31 王子様と側近
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(え……。今、王子って言った?)
フィンの言葉に、リーンとルベルも固まった。
ふわふわの金色の髪に、穏やかな海のような青い瞳、童顔だが整った顔立ちをしたその人を、引きこもりだったリーンも見たことがあった。
(宮廷画家が描いた王族の画集を見たことがあるけど、間違いない、確かに、この国の王子様だ……!)
「ま、まさかフィンリー殿下が、護衛もつけずにこのような場所におられるなんて……」
衛兵は姿勢を正し、フィンに敬意を払うように胸に手を当てた。
「護衛ならいるから大丈夫だ。私的で訪れているから、あまり目立ちたくない」
フィンはそう言って、再びフードを目深に被った。
「もう一度言うが、彼女は小生の友人だ。離してくれるな?」
フィンの言葉に、リーンを掴んでいた衛兵は手を離した。
「ハッ! も、申し訳ございません! フードを被った怪しい人物が王都にいると通報があり、警備を強化しておりました。この少女の瞳がどうも尋常じゃなく、猟奇的だったもので……」
(いやもう、傷付くからね、普通に!)
項垂れたリーンを尻目に、衛兵は話を続けた。
「なんでも、南の町でジョニーとかいう冒険者を殺害した者が、この王都に潜伏しているらしいのです。殿下も、お早く城にお戻りになられた方がよろしいかと」
(えっ……)
「ルベル、ジョニーって、さっき話してたジョニーさんのことじゃないよね?」
『……』
リーンは、肩に乗っていたルベルにコソコソと話しかけたが、ルベルは表情を変えず、黙っていた。
「それは神経質にならざるを得ないな。リーン、ギルドカードは?」
フィンに問いかけられ、リーンは意識を戻し、再び鞄の中をまさぐった。
「そ、それが、お財布と一緒になくなっちゃって……」
「それは……スリの仕業かもしれないな。王都はこの通り人が多い。我々も警戒しているのだが、何件か被害が報告されている」
「え……」
衛兵にそう言われリーンが涙目になった時、ついにルベルが口を開いた。
『この道の先で、男とぶつかった。恐らくその時に鞄から財布を抜き取られたのかもしれない。灰色の上着に紺色のズボン、黒髪短髪の三白眼で、右目の下にホクロがあった』
「なっ……、今の声は……!?」
衛兵の驚きをよそに、ルベルは淡々と説明をした。
『俺は1000年以上生きている龍だ。よってお前たちの言葉が理解できる』
「まさか……そんな龍を使役しているとは……。さすが、殿下のご友人です。無礼な態度をお許しください」
衛兵は言葉遣いを正し、深々とリーンに謝った。
「ギルドカードを盗まれたとなると、クエストを受けるのに支障をきたすだろう。そちらの捜索も並行して頼めるか?」
「ハッ! 勿論でございます!」
フィンの言葉に衛兵が敬礼をした時、本屋から出てきた一人の男がこちらの様子に気付き、歩み寄ってきた。
「殿下! どうされましたか!」
「ああ、グレイス。実は小生の友人が財布を盗まれて……」
「殿下のご友人?」
グレイスと呼ばれた男は、ぎろりとリーンに目を向けた。橙色の髪の毛をオールバックにし、眼鏡をかけた長身のその男は、ジャケットの内ポケットから手帳を取り出すと、その中味を確認し始めた。
「本日謁見の予定はなかったはずですが……。殿下とはどのようなご関係で?」
中指で眼鏡をクイッと持ち上げながら、グレイスはリーンに詰め寄った。
「え、いや、その……」
「グレイス、リーンは小生の大事な趣味仲間だ」
「趣味……。なるほど、理解しました」
グレイスはフィンの言葉に全てを察したのか、あっさり引き下がった。
「リーン、彼は代々王族の側近を務めているアーウェルサ家の次期当主、グレイスだ。今日は小生の用事に付き合って貰った」
「え!」
(アーウェルサ家の次期当主って……じゃあもしかしてこの人……)
「貴方はリーン様と仰るのですか? 失礼ですが……貴方はリーン=ヴァーミリオン様では? わたしの縁談相手の」
(やっぱり!)
