13 父の思い
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その日の夜遅く、宿屋のリーンたちの部屋をノックする者がいた。ルベルが人型になりドアを開けると、そこには同じく人型になったソールの姿があった。
「話がある」
ソールの言葉に、ルベルはベッドですでに眠りについていたリーンに目をやり、静かに部屋を出た。
「俺も、お前と話がしたかった」
ふたりは宿屋の食堂に向かった。深夜ということもありすでに営業は終わっていて、誰もいない薄暗い食堂に入ると、ルベルはいきなりソールの胸倉を掴み壁に追い詰め、声を荒げた。
「ヴァーミリオン家は、娘の存在をひた隠しにしてきた! ヴィーグリーズ家は他の領主とグルなのか!? どうなんだ!?」
「ルベル、落ち着け! まずは俺様の話を聞け!」
「お前たちヴィーグリーズ家は……領主たちは何を企んでる!? 応えろ、ソール!!」
凄んでくるルベルに対し、ソールも牙を剥き出しにした。
「ルベル! それはこっちのセリフだ! 貴様こそ何を企んでる!? ジョニーとかいう冒険者を殺したのは貴様なんだろう!?」
「……なんだと?」
胸倉を掴んでいたルベルの手が緩み、ソールはその手を振りほどいた。そして乱れた衣服を整えながら、難しい顔でルベルを見据えた。
「俺様がシオンを追いかけて来る途中、この町の近くの森で死体が見つかったと人間どもが騒いでいた。死んでいたのはジョニーという冒険者。殴られたような形跡があったが、直接の死因は毒だ」
ルベルはピクリと眉を動かした。
「……身に覚えがあるんだな?」
ルベルの反応に、ソールが観察するような目を向けた。
「待て、俺は殺っていない。殴ったのは俺だし、“殺す”と脅しはしたが、ヤツはまだ生きていた」
「……本当だろうな?」
「大体毒殺なんて、人間にも可能だ。なぜ俺が関わっていると?」
ルベルが訝し気な表情を見せると、ソールは再び難しい顔をした。
「ジョニーに使われた毒は、人間には生成できない。匂いで分かった。あれは……神獣の毒だ」
「な……」
「神獣の毒を手に入れるなど、神獣と関りがないと無理だ。ヴィーグリーズ家やヴァーミリオン家のように。そして貴様は毒龍。何か知っているのではないかと思った」
「俺じゃない」
「だが、毒を持つ神獣と言えば、貴様と……ウィーペラだけだ」
「……」
ソールは、黙り込んだルベルの顔を再び観察するように見つめた。
「だがウィーペラは死んだ。200年前、貴様が殺した」
「……ああ、そうだ」
「当時の狼騎士も、龍姫を守る為にウィーペラに殺されたからな。誰も貴様を責めなかった。だがそのことがあって、貴様は王都から田舎にあるヴァーミリオン家に移り、この200年ずっと引きこもっていた。俺様が会いに行っても門前払いだ」
ルベルの脳裏に、忌まわしい過去の記憶が鮮明に蘇った。苦し気なルベルの表情を見て、ソールはずっと疑問に思っていたことを投げかけた。
「ルベル、200年前に一体何があった?」
「……」
ソールの問いかけに、ルベルは再び黙り込んだ。
「あの龍姫……“リーン”は、200年前の龍姫と瓜二つだ。髪と瞳の色が違うから最初は気付かなかったが、彼女から感じる既視感は“龍姫”そのものだ。名前まで一緒だ。だが、何故“龍姫”がヴァーミリオン家にいる? それに貴様のその姿……片目になっているのは、ウィーペラを殺したことと関係があるのか?」
ルベルはギュッと拳を握り、唇を噛んだまま目を伏せた。ソールは頑なに口を閉ざしているルベルを見て、ハァとため息を落としたが、顔を上げルベルを見据えた。
「ルベル、最初に、ヴィーグリーズ家は何を企んでいるのかと訊いたな。我がヴィーグリーズ家は何も企んじゃいない。むしろ、何か“企み”があるのなら、それを阻止したいと思っている」
ソールはそう言い、話を続けた。
