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引きこもり龍姫と隻眼の龍  作者: 鳥居塚くるり
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30 買い物クエスト再び

30


「今日は、クエストに行きません!!」


高らかに宣言したリーンを、ルベルは“始まった”という表情で一瞥した。


シキのケガは1日で治り、リーンたちはあれから毎日クエストに明け暮れていた。そしてフィンと約束した日が2日後へと迫った今日、リーンはいつものように“行かない”とゴネ出した。


『そうか、じゃあ今日は東の洞窟に行こう。ドラゴンバットという珍しい魔物がいるようだ。ドラゴンなのかコウモリなのかハッキリさせたい』


「ねぇルベル、私の話聞いてた? 今日はクエストに行かない! 絶対!」


『わかったから早く準備しろ。俺たちはもうソロで動いてる訳じゃない。手間をかけさせるな。またくすぐられたいのか?』


ローブを咥え自分の元に飛んできたルベルを、リーンはキッと睨み付けた。


「そんな脅しに我は屈しない!! 我の崇高な魂は、何者にも手折られない!! 我を蹂躙することは、たとえ神獣のそなたにさえ叶わぬと思え!!」


『リーン、どうしたんだ今日は? 変なスイッチが入ってるぞ』


ルベルが目を据わらせると、リーンは両手を握り込み、鼻の穴を膨らませた。


「だって……だってだって今日は、今日は、待ちに待ったピオ七最新巻の発売日なんだよ!!」


『……』


冷ややかな視線を向けたルベルに臆することなく、リーンは早口に語った。


「待望の新巻!! 2年ぶりの新巻なんだよ!! しかも記念すべき第7巻!! 七不思議の“七”という数字と相まって、なななんと初回限定盤は七大特典付き!! さらに初回限定盤の店舗購入者特典として、キャラのマスコットチャームが貰えるんだよ! そりゃあもちろん初回特典付き限定盤は予約済みだよ? 今頃実家には届いてるはず!! だけど、その店舗購入者特典は、店舗に行って初回限定盤を買わないと手に入らないの! だからそれを手に入れたい! 今すぐ、この手に!! その為にはクエストなんか行ってられないの! ルベルが行くべき場所は、東の洞窟じゃなくて本屋なの!!」


()が行くべき場所?』


「そうだよ! さぁ進めルベルよ! そしてピオ七第7巻初回限定盤を、我が手中に!!」


『おい、まさか俺をパシリに使うつもりなのか?』


「人の多い場所を我は好まぬ! そして我はドラゴンマスター! 貴様の(あるじ)だ! (あるじ)の言うことは絶対だ!」


『……覚悟しろ、リーン』


「え?」


ルベルは人型になると、リーンを押さえ付けいつも以上に豪快にくすぐった。リーンの笑い声が悲鳴のように部屋中に響き渡ったが、すでに“朝の日課”となっていた為、屋敷の者たちは動じなかった。


「うぅ……調子に乗ってすいませんでした……」


「わかればいい。よし、クエストに行くぞ」


「……」


それでもなお、じとっとした視線を向けるリーンに、ルベルはため息をついた。


「本ならクエストの帰りに買えばいいだろう。そんなに今すぐ読みたいのか?」


「……読みたいし、購入者特典は先着100名様までなんだよ」


「ドラゴンバットよりエリマキトカゲが好きなのか」


「え、いや、好きとかそういう問題じゃ……。でも、エリマキトカゲってカッコいいんだよ? なんか目とか鋭くて、ルベルに似てるよね」


「は?」


「目とか鱗とかさ。あ、ピオ七は擬人化されてるから、エリりんに鱗はないけど、目は鋭くてカッコいいんだよ!」


「……」


「ルベル?」


「俺に似てるから、エリマキトカゲが好きなのか?」


「え……、う~ん、そう……なのかな?」


黙り込んだルベルの顔をリーンが覗き込もうとしたが、ルベルは素早く龍の姿に戻った。少し赤くなっていたように見えたルベルの表情は、龍の姿になったことでよくわからなくなった。


『わかった。集中力のない状態でクエストに行くのは、逆に危険だからな。今日だけはお前の望みを聞いてやる』


「えっ……じゃあ……」


『だがパシリにはならん。一緒に買いに行くんだ』


「う……、私も行かなきゃダメ?」


『ダメに決まってるだろう。チェーンは一人で買いに行ったとドヤ顔してたじゃないか。今回は俺もいる。余裕だろ?』


「うぅ~……背に腹は代えられぬ……」


リーンは渋々とローブを着て、屋敷の外へと向かった。すると、出先から戻ったのか、門の所でシキと人型になっていたルーナに遭遇した。


「姫! おはようございます!」


『シキ、ルーナ、朝からどこかへ行ってたのか?』


「ぼくたちは、毎朝走るのが日課なんです。姫は今からクエストに行くのですか? それならぼくも準備をして……」


『シキ、今日はクエストには行かない。各々自由に過ごせ。俺とリーンは少し出てくる。シオンたちにも伝えておいてくれ』


そう言ったルベルを肩に乗せたまま、リーンはぺこりと軽くシキに頭を下げ、門を出て行った。シキとルーナは、そんなリーンたちの後ろ姿を静かに見送った。


「シキ、その本、リーンに渡さなくてよかったの?」


ルーナの言葉に、シキは手に持っていた紙袋を見つめた。


「出掛けると言っていたから、今渡したら荷物になってしまいます。姫の為に朝から並んで買った、このピオ七第7巻初回限定盤……。姫が帰ってきたら、サプライズで渡すつもりです」


そう言って大事そうに紙袋を抱えたシキの元へ、別の道から屋敷へと戻って来たシオンとソールが合流した。


「あれ、今のリーン? クエストに行ったの?」


「いや、今日はクエストには行かないらしいです。出かけると言っていました」


シオンの問いかけにシキがそう答えると、シオンは自身が持っていた紙袋を見た。


「なんだ……。リーンが喜ぶと思って、ピオ七第7巻の初回限定盤を買ってきたのに……」


「なに!? 貴方もか!?」


シオンとシキは、お互いが持っていた紙袋を見て、顔を見合わせるのだった。




王都の街並みは、朝から活気づいていた。


(うわぁ~、すごい人だよ……。さすが都会!)


