表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
引きこもり龍姫と隻眼の龍  作者: 鳥居塚くるり
33/114

33 グレイスのおもてなし

33


(いた……本当に、いたんだ……! 赤髪の……)


自分の妄想の中の男ではないかと疑い始めていたリーンだったが、目の前に現れたその男は、リーンの記憶の中の男にとてもよく似ていた。あまりの衝撃に動けないでいるリーンに、ルクスはゆっくりと近付いた。そして、リーンが落とした紙袋を拾い上げると、優しく目を細めた。


「はい、落としたよ」


「……っ、あっ、あり、あ……」


リーンは上手く喋れないまま、涙目になった。ルクスはそんなリーンを優しく見つめてから、その肩に乗っているルベルに目を向けた。


「やあ、ルベル。久しぶりだね」


(えっ……)


『ああ……』


“久しぶり”と言ったルクスと、それに対して素っ気ない返事をしたルベルに、リーンと同じような疑問を持ったフィンが口を開いた。


「なんだ、もしや既に知り合いだったのか?」


フィンの言葉に、ルクスは悪びれる様子もなく笑った。


「そりゃあ同じ神獣だし、ルベルは僕の弟だから」


「え……」


「は?」


「えええぇーーーーーー!?」


フィンとグレイス、リーンが3人揃って素っ頓狂な声を上げ、王都の街を歩く人々がチラチラとリーンたちを気にし始めた。


「お、弟!? そなたに弟がいたなんて初耳だぞ!」


「そりゃあ、今初めて言ったからね。ていうか……ここはあまりにも目立つから、話なら城でしようか。もちろんリーンと、我が弟ルベルも一緒にね」


興奮するフィンを尻目に、ルクスは再びルベルに目を向けながら、リーンの腰に手を回し、丘の方へと誘導した。


「断らないよね、ルベル」


『……』


ルクスの、柔らかいけれど半ば強制的な声色に対し、ルベルは何も言わなかった。リーンたちはルクスに導かれるまま、王都を一望できる丘の上にやって来た。


「準備するから、ちょっと待ってね」


ルクスはそう言うとリーンから離れ、丘にある広い場所に歩いて行った。リーンは、ここぞとばかりにルベルに詰め寄った。


「ルベル!! どうして嘘ついてたの!? 赤髪の男の人のこと……本当にいたじゃん!! しかもルベルのお兄さんなんて! 実際に存在する人だって、ルベルはわかってたってことだよね!? それなのに、“出会っていない”とか“妄想だ”とか何とか言って、酷いよ!!」


『リーン落ち着け、それは……』


ルベルがリーンを宥めようとした時、広い場所に出たルクスの体が金色に光り、ルクスは瞬く間に巨大な龍の姿になった。


『お待たせ。さぁみんな、背中に乗って』


「行こうリーン。ルクスに乗れば、城まですぐだ」


フィンに促され、リーンは龍の姿になったルクスに目をやった。巨大な体を覆う赤い鱗に長い尻尾、角も爪も鋭く立派だったが、金色の瞳にルベルのような鋭さはなく、優しく温かみがあるように感じた。


(凄い、真っ赤な龍だ! 兄弟でも、色が違うんだな……)


リーンは、赤龍のルクスとルベルの白い体とを見比べ、目が合ったルベルをキッと睨み付けた。


『リーン、聞いてくれ、俺は……』


「とにかく! 言い訳じゃなくて、あとでちゃんと話して貰うからね!」


ルベルの話を断ち切るようにそう言ったリーンの心の中は、モヤモヤしていた。ルベルに嘘をつかれていたということが、思いのほかリーンの心を強く支配し、行き場のない訳のわからぬ感情に揺さぶられていた。眉間にしわを寄せ黙り込んだリーンに、ルベルも何も言えないまま、ルクスの背中に乗り城へと向かった。




城の屋上に着いたリーンは、護衛していた衛兵に怪訝な表情で見送られながら、城の中へと足を踏み入れた。高い天井に綺麗に磨かれた床、廊下の所々には高そうな美術品が飾られており、リーンはそれらをぼんやりと眺め、不思議な感覚に包まれていた。


「リーン、大丈夫か?」


歩みの遅いリーンに、フィンが声をかけた。


「あ、うん……。なんか……私、ここに来たことがあるような気がして……」


「そうなのか? もしかしたら、幼少の頃に訪れたことがあるのかもしれないな。城では、国民の余暇や学生の社会科見学の為に、定期的に城内の一部を開放しているのだ」


「そう、なんだ……。私、小さい頃の記憶があんまりなくて……。ソールとかアクイラにも会ったことがあるみたいなんだけど、憶えてないんだ」


「小生だって、幼少の頃の記憶は曖昧だぞ。そんなものだろう」


「でも、既視感はあるんだ。なんか、懐かしいっていうか……」


「それは、心や体が覚えてるのかもしれないな。小生は、脳にだけ記憶が残るとは思っていない。むしろ、感情は心が記憶するものだと思う」


「心……」


リーンはフィンのセリフを聞いて、自分の胸に手を当てた。


(じゃあ、赤髪の男の人のことも……心が覚えてるってこと?)


