表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
引きこもり龍姫と隻眼の龍  作者: 鳥居塚くるり
23/114

23 アーウェルサ家の神獣

23


リーンたちは本屋に立ち寄った後、当初の目的であったアーウェルサ家に向かった。アーウェルサ家の大きな屋敷は、王都の街外れの少し静かな林の中にあった。


「アポとか取ってないけど、すぐ当主様と会えるものなの?」


『まず無理だろうな。というか、当主は恐らく王城にいるだろう。王の側近だからな』


リーンの質問に、ルベルはしれっと答えた。


「え!? じゃあ何しに来たの!?」


『俺が話を聞きたいのは当主じゃない』


ルベルはそう言うと、リーンの肩から離れ人型になった。そして、屋敷の門の前にいた守衛らしき男に声をかけた。


「アクイラはいるか?」


「……何者だ?」


訝し気な表情を浮かべた守衛に、ルベルは金色の瞳を向けた。


「俺はルベルという。話があるとアクイラに伝えろ」


「素性のわからない者を、アクイラ様に取り次ぐことはできない。まずは書状でアポを取れ」


守衛はマニュアル通りの対応をしたが、ルベルは引き下がらなかった。


「俺はヴァーミリオン家の神獣の龍だ」


「神獣……? いや、しかし……」


「何なら今ここで龍の姿になろうか?」


そう言って体を光らせたルベルに対し、守衛は思わず腰にある剣を抜いた。


「何をするつもりだ!?」


警戒心をあらわにした守衛に、シオンも思わず剣の柄を掴んだ。


(え!? え!? 何でこんな一触即発みたいになってんの!?)


今にもルベルに斬りかかりそうな守衛だったが、その時突然、ルベルと守衛の間を突風が吹き抜けた。強い風に思わず目を瞑ったリーンだったが、風がやみ再び目を開けた時、目の前に、背中から黒い翼を生やした黒髪の男がいつの間にか立っていた。


「剣を納めろ」


男は橙色の瞳を守衛に向け、そう言った。艶やかな黒髪に大きな黒い翼は、まるで夜を纏っているかのように、静寂で厳格な雰囲気を醸し出し、美しい顔立ちからは、しっとりとした色気も感じられた。


「アクイラ様!」


アクイラと呼ばれた黒髪の男は、今度はチラリとルベルに目を向け、そしてすぐに守衛の方を向いた。


「彼はわたしの古い知り合いだ。通せ」


「は……はいっ!」


守衛は道を開け、リーンたちは開かれた門からアーウェルサ家の敷地内に入った。リーンがフードの奥からアクイラの顔を窺がうと、その橙色の瞳は、獰猛な光を宿しリーンを見据えていた。


(こ、怖いっ……!)


リーンは思わずルベルの腕を掴み、その広い背中に隠れた。


(この人……翼が生えてるし、ルベルの古い知り合いってことは、たぶんアーウェルサ家の神獣だよね?)


神獣とはいえ、人型になっていたアクイラにリーンは緊張し、コソコソとルベルに耳打ちした。


「ね、ねぇルベル、あの人めっちゃ睨んでくるんだけど!」


「睨む? ただ見つめているだけだろう。大丈夫だ、気にするな」


「いやいや、何が大丈夫なの? 普通に怖いし」


「アクイラが怖いのはこれからだぞ」


「え? 何それ、どういう意……」


屋敷に通され、部屋の扉がバタンと閉まった瞬間、アクイラは風が巻き起こるほど豪快に振り向くと、いきなりルベルに抱きついた。


「ルベル~! 久しぶりじゃな~い!! 相変わらずイイオトコね! 会いたかったわぁ!!」


「え……」


守衛を押さえ付けたドスの効いた声は何オクターブも上がり、肩幅の広いがっちりとした体格をくねらせ、獰猛な光を宿していた橙色の瞳は、溶けるほど垂れ下がっていた。


「アクイラ、お前も相変わらずだな」


「ヤダー、相変わらず綺麗で惚れ直しただなんて、ルベルったら心にもないこと言ってぇ!」


「ああ、心にもないから言ってないぞ」


リーンとシオンは、目を見開いたままあっけにとられていた。


(このアクイラって人……オ、オネエ?)


