表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
引きこもり龍姫と隻眼の龍  作者: 鳥居塚くるり
114/114

114 400年の思い

114


「200……年……、まさか、そんな……。俺は……200年も眠り続けていたのか……!?」


驚愕の表情を隠せないルベルに、ウルズがリーンの頭の上から静かに語りかけた。


「眼球の移植には成功したが、移植した眼球に魔力が定着するには時間がかかる。その間、(ちん)が加護を施した泉の水で貴様を包み、凍らせた。普通の氷とは違い、朕の加護によって生命活動が維持できることに加え、細胞が活性化され“不老不死”に近い状態になる。不老のまま魔力の定着は早まるが、それでも目覚めるのに200年かかった」


「そんなにも……」


ルベルはそう呟くと、改めてリーンを見つめた。


「お前は200年もの間……俺が目覚めるのを、待っていてくれたのか」


リーンは微笑むと、ルベルの前に左手を掲げた。


「だってルベル、私に呪いをかけたでしょ?」


「え?」


リーンの掲げた左手の薬指には、紫色の小さな石がついた指輪がはめられていた。


「これは……」


ルベルはハッとした顔をして、ヒドルスに視線を向けた。ヒドルスは、したり顔でフンと鼻を鳴らした。


「指輪の裏に、メッセージが彫られてた」


リーンはそう言うと指輪を外し、改めて彫られた文字を見つめた。そこには、“リーンへ、私の永遠を君に捧げる。ルベル”と彫られていた。


「このメッセージのことを後でグレイスさんに言った時、“まるで呪いやな”ってイヤそうな顔で言われて」


リーンは可笑しそうに笑いながらそう話したが、最後に少し寂しそうな表情をした。


「グレイスさんは……もう、いないけど……」


ルベルは、200年経っているということに一瞬胸が苦しくなった。


「リーン、聞かせてくれないか? あの後……皆が、お前がどう過ごしたのか」


リーンはコクリと頷くと、柔らかい表情をして語り始めた。


「あの後……私はヴァーミリオン家には戻らないで、ここでルベルが目覚めるのを待ち続けるって決めたの。でもね、シオンもシキさんもよくここに会いに来てくれたから、寂しくなかったよ。ていうか! 私が20歳になった時に、あのグレイスさんが結婚したんだよ! しかも相手の女の人は既に妊娠してて!」


「授かり婚というやつか? あのグレイスが?」


「そうなの! でも本人は、“計画通りや”とか言ってたけどね。ホントかどうかわからないけど。子供が生まれた後、改めて結婚式をしたんだけど、私も参加させてもらったよ。奥様、凄く綺麗な人だった。聞けば元ギルドの受付嬢だって! どこで知り合ったんだか……」


リーンは眉根を寄せ、話を続けた。


「私が25で死んで、1度目の転生をしてから、この場所を抜け出してガルムに育てられてたって話をしたでしょ? ヒドルスとアクイラに連れ戻された後、私、野性味溢れてて全然いうことを聞かなかったらしいんだよね……。でもその後、連れ戻されてから1週間くらい経った時かな……シオンがソールと一緒にここを訪れて、私、神獣姿のソールに恋しちゃったの」


「は!?」


ルベルが顔を歪め、ヒドルスは可笑しそうに口の端を上げた。


「あれはなかなかに愉快だったぞ。あのソールもまんざらでもない様子でな」


「リーン……」


ルベルにジトッとした視線を向けられ、リーンは慌てて首を振った。


「もちろん、何もないよ!? 私、当時6歳だったし!」


リーンは弁解したあと懐かしそうに目を細めると、話を続けた。


「それで、ソールの言うことだけはちゃんと聞くようになって、仕方なくソールが私の教育係としてここに住むことになったんだけど、ある日、迷宮内でガルムの縄張り争いが起きて、ソールが様子を見に行ったんだよね。私はこっそりついて行って、その時に滝つぼに落ちたの」


「それで2回目の転生をしたのか」


「うん。その後は異空間と迷宮の間に扉が出来て、簡単には出入り出来なくなったから、長生きしたよ。扉を作る時に、ヒドルスとウルズがこれを掘り起こしてくれたんだ」


リーンはそう言うと、服の下から花の形をしたペンダントを取り出した。


「マリーの形見か」


「うん。新しい封印の扉には、もうこのペンダントは使わないし、私にとっては大事なものだろうから、掘り起こしておいたって」


リーンはペンダントを見つめた後、そっと手の中に握りこんだ。


「私はずっとヴァーミリオン家にかくまわれてて、お母様やお父様……歴代のヴァーミリオン家の皆に育てられてきた。このペンダントはお母様の形見でもあるし、私がヴァーミリオン家にいた証みたいなものでもあるんだ。あの頃は当たり前だと思ってたことが、本当はすごく恵まれたことだったって今ならわかるよ。感謝の気持ちを忘れない為にも、このペンダントをずっと大事にしたいの」


