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引きこもり龍姫と隻眼の龍  作者: 鳥居塚くるり
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2 変わりたい


「服を脱げ、リーン」


「え?」


ルベルの言葉に、リーンは我が耳を疑った。


リーンたちは、故郷から遠く離れたとある町の宿屋にいた。夜通し空を飛び、着いた頃は朝になっていた。休息の為宿を取ることにしたのだが、部屋に入るなり、人型になっていたルベルはリーンを見下ろしそう言った。


「早くしろ。俺の言う通りにすると言っただろう?」


「え…、言った……けど」


安宿の薄明るい部屋は、妙に艶っぽく妖艶な雰囲気が漂っていた。リーンはベッドに座ったまま、自分を守るようにローブの襟元をギュッと握りしめた。


「えと……どういう意味かな? ル、ルベルはその……そ、そういうつもりで、わた、私を……」


ルベルはしどろもどろになるリーンの前に立つと、マントを握りしめるその手を掴み、リーンをベッドに押し倒した。


「俺は慈善事業でお前を連れ出した訳じゃない。優秀な錬金術師の家系であるヴァーミリオン家で育ったお前にはわかるはずだ。等価交換こそ世の常だと。お前は、何もせずに金が手に入ると思ってるのか?」


「……っ!」


ルベルの片方だけの金色の瞳が、涙目になったリーンを映した。


「でっ、でも私たちっ……人間と龍だし、そのっ、わた、私はっ……」


「黙れ。自分で脱がないというのなら、俺が脱がしてやる」


「やっ……やだっ、ルベルっ……! あっ……あーーーーーーーー!!」


ルベルは目にも止まらぬスピードでリーンの服を脱がすと、ベッドのシーツをリーンに被せ、体を起こした。


「とりあえずそれでも被っておけ。俺は、この服を売って金にして来る」


「と、等価交換ってそーゆうこと!? てゆうか酷いっ!! こんなあられもない姿にされて……もうお嫁に行けない!!」


「嫁に行きたくないから逃げて来たんだろう。ちょうどよかったじゃないか。それに、そんな色気のない下着姿に興味はない。むしろ俺に謝れ」


「何でっ!?」


シーツを被り、涙目で叫ぶリーンをよそに、ルベルは部屋を出て行った。


「うう……家出という選択は間違いだったかも……」


リーンがそう呟いて膝を抱えた時、首元に下げていたペンダントがシャラリと音をたてた。リーンはそれを手にすると、窓から差し込む朝日にかざした。4つの色の違う宝石が、花を形どるように綺麗にはめ込まれたペンダントヘッドは、少し大きめの小銭くらいの大きさで、母親の形見として常に服の下に忍ばせていた。それはまるでステンドグラスのように光を通し、リーンの白い頬に4色の花びらを持つ光の花を投影した。


“お前が変わりたいと思うのなら、俺の背中に乗れ、リーン”


リーンは、家出をする前に言われたルベルのセリフを思い出し、ポツリと呟いた。


「お母様……私……変われるかな……?」


ペンダントを見つめ、リーンは眩しそうに目を細めた。




「帰ったぞ」


ルベルが部屋に戻ると、待ちくたびれたのか、リーンはシーツにくるまったまま眠っていた。


(一睡もせずこの町まで飛んで来たからな……。無理もないか……)


