22 出会い
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「ぴおなな?」
シオンは首を傾げたが、男はマスコットに釘付けになっているリーンに、確認するように問いかけた。
「もしやそなたは……“ピオ学生”か?」
「はい! 広報担当です!」
「なるほど、エリりん推しか。しかも……にわかではないな」
男は、自分の鞄に付いている、布で作られたマスコットを手に取りながらリーンを見た。リーンは目をキラキラさせ、フードの男に詰め寄った。
「それは、幻となった第124話のメルたんですよね!? 狼に変装したメルたんが他校に潜入するっていう……。でも、当時その話を模倣したような事件が起きて、124話が載っている本は即発売中止になったんですよね! そして改めて、124話は違う話に書き換えられた……」
「その通り! だから一見ただのケモ耳の女の子のマスコットに見えるこの人形を、“狼バージョンメルたん”だと見破れたということは、まだ世間から注目されていなかった発売中止前の124話が載っている本を、発売日当日に手に入れた、もしくは発売中止された本をどうにかして手に入れたコアなファンということ! 同士よ!」
「え? 何? 何の話?」
シオンは困惑しながらもリーンに問いかけたが、リーンの耳にはシオンの声は届いていなかった。
「“ピオ七”は、毎回発売日当日に家に届くように手配をしていたんです! 狼メルたんの挿絵は神でしたよね! 尊過ぎて震えが止まりませんでした!」
「確かに! 普段はふわふわの白い髪の毛を銀髪に染め、獲物を狙う狼のような鋭い表情をしたメルたんは、鳥肌モノだった!」
「ひとり他校に潜入したメルたんを追って、エリりんとアカぴーも同じく狼に変装して後を追ったんですよね! ふたりの挿絵も見たかったなぁ……」
「あの神回が発売中止になるとは、残念でならん」
「え、リーンたちが何言ってるのかわからないのっておれだけ?」
『安心しろシオン、俺もわからん』
いつもはオドオドして人とロクに会話ができないリーンだったが、興奮した様子で男に食い下がっていた。
「こんなマスコット人形が売ってるなんて知りませんでした! どこで買ったんですか!?」
「これは既製品ではない。小生が作ったのだ」
「ええ!? 凄い!! メルたんの口元にあるホクロまで再現されてる!!」
「当たり前だ。それはメルたんの最大のチャームポイント。極細のブラック4番の糸を使い、小さな丸を刺繍するのは中々に手間だったが、これなくしてはメルたんとは言えぬだろう」
「本当に凄いです!! 感動です!! もしや天才!?」
「な、なに、これくらい小生にとっては造作のないこと。良ければそなたにも狼バージョンエリりんを作ってやろうか?」
「ええ!? い、いいんですか……!?」
「かまわぬ。そなたはまごうことなきピオ学生だ。聖ピオニー学園のモットーは“助け合い”だ」
「か、神……!?」
『おい、リーン。いい加減俺の糸の話もしろ』
感動のあまり固まっているリーンに、ルベルは耳打ちをした。
(はっ、そ、そうだった! つい興奮して)
「あっ、あのっ、それでですね……」
リーンが言いかけた時、男は裁縫屋の袋からゴソゴソと糸をひとつ取り出した。
「無礼な態度をとってすまなかった。見ず知らずの者に関わるなと教育を受けていたのだ。だがそなたは同じピオ学の生徒だ。持って行ってくれ」
「あ、ありがとうございます……」
「マスコットが出来上がったら連絡しよう。恐らく7日程かかると思う。家はこの辺りか?」
「あ、えっと……」
リーンは宿の場所を教えた。
「あの、その時に糸も買ってお返しします。7日後なら、丁度この糸も入荷してると思うので」
「気にするでない。小生はフィンと申す。ピオ学の書記担当だ」
「私はリーンです。先程も言いましたが、広報担当です」
フィンと名乗った男とリーンはがっちりと握手を交わし、再会の約束をして別れた。
『何から突っ込めばいいのかわからんが……とりあえず糸は手に入った』
ルベルが満足そうにそう言うと、リーンはフンと鼻を鳴らした。
「メルたん推しは優しい人が多いんだよ! 困った人をほっとけないっていうか」
「いや、おれソッコー断られたけど。むしろ最初無視されたけど。ていうかメルたんて何?」
シオンの質問に、リーンの赤い目がギラリと光った。