そう言ったリーンに対し、話を聞いていたヒドルスが口を挟んだ。


「ロベルトはロベルトで、ぬしに感謝しておったぞ。“妹と娘と孫を可愛がることが出来るなんて、贅沢過ぎる”と言ってな」


ヒドルスの言葉を聞いたルベルが、顎に手を添えた。


「確かに、ロベルトはリーンを最初は妹として、次は娘として育てたからな」


「リーンが転生してまた赤子になった頃、ロベルトは少し年老いていたからな。あやつにとっては、まるで孫ができたような感じだったんだろう」


「うん、私もお父様のこと“じいじ”って呼んでたよね」


そう言いながら笑った後、リーンは切なそうに目を伏せた。


「お父様はご病気で亡くなられたけど、私は看取ることができたよ」


「そうか……」


ルベルは、リーンを慰めるように優しく頭を撫でた。リーンは顔を上げると、話を続けた。


「ご病気になってから、お父様は一線を退いて、お父様の弟さんの息子さんがヴァーミリオン家を継いだの。ヴァーミリオン家では、その息子さんの子孫たちによってまだ錬金術の研究をしてるよ。えっと、それで、その2回目の転生をした頃かな……ついにシオンが結婚したんだよね。私は小さかったから、詳しい話は後でヒドルスに教えてもらったんだけど、シオンはその頃ヴィーグリーズ家の当主になってて、シオンのことをずっとそばで支えてた秘書の人と結婚したんだ」


「シオンが結婚か。正直、リーンを思い続け、ずっと独身を貫くかと思っていたから意外だ」


「確かに、子供だった私をめちゃくちゃ可愛がってくれたよ。でもね、丁度その頃……」


リーンは少し言葉を詰まらせたが、短く息を吸うと口を開いた。


「シキさんが、王命で行った魔物討伐で、仲間を庇って亡くなったの」


「……っ」


ルベルは思わず黙り込んだ。ロベルトとは違う早すぎる死に、何も言葉が出てこなかった。


「それで……シオンが結構……かなりショックを受けちゃって、本人は隠そうとしてたけど、はた目から見ても弱ってるのは明らかで……。その時、その秘書の女性がシオンをケアしてくれて……。その献身的な姿に、シオンの心が惹かれていったみたい。秘書の人も、実はずっと前からシオンのことが好きだったみたいで、なるようになったって感じだよ」


リーンは、黙り込んだルベルを元気づけるかのように、顔を覗き込んだ。


「それでね、シオンと奥様の間に子供が出来て……その子がシキさんそっくりで、みんな“シキの生まれ変わりだ”って言ってた。ヴィーグリーズ家は、シオンの子孫が今も要人警護の仕事をしてるよ。ソールとルーナも、ヴィーグリーズ家を守ってる。アクイラも、アーウェルサ家の守り神として、グレイスさんの子孫をサポートしてるよ。エルフ族のウララちゃんも、少し大きくなったよ」


龍に比べたら寿命の短いソールたちがまだ生きていることを知って、ルベルは内心ほっとした。


「ところで……アマンダはどうなった? 不老不死になったと聞いた所で、眠りに落ちてしまった」


「アマンダさんは……」


リーンは、国を乗っ取ろうとしたアマンダが、最後には息子であるジークに呪われ、王宮の地下牢に幽閉されていることを話した。


「アマンダさんは、今も生きてるよ。でも……長年呪いに苦しんで、気がふれてしまったの。気がふれてからは、呪いも発動しなくなったらしいんだけど、もう自分が誰かもわからないみたい。今では古ぼけた人形を、“ジーク”って呼んで可愛がってるって……。マグナマーテル家は没落してしまって、マグナマーテル領は別の領地と合併されたよ。呪術の研究は王都に管轄が移されて、アクイラがその責任者になったんだ。あ、そうそう、ルクスさんも元気だよ! 今でも王家の守り神として、フィンの子孫の王族の人たちを守ってる」


