力を制御する為のお稽古なのよ。怖がってはダメ。あなた自身が変わる努力をしないと。それに、あなたにはルベルが付いてるわ」


「でも……もし、もしまた……」


「大丈夫よ、リーン。あなたは“龍姫(りゅうき)”なんだから、ルベルがあなたを導いてくれるわ」


「りゅうき……?」


首を傾げたリーンを、母は優しく抱き寄せた。


「ヴァーミリオン家は、代々(いにしえ)の神獣である龍に守られているの。その見返りとして、わたしたちは神獣に魔力を捧げないといけない。わたしたちヴァーミリオン家には、“龍姫”と呼ばれる魔力の高い娘が生まれることがあるの。それがあなたなのよ、リーン」


「私が……?」


「あなたが魔力を分けてあげないと、ルベルは弱ってしまうのよ。龍と龍姫は、お互いになくてはならない存在なの。あなたたちが一緒にいる限り、もう誰も傷付くようなことは起こらないわ」


「でも……」


「ルベルのことが信じられない?」


母にそう問われ、リーンは緩く首を振った。


「ルベルは強くて……いつも私を守ってくれて……色んなことを教えてくれる。私……誰よりもルベルのこと信頼してるよ……」


「ルベルも、きっとあなたのことを信頼してる。だからいつも一緒にいてくれるのよ。彼は、あなたにもっと色んな世界を見て欲しいと思ってるわ」


「色んな世界……?」


「いつだったか、ルベルが呟いていたことがあったのよ。リーンを全てのしがらみから解放させたいって。きっと、色んなことに興味を持って、視野を広げて欲しいって意味なんじゃないかしら?」


「視野……」


「ルベルは(いにしえ)からずっと、このヴァーミリオン家を見守ってくれていた。だから彼にしかわからない未来があるのかもしれない。彼には……龍姫であるあなたの未来が見えているのかもしれないわ。このお屋敷の中だけじゃなく、もっと外に目を向けて、あなたが自由になる未来……。ルベルは、あなたのことを誰よりも考えてくれている」


母はリーンの赤い瞳を見つめ、優しく微笑んだ。


「リーン、変わることに臆病にならないで」


母の言葉に、リーンは自信なさげに目を伏せた。そんなリーンを見て、母はフッと息をついた。


「そうだ! あなたに幸運のお守りをあげるわ」


母はベッドから出ると、戸棚から古い宝石箱を手にし、リーンの元へ戻って来た。宝石箱の中には綺麗なペンダントが入っていて、4つの色が違う宝石が花の形にはめ込まれたそのペンダントを、母はリーンの首にかけた。


「これは、ヴァーミリオン家に代々伝わる幸運のお守りよ。とっても古いものだけど、ずっとしまっておいたから綺麗でしょ? リーンにあげるわ」


「え……いいの……?」


リーンは宝石のはめ込まれたペンダントヘッドを見つめ、目をキラキラさせた。


「光にかざすともっと奇麗なのよ。これを見て……わたしが言ったことを思い出してね」


優しく頭を撫でてくれる母に礼を言い、リーンは部屋を出た。ペンダントを手に、嬉しそうに手を振ったリーンの顔を思い出し、母は悲しそうな声で呟いた。


「ごめんね、リーン……。本当のことを言えなくて……」




それから程なくして、母は亡くなった。講師のケガや母の死など、立て続けに起こったショッキングな出来事は、当時9歳だったリーンの心を閉ざした。誰とも会わず、会話も食事もせず、部屋に閉じこもり父親の説得にも応じなかった。


リーンの部屋の前で、父ロベルトはほとほと困り果てていた。


「リーン! ここを開けなさい! リーン!」


その時、ロベルトがノックする手元に影が落ちた。


「どけ」


ロベルトの後ろから男の低い声が響いた次の瞬間、轟音と共にドアが蹴破られた。中にいたリーンは、泣いて腫らしていた目を丸くし固まった。そんなリーンの元へ、ドアを蹴破った男はずかずかと近寄り、片方だけの金色の瞳を鋭く光らせていた。


月・水・金曜日に更新予定です。

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