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引きこもり龍姫と隻眼の龍  作者: 鳥居塚くるり
43/114

43 半年前

43


半年前――――


「リーン、何処へ行くんだ?」


「庭だよ! 西の林に、マグノリアの花が咲いてるのが部屋から見えたの! もっと近くで見たいから!」


「敷地内とはいえ、また魔物が迷い込んでるかもしれないぞ。ルベルと一緒に行きなさい」


「うん、わかった!」


“リーン”がいそいそと庭に駆けていくのを、“リーン”の父であるロベルトはため息まじりに見送った。“私”は“リーン”の中で、ロベルト以上のため息をついていた。


(早く花を見たくて仕方がないリーン……。この様子じゃ、ルベルの所には寄らないわね)


案の定、リーンはひとりで西の林に行った。敷地内なら、この娘は活動的だった。


(この時期に迷い込む魔物なんて、ワームぐらいでしょうけど……。魔物よりも、自然動物の方が危険かもしれないわね。まぁ、私の敵ではないけれど)


ルベルとリーンに最大級の苦しみと()()を与える為、私はリーンを()()()傷付けはしなかった。というか、この娘の回復能力は凄まじく、ある程度のダメージは物ともしない。それもこれも、リーンの胸に埋まっている()()のおかげだった。


西の林に入り、マグノリアの木のそばに近付いたリーンが、何かを踏んずけた。


「痛っ!」


次の瞬間、リーンがそう言って足元を見ると、そこには1匹の蛇がいて、その胴体を踏んだリーンの足に見事に咬みついていた。私には、それがただの蛇ではなく、魔物のバイパーだとすぐにわかった。


「へ、蛇っ……。上ばっかり見てたから、気付かなかった……」


リーンは意外にも、魔物や生き物には落ち着いて対処できた。この娘の天敵は、むしろ“人間”だった。人間相手には目もロクに合わせられないくせに、魔物に対し動揺することは、ほとんどなかった。リーンは、噛みついているバイパーを足から外そうと、慎重に頭を掴んだが上手くいかず、それどころか、パイパーはより一層強くリーンを噛んだ。


「い、痛たたた……。ご、ごめんね踏んじゃって……、あ、あれ……?」


ふらりと体が傾き、その場にトスンと尻もちをついた。


(バイパーの毒で、体が麻痺し始めたのね。最近、よく敷地内で見かけていたから、もっと気を付けるべきだったわ)


リーンの体は毒を浄化する能力も備わっていたけれど、バイパーの毒は強力な為、痛みがひどく浄化にも時間がかかるだろうと思った。私は、すぐさまリーンの意識を乗っ取った。


「“死を学べ”」


古の魔法を唱えると、足に噛みついていた蛇の胴体が膨らみ、パンと弾けた。蛇の絶命を確認すると同時に、噛まれてできた傷口から流れ出た血液はスルスルと体内に吸い込まれ、まるで何事もなかったかのように元通りになった。


(バイパーは神経毒……。傷口は治ってるけれど、しばらくは動けないわね……。本来なら、死んでもおかしくない猛毒だけど……。全く、この娘に危機感ってものはないのかしら?)


本日2回目のため息をついた私の前に、再びバイパーが姿を現した。私が古の魔法を発動しようと口を開いた瞬間、頭の中に女性の声が響いた。


『貴方は何者ですの?』


「!?」


私は、目の前のバイパーを見据えた。


(ただのバイパーが人語を喋れる訳がない。しかも、頭の中に直接語りかけてくるこれは……魔物を遠方から操り、対象を覗き視る呪術……私も昔、よく使った)


「人に名を訊ねるのなら、まずは自分から名乗るべきではなくて?」


この術は、言わば隠密行動を取る時に使うものだった。それなのに、自ら正体を明かすような真似をするなんて、この女は、余程の馬鹿か余程の自信家かのどちらかだろうと思った。


『古の魔法を使うなんて……随分()()()されているのですわね……。それに先程の治癒能力……普通では考えられませんわ。貴方のこと、もっと教えて下さらないかしら……?』


「得体の知れない者に、そうやすやすと自分のことを話すと思う?」


私が呆れたようにそう言うと、女は小さく笑った。


『そう……それなら……()()()()()()()()()()()()()()()()()()……』


(この女……私とやり合う気? 上等だわ)


