23 アーウェルサ家の神獣
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リーンたちは本屋に立ち寄った後、当初の目的であったアーウェルサ家に向かった。アーウェルサ家の大きな屋敷は、王都の街外れの少し静かな林の中にあった。
「アポとか取ってないけど、すぐ当主様と会えるものなの?」
『まず無理だろうな。というか、当主は恐らく王城にいるだろう。王の側近だからな』
リーンの質問に、ルベルはしれっと答えた。
「え!? じゃあ何しに来たの!?」
『俺が話を聞きたいのは当主じゃない』
ルベルはそう言うと、リーンの肩から離れ人型になった。そして、屋敷の門の前にいた守衛らしき男に声をかけた。
「アクイラはいるか?」
「……何者だ?」
訝し気な表情を浮かべた守衛に、ルベルは金色の瞳を向けた。
「俺はルベルという。話があるとアクイラに伝えろ」
「素性のわからない者を、アクイラ様に取り次ぐことはできない。まずは書状でアポを取れ」
守衛はマニュアル通りの対応をしたが、ルベルは引き下がらなかった。
「俺はヴァーミリオン家の神獣の龍だ」
「神獣……? いや、しかし……」
「何なら今ここで龍の姿になろうか?」
そう言って体を光らせたルベルに対し、守衛は思わず腰にある剣を抜いた。
「何をするつもりだ!?」
警戒心をあらわにした守衛に、シオンも思わず剣の柄を掴んだ。
(え!? え!? 何でこんな一触即発みたいになってんの!?)
今にもルベルに斬りかかりそうな守衛だったが、その時突然、ルベルと守衛の間を突風が吹き抜けた。強い風に思わず目を瞑ったリーンだったが、風がやみ再び目を開けた時、目の前に、背中から黒い翼を生やした黒髪の男がいつの間にか立っていた。
「剣を納めろ」
男は橙色の瞳を守衛に向け、そう言った。艶やかな黒髪に大きな黒い翼は、まるで夜を纏っているかのように、静寂で厳格な雰囲気を醸し出し、美しい顔立ちからは、しっとりとした色気も感じられた。
「アクイラ様!」
アクイラと呼ばれた黒髪の男は、今度はチラリとルベルに目を向け、そしてすぐに守衛の方を向いた。
「彼はわたしの古い知り合いだ。通せ」
「は……はいっ!」
守衛は道を開け、リーンたちは開かれた門からアーウェルサ家の敷地内に入った。リーンがフードの奥からアクイラの顔を窺がうと、その橙色の瞳は、獰猛な光を宿しリーンを見据えていた。
(こ、怖いっ……!)
リーンは思わずルベルの腕を掴み、その広い背中に隠れた。
(この人……翼が生えてるし、ルベルの古い知り合いってことは、たぶんアーウェルサ家の神獣だよね?)
神獣とはいえ、人型になっていたアクイラにリーンは緊張し、コソコソとルベルに耳打ちした。
「ね、ねぇルベル、あの人めっちゃ睨んでくるんだけど!」
「睨む? ただ見つめているだけだろう。大丈夫だ、気にするな」
「いやいや、何が大丈夫なの? 普通に怖いし」
「アクイラが怖いのはこれからだぞ」
「え? 何それ、どういう意……」
屋敷に通され、部屋の扉がバタンと閉まった瞬間、アクイラは風が巻き起こるほど豪快に振り向くと、いきなりルベルに抱きついた。
「ルベル~! 久しぶりじゃな~い!! 相変わらずイイオトコね! 会いたかったわぁ!!」
「え……」
守衛を押さえ付けたドスの効いた声は何オクターブも上がり、肩幅の広いがっちりとした体格をくねらせ、獰猛な光を宿していた橙色の瞳は、溶けるほど垂れ下がっていた。
「アクイラ、お前も相変わらずだな」
「ヤダー、相変わらず綺麗で惚れ直しただなんて、ルベルったら心にもないこと言ってぇ!」
「ああ、心にもないから言ってないぞ」
リーンとシオンは、目を見開いたままあっけにとられていた。
(このアクイラって人……オ、オネエ?)
