34 錬金術の素質
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リーンがグレイスに弄ばれていた頃、ルベルとルクスは、城の中庭にある東屋にいた。
「懐かしいでしょ、ルベル。200年ぶりだもんね」
ルベルは歴史を感じさせる大きな城を見上げ、ぼそりと呟いた。
「……そうだな、全然変わってない」
「リーンも、少し既視感があったみたいだよね」
ルクスは東屋にあるベンチに腰掛けると、立ったままのルベルを見上げた。
「元気だった?」
「……」
「……あー……ごめん、“元気”なんて軽々しく言えないよね」
ルクスの言葉に、ルベルはただ黙って目を伏せた。
「……リーンは、相変わらず?」
「ああ……」
「そっか……」
少しの沈黙の後、ルクスは重たい空気を払拭するかのように、明るい声を出した。
「それにしても、王都に来たのなら、どうしてすぐに僕の元を訪れなかったのさ。お兄ちゃんは悲しいぞ」
「……お前とリーンを会わせたくなかった」
目を逸らしたルベルに、ルクスはからかうような表情をした。
「相変わらず独占欲が強いね~ルベルは! 束縛し過ぎると嫌われるよ?」
ルベルにじろりと睨み付けられ、ルクスは少し背中を引いたが、すぐに真面目な顔をした。
「冗談だよ。リーンが僕を見て、“赤髪の男”を思い出すかもしれないって懸念したんでしょ? 同時に、酷い記憶も思い出すかもしれないって……」
「……」
ルクスは膝の上で手を組み、黙り込んだルベルを見上げ、ひとつ息をついてから本題に入った。
「……アクイラから少し話を聞いた。リーンがマグナマーテルの当主に狙われてるって?」
「ああ……。アクイラが言うには、リーンの中の魔石を狙っているようだ」
ルクスは、思いを馳せるように少し遠い目をした。
「アマンダはね~……、彼女が若い頃、一度だけ寝たことがあったけど、確かに美に対して執着心が強かったからね~」
「おい、今サラッと凄いこと言ったな」
「いや、ホラ美人だし、昔はもう少し可愛げがあったんだよ? 王都を守る神獣としては、主要領地のことを把握するために必要だったっていうか」
「アマンダは元々マグナマーテルの人間じゃないだろ。てゆうかお前、その言い方だとアマンダがマグナマーテル家に嫁いだ後に寝たのか? 最低だな、お前もアマンダも」
「先に迫って来たのは向こうだよ!? 断るなんて彼女にも悪いし、据え膳食わぬは男の恥って……」
「その話はもうどうでもいい。とにかく、王の権限でマグナマーテル家を何とかしろ」
「いや、僕はあくまでも守り神で、王じゃないから。まぁでも、ジョニーとかいう冒険者を殺したのが本当にジークだとしたら、さすがに見過ごせない。使われたっていう神獣の毒を、ジークが持っているっていう証拠でもあれば、すぐにでも拘束できるだろうけど」
「そんな重要な証拠品を、ジークが後生大事に持ち歩いてるとは思えない」
「だよね~。マグナマーテル家を調べるにしても、ウィーペラの遺体は厳重に隠匿されてるだろうし、何も出てこないまましらを切られれば、最悪コッチが責められる」
ルベルとルクスは、互いに黙り込んだ。この件についての打開策が思いつかず、ルベルは話題を変えた。
「迷宮の件はどうなんだ? アクイラが、お前が何かに気付いたが、秘密にされたと言っていた」
「あー……ウン。迷宮はね~……」
ルクスはあからさまに目を泳がせた。
「……鍵がね、必要なんだ」
「鍵?」
「そう。迷宮の扉には鍵がかけられていて、神獣の魔力だけじゃ開かないってわかったんだ」
「そうか。で、その鍵はどこにある? 伝説に出てくるような重要な魔道具は、全てお前が管理していたはずだが」
「そうなんだけどね……。え~と、それがね……」
ルクスは落ち着かない様子で、組んだ手をモジモジと動かした。
「お前、まさか……失くしたのか?」
「いやっ、失くしたっていうか、あげたっていうか……」
「あげた!? 重要な魔道具を!? 誰に!?」
「だ、誰だったかなぁ……? 僕の周りにはいつも女性がたくさんいたし、ホラ、僕って優しいから、女性におねだりされたら断れないっていうか何ていうか……」
