4 ギルドカード取得
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『……ウィーペラ!』
ルベルはリーンを“ウィーペラ”と呼び、ぎろりと睨み付けた。
『リーンを解放しろ! ウィーペラ!』
「あら、ご挨拶ね。“私”がいなかったら、“リーン”は大ケガしていたわよ。感謝して欲しいわ」
『何が感謝だ! お前の目的は俺だろう! 俺を苦しめる為にリーンを利用するな!!』
声を荒げたルベルに対し、リーンは目を据わらせ小さく息をついた。
「……何もわかっていないのね、ルベル。私が本当に恨んでるのは貴方じゃない。リーンの方なのよ。思慮深くて聡明な貴方の冷静さを欠くほど、貴方の心を惑わせたリーンが、私は憎くて憎くてたまらないの。本当に……今すぐ殺してやりたいくらいに」
狂気の色を宿した瞳が怪しく光り、リーンの唇の端から血が流れ始めた。
「やめろ……っ!」
ルベルは思わず人型になり、リーンの顎を掴んだ。顎を掴まれたことで半開きになった口から舌を覗かせ、リーンはまるで挑発するように、ぺろりと流れた血を舐めとった。
「ふふ……その顔素敵ね。自分の犯した罪に苛まれながらも、どうすることもできない貴方のその顔、その感情……ゾクゾクしちゃうわ」
リーンはそう言うと、熱がこもった赤い瞳をルベルに向けた。
「安心してルベル、貴方が一番よくわかっているでしょう? 今はまだ殺せない。……いいえ、そもそも私には、リーンを殺すなんて無理なのよ」
リーンの瞳に、今度は愛憎の念が入り混じった。
「貴方は私に“リーンを解放しろ”って言ったけど、リーンを束縛してるのは貴方の方だわ、ルベル。そもそも、貴方がリーンに執着しなければ、こんなことにはならなかったわ」
「黙れ!! お前が、お前がリーンを……あんな……!! だから俺は……!!」
鬼気迫ったルベルを見据え、リーンはフフッと鼻で笑った。
「そうやって私のせいにすれば、貴方は救われるの? ルベル、本当の責任は、貴方にあるんじゃなくて?」
「……っ!!」
リーンのセリフにルベルはグッと息をのみ、押し黙った。リーンはそんなルベルの頬を両手で包み込むと、艶めいた声で囁いた。
「苦しい? 辛い? でも足りないわ。もっと、もっと苦しんで。私のことしか考えられなくなるくらいに。その為に私は、何度だって貴方を絶望の淵へ追いやるわ。愛してるのよルベル……。私はずっと貴方のそばにいる……。ずっと……ずぅっとね……」
「……ウィーペラ……!!」
「今度の16の誕生日を迎える夜も……楽しみにしてるわ、ルベル。貴方の“愛”を、この身でしっかり受け止めてみせるわ……」
ぎりっと唇を噛んだルベルの前で、リーンは我に返ったようにハッとした。そして周りを見渡し、キラービーの大量の体液と毒針にギョッとした。
「え!? なにこれ!? ルベルがやったの!? 早過ぎて見えなかったけど! てか何で人型になってんの? 人型だと魔法が使えないんじゃなかった?」
「……」
ルベルは一瞬言い淀んだが、いつもの様子に戻ったリーンを見て、短く息をついた。
「とにかくお前は採取を続けろ。俺は毒針を集めておく。金になるかもしれないからな」
「いいけど……今度はもう少し綺麗に倒してよ……。てゆうか、いつもは雷魔法使うのに、何でよりによってこんな……」
ブツブツと文句を言うリーンと人型になったルベルを見て、草陰に隠れていたジョニーは息をのんでいた。
(な……何だ今のは!? 魔法か!? 誰が放った!? あの新人か!? ていうかあの龍、人だったのか!? 新人はテイマーじゃなかったのか!?)
