32 王家を守る龍
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「すまなかったな、リーン。王都の衛兵は優秀だ。殺人犯も窃盗犯も、きっとすぐに捕まえてくれる」
グレイスの変わりように動揺していたリーンだったが、フィンの言葉で我に返った。
「あ……、助けてくれて、ありがとうフィン……。あ、じゃなくて、あ、ありがとうございました、で、殿下」
リーンはあたふたしながら礼を言ったが、フィンは困ったように笑った。
「今まで通りの話し方で構わない、リーン。小生たちは“ピオ学生”ではないか」
「いや、そ、そういうわけには……」
「この通り、小生は立場上友人が少ない。けれどそなたは、ピオ七の話で盛り上がれる貴重な友人だ。今までのように接してくれた方が、小生は嬉しい」
フードの奥で青色の瞳が優しく細められ、リーンはその瞳になぜか既視感を感じた。
(何だろう、最近、こんな風に懐かしいって感じることが多いな……)
リーンがぼんやりとそんなことを考えていると、フィンが首を傾げた。
「ところでリーン、そなたもしや、ピオ七第7巻初回限定盤を買いに来たのではないか?」
「ハッ!!」
フィンの言葉に、リーンは慌てて行列に目をやった。すると先程のプラカードに、新たに“店舗購入者特典終了”の張り紙が貼られていた。
「そ、そんな……」
リーンはガックリと肩を落とし、その場は負のオーラに包まれた。
「予約をしてなかったのか?」
「いや……、実家にはちゃんと届いてると思うけど……、店舗購入者特典が……。まぁでも、どーせ財布もないしね……アハハ~……ハァ……」
あからさまに落ち込んでいるリーンに、フィンは自分が持っていた紙袋を差し出した。
「リーン、そう落ち込むな。そなたに小生が今買ってきた初回限定盤をやろう。もちろん、店舗購入者特典も入ってるぞ」
「えっ!! だ、ダメだよそんな! フィンだって楽しみにしてたでしょ!?」
「いや、小生はいつも観賞用と保存用で二冊購入するのだ。今回は一度の会計で購入者特典は一つしか貰えないから、実はグレイスにもう一冊買うよう頼んだのだ」
「わたしが買った分の購入者特典は入手致しました。抜かりはありません」
グレイスは自身が持っていた紙袋の中を見せ、フィンにそう報告した。フィンは中味を確認し頷くと、再び自分の紙袋をリーンに差し出した。
「だからこれを受け取ってくれ、リーン。街の治安を維持するのも王族の務めであるのに、財布を盗まれたのも、小生の街への管理不行き届きが原因かもしれない」
「いやっ! そんなことは……っ!」
「遠慮するな。聖ピオニー学園のモットーは?」
「た、助け合い……」
フィンの問いかけに、リーンは思わずそう答えた。フィンはその答えに優しく笑った。
「いつか小生が困ってる時は助けてくれ。それに、最新巻を読んだ感想を、早くそなたと語り合いたい」
「フィン……!」
(なんていい人……!! まじ神!! さすがメルたん推し!!)
リーンは涙目でフィンを見つめ、紙袋を受け取った。強い視線を感じ、リーンがチラリとフィンの後ろに立っていたグレイスを盗み見ると、蔑むような瞳でこちらを見ていた。
(うわぁ~、完全に、“キモいんだよこのオタクが!”って顔してるぅ~)
「あ、え、えっと、じゃあフィン、ほ、本当にありがとう……。わた、私はこれにてお暇を……」
グレイスの視線から逃れようと、リーンはそろそろと後ずさりをした。しかしそんなリーンを引き留めるように、フィンが口を開いた。
「あ、リーン、例のマスコットなのだが、実はもう出来ているのだ。よかったら今からウチに取りに来ないか?」
「え!? も、もうできてるの!? あ、でも、“ウチ”って……」
「あれがウチだ」
そう言って、フィンは街の向こうに見える、大きな城を指差した。
(敷居が高い!!)
