15 修羅場
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次の日、からりと気持ちよく晴れた空の下、リーンは龍姿のルベルを肩に乗せ、森へ向かって町中を歩いていた。
「急に町を出るなんて、どうしたの?」
『この町では、俺たちはだいぶ噂になってしまったからな。もう少し静かな町で、心機一転しようと思った』
「いや、ルベルが派手に討伐クエストばっかり荒らすからでしょ……。大人しく採取クエストをコツコツやればいいんだよ……」
『採取クエストは時間がかかると言っているだろう。とりあえず今日はこのまま森に行き、お前を乗せて違う町に行く』
「ええ~、こんな昼間に巨大な龍になって、攻撃されない?」
『……まぁ大丈夫だろう、たぶん』
「たぶん? ……不安しかないんだけど……」
ハァとため息をついたリーンの耳に、聞き覚えのある大きな声が響いた。
「パーティを抜けるって、どうしてよシオン!!」
リーンが声のした方に目を向けると、ギルドの前あたりで、キャロルがシオンに詰め寄っていた。
「……急にこんなこと言ってごめん。けど……もう決めたんだ」
シオンはキャロルから目を逸らさず、キッパリと言い放った。
「決めたって……どうして、相談もなしにそんな大事なことひとりで決めたの!? 酷いよ、シオン!!」
「……ごめん」
涙声で責めるキャロルの隣には、真剣な表情でシオンを見つめるカイルがいた。言葉少なに謝ったシオンのそばには、人型になっているソールもいて、その場は切迫した空気が漂っていた。
(と……とんでもない場面に遭遇してしまった……)
リーンは足を止め、どうするべきかわからずチラリとルベルを見た。
『あれはあいつらの問題だ。このまま通り過ぎろ』
「う、うん……」
ルベルにそう言われ、リーンはその場をそっと通り過ぎようとした。
「シオン、理由を訊いてもいいか?」
ずっと黙っていたカイルが、キャロルの肩に手を乗せ、シオンの前に出た。
「おれは、リーンを……守りたいんだ」
(え?)
自分の名前が聞こえ、リーンは思わず足を止めた。
「なに、それ? どういう意味? シオン……は、その、リーンのこと……」
言葉に詰まったキャロルに、シオンはとんでもない一言を放った。
「彼女、おれの婚約者なんだ」
「……はぁ!?」
キャロルとカイル、そして思わずリーンまでもが素っ頓狂な声を上げた。
(ハッ! しまった! 思わず……!)
リーンは慌てて両手で口を覆ったが、存在に気付いたキャロルがギラリと鋭い目を向けた。
「リーン……あんた……本当にあたしのことナメてたのね」
「へっ!? いやいやいや!! え!?」
「シオンが婚約者だってこと黙ってて、あたしのこと陰で笑ってたんでしょ!?」
「いっ、いやっ!! 違っ……!!」
『シオン、お前は下手くそか? 俺たちを修羅場に巻き込むな』
ルベルがため息まじりにそう言うと、拳を握りしめブルブルと震えていたキャロルが、逃げ出すようにその場から走り去った。
「キャロル!!」
カイルの引き留める声にも振り向かず、キャロルは森の方へと姿を消した。
「……」
その場は静まり返り、カイルはシオンとリーンをじっと見つめた。
(な、なにこれ……気まず過ぎる!!)
どうしていいのかわからず、リーンは目を泳がせた。だがカイルは、フッと息をつくと明るい声を出した。
「ま、じゃあしょーがねーよな! そもそもシオンは、少しの間だけオレらとパーティを組むって話だったし」
『そうなのか?』
「あ、うん……。ほとぼりが冷めたら実家に帰るつもりだったから」
ルベルの問いかけに、シオンがそう答えた。
「最初から、シオンとリーンちゃんの間には何かあるような気がしてたし……キャロルだってカンが悪い方じゃない。今すぐ納得するのは無理かもしんねーけど、わからず屋じゃねーんだ」
カイルはシオンの肩をポンポンと軽く叩くと、安心させるように笑った。
「今までありがとな、シオン! キャロルのことはオレが何とかするから、大丈夫だ!」
「カイル……」
「じゃ、オレはキャロルを探すよ。まぁあいつの行きそうな場所はわかってるからな! お前らも頑張れよ! じゃあな!」
カイルは背中を向け、ひらひらと手を振りながらキャロルが走り去った方へと歩いて行った。
『お前、カイルに助けられたな』
「うん……。すごい、いいヤツだった……」
去って行くカイルの後ろ姿を見つめ、シオンは眩しそうに目を細めた。
その頃、キャロルは森の木に額を預け、泣きそうになるのをグッと耐えていた。
(なによ……なによなによなによ! シオンもリーンも、きっとふたりしてあたしのことバカにしてたんだわ……!)
