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引きこもり龍姫と隻眼の龍  作者: 鳥居塚くるり
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29 成長

29


話をしていたリーンとシキの元へ、ルベルたちが様子を見に来た。


「シキちゃん! 大丈夫?」


アクイラが駆け寄り、シキの背中を確認した。


「はい、大丈夫です。姫に手当てして貰ったので……。ご心配をおかけして、申し訳ございませんでした」


「いいのよ。デモ、あんまり無茶な戦い方をしたらダメよ」


アクイラは、メっと軽く子供を叱るようにシキを見つめた。


(他の人がいない所では、やっぱりオネエ口調なんだな……。そしてそれに対して全く動じてないシキさんは、アクイラとは長い付き合いなのかも)


そんなことをぼんやりと考えていたリーンの肩に、再び龍の姿になっていたルベルがふわりと乗った。


『シキのことは、アクイラから聞いた。あいつが当主になれない理由……そういうことだったんだな』


「うん……。ヴィーグリーズ家のしきたりはよくわからないけど、でも、男とか女とかじゃなくて、正直なりたい人がなればいいのにって思うけどね」


『きっと、そう簡単な話じゃないのだろう。要人警護の仕事は、危険を伴う。……父親というのは、自分の娘には穏やかに暮らして欲しいと願うものだ』


ルベルがそう言ったので、リーンは何かに気付いたように小さく息をのんだ。


「お父様も……私に穏やかに暮らして欲しくて、結婚させようとしたのかな……?」


ルベルは、リーンの顔を窺がうように横目で見た。


『なんだ、結婚に乗り気になったのか?』


「ちっ、違うけどっ……! ……でも……逃げ出す前に……もっと、お父様とちゃんと話をすればよかったかなって……」


もごもごと口を動かすリーンを見て、ルベルはフッと息を漏らした。


『成長してるな、お前』


「え!? ほ、ホント?」


『相手の気持ちに気付き、自分の行動を考えたり改めたり、そういうのは一人ではできない。他者と関わり、学んでいくものだ。引きこもり、自分の見える世界だけを見つめていては、考えが固執し孤独に輪がかかるだけだ。お前はちゃんと成長してる。逃げ出した甲斐があったというものだ』


ルベルの言葉を聞き、リーンは母に言われたことを思い出していた。


“彼には……龍姫であるあなたの未来が見えているのかもしれないわ。このお屋敷の中だけじゃなく、もっと外に目を向けて、あなたが自由になる未来……。ルベルは、あなたのことを誰よりも考えてくれている”


「ルベルには……私の未来が見えるの?」


脈絡のないリーンの質問に、ルベルは一瞬体をビクリとさせた。


『未来? 海の藻屑になる未来か?』


「いや、それ、私の妄想!」


『やっと妄想だと気付いたか。洗脳を解くには“気付き”が必要だからな。お前はもっと、自分の妄想に疑問を持て』


「ど、どーせ赤髪の男の人のことも妄想だって言うんでしょ!」


『そういうことだ』


リーンとルベルが言い合いをする後ろから、シオンが気まずそうにシキに声をかけた。


「シキ、大丈……」


シキはシオンの元に歩み寄ると、シオンがセリフを言い終わる前に、いきなり頭を下げた。


「シオン、悪かった」


「え」


シキの突然の謝罪に、シオンは面食らった。シキは頭を上げると、真っ直ぐシオンを見つめた。


「指示を無視し、貴方の間合いに入ったぼくが悪い」


素直に謝ったシキに対し、シオンはバツが悪そうな顔をした。


「いや……、おれの方こそ……。あんたを傷付けるなって、いつも父さんに言われてたのに……。あんたは嫌がるかもしれないけど、ホントはおれが、あんたを守らなくちゃいけなかったんだ……。ごめん……」


シキはフルフルと頭を振り、自嘲気味に笑った。


「ぼくは……貴方にだけは負けたくなかった。自分が貴方より強いと証明できれば、皆がぼくを認めてくれると思っていた。ぼくは自分のことばかり考えていて、周りが見えていなかった。貴方が言った通り、ぼくは()()()()()()足掻いていただけだったんだ。だけど……姫がそれを“努力”だと言ってくれた。みっともないありのままのぼくを、姫が認めてくれた」


シキは一度リーンに目を向け、そして再びシオンを見た。


「シオン、ぼくは貴方よりも弱い。ぼくは、そんなぼく自身を認め、受け入れる。あの時……“貴方なんかいなければ”と言ったことを赦して欲しい。ぼくは、ぼくより強い貴方のことも、ちゃんと認める」