アクイラはルベルに抱きついたまま、獲物を見つけたような瞳でシオンを見た。シオンは思わずビクリと体を強張らせ、額から汗がにじみ出た。


「アナタ、シオンね? ヴィーグリーズ家の」


アクイラはそう言うと、ルベルを離しシオンに近付いた。


「お、おれのこと、知ってるの?」


「知ってるも何も! 昔、ヴィーグリーズ家にカワイイ双子が生まれたって聞いて飛んで行ったのよ! アナタのおしめだって替えたことあるんだから!」


「え? そ、そうなの?」


じりじりと近付いてくるアクイラにシオンは後ずさりをしたが、アクイラは構わず距離を詰めた。トンとシオンの背中が壁に当たり、それ以上後ろに下がれなくなったと同時に、アクイラはドンと壁に手をついて、シオンを壁と自分の間に閉じ込めた。


(シ、シオンがオネエに壁ドンされたーーーー!! 完全にロックオンされたーーーー!! 怖いってこういう意味だったんだ!!)


「こんなに大きく立派になって……。赤ちゃんの頃からカワイイ顔をしてたから、将来有望と思って唾をつけておいて正解だったわ……」


「つ、唾……!?」


アクイラは舐め回すようにシオンを見つめ、その視線は最終的にシオンの下半身を捉えていた。身の危険を感じたシオンは、その手を剣の柄にかけた。それを見たルベルが、アクイラの首根っこを捕まえた。


「そんなことよりアクイラ、話がある」


「あん、待ってよ! 挨拶がまだ済んでないわ」


アクイラはそう言うと、今度はリーンに目を向けた。


「ヒッ」


リーンは思わず息をのんだが、アクイラは優しい笑みを浮かべた。


「リーン、()()会えて嬉しいわ」


「え?」


()()……? 私、アクイラに会ったことあるの……?)


疑問を浮かべた表情をしたリーンのフードを引っぺがし、アクイラはそのふわふわの銀髪をわしゃわしゃと握りしめた。


「ヤダ! リーンこれどうしたの!? 色が金から銀になってるし、いつも長く伸ばしてたのにこんなに短くして!!」


「え!? いやっ、そのっ、ルベルに勝手に切られて……色も……」


アクイラはわなわなと震え、キッとルベルを睨み付けた。


「ルベル!! なんて酷いことしたの!? 女の子の髪を勝手に切るなんてサイテーよ!! もしかしてアナタって、そういう性癖があったの!? 言ってくれればわたしが対応したのに!!」


「色々と必要なことだった」


(いや、今、対応するって言った?)


目を吊り上げていたアクイラだったが、再びリーンの方を向くとその銀髪に手を伸ばし、器用に指を動かし始めた。


「この長さも似合ってるわ、リーン。でも、こうした方がもっとカワイイ。ほらっ!」


アクイラはリーンの両肩に手を置き、くるりと体を反転させた。リーンが振り向いた先には鏡があり、そこには、サイドの髪の毛を編み込みされた自分の姿が映っていた。


「えっ、すごい……! 今、やってくれたの?」


鏡越しに目が合ったアクイラを見つめ、リーンは何故か温かく、懐かしい気持ちになった。緊張は解け、ルベルと一緒にいる時のような安らぎを感じた。


(この人は……やっぱり神獣なんだな……)