もごもごと言い訳をするルクスに、ルベルは呆れた声を出した。
「待て待て待て、女の気を引く為に、重要な魔道具をやったのか!?」
「お願い!! アクイラには黙ってて!! 僕まだ死にたくない!!」
縋りつくルクスに、ルベルはハァと長いため息をついた。
「俺は……お前のハーレム気質を少々ナメてた」
「いやぁ、それほどでも」
「褒めてないぞクズが」
「お兄ちゃんに対して、その口のきき方!」
「黙れ」
ルベルに一喝され、ルクスはしゅんと縮こまった。
「おい、まさかアマンダにやったんじゃないだろうな!? 交換条件として、リーンを差し出せとか言いかねないぞ」
「いやっ、それはない……と、思う……。彼女は古い魔道具よりも、ブランド品を好む女性だったからね」
「女の好みはしっかり覚えてるんだな……。じゃあ、古い魔道具が好きだった女を思い出せ」
「ええ~!? えーと、ソフィーにエメラルダにジャンヌに……ていうか、だいぶ昔の話だから、みんなもう亡くなってて、最悪遺品は墓の中かも……」
「そしたら掘り起こすしかないだろう」
「王国の守り神の僕が、墓荒らしするの!?」
「遺族にはちゃんと断るに決まってるだろう。だが、お前が人物を特定できない限り、いくつも掘り起こすことになるぞ。それが嫌なら、ちゃんと誰にやったか思い出せ」
「そ、そうだ! 錬金術で作っちゃえばいいんじゃないか? 形なら覚えてるぞ! キミほどの素質があれば、古の魔道具だって錬金術で……」
「無理だ。模造品なら作れるが、全く同じものを作るには、その鍵の素材、質量、全て正確に把握していなければならない。加えて魔力を扱う魔道具となると、難しさは膨れ上がる」
「使えないな……」
「お前が言うな。それに……俺も錬金術も、万能じゃない」
「……ああ、そうだね……」
ルクスは苦しそうな表情をしているルベルをじっと見つめ、何か声をかけようと口を開いたが、ルベルは短く息をつき、踵を返した。
「とにかく、誰にやったか早急に思い出せ。ウルズの泉の真偽を知りたいし、泉が本当に存在するなら、お前にも協力して貰いたいことがある。リーンからウィーペラを引き剥がし、二度とリーンを呪えないようにするには……お前の能力が必要だ」
「協力?」
「俺だって……もう、リーンを殺したくない」
ぼそりと、辛そうな声色でそう言って離れて行くルベルを、ルクスは黙って見送った。
ルベルが部屋に戻ると、丁度リーンが、フィンに例の“狼バージョンエリりん”を渡されているところだった。
「あ、ルベル……」
部屋に入ってきたルベルに目を向けたリーンは、心なしかぐったりしているように見えた。
「マスコットを受け取ったのか。用事は済んだな、もう帰ろう」
「おや、もうお帰りになられるのですか? お茶もお菓子もまだまだありますよ?」
「けけけ結構です!! どどどうぞお気遣いなくっ……!!」
リーンは素早くルベルの後ろに隠れ、グレイスから距離を取った。
「それにしても見事だな。ここにある人形は、全てフィンが作ったのか?」
ルベルは、感心しながら部屋にある人形を見回した。
「中には既製品もあるが、ほとんどは小生の手作りだ。作ることが何よりも楽しいのでな」
「……お前の才能を見込んで、ひとつ頼みがある。これなんだが、どうもうまくできない」
ルベルはそう言って、懐から作りかけの人形のような物を取り出し、フィンに見せた。
(あ、ルベルが作ってた変な人形……)
それは、ルベルが最近ちょこちょこと作っていた物だった。布で作られていたが、縫い目はガタガタで、それが余計におどろおどろしい雰囲気を醸し出してた。顔だと思われる部分に赤い点が三つ配置されているので、なんとなく目と口に見えるだけで、これを瞬時に人と認識するのは難しいほどのクオリティの低さだった。見せられたフィンも困惑し、首を傾けた。
「これは……。わかった! アンデッドだな!?」
「いや、リーンだ」
「え……」
リーンとフィンがキョトンとする中、グレイスだけがブッと噴き出した。
「あ、いえ、失礼……そっくりですね」