グレイスの言葉に、フィンは首を傾けた。
「縁談相手?」
「はい。彼女は恐らく、わたしの父が決めた縁談相手です。我が屋敷に客人として招いていると、アクイラが申しておりました」
「そうだったのか、リーン! ヴァーミリオン家といえば、高名な錬金術師の家系ではないか! 娘がいるという話は初耳だぞ! もしやリーンは、冒険者と錬金術師を掛け持ちしているのか?」
「あ、いや、その……」
「ヴァーミリオン家? あそこは子供がいないんじゃなかったか?」
「ああ、オレも聞いたことないな……」
衛兵がコソコソと話す中、興奮気味にリーンに話しかけるフィンを制するように、グレイスはフィンに近寄り耳打ちした。
「殿下、この話は実は機密事項なのです。後ほど殿下にもご説明致しますので、どうかここでは……」
「そ、そうなのか? 承知した」
フィンは口を噤み、話を聞いていたであろう衛兵二人の方を見ると、しっかりと口止めをしていた。
(この人が3人目の縁談相手だったんだ……。めちゃくちゃ真面目そうな人だな……)
フィンが衛兵と話してる間、リーンは密かにグレイスを観察した。
「……コッチ見んなや、田舎モンが」
(え?)
聞こえてきた見下すような言葉に、リーンは思わず肩に乗っているルベルを見た。
『俺じゃないぞ』
ルベルはそう言うと、グレイスに目をやった。リーンもそれにつられ、再びグレイスのことを見上げると、グレイスの眼鏡の奥の黒い瞳がギラリと光り、鬱陶しそうに顔が歪められた。
「ハー……。こんなちんちくりんやと思わんかったわ。完全にハズレや」
(え? え?)
先程の真面目で礼儀正しい態度とは裏腹に、グレイスの口からは辛辣な言葉がポンポン出てきた。
「しかも殿下の趣味仲間ぁ? 完全にオタクやないか。きっも。期待して損したわぁ~」
(ええ!? えええ!?)
呆然としているリーンに、グレイスは顔を近付け指を指した。
「アンタのこと、趣味やあらへんゆうとるんや。縁談相手やからって、勘違いすんなや」
(ええええ!? 告白もしてないのに、なぜかフラれたみたいになってるんですけど!?)
リーンはあまりの衝撃に、口を開けたまま固まった。その時、衛兵に口止めをし終えたフィンが、リーンとグレイスに歩み寄った。
「衛兵にも、リーンのことは他言無用だと言っておいたぞ」
そう言ったフィンだったが、グレイスを見て固まっているリーンを見て、首を傾げた。
「ん? 何かあったか?」
「いいえ、何でもありません殿下。屋敷に滞在するにあたって、困り事はないかとお伺いしておりました」
「そうか。リーン、グレイスはこの通り頼れる男だ。彼の人柄については、小生が保証する」
(えーーーー!? 保証しちゃうの!? いやいやいや、えーーーー!?)
再び真面目で礼儀正しい態度を見せたグレイスに、フィンは何の疑問も持たず心からそう言っているようだった。
「殿下、そろそろ城に戻りましょう。この後も予定が詰まっております」
「公務の時間か。王子とは忙しい職業だな」
手帳を見ながらフィンと予定の確認をしているグレイスを見て、ルベルがボソッと呟いた。
『すごい演技力だな。さすが、アクイラが守り神を務めるアーウェルサ家の息子だ』
「いやいや、演技力っていうか、アレただの二重人格でしょ!?」
感心するルベルとは裏腹に、リーンは警戒心をあらわにするのだった。
月・水・金曜日に更新予定です。




