14 呪い
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しばらく黙って考えていたルベルだったが、ようやく静かに口を開いた。
「あの引きこもりのリーンが、大人しく冒険者になると決意するとは思えない」
「ああ、そうだな……だから、例の縁談の話を持ちだす」
ロベルトの言葉に、ルベルはピクリと眉を動かした。実はルベルは、3人の領主から縁談を申し込まれている件も、すでにロベルトから相談されていた。
「縁談の話は、リーンには何も言わず断ろうとしていた。マグナマーテルが何を考えているのかわからんしな。けれどリーンに縁談を受けるように強要すれば、あの子は十中八九お前に泣きつくだろう。そんなリーンを、お前が外に連れ出してくれればいい」
「……本気で言っているのか? ロベルト」
「わたしは本気だ、ルベル。お前が付いていれば……わたしも安心だし、何よりもわたしは、あの子にもお前にも、苦しんで欲しくない。隔離しなければいけない状況の中、引きこもりで、他者とうまくコミュニケーションが取れないダメな子に育ってしまったが、そんなあの子が、わたしは可愛くて仕方がないんだ」
ロベルトの声は震えていて、ルベルの胸を罪悪感のようなものが支配した。長い沈黙の後、ルベルはふうと息をついてロベルトを見た。
「……わかった。お前が言うように、リーンを助けたいのは俺も同じだ。むしろ俺こそが、この連鎖を終わらせたい」
「ルベル……」
ロベルトは、テーブルの上に置かれていたルベルの手を握り頭を下げた。
「……リーンを……頼む」
ルベルはそんなロベルトを見て、苦しそうな表情をしながらも頷いた。
「……ベル、ルベル」
ソールの呼びかけにハッとし、ルベルは意識を現在に戻した。
「ルベル、200年前に何があったのか、言いたくないのなら無理には訊かん。だが、貴様は俺様の友だ。力になれることがあるのなら、協力は惜しまない。シリウスも、それを望むだろう」
ルベルは、ソールの真摯な言葉に目を伏せた。
(友……か……。俺の罪を知っても、お前は俺を友と呼んでくれるだろうか)
フッと短く息をつき、ルベルはソールに向き合った。
「ソール、俺は……200年前、とある理由で右目と魔力を失った。今は、龍姫であるリーンから魔力を貰い、生きながらえている」
「なっ……」
ソールは驚き、ルベルに詰め寄った。
「龍姫とはいえ、リーンは人間だろう!? 魔力はないはずだ! 人間は、魔石を使った武器で魔法を操っている! その、魔石の持つ魔力のコントロールが長けている者が、ウィザードやプリーストになるだけで、元々魔力が備わっているなど聞いた事がないぞ!」
「リーンは、体内に魔石を持ってるんだ。だから魔力がある。そしてリーンは古の魔法が使える。それは……リーンがウィーペラによって呪われ、彼女の魂が宿ってしまったからだ。厳密に言えば、古の魔法を操るのは、リーンの中にいるウィーペラだ」
ソールはごくりと喉を鳴らし、問いかけた。
「どういうことだ? ウィーペラは200年前に死んだのだろう? 何故リーンを呪うことができる?」
「……詳しくは今は言えない。だがそのせいで、ウィーペラがリーンの体を乗っ取る時がある。その間のリーンの記憶はない。というか、リーンにとってそれは一瞬のことで、まるで瞬きをする間に起こったぐらいの感覚だ」
「まさか、そんなことが……。確かに、ウィーペラは呪いなどの呪術に長けていたが……」
ソールは信じられないといったような感じで、口元を手で覆った。ルベルは近くにあった席につくと、テーブルの上で両手を組み話を切り替えた。
「ソール、新しく発見されたという迷宮のことを知ってるか?」
「え? あ、ああ……開かずの扉があるとかいう伝説の迷宮か?」
「そうだ。では、その扉の奥に何があると噂されているのかも知ってるな?」
ルベルにそう問いかけられ、ソールはハッとした。
「……ウルズの泉か! 貴様は、ウィーペラの呪いを解く為に、その泉を目指しているのだな!」
興奮した様子で席に着いたソールに、ルベルはコクリと頷き、話を進めた。
「迷宮に入るには、Aランクの冒険者になる必要がある。この町のギルドは、依頼数の多さで定評があったから、俺はこの町を拠点にしようと思っていた。だが、ジョニーが神獣の毒で殺されたということを聞いた今は、早急にこの町を離れようと思っている」
「何故だ?」
「マグナマーテルは、リーンにウィーペラの魂が宿っているということを、どこかで知ったのだと思う。だが今まで、それはあくまでもマグナマーテル側の憶測だった。だから縁談を申し込みリーンに近付き、確かめようとした。恐らく、ジョニーを殺したのはマグナマーテルの者だ。200年前まで、マグナマーテル家の守り神はウィーペラだった。彼女の毒の成分を、古からずっと保管していたとしてもおかしくはない」