ルベルはベッドに座り、眠るリーンの頭を優しく撫でた。


「うぅ……ん」


寝返りをうったリーンの白い肌がシーツから覗き、ルベルは思わず目を逸らした。


「……俺も、相当我慢してるんだぞ……」


そう呟くと、ルベルは小さく息をついて目を伏せた。




「リーン、いい加減起きろ」


「ふぇ……」


ルベルの声に、リーンは目を覚ました。窓の外は薄暗く、リーンはシーツにくるまったまま寝入ってしまったのだと気付いた。


「もう夕方だ。メシを食いにいくぞ」


「えっ、うそっ!? 私、寝ちゃってた?」


「何をしても起きなかった。あんなことやこんなことをしても寝ていられるとは、さすが生粋の引きこもりだな」


「いや、あんなことやこんなことって何?」


リーンはそう言って体を起こしたが、妙な違和感を感じた。首筋がやけにスースーして、頭が軽いような気がした。


「あれ? なんか……」


風が通る首筋に手をやると、いつもそこにあった柔らかいふわふわの髪の毛がなくなっている事に気が付いた。


「え!? あれっ!? え? え!?」


リーンは頭を触り、青ざめた。


「ルベル……私の髪の毛……なくなっちゃった……」


「なくなってはいない。少し切っただけだ」


「切った!? え!? 何で!? どゆこと!?」


リーンの腰まであったふわふわの金髪は、肩の上ぐらいまで切られ、色も金髪から銀髪に変わっていた。


「長い髪は手入れに金がかかる。それにそもそもお前は家出少女だからな。変装の意味で長さと色を変えた」


「な……な……なんで勝手にそんなことしたの!? せめて起こして相談してよ!!」


「あんなことやこんなことをしたが起きなかったと言っただろう」


「だからあんなことやこんなことする前に本気で起こしてよ!!」


「これに懲りたら、俺の前で気を抜かないことだな」


「いや、気を抜くとか抜かないとかの問題じゃないでしょ!? 人としてどうかと思うよ!?」


「俺は人ではない。龍だ」


リーンはギャーギャーと喚いたが、ルベルには何を言っても無駄だと悟り、大人しく項垂れた。


「もういいよ……。よくないけど……」


「気が済んだか。とりあえずこれを着ろ。さっきお前の服を売った金で買ってきた」


ルベルはそう言うと、町の道具屋で買った服とローブをリーンに手渡した。


「なんか……こ汚い服だね……」


少しよれた長袖の服にショートパンツ、ロングブーツは皮の色が変わっていた。そしてカーキ色のローブには、所々に赤黒いシミがあった。


「古着だからな。だが、最初に着ていた服は高級品だから目立つ。このくらい薄汚れてる方が、冒険者になるのに怪しまれない」


「そっか、冒険者になるのに……って、え? 冒険者?」


リーンはもそもそと着替えようとしたが、ルベルの言ったことに手を止めた。


「明日ギルドに行って、冒険者になる手続きをする」


「えええ!? いやいやいや無理だよ!! 冒険者ってあれでしょ!? 魔物を倒したりダンジョンを攻略したりする人達でしょ!? 私、剣とか握ったこともないし、魔法も……」


リーンは、“魔法”と口にした後に言い淀み、下を向いた。


「魔法も……使いたく、ない」


ルベルはそんなリーンを見下ろすと、ふうと息をついた。


「お前が魔法を使う必要はない。戦闘は俺がやる。俺は、龍の姿でお前と常に行動を共にする。お前はドラゴンマスターとして、俺を使役していることにすればいい」


「ドラゴンマスター?」


「つまりはテイマーだ。実際はお前ごときが俺を使役している訳ではないが、俺をテイムしているフリをしろ。テイマーとして、ギルドに登録する」


「ねぇ今、お前ごときって言った?」


「そういう訳だから、早くメシを食って早く休み、明日は早くにギルドに行く」


ルベルはリーンの言葉を無視し、話を切り上げようとした。


「そ、それならルベルが冒険者になればいいし……。人型になればギルドに登録できるでしょ? 私まで冒険者になる必要は……」


そう言いかけたリーンに対し、ルベルは目を見開いた。


「お前は、俺に働かせて自分は何もしないつもりか? 俺に食わせて貰おうと思ってるのか? 働いたら負けだと思ってるんじゃないだろうな?」


「そそそうじゃなくて、別に冒険者じゃなくても世の中に普通の仕事はいっぱいあるでしょ!?」


リーンはぎくりとし、慌てて取り繕った。


「まともに人間関係を築けないお前に、()()()()()が出来るとは思えない。俺はお前がそばにいないと魔法が使えないし、それにそもそもお前は家出少女だ。素性を調べられずに、腕さえあれば簡単に稼げる冒険者になるのが最適解だ」


「そ、そうかもしれないけど……」


「文句を言うのは、自分で金を稼いでからにしろ。家出とはそういうことだ。何の庇護も後ろ盾もなくなり、自分の力で生きて行かなくてはならない。それが嫌なら、親が決めた愛してもいない男に服従し、夜伽に勤しむことだ。恋すらしたことがないお前に、その役目が務まるかは知らんが」


「こっ! 恋ならしてるし! 私、ちゃんと好きな人いるし!!」


リーンは少し赤くなりながらも反論した。


「……例の赤髪の男か? お前の妄想の中の」


「妄想じゃないし!! 現実だもん!! た、たぶん……」


ルベルはハァと長いため息をついて、胸の前でもじもじと指を動かしているリーンを見据えた。


「リーン、俺は、龍姫であるお前とずっと一緒にいた。だからわかる。お前はそんな男と出会っていない。お前の妄想癖は病的だ。かわいそうに」


「そんなかわいそうな子を見る目しないで!!」


リーンには自分に優しく笑いかけてくれる赤髪の男性の記憶があったが、それが現実の話だということに、実の所自信がなかった。


(でも……あの人のことを考えると、こんなに胸がドキドキする)


リーンは頬を赤くして胸に手をあてた。ルベルはそんなリーンを見つめ、短く息をついた。


「赤髪の男のことは置いといて……話を戻すが、お前は世間知らずの甘ったれたお嬢様だ。これから学ばなければならないことがたくさんある。人の善意も悪意も……否応なしに知ることになるだろう。変化はきっとお前を成長させる」


リーンはルベルの言葉を聞き、幼い頃母に言われたことを思い出した。


“リーン、変わることに臆病にならないで”


そう言った母の優しい笑顔が、リーンの目頭を熱くさせた。胸のペンダントをギュッと握りしめ、母から言われた言葉を反芻するように、ぼそりと呟いた。


「……変わることに、臆病にならない……」


リーンは顔を上げ、キュッと唇を引き結びルベルを見つめた。


「私……変われるかな?」


「お前次第だ」


自分を見つめるルベルの曇りのない瞳に、リーンは背中を押されたような気がした。そして意を決したように口を開くと、大きく息を吸って宣言した。


「わかったよ、ルベル。私……冒険者になる!」


「まぁ、それしか道がないからな」


「ちょっ! 人がせっかく決意を新たに宣言したのに、テキトーに受け流さないでよ!」


「いいから早く服を着ろ。いつまで俺にそんな貧相な下着姿を見せつけるつもりだ? 不快感しかないぞ」


「なっ、なにおう!?」


こうして家出少女リーンは、冒険者になるという決意を胸に、慌てて着替えを再開するのであった。



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