アクイラはルベルに抱きついたまま、獲物を見つけたような瞳でシオンを見た。シオンは思わずビクリと体を強張らせ、額から汗がにじみ出た。
「アナタ、シオンね? ヴィーグリーズ家の」
アクイラはそう言うと、ルベルを離しシオンに近付いた。
「お、おれのこと、知ってるの?」
「知ってるも何も! 昔、ヴィーグリーズ家にカワイイ双子が生まれたって聞いて飛んで行ったのよ! アナタのおしめだって替えたことあるんだから!」
「え? そ、そうなの?」
じりじりと近付いてくるアクイラにシオンは後ずさりをしたが、アクイラは構わず距離を詰めた。トンとシオンの背中が壁に当たり、それ以上後ろに下がれなくなったと同時に、アクイラはドンと壁に手をついて、シオンを壁と自分の間に閉じ込めた。
(シ、シオンがオネエに壁ドンされたーーーー!! 完全にロックオンされたーーーー!! 怖いってこういう意味だったんだ!!)
「こんなに大きく立派になって……。赤ちゃんの頃からカワイイ顔をしてたから、将来有望と思って唾をつけておいて正解だったわ……」
「つ、唾……!?」
アクイラは舐め回すようにシオンを見つめ、その視線は最終的にシオンの下半身を捉えていた。身の危険を感じたシオンは、その手を剣の柄にかけた。それを見たルベルが、アクイラの首根っこを捕まえた。
「そんなことよりアクイラ、話がある」
「あん、待ってよ! 挨拶がまだ済んでないわ」
アクイラはそう言うと、今度はリーンに目を向けた。
「ヒッ」
リーンは思わず息をのんだが、アクイラは優しい笑みを浮かべた。
「リーン、また会えて嬉しいわ」
「え?」
(また……? 私、アクイラに会ったことあるの……?)
疑問を浮かべた表情をしたリーンのフードを引っぺがし、アクイラはそのふわふわの銀髪をわしゃわしゃと握りしめた。
「ヤダ! リーンこれどうしたの!? 色が金から銀になってるし、いつも長く伸ばしてたのにこんなに短くして!!」
「え!? いやっ、そのっ、ルベルに勝手に切られて……色も……」
アクイラはわなわなと震え、キッとルベルを睨み付けた。
「ルベル!! なんて酷いことしたの!? 女の子の髪を勝手に切るなんてサイテーよ!! もしかしてアナタって、そういう性癖があったの!? 言ってくれればわたしが対応したのに!!」
「色々と必要なことだった」
(いや、今、対応するって言った?)
目を吊り上げていたアクイラだったが、再びリーンの方を向くとその銀髪に手を伸ばし、器用に指を動かし始めた。
「この長さも似合ってるわ、リーン。でも、こうした方がもっとカワイイ。ほらっ!」
アクイラはリーンの両肩に手を置き、くるりと体を反転させた。リーンが振り向いた先には鏡があり、そこには、サイドの髪の毛を編み込みされた自分の姿が映っていた。
「えっ、すごい……! 今、やってくれたの?」
鏡越しに目が合ったアクイラを見つめ、リーンは何故か温かく、懐かしい気持ちになった。緊張は解け、ルベルと一緒にいる時のような安らぎを感じた。
(この人は……やっぱり神獣なんだな……)
「アナタの髪の毛をいじるのは、わたしの趣味だったからね」
パチリとウインクをしたアクイラに、リーンは気まずそうに言った。
「子供の頃の話かな……? ごめんね、私憶えてないや」
「……いいのよ。その方が、きっと……」
少し言い淀んだアクイラを見て、ルベルはフウと小さく息をついた。
「アクイラ、お前はマグナマーテルとは繋がっていないと思っていたが、やはりシロだな」
「ルベル、わたしのこと疑ってたの? ていうか来るのが遅いわよ! ヴァーミリオン家の当主に逃げたって言われてから、ずっとアナタのこと待ってたのに!」
「冒険者になることが先決だったからな……。王都のギルドは人が多くて、待ち時間やクエストの競争率が激しい。効率的にクエストをこなしたかったから、王都は避けたんだ」