ギュッと目を瞑ると、今までシオンと過ごしてきた日々のことや、リーンが現れてからのことが走馬灯のように流れていった。
(……わかってる……。最初からシオンは、あたしになんか興味がなかった。リーンだって、シオンの態度にずっと戸惑ってて……あれはふたりの本当の姿で、あたしを嘲笑ってたんじゃないってわかってる。でも、それでも……)
「大丈夫?」
その時、目の前にハンカチが差し出され、キャロルは思わずビクリと飛び退いた。見ると、そこには心配そうにキャロルを見つめる男の姿があった。柔らかいピンク色の髪の毛に、翡翠のような緑色の瞳、優しい顔立ちのその男は、ハンカチを持った手を引っ込め、気まずそうに少し後ずさりをした。
「あっ、ごめんね、驚かせちゃったかな。キミが……泣いてるように見えたから……」
「……っ」
キャロルは泣き顔を見られたと思い恥ずかしくなった。少し赤くなったキャロルを気遣うように、男は目を逸らし再びハンカチを差し出した。
「とりあえずこれ……よかったら使って? あ、モチロンちゃんと洗濯済みのやつで、今日はまだ一度も使ってないから綺麗だよ!」
男は目を逸らしたままそう言ったが、キャロルが黙っていると、何かに気付いたように慌てて取り繕った。
「あっ! そ、そーゆう問題じゃないよね? 知らないヤツにいきなりハンカチ渡されて……普通にキモイよね! ご、ごめんね!」
男の慌てる様が少し可笑しくて、キャロルはフッと目じりを下げた。
「ううん。ありがとう」
キャロルはそう言うと、男からハンカチを受け取り目元に当てた。この男の雰囲気のような甘い香りがふわっと鼻をくすぐり、キャロルは何故か少しドキドキした。男は安心したようにホッと息をつくと、優し気な瞳でキャロルを見つめた。男の視線に気付いたキャロルの胸は、より一層高まった。
「……えーっと……」
キャロルが恥ずかしそうに視線を彷徨わせたのを見て、男もサッと目を逸らした。
「あっ、ご、ごめん、じろじろ見て……。す、すごく綺麗な人だから、つい……」
「あ、い、いえ……」
(な、なにこれ……どうしてこんなにドキドキするの?)
鼓動が速くなる胸を押さえ、キャロルはチラリと男を見上げた。タイプではなかったが、整った顔立ちに優しい翡翠色の瞳、緩やかに弧を描く唇から、キャロルは目が離せなくなった。
(ど、どうしよう……なんか、なんかあたし……)
キャロルは、自分の頬に熱が集中していくのを感じた。そんなキャロルの頬に男の冷たい手が触れたが、嫌だという気持ちにはならず、むしろもっと触れて欲しいという欲が生まれた。そのままトロンとした瞳で見つめるキャロルに、男は優しく囁いた。
「本当に、綺麗で、素直だねキミは……。僕、キミのこと……好きになっちゃったかも……」
「あ……あたしも……」
キャロルの瞳には、もう男の姿しか映っていなかった。
「本当に? 嬉しいなぁ。じゃあ、僕のお願い、聞いてくれるかなぁ?」
「う、うん……。大好きなあなたのお願いなら……何でも聞くわ……」
甘い香りが立ち込め、たまらずキャロルは男の胸に顔を埋めた。男は優しくキャロルを受け止めると、ニヤリと口角を上げた。
「キミといいジョニーといい、僕は出会いに恵まれてるなぁ……」
男はそう呟くと、頬を染め、ウットリと自分を見つめているキャロルの耳に、そっと唇を寄せた。
「僕の為に……キミの愛を証明して欲しいんだ……」
月・水・金曜日に更新予定です。