「殿下、物事の情報は、心ではなく海馬と呼ばれる脳の部位に一時的に保管され、長期に渡り記憶されるものは大脳皮質と呼ばれる場所へ……」


グレイスが記憶に関する説明をしている途中で、ある部屋の前に辿り着いた。フィンはグレイスの長話を断ち切るようにリーンの方に振り向くと、少し自慢げな笑みを浮かべた。


「リーン、ここは小生の趣味部屋だ。きっとそなたも気に入ると思うぞ」


フィンはそう言って部屋の扉を開け放った。リーンが部屋の中を覗くと、そこには、様々なピオ七グッズが所狭しと並べられていた。


「う……うわあぁぁぁぁ!!」


リーンは思わず感嘆の声を上げた。


「す……凄い!! この生徒会メンバーの人形はもちろん……」


「ああ、小生の手作りだ」


「や、やっぱり! これって粘土で作ったの!?」


「初めに大きな土の塊から人型を作り出し、土魔法で細かい細工を施していったんだ。仕上げに魔法で着色もした」


精巧に作られたその粘土人形は、今にも動き出しそうなほどリアルで躍動的で、リーンは目を輝かせた。


「凄い!! 器用過ぎるよフィン!! あっ!! これはアカぴーとミミっぺがケンカした時のシーンを再現したやつ!!」


「わかるか? さすがリーンだ」


「名シーンじゃん! このケンカによって、お互いの絆が深まって……私何度読んでも、泣いちゃうシーンだよ!」


「小生もだ! 互いを理解する為には、感情をぶつけ合うことも必要なのだと知った。ピオ七は、下手な教科書よりも勉強になることばかりだ」


「うんうん! 必修科目にしていいくらいだよね!」


「殿下、公務が詰まっております。お話はそのくらいで」


冷ややかなグレイスの視線を感じ、リーンとフィンは我に返った。


「公務か……。すまないリーン、素早く片付けて来るから、しばらくこの部屋で待っててはくれぬか? グレイス、それまでリーンの相手を頼む」


「えっ、い、いやっ、わ、私は別にひとりでも……ル、ルベルもいるし……」


「かしこまりました」


フィンの言葉にリーンは慌てて断ろうとしたが、グレイスは丁寧に返事をした後、リーンの方を向いてフィンに見えないように顔を歪めた。


(す、凄いイヤそう!!)


「では、ルベルは僕が借りようかな。久しぶりに兄弟水入らずで話がしたい」


「え!?」


リーンはそう言ったルクスとルベルを交互に見つめ、“行かないで”という顔をして無言でルベルに訴えた。しかしルベルはリーンの肩からふわりと降り立つと、体を光らせ人型になった。


「やはり兄弟だな、よく似ている」


フィンは人型になったルベルとルクスを見比べそう言うと、リーンに断りを入れ部屋を出て行った。


「僕たちも行こうか、ルベル」


「……」


ルクスとルベルも部屋を後にし、その場にリーンとグレイスだけが残された。リーンはグレイスと目を合わせないように、そろそろと部屋の隅へ移動しようとした。


(き、気まずい~。沈黙が怖い~。この人も怖い~。誰か助けて~)


その時、カチャカチャという音と共に、紅茶の良い香りが漂ってきた。


「おい」


「ヒッ!!」


突然話しかけられ、リーンの体がビクリと跳ね上がった。


「飲めや」


振り向くと、テーブルの上に紅茶とお菓子が準備されていた。


「あ、いえ……ど、どうぞお構いなく……」


「あぁ?」


「ヒッ!! のっ、飲みます! 飲みます! す、すいません!!」


リーンは素早くテーブルに着くと、紅茶を一気に飲み干した。


「ご、ごちそうさまでした!」


そう言ってリーンはテーブルから離れようとしたが、グレイスはティーポットを手にリーンの前に立ちはだかった。


「おかわりは?」


「あ、え、えっと……」


グレイスの威圧的な態度にリーンは静かに後ずさりし、再びストンと椅子に腰を下ろした。


「いた、頂きます……」


グレイスは空になっていたリーンのカップに紅茶を注ぎ、チラリとお菓子に目を向けた。


「あれも食えや」


「は、はい! いた、頂きます!!」


リーンは用意されたクッキーを皿ごと手に取り、口の中へ全て放り込んだ。そして一気に紅茶を流し込むと、涙目でグレイスを見た。


「ごひそうさまれした!!」


口の周りにクッキーのカスをたくさん付け、もぐもぐと必死で噛み砕いているリーンをみて、グレイスはたまらず失笑した。


「……プッ、ははっ!」


(わ、笑ってる……。人が必死で要求を呑んでるの見て笑ってる……。悪魔か?)


