16 繋がり
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カイルが去った後、リーンはシオンたちと共に森を歩いていた。
『もう少し開けた場所に着いたら、俺は元の大きさに戻り皆を乗せてラピタの町まで飛ぶ』
「悪いね、おれたちまで乗せてもらうなんて」
『こうなった以上、仕方ないだろう』
呆れたようにそう言ったルベルに対し、森に入ってから狼の姿に戻ったソールは、歩く皆の周りをぐるぐると回りながら鼻息を荒くした。
『俺様が皆を乗せて、駆け抜けても良いのだぞ! 神獣の俺様を、まるで無能なロバのように扱うシオン……わ、悪くない……ハァハァ』
「いや、そんな風に扱わないし、空飛んだ方が普通に速いから」
『なっ、何故だ!? 何故俺様を家畜のように扱わない!?』
縋りつくソールを、シオンは鬱陶しそうに引きずった。
「あーもう、重いよソール。くっつかないで」
シオンはソールを引きずりながら歩き、リーンはそんなシオンたちに気付かれないように、コソコソとルベルに話しかけた。
「ちょ、ルベル! 何でシオンたちと一緒に行くことになってんの!?」
『かくかくしかじかだ』
「いや全然わかんないから! てゆうか私、キャロルさんに恨まれたくないんだけど!」
『残念だが、シオンのさっきの態度で、お前はとっくに恨まれてる』
「そっ、そうかもしれないけど! でもパーティなんて組んだら、火に油を注ぐってゆうか」
その時、茂みの向こうから、誰かが言い争う声が聞こえた。
「だから、オレはあいつの仲間だって言ってんだろ!?」
「だとしても、同時でないとこの洞窟には入れません!」
リーンたちは、声のした方に目を向けた。すると、大きな洞窟の前で、カイルが洞窟の管理者と何やら揉めているのが見えた。
『何だ? カイルじゃないか。あいつ、あの人間の女を探すとか言ってなかったか? ……って、シオン!』
ソールの言葉の途中で、シオンがカイルの方へと駆け出した。ソールはそんなシオンを追いかけ、リーンも後に続いた。
「カイル!」
「……シオン……!」
「どうしたの? キャロルは見つかった?」
シオンの問いかけに、カイルは縋るような目をシオンに向けた。
「それが……見知らぬ男とこの洞窟に入っていくのを見たんだ! 後を追いかけようとしたけど、この洞窟、2人以上のパーティじゃないと入れないって言われて……。洞窟に入る前に声かけたんだけど、キャロル、なんか様子がおかしかったんだ。まるでオレの声が聞こえてないみたいで……。あいつ、お前にフラれてヤケになってるのかも……」
(キャロルさんが……? まさかそんな……)
リーンは、自分の気持ちを素直に口に出したキャロルのことを思い出していた。
“あたしはシオンが好き”
(そう言ったキャロルさんの瞳は、凄く真剣だった……。バイパーの件でお礼を言ってくれた時も、凄く真摯だった。そんな真っ直ぐで素直な人が、ヤケになる……?)
考え込んだリーンの横で、シオンは管理者に問いかけた。
「おれが一緒に洞窟に入る。それなら文句ないよね?」
「はい、2人以上のパーティなら問題ありません」
「シオン! いいのか?」
ハッとしたような顔をしたカイルに、シオンは頷いた。
「うん。おれも……キャロルのことが心配だから。リーン、悪いけど先にラピタの町に行ってて」
シオンはそう言って、カイルと共に洞窟に入ろうとした。ソールがカイルについて行こうとしたのを見て、管理者はリーンの方を見た。
「このガルムは、貴方がテイムしているんですよね?」
「えっ」
リーンは一瞬目を泳がせたが、キュッと唇を引き結ぶと、意を決したように大きな声を出した。
「そっ、そうです! も、勿論、わっ、私も洞窟に入ります!」
「……リーン……」
驚いたような顔をしたシオンの横を、リーンはギクシャクと通り過ぎ洞窟に入った。
こうして、リーンたちはカイルと共にキャロルを探すことになった。
「シオン、リーン、ごめんな巻き込んで……」
申し訳なさそうにそうな顔をしたカイルに、リーンは首を振った。
「いっ、いえっ! わた、私も……キャロルさんのことが心配だから……」
リーンはそう言った後、チラリとルベルに目を向けた。
「ルベル……えと……勝手なことしてごめん……」
リーンは、相談も無しに洞窟に入ることを決めて、ルベルが怒っているかと思ったが、ルベルの声は意外にも優しかった。