「冒険者?」
首を傾げたアクイラを見て、シオンはリーンに話しかけた。
「ねぇリーン、庭に行ってみない?」
「え? 庭?」
「あそこの温室みたいな所、見に行ってもいい? アクイラ」
シオンが、リーンをこの場から連れ出そうとしていると感じ取ったアクイラは、にっこりと笑った。
「モチロン! あそこには鳥やリスもいるのよ! 花もたくさん咲いてるから、ぜひ見て欲しいわ! リーン、花好きでしょ?」
「え? う、うん……」
「行こう」
シオンはリーンの手を引いて、庭へと続く扉から外に出て行った。ふたりを笑顔で見送ったアクイラは、真顔になりルベルに視線を移した。
「で、リーンに聞かせられないハナシなのね?」
「ああ……。冒険者になったのは、リーンからウィーペラを引き剥がす為だ」
「それってもしかして……。ルベル、迷宮の噂を耳にしたのね」
「その様子だと、お前は迷宮のことを知っていたんだな。まぁ、ルクスと繋がりがあるお前が知らないわけがないと思ったが……なぜ俺にすぐ報告しなかった?」
「噂の確証がなかったからよ。期待させて実はありませんでした~なんて、あんまりでしょ。王は迷宮の攻略を命じてはいるけど、そこに何があるかは明確にしていない。実際、本当にわからないのよ。それなのに、誰が言い出したのか知らないけれど、噂が独り歩きしちゃって」
「だが伝承の通りなら、古の魔法を使えるお前やルクスが、迷宮の扉とやらを開けれるんじゃないのか?」
「勿論、わたしとルクスで試してみたわ。でも無理だった。ルクスが何かに気付いたみたいなんだけど……教えて貰えなかったわ」
「……」
「何に気付いて黙ってるのか……ルベルわかる? ルクスのことなら、アナタが一番よく知ってるでしょ」
アクイラの言葉に、ルベルは口元に手を当てた。
「あいつが秘密を持つときは、女がらみか、やましいことがある時だ」
「もう、そのくらいわたしにだってわかるわよ」
「……あとは、言えないような事実に直面した時」
苦しそうな表情をしたルベルに、アクイラはハァと盛大なため息をついた。
「ルベル、わたしもルクスも、リーンのことを秘密にするのを苦に思ったことはないわ。一番苦しんでいるのはアナタだもの」
「俺は……苦しむだけの罪を犯した」
ルベルは目を伏せ、小さな声でそう言った。
「あれから200年も経ってるのよ、ルベル……。もう過去の話よ」
「俺にとっては過去じゃない。それに、本当の意味で苦しい思いをしているのは、きっとリーンだ」
ギュッと拳を握り込んだルベルを見つめ、アクイラは軽く首を振った。
「とにかく……迷宮の件は、もう一度ルクスに確認しておくわ。あとは? ルクスの所じゃなくて、アーウェルサ家に来たってことは、何か他にも話があるんでしょ?」
「ああ……。今回マグナマーテルがリーンの存在に気付いたことについては、何か知っているか? 実はマグナマーテル家の息子がリーンに接触してきて、リーンを守ろうとしたシオンがケガをした。そこまでしてリーンを手に入れようとする意図がわからない」
「シオンがケガを!? ジークったら容赦ないわね……」
口元に手を添え、難しい顔をしたアクイラは、顔を上げルベルを見据えた。
「ルベル、マグナマーテルの蛇術師の狙いはリーン本人じゃないわ。ましてやリーンの中にいるウィーペラでもない」
「どういうことだ?」
ルベルが訊き返すと、アクイラの橙色の瞳が鋭く光った。
「マグナマーテルの狙いは“魔石”よ。リーンのここに埋まってる……ね」
アクイラはそう言って、自分の心臓にトンと親指を当てた。
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