シオンはシキに何か言おうと口を開いたが、シキはシオンの肩にポンと手を乗せ、今日一番の笑顔で言葉を続けた。


「ヴィーグリーズ家の当主は貴方に任せる、シオン! だから、姫のことはぼくに任せろ! ぼくは、ヴァーミリオン家の婿養子になる!」


「は?」


「え?」


シオンだけでなく、リーンもシキの言葉に我が耳を疑った。シキはリーンの手を握り、銀色の瞳をキラキラさせた。


「姫! ぼくは姫と共に、ヴァーミリオン家を守ると誓います! 錬金術のことはよくわかりませんが、これからきちんと勉強します!」


「え!? いやいや! 無理無理無理! 第一、シキさんは女性だし、結婚なんて……」


「この国では、同性婚姻は認められています。あ、もしかして後継ぎの問題ですか? 大丈夫です。ぼくとシオンは遺伝子がほぼ同じなので、シオンの精子を姫に体外受精すれば、きっとぼくたちによく似たかわいい子が生まれるでしょう!」


「体外受精!?」


「いや、それもうおれとリーンの子供だから」


慌てるリーンに対して、シオンは冷静に突っ込んだ。


「シキちゃんってば、本当にリーンのコトが大好きなのね! 愛は人を成長させるわ! わたし、応援する!」


「ありがとうございます、アクイラ殿。是非ともぼくに、恋愛についてご教授頂きたく存じます」


盛り上がるアクイラとシキを横目に、ルベルはため息をついた。


『とにかく、シキのケガのこともあるし、今日はもうアーウェルサ家に戻ろう。シキ、明日までにその傷を治せ。じゃないと明日のクエストは置いて行くぞ』


「ぼくはまだやれます、と言いたい所ですが、自分自身の力量を認めることができた今は、貴方の指示に従います。ぼくも、足手まといにだけはなりたくありません」


『既に足手まといだがまぁいい。今日はいつも以上に魔力を使ったからな、リーンも少し休ませたい』


ルベルのセリフに、リーンが驚愕の表情をした。


「えっ……ルベルが……休んでいいって言うなんて……嵐が来るかも!」


「確かに、風が強くなってきたわね」


「湿気を感じる。早いとこ戻った方がいいね」


「そうですね、姫を雨に打たせるわけにはいきません。急ぎましょう」


『お前らな……』


じろりと目を据わらせたルベルをよそに、皆迅速に帰る準備をした。


リーンたちは足早に街に戻り、ギルドで報酬を受け取った。やがて雨が降り出し、アーウェルサ家に着く頃には、屋敷の窓に打ち付けるほど激しい雷雨になっていた。


「ルベル、ルベルのせいで凄い雨だよ」


リーンが冗談交じりにそう言うと、ルベルはリーンの肩に乗ったまま、体についた水滴を弾くように翼をはためかせた。


「わっ! 冷たい! ちょっとルベル!」


ルベルの無言の反撃にリーンが眉を吊り上げた時、外で鳴り響く雷よりも、ビリビリと骨に響く大きな声が飛んできた。


「遅いぞ貴様ら!」


リーンたちが目を向けると、屋敷の玄関には人型になっているソールとルーナがいて、目の下にクマをこさえたソールが仁王立ちしていた。


「ソール、戻ってたの? てか、酷い顔だけど」


シオンがそう言うと、ソールはフンと鼻息を漏らし得意げな顔をした。


「徹夜でいくつものクエストをこなし、ランクを上げてきたのだ!! これで貴様らと同じクエストを受けられる! もう足手まといなどとは言わせないぞルベル!! さあクエストに行こう!! さあ、さあ!!」


『おい、ソール、落ち着け』


リーンを半ば押し出すように迫っているソールの尻尾を、シオンがギュッと掴んで制した。


「ギャン!!」


「ソール、今日はもうクエストには行かない。シキがケガしたんだ」


「ケガ!? シキ! 大丈夫!?」


シオンの言葉に、ルーナがシキに駆け寄った。


「ええ、応急手当はして貰いました。今から薬湯を準備してくれるそうです。アクイラ殿、感謝します」


「いいのよ。ウチの薬湯はよく効くの! 明日までには、だいぶ良くなると思うわ。ウチにはお風呂がたくさんあるから、皆も温まってのんびりしましょう。シオン、この廊下の突き当りが男性用のお風呂よ」


「わかった。ほら、ソールも行くよ。あんたが一番汗臭い」


シオンはソールの尻尾を掴んだまま、ずるずると引っ張った。


「シッ、シオン! 貴様は本当に俺様を何だと思って……! そ、そんなぞんざいに……! や、やめ、やめろぉぉぉ~」


明らかに至福の表情を浮かべたまま、ソールはシオンに引っ張られて行った。


「女性用のお風呂は2階なの。あ、デモ、薬湯はそれ専用の部屋があるのよ。使用人に指示しておくから、シキは応接間で待っててくれるかしら? リーン、先に女性用のお風呂に案内するわ」