『いや、お前が、お前の意思でキャロルを捜索することを決めたのだろう? それは……お前が良い方向に変わっている証拠だ』
「え?」
「誰かとの繋がりを認識し、大事にしようと思った……そうじゃないのか?」
「繋がり……」
リーンは服の下に忍ばせているペンダントに手を当て、考えた。
「よく……わからない。でも、ほっとけないって思ったんだ」
「十分だ」
リーンの胸が、キャロルにお礼を言われた時のようにむず痒くなった。
(私、変われてるのかな、お母様……)
少し恥ずかしそうな表情をしたリーンを見て、ルベルは目元を和らげた。
洞窟内に足を踏み入れたソールは、フンフンと鼻を地面に近付けた。
『あの女の匂いを辿る。貴様ら、俺様について来い』
ソールが先陣を切り、皆がそれに続いた。
「ソール、気を付けろ。この洞窟にはBランク相当の魔物が出る。トラップも仕掛けられてると思うから……」
カイルがそう言いかけた時、ソールがピタリと歩を止めた。
『早速お出ましだ』
ソールの言葉にリーンたちが前を見ると、道を塞ぐようにアンデッドの群れが立ちはだかっていた。
『俺様に喧嘩を売るなど、いい度胸だ』
ソールが赤い目を光らせた時、シオンがソールの尻尾を鷲掴みにした。
『キャン!!』
思わず飛び上がったソールに、シオンが静かに言った。
「古の魔法は使うな、ソール。カイルがいる」
『は、はうぅ……シ、シオン、わ、わかったから、し、尻尾を……』
「あ、ごめん」
『なっ、何故離す!? そのまま掴んでいろ!! お、俺様の弱点を、そ、そのまま……もっと、もっと強く!! ハァハァ』
頭を下げ、上目遣いで懇願するようにシオンを見つめているソール目掛け、アンデッドが襲い掛かった。しかし次の瞬間、襲い掛かってきたアンデッドが激しく燃え上がり、ソールが炎の出所に目をやると、ルベルが冷たい視線を向けていた。
『ソール、お前足手まといだな』
『なっ、何だとぉ!?』
ルベルに足手まといだと言われ、ソールの赤い瞳に闘志が宿った。
『俺様をナメるなよルベル! 魔法なんぞ使わなくとも、この牙と爪があれば十分だ!!』
ソールはそう叫ぶと、アンデッドの群れの中に飛び込んで行き、あっという間に蹴散らした。
(す、凄い……! ただのドM狼だと思ってたけど、神獣だけあってやっぱり強い……!)
リーンがあっけにとられている間に、全てのアンデッドが倒されていた。
その後も、現れた魔物をルベルとソールが競うように倒し、シオンとカイルは何もせずとも先に進むことができた。
「なんか……オレらやることねーな」
「うん」
苦笑したカイルの横で、シオンがポリポリとおやつを食べながらリーンの方に振り向いた。
「リーン、これ、一緒に食べる?」
「あ、ありがとう……」
シオンにクッキーを差し出され、リーンは受け取ると洞窟の石壁に寄りかかった。すると、寄りかかった石壁が急に消え、リーンは後ろに倒れそうになった。
「わっ!」
「え?」
リーンは思わず、近くにいたシオンの服を掴んだ。そしてシオン諸共、壁の向こう側に倒れ込んでしまった。
『リーン!?』
ソールと共に前方で戦っていたルベルが、リーンの異変に気付いた次の瞬間、ぽっかりと消えた石壁は元通りになり、リーンとシオンは石壁の向こう側に消えていた。
『シオン!!』
ソールは慌てて石壁に体当たりした。石壁はすぐにボロボロと崩れ落ちたが、それはただの壁で、壁の向こうには何もなかった。
「これは何らかのトラップだ! この壁、転移魔法か何かが仕掛けられてたのかもしれない!」
カイルの言葉に、ルベルはソールに詰め寄った。
『ソール! リーンの匂いを追えるか!?』
『……わかるにはわかるが……だいぶ離れているぞ。洞窟内を風が複雑に吹き抜けてて、すぐには追いつけない』
『クソッ! リーンから離れて戦うべきじゃなかったっ……!』
『落ち着け、ルベル! この洞窟のどこかに転移したのは確かだ。とにかく今は先に進もう。幸い、シオンもリーンと一緒だ。シオンは強い、大丈夫だ』
『くっ……』
ルベルは悔しそうに顔を歪ませたが、ソールとカイルと共に、洞窟の奥に続く道を進んだ。
「わぁ!」
リーンとシオンは、どこだかわからない場所に転移していた。ふたりで尻もちをつき、シオンの服を掴んでいたリーンは、慌てて手を離した。
「あっ、ごっ、ごめんなさい!!」
「ん……大丈夫。リーンは? 痛い所ない?」
「う、うん、大丈夫……」
「よかった」