「メルたんは、“聖ピオニー学園七不思議”通称“ピオ七”の登場人物だよ! 擬人化した動物たちが通う、名門お嬢様学園の七不思議を生徒会が解明していく物語で、ピオ学の女王と呼ばれる生徒会長のユキヒョウのレオさまを筆頭に、副会長のアカカンガルーのアカぴー、書記のメリノ羊のメルたん、会計のオオコノハズクのミミっぺ、そして私の推し、広報のエリマキトカゲのエリりんが活躍する学園モノ! 発行部数はそこまで多くはないけど、七不思議のあっと驚くトリックや、個性豊かな登場人物たちの関係性や心理描写が巧みに描かれていて、感情移入しやすいし、共感したり憧れたりして推しができやすいのも魅力なんだ! キャラの役職に因んで、そのキャラを推しているファンを“○○担当”って呼ぶんだけど、あ、因みに私は生徒会広報のエリりん推しだから、“広報担当”だよ! で、ピオ七のファンのことは、生徒会を応援する聖ピオニー学園の生徒、つまり“ピオ学生”って呼ぶわけ! 前に、ペンパル募集で本に掲載されてたピオ学生と文通したことはあったけど、実際に交流したのは初めてだよ! オフ会なんて私には敷居が高いと思ってたけど、ピオ学生は私にとって家族みたいなものだから普通に話せたし……。フィンも凄くいい人だった! まさか狼バージョンエリりんを作って貰えるなんて夢みたいだよ!」
早口で一気にまくし立てたリーンに、シオンはあっけにとられていた。
「おれも……こんな喋るリーン見たの初めて。情報量多すぎて、理解できなかったけど」
シオンの言葉にリーンは我に返り、真っ赤になって固まった。
(な、な、な……何やってんの私!! リア充の人に自分の推し物語を熱く語るなんて!!)
いたたまれなくなり、リーンは肩を丸め下を向いた。
「何か、読んでみたくなった。ぴおなな? ルベル、寄り道ついでに本屋も行かない?」
『俺の用事に付き合って貰ったからな。いいだろう、行こう』
「いや、いいよ、無理しなくて……」
先程とは打って変わってボソボソとそう呟いたリーンだったが、シオンはそんなリーンの顔を覗き込んで目元を和らげた。
「ホントに面白そうだと思った。おれにも推しができるかな?」
「……で、できる……かな?」
優しいシオンの表情に、リーンは恥ずかしさと自分の好きな物に興味を持って貰った嬉しさとが混ざり合い、目を逸らしあやふやな返事をした。
『ところでエリマキトカゲは動物なのか?』
「ルベル、そこ気にしちゃダメ!」
「いや、おれもそこだけは気になった」
ルベルとシオンの突っ込みに、リーンは再びピオ七について熱く語りながら本屋へと向かうのだった。
一方、リーンと別れたフィンは、王都の街外れにある丘の上に向かっていた。フィンは、王都を一望できるその場所にある木の下で、ひとり座って本を読んでいた男に声をかけた。
「ルクス! お待たせ!」
ルクスと呼ばれた男は読んでいた本から顔を上げ、フィンの方に目をやった。
「フィン、どした? 珍しくご機嫌だね。街に行くといつも“疲れた”しか言わないキミが」
「街で“ピオ学生”と遭遇したんだ。小生の作るマスコットを気に入ってくれて、エリりんバージョンを作ってやることになった」
フィンの言葉に、ルクスは眉間にしわを寄せた。
「フィン、キミ自分の立場わかってる? あまり得体の知れないヤツと仲良くしない方がいいんじゃない?」
「得体が知れなくはない! 彼女は立派なピオ学生だった! それに小生もフードを深く被っていたから、身バレしてないと思うぞ。まぁ向こうもフードを被っていたから顔はよく見ていないが……リーンと名乗っていたな」
「……リーン?」
ルクスはピクリと眉を上げ、読みかけの本をぱたんと閉じた。
「肩に白い龍を乗せていたから、恐らくテイマーとして冒険者をしているのだろう。一緒にいた男も剣を持ってたしな。また会う約束をしたから、その時はルクスも一緒に行こう。同じ龍同士、その白龍とも仲良くなれるんじゃないか?」
上機嫌にそう言ったフィンを横目にルクスは立ち上がり、眼下に広がる王都の街並みを金色の瞳で見つめた。
「リーンに、白い龍、ね……」
そう呟いたルクスの赤い髪を、丘を吹き抜ける爽やかな風が揺らした。
「リーンの為に、早速創作活動をしなくてはな! ルクス、城に戻ろう」
フィンにそう言われ、体を光らせたルクスはたちまち大きな赤龍の姿になった。フィンが背中に乗ったのを確認すると、ルクスは翼を広げ王城の方へと飛んで行った。
月・水・金曜日に更新予定です。




