37 罠
37
「カードを盗んだ者が、アイテムボックスの中身を売る為に道具屋を訪れ、それで発覚しました。冒険者が売りに来る毒にしてはあまり馴染みのない物だったので、道具屋の主人が不審に思っていた所、その時たまたま道具屋に居合わせた高名な呪術師の方が毒に詳しく、分析して下さったのです」
「呪術師?」
アクイラがピクリと眉を上げると、衛兵たちをかき分けるように、ひとりの男が前に出てきた。
「ええ。とても珍しい毒だったので……おかしいなと思ったんですよ。調べてみれば……まさか神獣の毒だったなんて、僕も驚きました」
そう言った男の顔を見て、シキが剣を抜こうとした。
「ジーク!! 貴様ぁっ!!」
「!!」
シキの殺気に、衛兵たちは一斉に剣を抜いた。
「待て!! シキも落ち着け!!」
アクイラはシキと衛兵たちの間に立ち、一触即発の場面を治めようとした。
アクイラたちの前に現れた呪術師は、ジークだった。ワナワナと震えているシキとは対照的に、薄ピンク色の髪の毛を風になびかせ、落ち着いた翡翠色の瞳でふたりを見据えていた。
「アクイラ殿!! これはジークの陰謀です!! 姫に罪を着せようと、ジークが企んだことです!!」
怒りを隠すことなく、今にも斬りかかりそうな勢いで詰め寄るシキに対し、ジークは困ったように笑った。
「嫌だなぁ、シキ……。僕は、仕事でジョニー殺害の毒の鑑定を依頼されてたんだよ? 犯人が王都に逃げ込んだっていうから、鑑定した僕もたまたま王都に呼ばれて、たまたま居合わせた道具屋で同じ毒を目にしただけで、ただの偶然だ」
「何がたまたまだ!! 貴様のことだ、盗賊を雇い姫のカードを盗ませ、己が使った毒を、恰も姫が初めから持っていたかのように細工したのだろう!! 姑息な蛇術師め!!」
興奮するシキを前に、ジークはフーと長いため息をついた。
「シキ……勝手な憶測で僕を侮辱するの? それが、誇り高いヴィーグリーズ家の“狼騎士”のやること?」
「っ……!」
シキはぎりっと歯を食いしばり、刀の柄を握りしめた。アクイラはシキと衛兵の間に立ったまま、落ち着いた口調でリックに問いかけた。
「リック、そのスリの犯人も容疑者から外された訳ではないだろう。そいつの尋問は済んでいるのか?」
「勿論、尋問中です。ですが事件が起こる前、冒険者リーンはギルドでジョニーと少し揉めていたという目撃証言があります。その上カードから物的証拠が出てきてしまった以上、最重要容疑者は、冒険者リーンであることに変わりありません」
「衛兵長!!」
その時、ひとりの衛兵がリックの元へ走り寄り、敬礼をした。
「お話し中失礼致します! 実は、尋問を行っていた兵から連絡が入り、容疑者である盗賊の男が今しがた自害したと報告が!」
「何っ!?」
(……自害!?)
その時、少し口の端を上げたジークの表情を、アクイラは見逃さなかった。
(ジーク! まさかその盗人を……!? 全ては計画の内って訳ね……!)
「これは……、早急に、冒険者リーンには詳しく話を聞く必要があります。アクイラ殿、協力して頂けますね?」
(この怪しまれた状況で、下手に隠し立てするのはまずいわ……。かといってジークが関わっている以上、簡単に無実を証明できるとは思えない……。どうする……!?)
「わかった……」
「アクイラ殿!!」
異議を唱えようとしたシキに左手をかざし制止させた後、アクイラはリックに向き合った。
「だが、リーンは今出ていて屋敷にはいない」
「出掛けている? 何処へですか?」
「場所までは聞いていない」
「……隠し立てをするなら、共犯者として拘束することもできるんですよ?」
「……何だと?」
リックの言葉に、アクイラはぎろりと橙色の瞳を光らせた。その眼光にリックは一瞬怯み、ゴクリと喉を鳴らした。
「まぁまぁ、アクイラ殿もリック衛兵長も……落ち着いて下さい」
その場の張り詰めた空気を緩めるように、ジークが前に出た。
「リック衛兵長、冒険者リーンは、実は僕の婚約者なんです」
「え!?」
驚きの表情をしたリックに、ジークは申し訳なさそうに目を伏せた。
「彼女はとても正直で、真面目な人です。きっと逃げも隠れもしない……。僕は彼女の潔白を信じているけれど、もし彼女が間違いを犯したのなら、僕は彼女を説得したい。僕がいれば、きちんと話をしてくれるはずです。アクイラ殿、よければここでリーンを待たせて貰えませんか?」
(こいつ……わたしが断れないってわかってて……)
アクイラはフーと息をつくと、道を開けた。
「……構わない。部屋へ案内する。リーンもじきに帰って来るだろう」
「アクイラ殿!! 何故です!? こんな……明らかに濡れ衣だ!!」
シキが再度アクイラに訴えたが、アクイラは小さく首を振った。
「クソッ!!」
シキは衛兵たちを押しのけ、門から外に出ようとした。しかし剣を構えたリックが、シキの行く手を阻んだ。
「シキ殿! 貴方がヴィーグリーズ家の人間で、腕が立つことは知っています! しかし怪しい動きをすれば、貴方も共犯者とみなします!!」
「そこをどけ!」
シキは剣を抜き、リックと対峙した。リックはシキの気迫に息をのんだが、すぐにアクイラが声を上げた。
「シキ!! 何度も言わせるな!!」
その声に、シキはビクリとし、アクイラの方に目をやった。
「剣を納めろ、シキ」
聞いたことがないような、アクイラのドスの効いた低い声に、シキはゴクリと喉を鳴らし、大人しく剣を下ろした。
「では、遠慮なく待たせて貰いますね。さすが王の側近を務めるアーウェルサ家の神獣サマだ。話が分かる方で安心しました」
ジークはそう言うと、人のよさそうな笑みを浮かべた。ぎりっと唇を噛み、ブルブルと拳を震わせているシキに、アクイラはそっと近付いた。
「シキ、わたしたちが下手に動けば、逆に怪しまれてしまうわ。ここは、時間を稼ぎましょう」
アクイラはそう耳打ちし、敷地を囲っているフェンスに目を向けた。シキがアクイラの目線を追うと、重量感のある鉄格子のようなフェンスを、銀色の狼がジャンプして飛び越えて行くのを目にした。衛兵たちがいる場所からは死角になっていたようで、そのことに気付いていたのはアクイラとシキだけだった。
(ルーナ!!)
