17 婚約者
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「それにしても、この洞窟はトラップが多いよね。僕もそれに引っかかって、連れとはぐれたんだよ」
「そうなの? その連れの人は大丈夫なの?」
「彼女は僕よりランクは低いけど、冒険者としての経験は豊富だからきっと大丈夫だよ。キミたちの仲間こそ大丈夫?」
「うん、はぐれた仲間は、おれより強いから」
ジークが参入し、シオンと会話をしてくれるおかげで、リーンは沈黙の苦痛から逃れられた。
(よかった……。このジークって人、明るくて凄いお喋りだから、おかげで私が何も喋らなくてすむ……)
「ところで、キミたちって恋人同士なの?」
「げぇっほ!!」
いきなりのジークの質問に、リーンは思わずむせた。
「恋人同士っていうか……彼女、おれの婚約者なんだ」
「げほっ!! げほげほっ!!」
ジークの質問に対するシオンの返答にも、リーンは動揺せずにはいられなかった。
「いっ、いやっ、シ、シオン、その、婚約者って……」
そもそも縁談を承知してもいないのに、そう呼ばれるのはどうかと思い、リーンは否定しようとした。
「おれは、リーンを守りたいんだ。まるで自分は、リーンと出会い、彼女を守る為に生まれてきたみたいな、そんな不思議な感覚がする」
シオンはそう言って、プラチナのように輝く瞳でリーンを見つめた。リーンは息をのみ、初めてシオンに会った時のような既視感を感じた。
(ああ……、まただ……。シオンのこの瞳、どうしてこんなに懐かしいって思うんだろう……)
リーンは、真っ直ぐに向けられているシオンの瞳から目を逸らせずにいた。
(こんな風に感じてるのは私だけ? シオンはどうなんだろう……)
「ふふ……見つめあっちゃって、素敵だね。羨ましいよ」
リーンたちに視線を向け、手元の指輪をいじりながらそう言ったジークに、リーンはハッとして、恥ずかしそうに下を向いた。
シオンはジークの指輪を見て、それとなく問いかけた。
「あんたには、そういう相手いないの?」
「僕? 僕は……」
ジークは目を伏せると、今までの明るさが嘘のように、沈んだ声を出した。
「僕の婚約者は、死んだんだ」
明るい雰囲気に包まれていたその場が、一瞬にして暗くなった。
(……重いっ……!! なんて重いことを……!!)
「あ、なんかごめん」
(いやいやいや、軽いよシオン……!! こういう時って、ご愁傷様です的な、何か他に言う言葉があるんじゃないの? 知らんけど!)
リーンは、ひとり心の中であたふたしていたが、ジークは顔を上げると、フッと息を吐いた。
「……なーんて! 嘘だよ!」
「え、嘘? 何でそんな無駄な嘘ついたの?」
明るく笑ったジークを、シオンが訝し気に見た。
「軽いジョークだよ。本当は、逃げられたんだ。どうやら彼女、僕と結婚したくないみたいで」
(いや、それはそれで……悲しい)
リーンは何とも言えない顔をした。
「あ、そんな気にしないで。婚約者といっても、実は顔も見たことないし、会ったこともないんだ。親が勝手に決めた相手だったからね」
「そうなの? まぁおれも似たような経験あるけど」
シオンの言葉に、リーンは苦笑いをした。
「でも、彼女の父親に娘は逃げたと告げられた時、僕は凄く傷ついたんだ。僕に会いもしないで逃げるなんて、僕に会うのも嫌だったってことでしょ? 彼女の父親は“探している”と言ったけれど、ひと月経っても何の進展もない。僕は正直、この父親にも娘の方にもナメられてるんじゃないかって思ったよ」
そう言ったジークは、ゾクリとするほど冷たく笑った。そしてリーンに目を向けると、話を続けた。
「これって、女の子にはよくある話なのかなぁ? マリッジブルーみたいな? だとしても凄く不愉快だし、何よりボクは傷付いたんだ。僕は彼女を探し出し捕まえて、必ずモノにしたくなったよ。僕から逃げ出そうなんて二度と思わないようにしっかり調教して、僕だけのモノにしたくなったんだ。生涯、傷付いた僕の為だけに生きる……それが、彼女の僕に対する償いだ。ねぇ、キミもそう思わない?」
「え? え、えぇと……」
(ど、どうしよう……この人なんか……、考え方が独特っていうか……怖いっていうか……)
リーンはビクリと体を揺らし、返答に困った。するとシオンがジークの目線を遮るように、リーンの前に立った。
「ねぇ、あんたちょっとおかしいよ。なんか、セラピーとか受けた方がいいんじゃない?」
(いやいやシオン! そんなハッキリ言ったら……!)
「ふふ……そうかもしれないね。僕、ちょっとおかしいんだ。でも、僕だって本当は上手くやっていきたいって思ってるんだよ。ヴァーミリオン家の人たちは、僕の家族になるんだからね」
「え……」
リーンがジークに目を向けた時、シオンが剣を抜き素早くジークに突き付けた。
「……あんた……何者?」
シオンの隙のない動きに、ジークは余裕の笑みを零した。
「あれ……? どうして僕、剣をつきつけられてるのかなぁ? 僕はただ婚約者の話をしていただけなのに」
シオンは剣の切っ先をジークの喉元に押し付けると、銀色の眼光でぎろりと睨み付けた。
「ふざけるな。あんたの目的を言え」
「えっ、シッ、シオン……」
リーンは訳もわからず固まっていた。
(このジークって人もしかして……いや、もしかしてじゃなくても、きっと縁談を申し込んできたうちのひとり……? 私を追って来たの? それに、どうしてシオンは急に剣を突き付けたの?)
リーンの頭の中を驚きと疑問がぐるぐると渦巻いていたが、この状況が普通ではないということだけは理解できた。
「シ、シオン、おち、落ち着いて……」
今にもジークを切り捨ててしまいそうなシオンに、リーンはオドオドと声をかけた。
「そうだよシオン、落ち着いて。安静にしてないと、まわりが早くなっちゃうよ?」
ジークがそう言った次の瞬間、シオンは急に血を吐き、その場に膝をついた。
「……ごふっ!」
「シオン!?」
「げほっ! げほっ、げほっ!」
シオンは咳をするたびに血を吐き、苦しそうに喉を押さえた。
「ぐ……、あ……」
(この症状は……毒!? ど……どうして急に!?)
リーンは苦しそうに肩を揺らすシオンを見て、青ざめた。
(ど……どうしよう! どうしたらいいの!? 毒の成分はわからないけど、と、とにかく解毒出来るような何かを……!)
リーンが解毒薬を探す為に鞄に手を掛けた時、突然どこからか魔法の矢が飛んできて、リーンの足元に突き刺さった。
「!?」
驚いて顔を上げると、ジークはにこやかに微笑んでいた。
「下手に動かない方がいいよ、リーン。僕のことを大好きな人が、僕に協力してくれてるから」
リーンは、魔法が放たれた方角に目線を向け、息をのんだ。
「え……、どう、して……」
大きな魔女帽子を被ったよく見知った人物が、リーンたちに杖を向けていた。
「どうして……!? キャロルさん!」
キャロルは、温度のない瞳でリーンたちを見据えていた。
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