25 リーンの秘密
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一方、リーンを連れ出したシオンは、その手を引きアーウェルサ家の温室の扉を開けた。暖かい空気と共に、優しい香りがふたりの鼻をくすぐり、目の前に広がった色とりどりの花に、リーンは感嘆の声を上げた。
「わぁ……」
鳥の鳴き声が聞こえ、リーンが近くにあった木に目を向けると、その枝には可愛らしい鳥が数匹止まり、歌を歌うようにさえずっていた。
「凄いね、見たことない花ばっかり」
「うん! オルキスの花がこんなにたくさん! こんなに珍しい種類、図鑑でしか見たことないよ! あっ! ヒュドランゲアの花もある! この色珍しいー! それにこれってウィオラ!? オルキスとウィオラが一緒に咲いてるなんて……温度管理どうやってるんだろ!?」
興奮した様子のリーンにシオンは一瞬ポカンとしたが、すぐに目元を和らげた。
「リーンって、好きなことだとたくさん喋るんだね」
「あっ……」
リーンは思わず手で口元を覆い、恥ずかしそうに目を逸らした。
(さっきのピオ七の時といい……私ってばリア充に対してオタク全開!!)
黙り込んだリーンの顔を、シオンはそっと覗き込んだ。
「一生懸命喋るリーンも可愛いけど、そうやって照れてるリーンも可愛い」
(かっわっ……)
リーンは顔に熱が集中するのを感じ、あからさまに目を逸らした。
「も、申し訳ございません。ただのオタクの戯言だと聞き流して下されば幸いです。では私はあちらを見に行ってきます」
「え? 何で急に敬語? しかも歩くの早っ」
リーンは精一杯の照れ隠しをし、その場から逃げるように立ち去った。シオンが慌てて追いかけると、リーンは少し先で、自分の指先を見つめていた。
「リーン、どうしたの?」
シオンがリーンの視線の先を覗き込むと、その指先から血が出ていた。
「えっ!? ケガしたの!?」
「あ、うん、ロサの花が綺麗だったから思わず触っちゃって……。この花、棘があるんだ。でも大丈夫だよ」
「血が出てるよ。待って、おれ傷薬持ってるから……」
そう言ってシオンが自分の懐から傷薬を出そうとしたが、次の瞬間、シオンは目の前の光景に息をのんだ。リーンの傷口から出ていた血が、スルスルと傷口の中へ戻っていき、跡形もなく消えたのだ。
「ほら、ね? 大丈夫」
いとも簡単にそう言ったリーンの指を手に取り、シオンはまじまじと見つめた。
「え、何で?」
「何でって……私は“龍姫”だし、膨大な魔力のおかげで、人よりも治りが少し早いってルベルが言ってた。このくらいの傷なら、いつもすぐ治るよ」
(魔力があるから治る? 回復魔法をかけたわけでもないのに? そんなことが可能なのか? それに今の治り方……回復魔法で傷口を塞げたとしても、流れた血が元に戻るなんてありえない。こんな治り方は異常だ)
「なんか、凄いね。たくさん血が出ても、元に戻るってことでしょ?」
「どう、なんだろ……? そんなケガしたことないからわからないけど……」
軽く首を傾げたリーンを見て、シオンは黙り込んだ。
(リーンは、気付いていないのか? これがどれほど異常なことか……。血が流れても元に戻るということは、実質死なないってことなんじゃないのか?)
ゴクリと喉を鳴らし、手を握ったままのシオンに、リーンの顔が再び赤くなった。
「あ、あの、シオン?」
「え、あ、ごめん」
シオンはハッとして、手を握ったままリーンを見つめた。
「たとえすぐ治るにしても、痛いことに変わりはないんでしょ?」
「え? あ、うん、治るまで痛みはあるよ」
「だったらもっと気を付けないと。おれは、リーンに痛い思いはして欲しくない」
優しく、労るように指先を撫でたシオンに、リーンの胸がドキリと高鳴り、思わず手を引き戻した。
「あ、う、うん、そうだね! ルベルにもよく言われるよ! 痛みは防衛本能の一種だから必要なものだけど、必要以上に感じるのは苦痛になるって!」
恥ずかしそうにしているリーンを見つめ、シオンは考え込んでいた。
(魔石が体内にあるというリーン……そのせいで人間なのに魔力があり、異常な治癒能力がある。でもリーンはそれを“龍姫だから普通”だと思ってる。ルベルにそう教え込まれたのか? それともこれが“龍姫”の能力なのか? いや、でも、“龍姫”や“狼騎士”なんていうのはただの二つ名で、特別な能力がある訳じゃない。それに、リーンの治癒能力が死なないほど優れているのだとすれば、リーンは……不死ということになる……。そんな人間が存在するのか? わからない。わからないけど……ルベルは、一番重要な何かを隠してる)
「リーン」
「あ、ルベル!」
その時、話を終えたルベルとアクイラが、リーンたちがいる温室へとやって来た。
「どう? リーン、ウチの温室凄いでしょ?」
「うん! 珍しい種類の草花がいっぱいあって、ずっと見ていたい気分だよ!」
興奮した様子のリーンに、アクイラはにっこりと笑った。
「それで、今ルベルにも提案したんだけど、王都にいる間、ウチを拠点にするのはどうかしら?」
「え? それって……」