「へえ」


ルクスに対して興味がないというようなそぶりを見せたルベルだったが、本当は気にかけていたとリーンにはわかっていた。


「ルベルが目覚めたって聞いたら、きっとすぐにでも飛んでくると思うよ」


「絶対にまだ言うな。しばらくは静かに過ごしたい」


「リーン、これはたぶんフリだぞ」


「ヒドルス!」


ヒドルスの横やりを一喝したルベルを可愛いと思い、リーンは少し笑った。そして一息つくと、ルベルに向き合った。


()()()の仲間は、神獣以外もうみんないない。人間の寿命は神獣に比べたら短いけど、でも、命はずっと紡がれてるの。シオンやグレイスさん、フィンの子孫たちが、このペルグランデ王国を支えてくれてる。それって凄いことだよね」


「……そうだな」


ルベルは、そっとリーンを抱き寄せた。


「お前は……寂しくないか? 俺がお前を不老不死にしたせいで、お前は人よりも多く、悲しい別れを経験することになる」


リーンは緩く首を振ると、口を開いた。


「確かに別れは寂しくて悲しい。けど、それ以上に出会う喜びを知ったよ。()()アーウェルサ家の当主なんて、グレイスさんソックリで、王都に住んでるのに何故かグレイスさんみたいになまりのある喋り方なの。シオンの子孫も、フィンの子孫も、面影がずっと残ってる。たくさんの出会いを経験できる私は、恵まれてるよ」


リーンの言葉に、ルベルは少しホッとしたように息を漏らした。


「命は……思いは紡がれてるんだな。もうずっと昔から……」


ルベルは、まるでリーンがここにいることを確かめるように、抱きしめる腕に力を込めた。


「何度転生を繰り返しても、200年……いや、お前と思いが通じ合ってから400年、ずっと俺を思い続けてくれて……ありがとう、リーン」


「一瞬、ソールに心変わりしちゃったけどね?」


「そうだったな」


目を据わらせたルベルだったが、抱きしめ返してきたリーンの温もりに、すぐに目元が和らいだ。


「ルベル、ルベルが私に永遠を捧げてくれるように、私も私の永遠をルベルに捧げたいんだ。まだ、たったの400年だよルベル。この先もっと、ずっと、ずーっと思い続けるよ、ルベルのこと」


「俺もだ、リーン。お前をこの先もずっと、永遠に思い続ける。愛してる、リーン」


「うん、()()()()!」


リーンはそう言って微笑み、ふたりはどちらからともなく唇を重ねた。この先何十年、何百年もの時を共に思い続けると心に誓って――――。



                  Finis coronat opus.

ちょっと長いあとがき(ネタバレ含みます)


最後まで読んで下さり、ありがとうございました。


この作品は、私の趣味が詰まったものになりました。

神獣たちは、北欧神話を参考にしました。そしてどうしてもラテン語を使いたくて、神獣たちの名前はラテン語にしました。ちなみにルベルは、ラテン語で赤という意味です。ラテン語に詳しい方が読んだら、「何で白龍なのにルベル(赤)なんだ?」と、色々推理出来て楽しいかな?と思ってこの名前をつけました。


私は物語を書き始める時に、まず最終話をどうするかを考えます。“最後はこんな感じで終わらせたい”という目標に向かって書いていくのですが、このお話は途中で二転三転し、書き直しが多かったのを覚えています。


最初、ルクスはあんなお調子者ではなく、リーンを不死にしたルベルを恨んでいる闇堕ち龍の設定でした。そして、アクイラが実は裏でウィーペラに協力していた裏切り者だったという方向性で書いていたのですが、あんまりギスギスさせたくないなぁと思い、結局ウィーペラ以外の神獣は、みんないいヤツにしました。


魔法の詠唱も、最初はラテン語の有名な言葉を魔法の詠唱として使わせてもらおうと思い、ウィーペラの“死を学べ”を“メメントモリ”、ソールの“我に触れるな”を“ノーリー メ タンゲレ”と表記しようとしていたのですが、私の小さな脳みそではその他の詠唱を処理できず、断念しました。おかげで中二病全開の詠唱が出来上がりました。それはそれで楽しかったです。


作中では明言しませんでしたが、ウルズは白文鳥です。ウルズ文鳥ちゃんをもう少し活躍させたかったのですが、出番が少な過ぎました。

そして、ルベルが眠ってから200年後のギルドで話をしていた、やたら明るい冒険者は、カイルの子孫です。カイルはお気に入りのキャラでした。


数ある作品の中、この物語を選んで読んで下さった方々には、感謝しかありません。本当に嬉しいです。ありがとうございます。次の作品も、もう書き始めているので、ある程度書けたら発表したいと思っております。また読んで頂けたら嬉しいです。


長い間お付き合いいただき、ありがとうございました。


鳥居塚 くるり

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