「“死を学べ”」


私は、目の前のバイパーを一瞬で殺した。フンと鼻を鳴らした私だったけれど、何やら怪しい気配を感じ、近くの茂みに目を向けた。するとガサガサという音と共に、茂みから大量のバイパーが現れ、私の周りに集まってきた。


『酷いですわ、急に殺すなんて……。貴方の話を聞きたいだけなんですのよ……』


(こいつ……)


一度に、これだけの数の魔物を操れる術師はそうはいない。私はこの女の正体を探る必要があると思った。私は、ルベルとリーンに苦しみを与えることだけを目的としているから、それの邪魔になるようなら、探し出し排除しなければと思った。しかし女は、私が探るまでもなく簡単に身分を明かした。


『わたくしはアマンダ=マグナマーテル。マグナマーテル家の当主ですわ』


それが虚偽ではないことには、察しがついた。魔物を操るこの術は、それだけでも高度なものだったし、それを大量に操るこの術師が、マグナマーテル家の者だというのは納得がいった。とはいえ、まだ確信は持てなかった。


「当主? 女性が当主というのは珍しいわね」


もっと情報が欲しい、そう思い、私は会話を続けた。


『わたくしはマグナマーテル家の前当主の妻ですわ。夫は亡くなりましたの』


「……つまりは、貴方自身はマグナマーテルの血筋ではないのね。それにしては呪術の腕が良いわ」


『まぁ、お褒めにあずかり光栄ですわ。この腕を見込まれ、わたくしはマグナマーテル家に迎え入れられましたのよ。ですが夫が亡くなり、息子が立派に後を継げる年齢になるまで、わたくしが当主を務めさせて頂いてますの』


女の話には説得力があった。私が守り神を務めていた時代から、マグナマーテル家は呪術に長けている優秀で頭が良い強かな者を、伴侶として選んでいたからだ。そしてそれを裏付ける程の実力を見せつけたこの女は、馬鹿ではなく、後者なのだろうということも推測できた。


「……マグナマーテル家の者が、ヴァーミリオン家に潜入? 近頃敷地内でよくバイパーを目にしていたけれど、ずっとヴァーミリオン家を探っていたのかしら? あまり褒められた行為じゃないわね」


私がそう言うと、アマンダはクスリと笑った。


『そういう貴方は……まるで他人事のようですわね? ヴァーミリオン家の人間じゃないんですの? その異常な治癒能力……そもそも、“人間”ですらないように見えますわ』


「“私”は神獣よ。200年前に殺された神獣――――と言えば、貴方なら察しがつくんじゃなくて?」


アマンダは小さく息をのみ、そして歓喜の声を上げた。


『ああ! まさか、まさか“ウィーペラ”!? どうして生きているの!? その能力(ちから)は……神獣のもの!? それとも、()()の……“賢者の石”の能力(ちから)なの!?』


今まで飄々とした態度を崩さなかったアマンダが、あからさまに興奮した。


「私はとっくの昔に死んでるわ。私はただ、この娘の魂を呪っているだけよ。蛇術師の貴方なら、呪いによって意識が魂に定着することは知っているでしょう? ()()()はただの人間」


『嘘ですわっ! さっき傷が異常な治り方をしたのを見たんですのよ! 貴方が“呪い”だとするのなら、その能力(ちから)は、その娘が持つ能力(ちから)……! 一体どういう仕組みなんですの!?』


アマンダは、リーンの治癒能力に異常に執着した。錬金術師の家系であるヴァーミリオン家に侵入し、“賢者の石”のことを口にした彼女は、恐らく不老不死の能力を手に入れたいのだろうとすぐにわかった。


『もし貴方がその娘の秘密を教えてくれるのなら、わたくしは何でもしますわ! 貴方の望むことを、わたくしが叶えて差し上げますわ!!』


「……“何でも”? そんな大口を叩いていいのかしら? “この娘を殺せ”と言えば、貴方が殺してくれると言うの?」


私は自分の胸に手を当て、挑戦するかのようにそう言った。けれどアマンダは高らかに笑いながら、思いもよらないことを口にした。


()()()()()でいいんですの? 夫を手に掛けたことと比べれば、小娘ひとりの息の根を止めるなんて、造作もないですわ』


“夫を手に掛けた”


アマンダの声色には、まるで悪びれる様子が感じられなかった。


月・水・金曜日に更新予定です。

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