リーンがチラリとルベルを見ると、ルベルもまた小さく頷いた。
「アーウェルサ家が、俺たちに部屋を提供してくれるらしい」
「えっ!? いいの? アクイラ」
シオンも驚いてアクイラを見た。
「モチロン! わたしもリーンともっとお喋りしたいし、シオンに夜這いも……あ、いいえ、なんでもないわ」
「いや、今すごい不穏な言葉が聞こえたんだけど」
シオンが警戒心をあらわにする中、リーンが何かに気付いたようにハッとした。
「あっ、でも、7日後に……」
「ああ、あの男と約束した7日後は、宿の前で待っていればいい」
「あの男?」
ルベルの言葉に、アクイラが首を傾げた。
「先程、街で知り合ったヤツがいて、最初は顔もロクに見せない胡散臭いヤツだと思ったが、なんてことはない、リーンと同じただのオタクの引きこもりだった」
「いや、私を引き合いに出さなくてもよくない?」
「風貌から言動まで、何もかもソックリだったじゃないか」
「そりゃ同じピオ学生だからね!」
「え、ピオ学生になったら、おれもあんな風になるの?」
(あんな風ってシオン……私も地味に傷付くんですけど……)
リーンが密かに落ち込んでいる中、アクイラが大きく息をついた。
「よくわからないけど、とにかく宿屋のキャンセルは早目にした方がいいわよ」
「そうだな、俺たちは今から宿屋に戻る。今日の所は宿屋に泊まり、明日からアーウェルサ家の世話になるが構わんか?」
「ええ。アーノルド……ああ、ウチの当主のコトだけど、アーノルドにもちゃんと話を通しておくわ。領主会議の件もね。マグナマーテル側はしらを切るかもしれないけれど……話し合いの場を設けることには、了承せざるを得ないでしょうし」
その時、シオンがアクイラに声をかけた。
「そういえば……アーウェルサ家の息子の方もここにはいないの?」
「あの子は、いつもアーノルドについて王城に行くのよ。時期当主として、アーノルドに色々教わってるみたい。泊まり込みで働いてるから、二人とも屋敷には滅多に帰って来ないのよ」
「……ふうん。勉強熱心なんだね。おれとは大違い」
「シオンは会ったことないのか? 領主会議で顔くらいあわせてるだろう?」
ルベルの質問に、シオンは目を逸らしばつが悪そうにした。
「おれ、会議にはほとんど参加したことないから。いつもシキに任せてた」
「だからマグナマーテルの息子の顔もわからなかったのか。お前は次期当主として、もう少し自覚を持った方がいいな」
「……おれが次期当主に選ばれたのは……」
言葉の途中でシオンは黙り込み、キュッと唇を噛んだ。綺麗な銀色の瞳に、何故か影が落ちたように見えた。
(シオン……?)
「……とりあえず宿屋に戻ろう。ソールたちも、ランク分けクエストが終わっている頃だろうからな」
ルベルがそう言いながら温室の出口へと歩き始めたので、リーンはシオンのことを気にかけながら、ルベルの後を追いかけようとした。
「そ、そうだね。……シオンも、行こう?」
リーンに、服の裾をチョイと引っ張られ、シオンはハッとしたように顔を上げた。
「うん、ごめん、行こう」
そう言ったシオンは、もういつもの飄々とした顔に戻っていて、リーンは少しホッとした。
(シオンは……当主にはなりたくないのかな? 逆にシキさんはなりたがってるみたいに見えたけど……。なりたい方が後を継げばいいと思うけど、何かそうできない理由があるのかな……)
「シオン、ヴィーグリーズ家はこの200年、要人などの護衛を請け負っているとアクイラに聞いた。それで、お前やシキは一端の冒険者並みに腕が立つのだな」
歩きながら考え込んでいたリーンの隣から、ルベルがシオンに話しかけた。
「うん、“龍姫”っていう存在はヴィーグリーズ家に残された古い文献で知ってたけど、その称号はずっと空席だったからね。“狼騎士”として、守る相手がいなかったんだ。その代わり、要人の護衛の仕事を、王がヴィーグリーズ家に依頼するようになったって歴史があるみたいだよ。よく知らないけど」
「え、じゃあシオンも、家出する前はそうゆう仕事してたの?」
「まぁ一応……。おれもシキもそうゆう訓練受けてたし、ヴィーグリーズ家の稼業だからね」
「へぇ~すごいね!」
リーンが尊敬の眼差しをシオンに送る中、ルベルが呆れたように息をついた。
「領主の後継ぎは、皆ちゃんと学業や仕事に専念してる。あのマグナマーテルの息子だって、呪術の研究者たちからは一目置かれているらしいぞ。ニートなのはお前だけだ、リーン」
「ニートじゃないですぅ!! 冒険者ですぅ!!」
「じゃあ冒険者として、一息ついたらクエストに行こう」
「え……いや、それはちょっと……。今日は長い距離移動してきたし、疲れてるっていうか眠いっていうか、もう日も傾き始めてるし、夜は魔物も凶暴化するって話だし、下手に動いてケガでもして人様の迷惑になったら逆にアレだし、明日できることを今日無理矢理しなくてもいいと私は思うんだよね」
「すごい、リーンが急に饒舌になった」
「感心するなシオン。コレを毎回宥める俺の身になれ」
リーンは、ルベルの提案をなんとか回避しようと必死になりながら、宿屋へと向かうのだった。
月・水・金曜日に更新予定です。