ホッとしたように優しい目をしたシオンから、リーンは思わず目を逸らした。
「壁に、何かのトラップが仕掛けられてたのかも。ここどの辺だろ……」
キョロキョロと辺りを見回すシオンに、リーンは申し訳なさそうにボソボソと呟いた。
「あの、ご、ごめんなさい……わた、私のせいで……」
「え? ううん。こういう洞窟にトラップは付き物でしょ。リーンのせいじゃない」
「で、でも、私やシオンと離れたら、ルベルもソールも弱っちゃうよね……」
リーンの言葉を聞いて、シオンは首を傾げた。
「え? それどういう意味?」
「え? あ、だ、だってシオンは“狼騎士”として、ソールに魔力を与えてるんでしょ……?」
シオンはますます首を傾げ、口を開いた。
「いや、そもそもおれに魔力ないし、おれは魔力のコントロールも下手だから、ソードマスターやってるんだよ」
「え?」
今度は、リーンが首を傾げた。
「えっと、“龍姫”は、神獣に分け与える為に魔力を持って生まれるって聞いたけど……。“狼騎士”はそうじゃないのかな……」
リーンのセリフを聞いて、シオンは昨晩ルベルとソールがしていた会話を思い出した。
“ソール、俺は……200年前、とある理由で右目と魔力を失った。今は、龍姫であるリーンから魔力を貰い、生きながらえている”
“リーンは、体内に魔石を持ってるんだ。だから魔力がある”
(そうだ、確かルベルはそう言ってた。けれど、リーンのこの反応を見る限り、リーンはおれにも魔力があって、それをソールに分け与えてると思ってた。それが、“龍姫”や“狼騎士”の使命のように。それどころか、自分の体内に魔石があることを知らない……?)
「“狼騎士”と“龍姫”は、それぞれ役割が違うのかもね。おれも詳しく知らないけど」
シオンは極力冷静に、リーンにそう告げた。
(“今夜の話は、リーンには絶対に漏らすな”って言ったのは、リーンの“呪い”のことだけじゃない。体内の魔石に関しても、ルベルはリーンに秘密にしてる。その理由は何だ?)
「ルベルは、リーンとどのくらい離れてたら弱るの?」
「え? えっと……物凄く離れたことがないから、よくわからないけど……。前に、ルベルがひとりで領地の外れまで言った時は、人型になれなかったって言ってた……。あと、魔法はホントに近くにいないと、使えなくなるみたい……」
(神獣が人型になるには、魔力を使う。ヴァーミリオン領がどのくらい広いのかわからないけど、恐らく今の状況では、リーンの魔力がルベルまで届かず、ルベルは人型にもなれないし、魔法も使えない。まぁカイルがいるから、どのみち魔法は使えないけど……)
シオンが熟考し黙り込んだので、その場は沈黙に包まれた。
(う……会話が終わってしまった……き、気まずい……)
リーンは沈黙に耐えられず、何か会話の糸口になるようなものを必死で探していた。
(ど、どうしようどうしよう……何か、何か話題を……)
「ああ! よかった! 人がいた!」
「ヒッ!」
突然どこからか人の声がして、リーンは思わずビクリとした。すると、横穴からひとりの男が現れた。
「すみません、実は僕、連れとはぐれてしまって……。よかったら、ご一緒させて貰えませんか?」
人当たりのよさそうな笑顔で近付いて来たその男は、薄いピンク色の髪の毛に翡翠色の瞳の、端正な顔立ちをした男だった。
“無駄に笑顔で近付いて来る人間の方が、裏では何を考えてるかわからん。逆に警戒すべきだ”
リーンは、いつだかルベルに言われた言葉を思い出し、後ずさりした。するとリーンを庇うようにシオンが前に出て、男に話しかけた。
「おれたちも仲間とはぐれたんだ。だから、その仲間との合流が先決だけどいい? あんたの連れを探す手伝いはできないよ?」
「勿論! ほら、この洞窟って2人以上のパーティからじゃないと入れないでしょ? だからひとりだと、どうしても心細くて……。僕は一応、Bランクの冒険者だよ」
「……わかった、一緒に行こう」
シオンがそう言うと、男は右手を差し出し握手を求めた。
「ありがとう! 僕はジークっていうんだ。えーと……」
「おれはシオン。彼女はリーンだ」
シオンがジークと握手を交わし、リーンがぺこりと軽く頭を下げると、ジークはドキッとするほど妖艶な笑みを見せた。
「よろしくね、シオンにリーン……」
“笑顔で近付いて来るヤツには気を付けろ”という趣旨のルベルの言葉を、リーンはこの後、痛いほど思い知ることになる。
月・水・金曜日に更新予定です。