「ルーナは耳がいい。恐らく、わたしと衛兵たちの会話を聞いていたはず。きっと、今の状況をルベルに知らせてくれるわ」
アクイラのセリフを聞き、シキは少し落ち着きを取り戻したが、鋭い殺気を孕んだ視線は、しっかりとジークを捉えていた。
(卑怯者め……! 洞窟での件も、絶対に非を認めさせてやる……!)
ジークはシキの殺気に気付いてはいたが、涼しい顔でアーウェルサ家の屋敷へと足を踏み入れるのだった。
一方、アーウェルサ家へと向かっていたリーンたちだが、ソールが何かのにおいを察知し、足を止めた。
『このにおいは……』
「どうした、ソール」
ルベルが問いかけた時、巨大な銀色の狼がこちらに駆けて来るのが見えた。
『ソール!! シオン!!』
『ルーナ! やはり貴様のにおいだったか! どうしたのだ!?』
『聞いて! 今屋敷に……!』
ルーナは、衛兵とジークが屋敷を訪れ、リーンに殺人の疑惑がかけられていること、容疑者のひとりが死んだことなど、その時にされていた話を全て報告した。
「まずいな……」
ルベルはそう呟き、黙り込んだ。
『待て、毒の成分がわかっているなら、貴様の毒ではないと逆に証明されるのではないか?』
そう言ったソールに、ルベルは軽く首を振った。
「ジョニー殺害に使われた毒を調べたのも、リーンのアイテムボックスの中から出てきた毒を鑑定したのもジークだ。いくらでも辻褄を合わせられる。片や俺たちは、ジョニーとモメそうになった所を見られているし、俺は実際ジョニーに接触して暴行した。逃げたら逃げたで、余計に怪しまれる。俺たちは、あらゆる面で不利な状況に立たされている」
『じゃあどうするのだ! 大人しくジークに捕まると言うのか!? いっそこのまま逃げた方がいいのではないか!?』
「待って……」
声を荒げているソールを制止するように、リーンが口を開いた。
「ルベル、ジョニーさんが亡くなったこと知ってたの? 暴行したってどーゆうこと? どうして、そんなことしたの?」
リーンは、困惑の表情のままルベルを見上げた。
「……それは……」
「リーン、ルベルはリーンのことを思って……」
「また、私の為だって言うの?」
シオンが助け舟を出そうとしたが、今のリーンにそれは逆効果だった。
「私の為に……ジョニーさんを……殺したの?」
リーンの声が震え、その瞳が信用と疑惑の間を彷徨うように揺れていた。
「違う!! 俺は殺していない!! 俺は……!」
珍しく、リーンに対して焦りの感情をあらわにしたルベルだったが、言葉に詰まり観念したように目を伏せた。
「ジョニーが……キラービーを使ってお前を傷付けようとした……」
「え?」
訊き返したリーンに、ルベルは顔を向けた。
「キラービーに襲われたあの時、お前にフェロモンを付着させたのはジョニーだった。俺は許せなかったんだ。お前を傷付けようとする者を。だからその日の夜、お前が寝ている間に宿屋を抜け出し、森でジョニーを殴った。もう二度と変な気を起こさせない為に、徹底的に痛めつけた。そしてお前に近付くようなことがあれば、次は殺すと脅した」
リーンはゴクリと喉を鳴らし、震える唇をなんとか動かした。
「そん……、そこまで、しなくても……。ルベルは、あんな人は無視すればいいって……」
「俺は、お前を傷付けようとするヤツを許しはしない」
温度のない声色で発せられた言葉と共に、ルベルの片方だけの金色の瞳が一瞬濁り、光を失ったように見えた。冷たく、骨を震わせるような声は、まるでルベル本人への戒めのように低く響き、そして光を失った瞳は、リーンではなく、心の奥底――――リーンの中の、何か別のものに警告しているようにも見え、リーンは背筋が凍るような感覚を覚えた。
「だが、本当に脅しただけで、殺してはいない。殺したのはジークだ。今までは疑念だったが、今回、それは確信に変わった。リーンに疑いの目を向けさせ、“調べる”という名目で、合法的に近付くつもりだ」
「どうするの、ルベル。逃げるなら手伝う」
シオンの言葉に、ルベルは首を振った。
「いや……。ジークの目的は、リーンを犯罪者にすることじゃない。ヤツの母親に引き合わせることだ。この冤罪は、その為の手段に過ぎない。本当にリーンが捕まってしまったら、向こうも困るだろう。だからヤツは、そうならない何かを考えているはずだ」
そう言って暫し熟考した後、ルベルはシオンに目を向けた。
「シオン、要人警護を生業とするヴィーグリーズ家のお前に、頼みたいことがある」
ルベルは、自身の考えを皆に話し始めた。
月・水・金曜日に更新予定です。