「アナタの髪の毛をいじるのは、わたしの趣味だったからね」


パチリとウインクをしたアクイラに、リーンは気まずそうに言った。


「子供の頃の話かな……? ごめんね、私憶えてないや」


「……いいのよ。その方が、きっと……」


少し言い淀んだアクイラを見て、ルベルはフウと小さく息をついた。


「アクイラ、お前はマグナマーテルとは繋がっていないと思っていたが、やはりシロだな」


「ルベル、わたしのこと疑ってたの? ていうか来るのが遅いわよ! ヴァーミリオン家の当主に逃げたって言われてから、ずっとアナタのこと待ってたのに!」


「冒険者になることが先決だったからな……。王都のギルドは人が多くて、待ち時間やクエストの競争率が激しい。効率的にクエストをこなしたかったから、王都は避けたんだ」


「冒険者?」


首を傾げたアクイラを見て、シオンはリーンに話しかけた。


「ねぇリーン、庭に行ってみない?」


「え? 庭?」


「あそこの温室みたいな所、見に行ってもいい? アクイラ」


シオンが、リーンをこの場から連れ出そうとしていると感じ取ったアクイラは、にっこりと笑った。


「モチロン! あそこには鳥やリスもいるのよ! 花もたくさん咲いてるから、ぜひ見て欲しいわ! リーン、花好きでしょ?」


「え? う、うん……」


「行こう」


シオンはリーンの手を引いて、庭へと続く扉から外に出て行った。ふたりを笑顔で見送ったアクイラは、真顔になりルベルに視線を移した。


「で、リーンに聞かせられないハナシなのね?」


「ああ……。冒険者になったのは、リーンからウィーペラを引き剥がす為だ」


「それってもしかして……。ルベル、迷宮の噂を耳にしたのね」


「その様子だと、お前は迷宮のことを知っていたんだな。まぁ、ルクスと繋がりがあるお前が知らないわけがないと思ったが……なぜ俺にすぐ報告しなかった?」


「噂の確証がなかったからよ。期待させて実はありませんでした~なんて、あんまりでしょ。王は迷宮の攻略を命じてはいるけど、そこに何があるかは明確にしていない。実際、本当にわからないのよ。それなのに、誰が言い出したのか知らないけれど、噂が独り歩きしちゃって」


「だが伝承の通りなら、古の魔法を使えるお前やルクスが、迷宮の扉とやらを開けれるんじゃないのか?」


「勿論、わたしとルクスで試してみたわ。でも無理だった。ルクスが何かに気付いたみたいなんだけど……教えて貰えなかったわ」


「……」


「何に気付いて黙ってるのか……ルベルわかる? ルクスのことなら、アナタが一番よく知ってるでしょ」


アクイラの言葉に、ルベルは口元に手を当てた。


「あいつが秘密を持つときは、女がらみか、やましいことがある時だ」


「もう、そのくらいわたしにだってわかるわよ」


「……あとは、言えないような事実に直面した時」


苦しそうな表情をしたルベルに、アクイラはハァと盛大なため息をついた。


「ルベル、わたしもルクスも、リーンのことを秘密にするのを苦に思ったことはないわ。一番苦しんでいるのはアナタだもの」


「俺は……苦しむだけの罪を犯した」


ルベルは目を伏せ、小さな声でそう言った。


「あれから200年も経ってるのよ、ルベル……。もう過去の話よ」


「俺にとっては過去じゃない。それに、本当の意味で苦しい思いをしているのは、きっとリーンだ」


ギュッと拳を握り込んだルベルを見つめ、アクイラは軽く首を振った。


「とにかく……迷宮の件は、もう一度ルクスに確認しておくわ。あとは? ルクスの所じゃなくて、アーウェルサ家(ウチ)に来たってことは、何か他にも話があるんでしょ?」


「ああ……。今回マグナマーテルがリーンの存在に気付いたことについては、何か知っているか? 実はマグナマーテル家の息子がリーンに接触してきて、リーンを守ろうとしたシオンがケガをした。そこまでしてリーンを手に入れようとする意図がわからない」


「シオンがケガを!? ジークったら容赦ないわね……」


口元に手を添え、難しい顔をしたアクイラは、顔を上げルベルを見据えた。


「ルベル、マグナマーテルの蛇術師の狙いはリーン本人じゃないわ。ましてやリーンの中にいるウィーペラでもない」


「どういうことだ?」


ルベルが訊き返すと、アクイラの橙色の瞳が鋭く光った。


「マグナマーテルの狙いは“魔石”よ。リーンの()()に埋まってる……ね」


アクイラはそう言って、自分の心臓にトンと親指を当てた。


月・水・金曜日に更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