リーンはいつものようにフードを目深に被り、本屋を目指した。しかし人ごみを歩くことに慣れてなかったリーンは、思うように進むことができなかった。


『リーン、もっと人を縫うように歩くんだ』


「縫うようにって……みんな歩くの早いし、ついて行けないよ」


モタモタとしていたリーンは、前から来た人にぶつかってしまった。


「あっ、すっ、すいませ……」


リーンは謝ろうとしたが、ぶつかった人はチラリと視線を寄越しただけで、すぐに行ってしまった。


「うぅ……都会の人は怖い……冷たい……」


『お前だってジョニーのことを無視してたじゃないか』


「ジョニー? あ、もしかして最初の町でギルドで話しかけてきたあの人? あ、あれは別にそうしたくてしたわけじゃ……。ああでも、もしジョニーさんも田舎から出て来て心細かっただけなら、悪いことしたな……。元気かなジョニーさん……」


『……』


何気ないリーンのセリフに、ルベルは思わず口ごもってしまった。自分から話を振ってしまったことに後悔し、話題を変えようと、ルベルは本屋の方に視線を向けた。


『おい、なんだあの行列は?』


「え?」


リーンが顔を上げると、本屋には長蛇の列ができていた。そして最後尾には、“ピオ七初回限定盤購入者、最後尾”と書かれたプラカードを持った店員の姿があった。


「うそ……だろ……?」


リーンはごくりと喉を鳴らし、呆然とその行列を見つめた。


『凄い人気なんだな。買えるのか? これ』


「ナメてた……完全に……。いつも予約して屋敷に届けて貰ってたから、店舗購入者特典狙いの人がこんなにいるなんて、知らなかった……」


『まぁ、都会は人口も多いし、こんなものなのかもな』


焦ったリーンは、すぐに列に並ぼうとした。しかしその時、衛兵と思われる男二人に呼び止められた。


「ちょっと待ちなさい。キミ、名前は?」


「え? あ、え? いや、い、今は……」


衛兵はリーンに職務質問をしたが、リーンは焦るあまり、挙動不審になっていた。


「キミは冒険者? テイマーか? ギルドカードを見せて」


「あ、あの、あ……」


そうしてる間にも本屋の行列はどんどん伸びていて、リーンはキョロキョロと視線を彷徨わせた。


『リーン落ち着け、何か知らんが怪しまれてる。早くギルドカードを見せろ』


耳元でルベルにコソコソと話しかけられ、リーンは鞄をまさぐった。


「カ、カード……。あ、あれ? カードが……」


『おい、まさか失くしたのか?』


リーンは必死で鞄の中を探したが、ギルドカードを入れていた財布が無くなっていた。


「お、お財布が……」


青ざめるリーンに、衛兵は小さく息をついた。


「ちょっと、詳しく話を聞かせて貰えるかな?」


手を掴まれ、駐在所に連れて行かれそうになったリーンは、焦って涙目になった。


「あっ、待っ……、本……」


(これは……俺が話をつけるしかないか……)


ルベルはそう思い、トロイの時のように説明をしようとした。しかしその時、本屋から出てきたフードを目深に被った男が、リーンに声をかけた。


「リーン?」


リーンが目を向けると、そこには以前出会った白いローブ姿のフィンの姿があった。


「フィ……フィン!」


リーンに縋るような瞳を向けられ、フィンはリーンに歩み寄った。


「どうした?」


そう問いかけたフィンに、衛兵が訝し気な目を向けた。


「キミは? この子の知り合い?」


「彼女はピオ学せ……じゃなくて、小生の友人だ」


リーン同様、深くフードを被ったフィンを、衛兵はじろじろと無遠慮に見つめた。


「友人ね……。キミも冒険者?」


「あ、いや、小生は……。とにかく、彼女は怪しい人物ではない。離してやってはくれぬか?」


衛兵二人は顔を見合わせ、一人がリーンとフィンの間を遮るように立った。


「君の話はオレが聞こう。名前と職業は?」


フィンに質問を始めた衛兵にその場を任せ、リーンを掴んでいた衛兵は、そのままリーンを駐在所へ連れて行こうとした。涙目で小さく震えるリーンを見て、フィンは小さく呟いた。


「名前……言わないとダメか……」


「何だって? 聞こえないぞ」


フィンは深く被っていたフードを外した。素顔を晒したフィンに対し、衛兵は大きく息をのんだ。


「……あっ、貴方はっ……」


明らかに動揺した衛兵とは正反対に、フィンは背筋を伸ばし、堂々と口を開いた。


「名はフィンリー=ペルグランデ。職業は……ペルグランデ王国、第一王子だ」



月・水・金曜日に更新予定です。

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