ゴクンとクッキーと紅茶を飲み込んだリーンを、グレイスはそれこそ悪魔のような笑みを浮かべながら見つめた。


「アンタ、人付き合い苦手やろ」


グレイスの言葉がグサリと突き刺さり、リーンは下を向いて黙り込んだ。グレイスはそんなリーンを見て、少しバツが悪そうな顔をした。そして再びリーンのカップに紅茶を注ぎ、もう一つカップを用意すると、自分用に残りの紅茶を注いだ。


「別に、悪いなんて言うてへんやろ。普通にしてたらええやん。無駄にオレを怖がるな」


(いやいやいや、怖がらせてるのソッチだから!!)


暴力的な態度とは裏腹に、優雅な仕草で紅茶を飲むグレイスを、リーンは口を噤んだまま盗み見た。すると、紅茶の湯気で眼鏡が曇った、少し間抜けなグレイスの顔が目に入り、思わず鼻から息が漏れた。


「ふっ……」


グレイスは眼鏡を外し、布で曇りを拭き取りながらリーンを睨んだ。


「おい、今わろたか?」


「笑ってません」


リーンは被せるようにそう言って、そっぽを向いた。


「わろたやろ」


「笑ってません。鼻の穴にホコリが入っただけです」


「嘘つくな」


「嘘じゃありません」


頑なに認めないリーンを見て、グレイスはフッと口の端を上げた。


「ホコリっちゅうか、ジブン鼻毛出とるで」


「え!? うっ、嘘っ!?」


リーンは慌てて鞄から小さな手鏡を取り出し、自分の鼻を確認した。


「で、出てないじゃん! 嘘つき!」


「……なんや、やればできるやないか、“普通”に」


(え……)


リーンが思わず顔を向けると、グレイスは眼鏡を外したまま紅茶を飲み、フィンが作った人形を見つめていた。


(もしかして……この人なりに、私の心を溶きほぐそうとしてくれてるのかな……)


いまいちグレイスのことがわからないリーンだったが、最初よりは居心地が良くなっているように感じた。


「それにしても……相変わらずキモい部屋やなぁ~。こんなん見て何がおもろいの?」


グレイスは、フィンが作ったピオ七の人形を弄びながら、顔を歪めた。


「お、面白いというか……。か、可愛いじゃないですか。それに、フィンが作った物は色んなバージョンがあって、コレクション性が増すっていうか……」


「かわいい? お子ちゃまやな~。なに、ジブン未だに人形遊びしとんの?」


「いや、さすがにそういう訳では……。眺めて楽しむというか……ってちょーーーー!! な、何してんですか!!」


リーンは、人形のスカートの中を堂々と覗いているグレイスに向かって叫んだ。


「眺めて楽しんどる」


「超ヘンタイ!! やめてください!!」


「そこにパンツがあったら、普通覗くやろ」


(言い切ったよこの人……!)


「しかし、さすが殿下や。細かいとこまで手を抜かへん。凄いパンツやで。見てみぃ」


「え……」


グレイスに人形を渡されたリーンは、ためらいながらも人形のスカートの中をそろそろと覗き込んだ。その時、ガチャリと部屋の扉が開いて、公務に行ったはずのフィンが戻って来た。


「リーン、やはり先にマスコットを渡しておく。公務がいつ終わるかわからな……」


人形のスカートの中を覗きこもうとしているリーンとバッチリ目が合ったフィンは、扉を開けたまま固まった。


「フィ……フィン!! い、いやいや! ち、違うのこれは!! グ、グレイスさんが」


「リーンさん、さすがにいきなりパンツを覗くのはどうかと……」


(な、何をーーーー!?)


眼鏡をかけ、側近モードになっていたグレイスは、呆れたようにリーンを見つめていた。フィンは軽く咳払いをし、気まずそうに目を泳がせた。


「あ、い、いや……。リーンのことだ、きっと原作の世界観を壊していないか、確認したかったのだろう。そんな目で見てやるな、グレイス」


(いらない!! そんな優しさいらないーーーー!!)


誤解され涙目になったリーンに、グレイスは笑いをこらえながら、フィンには聞こえないように囁いた。


「ええオモチャ見つけたわ。これからよろしゅうな、リーン」


(心を溶きほぐそうとしてくれてるなんて思った私が馬鹿だった! やっぱり悪魔だ、この人!!)


眼鏡の奥で細められた黒い瞳に見据えられ、リーンの心は不安で満たされるのだった。



月・水・金曜日に更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