「う、うん」


『俺はシオンたちと入ってくる』


ルベルはそう言ってリーンの肩から離れると、人型になり男性用の風呂の方へ歩いて行った。


「リーン、昨日温室でロサの花を見たでしょ? 今日のお風呂はその花を湯船に浮かべてるの。すごくいい香りで、リラックスできると思うわ」


「そうなの? 楽しみだな!」


リーンは2階へ続く階段を上りながら、胸を躍らせた。


「ここが女性用のお風呂よ。中にリネンや部屋着も用意してあるから、自由に使っ……」


アクイラが風呂のある部屋の前で立ち止まると、リーンは素早く扉を開け、アクイラの手を取り、部屋の中へと引き込んだ。


「ちょっ……リーン!?」


突然物凄い力で引き込まれたアクイラは、驚いて抵抗できなかった。扉を閉めたリーンは、アクイラを掴んでいた手に力を込めた。そして顔を上げると、妖艶な笑みを浮かべた。


「久しぶりね、アクイラ」


「!!」


その表情を見て、アクイラは瞬時にリーンの手を振り払った。


「……ウィーペラ、何の用?」


ぎろりと、橙色の鋭い瞳を向けられたリーンは、わざとらしいほど悲しそうな顔をした。


「200年ぶりに会った親友に対して、随分冷たい目を向けるのね」


アクイラはフッと鼻で笑うと、腕を組んで壁に寄りかかった。


「親友? それって、200年前に死んだ、可哀想な神獣の亡霊のことかしら? そうね、だとしたら早く浄化して、あの世に送ってあげないといけないわね」


アクイラの皮肉めいた返しに、リーンは少しも動揺しなかった。妖艶な笑みを崩さぬまま、アクイラの顔を覗き込むと、甘えるような声を出した。


「もしかして私のことを憐れんでくれてるの? 優しいのね。でも、それって見当違いだわ、アクイラ。だってこうして亡霊になったおかげで、リーンとルベルを苦しめることができるんですもの」


「……ウィーペラ、アナタだってわかってるはずよ。ルベルはアナタを選ばない。今も、昔も……ルベルの瞳に映ってるのは、リーンだけだって……。アナタには、それを受け入れ、認める強さが必要なのよ……」


まるで諭すような口調になったアクイラを、リーンはキッと睨み付けた。


「その言葉、そっくりそのまま貴方に返すわ、アクイラ。貴方がどんなに愛しても、ルベルは貴方を選ばない」


「……っ。そんなこと、わかってるわ……!」


アクイラは一瞬息をのみ、リーンから目を逸らした。黙り込んだアクイラに対し、リーンは唇の端を上げた。


「そういえば昼間に、“愛は人を成長させる”とか何とか言っていたわね。貴方は成長してるのかしら?」


「……どういう意味?」


「貴方と私は同類よ。決して振り向いてもらえない相手に、ただ愛を押し付けているだけ。私は知った上でやってることだけど、貴方はそれに気付いているのか心配になったのよ」


「わたしはっ……!」


アクイラは何か言い返そうとしたが、言葉に詰まり再び黙り込んだ。リーンは自身の口元に手を添えながら、フフッと笑った。


「気付いてるならいいのよ。貴方と私は、この苦しみを分かち合うもの同士……。私には、貴方の気持ちが痛いほどわかるわ。貴方にもわかるでしょう? 愛する人が自分以外の人のものになるなんて、耐えられないでしょう?」


妖艶に笑うリーンに対し、アクイラは眉を吊り上げた。


「カンチガイしないで頂戴、ウィーペラ。わたしはアナタとは違う。好きな人が苦しんでる姿を見て、喜ぶようなアナタの気持ちなんて、わたしにはわからない」


そう言ったアクイラを、リーンはぎろりと睨み付けたが、すぐに目を逸らし、フッと鼻で笑った。


「……まぁいいわ。どう足掻いたって、運命は変えられない。リーンの誕生日の前夜祭は、貴方にも同席して貰いたいわ、アクイラ。ルベルが今までどんな思いでこの日を迎えていたのか、彼を知るいい機会になるわよ」


「……前夜祭?」


「その様子だと、知らないのね。私の“呪い”のこと……」


「呪い? ウィーペラ、アナタがリーンにかけた呪いって……」


「当日までのお楽しみにしておくといいわ」


リーンはそう言うとぱちりと目を閉じ、そして次に目を開けた時には、いつものリーンの表情に戻っていた。


「案内ありがとう、アクイラ」


「……っ、え、ええ。ゆっくり入ってね」


アクイラはハッとし、取り繕うようにそう言うと、リーンを残し部屋を出た。何分間の短い出来事だったが、当然リーンには自覚がなかった。アクイラは、動揺を隠すように足早にその場を後にした。まるで不穏な空気を煽るかのように、窓の外では雷が鳴り響いていた。



月・水・金曜日に更新予定です。

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