「あ~、いや、さ、さすがにそれは~……」
「街を一望できる丘に、護衛を待たせている。行きも帰りも彼に送らせるから安心してくれ」
「え? 護衛って……グ、グレイスさんじゃないの?」
てっきりそう思っていたリーンに、グレイスは中指で眼鏡を持ち上げながら答えた。
「わたしは武術も心得てはいますが、護衛とは異なります。殿下をお守りするのは、神獣の役目です」
「えっ、神獣!?」
リーンは思わずルベルを見た。
「王家の守り神は龍なのだ。普段はアーウェルサ家のアクイラのように人型で生活をしている。街に送ってもらう時に、龍になって貰ってるのだ。リーンの龍同様、もう1000年以上も生きている」
「へぇー! すごいね! でも、離れた所から護衛できるものなの?」
「小生は、ルクスの“光の魔法”に常に守られている」
「光の魔法?」
「王族にしか効かないと言われている“光の結界”のことです」
首を傾けたリーンに、グレイスの目が鋭く光った。
「光の結界は、あらゆる悪意を遠ざけます。この結界により、王族は何千年も守られてきたのです。学校で習いませんでしたか?」
「あ、ハイ、えーと、そ、そういえば……」
(学校行ってないから知らないし、ルベルもそんなこと教えてくれなかったなぁ……。てゆうか、“そんなことも知らないのか、この田舎モンが”って言ってるように聞こえるのはなぜだろう……)
「そなたが使役しているその龍も、1000年以上生きているんだったな。名は何というのだ?」
フィンに問いかけられ、ルベルは一瞬言い淀んだ。
「ルベルだよ。実はルベルも神獣なんだ」
『リーン!』
「えっ、何? 言ったらダメだった?」
『……』
ルベルはなぜかばつが悪そうな顔をした。
「神獣!? そうか、およそ200年前に、ヴァーミリオン家にも守り神がついたということを書物で読んだことがある」
「えっ、200年前? 私、ルベルは1000年以上前からずっと、ヴァーミリオン家の守り神だったんだと思ってたよ」
「そうですね、ルベルさんが1000年以上生きておられるなら、ヴァーミリオン家の守り神になられる前は、何をしておられたのですか?」
『……答える義理はない。帰るぞ、リーン』
グレイスの質問にそう答えたルベルは、帰り道へとリーンを促した。
「えっ……、で、でも……」
「ルベルさん、何か言えないようなことをやっていたのですか?」
問い詰めるような口調になったグレイスに対し、フィンはそれを制するように右手を上げた。
「ルベル、待ってくれ。グレイスが不躾な質問をしたことは謝ろう。グレイス、そなたも無礼な態度は慎め」
「……はい、申し訳ございません」
グレイスは眼鏡をクイッと持ち上げ、引き下がった。
(いやもう、フィンが見てない所で、無礼な態度とられまくってるけどね)
苦笑いをしたリーンに、フィンが改めて向き合った。
「ルベル、よかったらウチの神獣、ルクスに会ってくれ。少しばかり軽薄な男……いや、龍だが、この国を思う気持ちは本物だ。きっとそなたとも話が合うだろう」
「ルベル以外の龍かぁ……。会ってみたいなぁ……」
そう言って、リーンはチラリとルベルに目を向けたが、ルベルは難しい顔をしていた。
『ダメだ、城には行かない。これからクエストに行く』
「え!! 今日はクエストに行かないって言ったじゃん! 第一ギルドカードがないし!」
『再発行して貰えばいい。王都で信用があるアクイラが一緒なら、すぐに対応して貰えるだろう』
「ええー! い、いいよ~、見つかるまで待とうよ~」
『財布ごと盗られたのなら金がないだろう。早急に稼がないといけないな』
「ほ、ほら、今はアーウェルサ家にお世話になってるし、そんなにすぐにお金が必要になることはないでしょ? 事情を話せば、シオンとシキが貸してくれるかも! それに今日は本を読みたいし、クエストは明日からでいいよね! ね!?」
ルベルは、ゴネるリーンを無視してフィンに向き合った。
『そういうわけだ。悪いが、そのマスコットとやらは約束通り2日後に受け取ろう。場所は宿屋ではなく、アーウェルサ家に変更してもいいか?』
「それは構わぬが……」
「でしたら、わたしが本日そのマスコットを家に持ち帰りましょう。わざわざ殿下が赴くまでもございません」
『それが効率的だな。頼めるか、グレイス』
「問題ありません」
サクサクと話が進み、リーンは諦めて項垂れた。
『では、これで失礼する。リーン、行くぞ』
「ああ……嫌だ……行きたくない……」
リーンがのろのろと元来た道を戻ろうとした時、よく通る凛とした声がリーンの耳に響いた。
「ルベル」
その声に、リーンの肩に乗っていたルベルが、ビクリと体を揺らした。リーンがゆっくりと声のした方へ振り向くと、そこには、赤い髪に龍の角を生やした、綺麗な顔立ちをした男が立っていた。
(え……)
リーンの心臓が、ドクンと音を立てた。風になびく赤髪に、弧を描く薄い唇――――朧気なリーンの記憶の中の男が、そこにはいた。
「う……うそ……」
リーンは思わず、持っていた紙袋を落とした。
「ルクス、ここまで来てたのか」
フィンにルクスと呼ばれたその男は、ルベルと同じ金色の瞳をしていた。
『……ルクス……』
ぼそりと、赤髪の男の名を呟いたルベルだったが、リーンはそんなルベルには気付かず、目の前に現れた“憧れの人”に釘付けになっていた。
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