「ことの始まりはふた月前に開かれた“3大領主会議”だ。そこで、マグナマーテル家の当主が、突然ヴァーミリオン家の当主に縁談を持ちかけた。“娘さんを我が息子の伴侶に”と。ヴァーミリオン家は閉鎖的で秘密が多かったが、娘がいたということすらマグナマーテル以外知らなかった。ヴァーミリオン家の当主は最初はとぼけていたが、マグナマーテルの執拗な問いかけに、遂に娘がいることを認めた。シリウス……シオンの父、現ヴィーグリーズ家の当主であるシリウスは驚きと共に、マグナマーテルの異様な執着に違和感を感じ、牽制の為、その場で自分の息子とも会って欲しいとヴァーミリオン家に持ちかけた。それを見たアーウェルサ家も、同じように縁談を申し込んだという訳だ。つまり、ヴィーグリーズ家とアーウェルサ家は、この時にリーンの存在を知った。マグナマーテルが発端だ」
「……では、マグナマーテルだけが何かを企んでいると?」
「少なくとも、ヴィーグリーズ家はそう思っている。しかもリーンが……“龍姫”が相手ならば、それを守るのは“狼騎士”の使命だ。200年前は、守れなかった……。ヴィーグリーズ家は、ずっとそれを悔やんで来た」
目を伏せたソールを、ルベルは黙って見つめた。
「ルベル、最初は売り言葉に買い言葉でつい何を企んでいるなどと言ってしまったが、貴様もリーンを守りたいだけなのだろう? 貴様の行動から、その意図が読み取れた」
ルベルは拳をギュッと握りしめ、ひと月前にヴァーミリオン家を出た日の前夜、リーンの父ロベルトが、ルベルの元を訪れた時のことを思い出していた。
ひと月前、リーンが縁談話を聞く前日の夜――――――
「ルベル」
深夜、リーンの父親であるロベルト=ヴァーミリオンが、敷地内にあるルベルがいる洞窟を訪れた。
『ロベルトか。どうしたこんな時間に?』
「上等なワインを持って来た。お前の好きなチーズもあるぞ。少し付き合わないか?」
ロベルトはそう言って、洞窟内の片隅にあったテーブルにグラスを置き、ワインを注いだ。ルベルは訝し気な表情を浮かべながらも人型になり、テーブルについた。
準備されたワインに口をつけると、フルーティーで、それでいて深みのある味わいにルベルは軽く頷いた。
「美味いな」
「だろう?」
ロベルトは自分の分のワインを注ぎ、トンとボトルをテーブルに置いた。
「……で、何の用だ?」
ルベルにそう問いかけられ、ロベルトは少し言いづらそうに目を伏せたが、すぐに顔を上げ真剣な表情をした。
「ルベル、リーンを連れて冒険者になってくれないか?」
「は?」
ルベルは、ロベルトが言った言葉をすぐには理解できず、グラスを持ったまま固まった。
「……実は少し前に、新たな迷宮が見つかったと王都で話題になっていたんだ。その迷宮には硬く閉ざされた扉があって、その扉の奥には、“ウルズの泉”があると噂されている」
「ウルズの泉!?」
ルベルは持っていたグラスをテーブルに置き、ロベルトを見据えた。
「発見された迷宮は、あの有名な伝説の迷宮である可能性が高い。お前はリーンからウィーペラを引き離す為に、様々なことを調べていた。その中のひとつ、高い浄化作用があるとされるウルズの泉が、その迷宮にはあるかもしれないんだ。あくまでも噂だが……わたしは、その噂にすら縋りたい。ルベル、お前も同じ気持ちだろう?」
「……」
ルベルは黙っていたが、ロベルトは話を続けた。
「その迷宮は、王命によりギルド協会が管理している。特Aランクの迷宮で、ウルズの泉へと繋がる扉を、まだ誰も開けることができないでいるらしい。だが……古の魔法を操る神獣であるお前になら、その扉を開けられるかもしれない。伝説の通りなら、或いは……。お前はリーンがいないと魔法が使えない。だからリーンを連れて冒険者になり、その迷宮の扉を開けて欲しいんだ。そして……リーンを解放して欲しい」
テーブルの上で握られたロベルトの拳が、微かに震えていた。ルベルはその拳に視線を落としたまま、ずっと黙っていた。
「ルベル、お前ほどの能力があれば、きっとすぐにAランクの冒険者になれるはずだ。そして迷宮の扉を開き、ウルズの泉にリーンを連れて行ってくれ。ウルズの泉の力があれば……この連鎖を終わらせられるかもしれない。ルベル、わたしはお前に……」
ロベルトは握っていた拳にさらに力を込め、強い瞳でルベルを見据えた。
「もうお前に、リーンを殺して欲しくない」
震える声でそう呟いたロベルトに何も言えず、ルベルはただ黙って唇を噛んだ。
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