目の前で起こった訳の分からぬ現象に、ジョニーは後ずさりをした。その時足元にあった小枝を踏み、パキリと音が鳴った。ルベルは音の方に顔を向け、それに気付いたリーンも、ルベルが見ている方向を見据えた。フードの奥で、リーンの赤い瞳が観察するようにギラリと光り、ジョニーは思わず声を漏らした。
「ひっ!」
「あいつは……」
「誰かいる……? 逆光でよく見えない……」
眩しそうに目を細めたリーンだったが、ジョニーにはそれが自分に狙いを定めた殺戮者の目のように映り、慌ててその場から逃げ出した。
「ひっ、ひぃぃぃ!」
「あ、逃げた……」
「……いい、構うな。クエストを遂行しろ」
「ハイハイ……。それにしても、どうしてこんなにキラービーがいたんだろ……?」
「お前の手に、キラービーを呼び寄せるフェロモンが付着してる。あとでよく洗っとけ」
「え!? そうなの!? どうして私の手にフェロモンが……。どっかの草にくっついてたのかなぁ……」
「……さあな」
ルベルはそう言って、ジョニーが走り去って行く後ろ姿を見つめていた。
「はい、ヘルバは規定数ありますね。質も申し分ありません。……あら? アイテムボックスの中に、まだ何か入ってますね?」
リーンたちはギルドに戻り、受付のお姉さんにクエスト達成の報告をしていた。
「あ、の、途中で……キラービーが出た、ので、ついでに、討伐しま……した」
リーンは、拙いながらもお姉さんに説明した。
「そうですか、キラービーが……え!? キラービーを討伐した!?」
お姉さんは思わず大きな声を上げ、周りにいた冒険者たちも、一斉にリーンに注目した。
「キラービーだって!? Bランクの討伐クエスト対象の魔物じゃないか!」
「あの子新人だろ!? キラービーが出るような危ない場所に行ったのか!? しかも倒した!?」
ざわざわと冒険者たちが噂をし始め、リーンは小刻みに震えながら固まった。
「ルルルルベル……キキキキラービーを倒したの、ま、まずかったんじゃないの!?」
リーンは、龍の姿で肩に乗っているルベルに、コソコソと話しかけた。
『あの場では、倒すほかなかった。だが、こうも注目されるとは思わなかった……』
ルベルもリーンの耳元でそう呟き、少しまずいな、という表情をした。
「少しお待ちください。ギルドマスターに確認してきますので」
受付のお姉さんはそう言うと、奥にある部屋から出て来た髭を生やした男性に声をかけ、何やら話をし始めた。
「ななな何か偉い人っぽい人と話してるよルベル! どどどどうしよう! ににに逃げた方がいいんじゃないの!?」
『いや、まだギルドカードを貰っていない。今日したことの意味がなくなる』
「もももう、この町は諦めて違う町のギルドに行こうよ! 捕まったらそれこそ意味がないよ!」
「お待たせしました」
「ヒッ!」
突然髭の男性に話しかけられ、リーンはビクリと体を震わせた。
「こちらで確認した所、紛れもなくキラービーの針です。しかもこんなに大量に……。この辺りのヘルバ群生地には、キラービーのような上級者向けの魔物は生息していないはずです。一体、どこで討伐を?」
「あ、ああああの、フェロ、フェロモン……」
「フェロモン?」
髭の男性の問いかけにリーンはどう説明していいのかわからず、頭が真っ白になった。
『どこかでビーを刺激するフェロモンが付着し、それによってビーが呼び寄せられた』
ルベルがそう言うと、髭の男性は目を見開いた。
「なんと! 今の声は……まさかこの龍が!?」
「ルッ、ルベルッ……!?」
リーンも、まさかルベルが説明をし始めるとは思わず、オロオロした。
『お前に任せていては、いつまでも話が進まない』
ルベルは髭の男性を見ると、再び話し始めた。
『俺は龍だが、もう何千年も生きていて人間の言葉が理解できる。わけあってこの娘に使役されていて、正当な理由がない限り人間に危害を加えるつもりもない。お前はこのギルドの責任者か?』
「え、ええ、そうです。ギルドマスターのトロイと申します」
『トロイ、キラービーの襲撃は偶然だ。確かに、群生地には危険な魔物はいなかった。安心していい』
「そ、そうですか……」
トロイは、ホッとしたように胸を撫で下ろした。
「実は、我がギルドでキラービーの討伐依頼を出していたのです。本来なら、正式なギルドカードがない場合報酬はお支払いしないのですが……リーンさんは、採取クエストもきちんとこなしてくれています。順番が逆になってしまっただけで、十分な実力はお持ちなので、キラービー討伐の報酬もお支払いします」