そう言って小刻みに震えているグレイスをよそに、リーンはルベルに詰め寄った。
「わ、わ、私!? これ、私のこと作ってたの!? ルベルの目には、私ってこんな風に映ってるの!?」
「まぁ、わりと近いな」
「近い!?」
「お前の覇気のなさを、上手く表現出来ていると思う」
「いや覇気がないっていうか、完全に死んでるでしょコレ! フィンがアンデッドって言うくらいだよ!?」
「顔はこれでいいとして……。それよりも、服の部分が難しい」
「よくないよくない!! 顔って重要だよ!?」
「そ、そうだな。仮にこれがリーンだとして……性別もわからないとなると……。少し……いや、かなり手直しをしないと……」
フィンは、言いづらそうに口元に手を添えた。
「確かに……リーン自体も男か女かわからない体つきだが、人形でそれを表現するつもりはなかった。せめて女に見えるように手直しをしてくれないか?」
「ねぇ、ルベル私のこと嫌いなの!? さっきから悪意しか感じられないんだけど!!」
リーンが喚く中、グレイスが笑いを堪えながらルベルに尋ねた。
「というか、錬金術で直せばいいのでは? リーンさんはあのヴァーミリオン家のご息女なのですから、さぞかし錬金術の腕もいいのでしょう? 彼女に直して貰えばいいのではないでしょうか」
「えっ、そ、れは……」
リーンが口ごもり、目を泳がせた所に、ルベルがため息まじりに答えた。
「リーンは錬金術が使えない。素質がない」
「……は? 使えない? あのヴァーミリオン家の血筋ですよね? それなのに素質がないんですか?」
「うっ……」
またしてもグレイスの言葉がグサリと突き刺さり、リーンはルベルの後ろに隠れたまま俯いた。
「もしかして、ヴァーミリオン家がご息女の存在をひた隠しにしていたのは……錬金術が使えないからですか? 高名な錬金術の家系に、まさか素質のない娘が生まれるなんて、隠したくなる気持ちもわかりますが」
「グレイス、言葉が過ぎるぞ」
「失礼致しました」
フィンに止められ、グレイスは口を噤んだ。
「……俺は錬金術を使えるが、この人形は“手作り”にこだわっている。フィン、手直しを頼めるか?」
「小生でよければ力になるが、これは大幅に手を加えてもいいものなのか……。中に綿を詰めているのか? それにしては少しボリュームが足りないような……」
その時、フィンが何かに気付き息をのんだ。そしてルベルを見上げ何か言いたげに口を開いたが、すぐに口を閉じ、今度はグレイスに目を向けた。
「グレイス、手直しについて少しルベルと話をするから、その間リーンに城を案内してやってくれないか?」
「え!? い、いやいやいや、私、ふたりの話が終わるまで、大人しくここで待ってるよ!?」
リーンはそう言ってルベルの後ろに隠れたが、ルベルはひとつ息をついてリーンの方を向いた。
「そうだな。リーン、俺とフィンの話が終わるまで、外に出てろ。……中庭に、まだルクスがいるはずだ。お前も……ルクスと話をしたいだろう?」
「え、う、うん……」
「グレイス、中庭までリーンを案内してやって欲しい」
「かしこまりました」
グレイスと二人きりになるのは嫌だったが、ルクスと話をしたいと思っていたリーンは、大人しくグレイスと共に部屋を出て行った。
リーンたちの遠ざかる足音を確認し、ルベルはため息まじりに呟いた。
「気付いたか……」
「ルベル、そなたは神獣だ。ヴァーミリオン家の守り神であるそなたが、なぜこのようなものを作っているのか理由が知りたい」
「……」
フィンは黙り込んだルベルを見つめた。
「この人形の中に詰めてあるのは、綿ではない。人毛だ。そなたはこの人形は“リーン”だと言った。見た所金髪だが……この人毛は、リーンのものだな?」
「……」
口を閉ざしているルベルに対し、それは肯定だとフィンは受け取った。
「手作りにこだわり、人の人毛を用いて作る人形……それは多くは、その者を傷付ける為に使用される。これは……リーンを対象とした、“呪いの人形”だ」
フィンの美しい海のような澄んだ青い瞳は、真意を探るべく、真っ直ぐルベルを見据えていた。
月・水・金曜日に更新予定です。