「200年、ずっとか? そんなことが可能なのか?」
ソールの疑問に、ルベルは小さく頷いた。
「マグナマーテルは術師の家系だ。魔獣の死体など、呪術に使う素材の保管はお手の物だろう。200年前、俺が殺したウィーペラの遺体は、マグナマーテルに引き渡された。恐らくその遺体も、何らかの方法で保管されているはずだ」
再びごくりと喉を鳴らしたソールに、ルベルは話を続けた。
「俺たちが家を出た後は、ロベルトが何とか時間を稼ぐと言っていたが、マグナマーテルはこちらの動きに気付き、俺たちを追って来た可能性が高い。ジョニーは、ウィーペラに乗っ取られたリーンが発動した古の魔法を見ていた。恐らくその情報を引き出した後、自分と接触したジョニーを口封じの為に殺したのだろう。そして温泉でのバイパー出現……あれは、マグナマーテルの“蛇術師”なら造作もない。確証を得る為、リーンに古の魔法を使わせようとしたのだと思う。まぁ、その前にお前が燃やしたようだが……。証拠は得られなかったが、マグナマーテルの“蛇術師”は、リーンの中にウィーペラがいることに十中八九気付いている」
ルベルの話を聞き、ソールは眉間にしわを寄せ考え込んだ。
「だが、いくらリーンの中にウィーペラがいるとはいえ……リーンは人間だし、そのウィーペラに呪われている。例え手に入れても、ウィーペラ自身が戻る訳じゃない。一体どうするつもりなんだ?」
疑問を投げかけたソールを、ルベルは片方だけの瞳で見据えた。
「それは……わからない。そもそも手に入れたいのが“リーン”なのか“ウィーペラ”なのかもわからない。だが、ジョニーをあっさり殺すようなヤツだ。リーンには絶対に近付けたくない」
ソールは背もたれに寄りかかり、フーと息をついた。
「事情はわかった。だから貴様はリーンと共に行動し、冒険者をしているのだな。それならば、俺様が人型で冒険者になろう。俺様なら、恐らくその場でAランク確定だ。そして例の迷宮に行き、ウルズの泉の真偽を探ろう」
ソールが自信満々にそう言った時、食堂の出入り口付近から声がした。
「それは無理だよ、ソール」
ルベルとソールが驚き、声のした方へ顔を向けると、そこにはシオンの姿があった。
「シオン……! き、貴様いつからそこに……!」
ソールは思わず席を立ち、あたふたした。
「初めからだよ。おれ、気配消すの上手いから」
シオンはそう言って、同じテーブルの席に着いた。
「ソール、お前、主人の匂いもわからなかったのか? お前の鼻は役に立たんな」
ルベルがじろりと目を向けると、ソールは気まずそうに目を泳がせた。
「い、いやっ! 実はシオンと合流できたことが嬉しくて……シオンの手袋を肌身離さず持っていたのだ。おかげで常にシオンの匂いに包まれていてだな」
ソールの言い草に、ルベルは呆れたように冷たい目をした。
「あ、それ、片っぽなくしたと思ってたやつ。返して」
「そっ、それよりもシオン! 無理とはどういうことだ? 俺様に実力がないとでも言うのか!? いっ、言うのかっ!?」
半ば蔑むセリフを期待しているようなソールに、シオンは温度のない声で答えた。
「ルーキーの最高ランクはBランクって決まってるんだ。例えそれ以上の実力があったとしても、新人はBランクからなんだよ」
「そんな決まりがあったのか……知らなかった」
ルベルは口元に手を添えると少し考え、顔を上げた。
「まぁいい。俺は最初からソロでやるつもりだったしな。古の魔法を使う俺にとって、他の冒険者は邪魔でしかない」
「じゃあ、同じ古の魔法を使うソールと、“狼騎士”のおれなら邪魔じゃないよね」
そう言ったシオンに、ルベルはチラリと目線を移した。
「どういう意味だ」
「あんたに協力する。パーティを組めば受けられるクエストの幅も広がるし、より早くランクアップできると思う」
「今の仲間はどうする? 俺はあいつらと組む気はない」
「カイルたちとは……明日でお別れする。おれは、リーンを守りたい」
決意を持った銀色の瞳を真っ直ぐに向けられ、ルベルは昔のことを思い出した。
(狼騎士の瞳に宿る思いは……昔から変わらんな)
ルベルはフウと息をつくと、シオンを見据えた。
「……勝手にしろ。俺たちは明日、ここから遥か西にあるラピタの町に行く。邪魔だけはするな。あと……今夜の話を、リーンには絶対に漏らすな」
「うん、わかってる」
ルベルは席を立ち、食堂を後にした。シオンの横を通り過ぎる瞬間、お互いの耳についていたお揃いの朱色のピアスが、風で小さく揺れた。
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