『そうか、助かる』
「こちらが本ギルドカードになります」
トロイはそう言うと、銀色に輝くカードを差し出した。
「採取クエストはCランクレベルでしたが……キラービーをこの数だけ倒した実力は上級者レベルです。よって、特例としてBランクのギルドカードをお渡しします。依頼はひとつ上のランクまで受けれるので、リーンさんはAランクのクエストまで受けることができます」
「マジか……! あの新人Bランクだってよ!?」
「やっぱりただ者じゃなかったな……!」
再び、ざわざわと周りが騒がしくなった。
「規定数のクエストをこなして頂くと、ランクアップクエストに挑戦できるようになります。それに合格すればAランクへと昇格でき、特Aランクのクエストを受けれるようになるので、ぜひ上を目指して頑張ってください。特Aランクのクエストともなれば、報酬は桁違いなので、巨万の富を築くことも可能ですよ」
トロイはそう言って、その後クエストの受け方なども丁寧に説明してくれた。
その日は肩慣らしの為、Ⅾランクのクエストを2つほどこなし、リーンたちは夜遅く宿屋に戻って来た。
「ああ……疲れた……」
部屋に入るなり、リーンはベッドに倒れ込んだ。
『働くことの大変さがわかったか、リーン。金を稼ぎ、生活をするというのはこういうことだ』
「うん……お父様って……大変だったんだね……」
『そうだな、お前の父ロベルトは、あの田舎領地を見事に潤している手腕の持ち主だ。ヴァーミリオン家の者たちは、先祖代々みな思慮深く聡明だ。高名な錬金術師にもかかわらず、金を稼ぐことよりもその研究に死力を尽くしている。それもこれもみんなお前の……』
そこまで言って、ルベルはグッと息をのんだ。そして、自身が犯した過ちを悔いるかのように目を伏せた。その時、ベッドから静かな寝息が聞こえ、目を向けるとリーンは既に寝入っていた。
『まったく……シャワーも浴びずによく寝れるな……』
ルベルはそう呟くと、人型になった。そしてリーンのローブを脱がし、きちんとベッドに横たわらせ、布団をかけた。
「リーン……俺は罪人だ……。俺の過ちのせいで、お前は……」
ルベルは苦しそうな表情をしたが、すぐに顔を上げ、窓の外に目をやった。
「だが、あの男の罪は……俺が裁く」
背中からばさりとドラゴンの翼が現れ、ルベルは人型のままその翼を広げた。そして窓から夜空を見上げると、そのまま森へと飛び立った。
「はぁっ……はぁっ……」
暗い夜の森を、必死で走っている男の姿があった。ルベルは空からそれを確認すると、真っ直ぐに男の目の前に降り立った。
「うわぁ!?」
男は、突然目の前に現れたルベルに驚き、立ち止まった。
「な、何だてめぇは!?」
男は腰に下げていた剣を抜き、ルベルに向けた。
「俺から逃げられるとでも思っていたのか? ジョニー」
「なっ……何でおれの名前を……!? ……っ!! て、てめぇはあの新人と一緒にいた……」
ジョニーは、目の前の男は昼間リーンと一緒にいた龍だと気付き、ぎりっと顔を強張らせた。
「キラービーを呼び寄せたのはお前だろう、ジョニー。バレたらギルドカードを剥奪されると思って夜逃げか? 安心しろ、お前のことはチクっていない。証拠もないしな」
「て、てめぇ……おれを脅す気か!? くそがぁ!!」
ジョニーはルベルに向かい剣を振り上げた。しかしルベルは身を躱すと、ジョニーのみぞおちに拳を叩き込んだ。
「ぐぁっ……」
ルベルは、身を屈めたジョニーの首元に間髪を入れず回し蹴りをくらわした。ジョニーは吹っ飛び、木に叩きつけられた。
「あぐっ……ぐぅ……」
崩れ落ち、痛みのあまり立ち上がれないジョニーの元へ歩み寄ったルベルは、四つん這いになっていたジョニーの顔を蹴り上げた。
「がっ……がはっ……」
ジョニーは再び吹っ飛ばされ、仰向けで地面に転がった。ルベルはゆっくりとジョニーの元へ行き、月を背に片方だけの金色の瞳でジョニーを見下ろした。
「ひっ……ひぃっ……!!」
ジョニーは自分を守るように腕で顔を隠し、足をバタつかせた。
「リーンを傷付けていたら、お前を殺していた」
ルベルの地を這うような低い声に、ジョニーはガタガタと体を震わせた。
「二度とリーンに近付くな。次は殺す」
ルベルはそう言うと、再び空へ舞い上がった。ルベルの瞳と同じ色をした金色の月だけが、その様子を静かに照らしていた。