110 愛するということ
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「ジーク、わたくしの詠唱の後に、風魔法をかぶせて頂戴」
「はい、母上」
「償いを求め、炎は全ての穢れを焼き払う。“罪を知れ”」
「ハリケーン」
アマンダとジークは、先程アクイラとソールがウルズを捕まえようとしていた時のように魔法を重ねた。重なった魔法は巨大な炎の竜巻となり、暗闇の中リーンたちに襲い掛かった。
『大丈夫! 僕が守ってる! 皆、僕から離れないで!』
『氷の飛礫は大気を切り裂く! “氷塊の槍”!』
ルクスが防御を固め、ルーナが古の氷魔法で攻撃した。
「ウォール!」
すぐにジークが土魔法を使い防御のための壁を造ったが、すべては防ぎきれず、アマンダの腕を貫いた。
「……っ!」
「母上!!」
顔をしかめたアマンダだったが、その傷はすぐに癒え、アマンダはニヤリと口角を上げた。
「わたくしを攻撃しても無駄ですわ。なにせ不死なんですもの。けれど、それなりに痛いんですのよ……。氷の飛礫は大気を切り裂く。“氷塊の槍”」
アマンダは、ルーナが放った古の魔法を唱え返した。
『魔の僕よ、その刃は塵と化す! “我に触れるな”!』
いくつもの氷の槍が襲い掛かってきたが、ソールが全てを焼き払った。
『空と大地を結ぶものは、旋風となりて魔を断罪する! “穢れを祓え”!』
アクイラが唱えた古の風魔法により、アマンダたちの周りにつむじ風が舞い上がった。
「シルフィード!!」
ジークは風魔法を唱え、つむじ風の方向を変えたが、古の魔法に対し、あまり効果はなかった。
アマンダも覚えていた古の魔法を駆使していたが、神獣たちのそれには及ばず、確実に押されていた。
「くっ……! さすがに、これだけの神獣を相手にするのは、骨が折れますわね……! ジーク! ぼうっとしていないで、貴方も魔法で応戦しなさい! 全く……役に立たない者は必要ないのですよ!」
苛立ったアマンダが言ったことに対し、ジークはぼそりと呟いた。
「必要ない……ですか」
アマンダはジークを見据えると、小さく息をついた。
「そうですわよ、ジーク。貴方はわたくしの息子だからと、胡坐をかいていていいわけではないのですよ。わたくしからの愛が欲しいのであれば、それ相応の働きをしなくてはならない……それは貴方もよくわかっていることでしょう? 貴方はわたくしからの愛が欲しくて欲しくてたまらないんですものね。ならばわたくしに忠誠を誓い、わたくしの為にその人生を捧げなければなりませんわ。そうすれば、これからもずっと、わたくしが貴方に愛を教えて差し上げますことよ」
アマンダの言葉に、ジークは諦めたように鼻で笑った。
「母上、母上は本当に、僕のことを愛していないのですね」
「え?」
思いもよらないジークの言葉に、アマンダは眉間にしわを寄せた。
「母上は、初めから僕のことなど愛していなかった。僕を、自分の欲望を叶える為のただのコマだと思っていた。僕はそれを認めるのが怖かった。自分の存在を否定され、孤独になるのを恐れていた。だけど認めてしまえば、恐怖は愉悦に、愛は憎しみに変わる」
「何を……言っているんですの、ジーク? 貴方、まさかわたくしを裏切るつもりですの?」
アマンダは警戒し身構えたが、ジークは緩く首を振った。
「いいえ、母上。僕は、この先もずっと、一生、母上と共にいます。僕はまだ……貴方に“愛”を返せていない」
まるで深淵からこちらを覗いているかのような、ねっとりとしたジークの視線に、アマンダは背筋がぞくりとした。
ジークと会話をしていたことで、アマンダの攻撃が止んだ瞬間を、ヒドルスは見逃さなかった。
『ルクス! 今だ! 闇を祓え!』
ヒドルスの声にルクスは頷き、古の魔法を唱えた。
『光は闇を祓い、天は輝きを取り戻す! “黎明の空”!』
ルクスの唱えた古の光魔法により、辺りは徐々に明るくなっていった。そして、まだ残る闇を利用し、死角へと入りこんだヒドルスは、鋭い爪でアマンダの心臓をえぐる為、素早く腕を伸ばした。
「!!」
(まずいですわ! 古の魔法も……詠唱が間に合わないですわ!)
自分に襲い掛かるヒドルスに気付いたアマンダだったが、どうすることもできず身構えるしかなかった。しかしその時、アマンダの目の前にジークが飛び出し、ヒドルスの爪は、アマンダを庇うように立ちはだかったジークを貫いた。
「……ぐふっ」
ジークの吐いた血が、胸を貫いているヒドルスの手にかかったが、ジークの予想外の行動に驚いていたヒドルスは、動くことが出来なかった。ジークは後ろに下がり、自らヒドルスの爪を引き抜いた。
「がはっ……がっ……」
爪を抜いたことで、ジークの胸から大量の血が溢れ出し、瞬く間にジークのローブを真っ赤に染めた。アマンダはその光景を見て少なからず動揺したが、すぐに両手で口元を覆い、わざとらしいほどに声を震わせた。
「ああジーク! なんてこと! わたくしを庇うなんて……貴方が死んでしまっては、わたくしは何を生きがいにすればいいのかしら!」
ジークは、嘘にまみれたアマンダの言葉を鼻で笑ったが、すぐに咳込み大量の血を吐いた。
「ジーク!!」
リーンは思わずジークの名を叫び駆け出すと、よろけたジークを支えた。
「どうして……ジーク……どうしてそこまでしてアマンダさんを庇うの……」
涙目のリーンを見つめ、ジークは血を吐きながらも自嘲気味に笑った。
「……リーン……僕は……僕は……ただ怖かったんだ……。逆らえば、僕はひとりになる……。母上から……愛されてもらえなくなる……。それがたとえ……嘘の愛でも……僕はただ……“愛”を……与えられたかった……」
ジークは血だらけの手でそっとリーンの手に触れ、何かを握らせた。
「ロベルトさんの……解毒薬だ……。彼を……利用してしまったことを……許してほしい……」
そう言うと、ジークはアマンダに向き合った。
「母上……貴方を……誰にも傷付けさせません……。貴方を傷付けていいのは……僕だけだ……」
「え? ジーク何を言って……」
アマンダの言葉を遮るように、ジークは懐から何かを取り出した。ジークは、何処かで見たことのあるような、薄ピンク色の球体を手にしていて、それをくるんでいた布には、やはり何処かで見たことのあるような赤黒い魔法陣が描かれていた。
「ジーク!? それは……!? 何故貴方の手に眼球が……!?」
ジークの手にあったのは、紛れもない蛇の神獣の眼球だった。アマンダは本能的に後ずさりをし、恐れながらも疑問を口にした。
「ウィーペラの情報では……眼球は200年前に既にひとつ使っていて、残るひとつも先程わたくしがリーンさんに呪いを返すために使った……。石像にあった眼球は、全てわたくしが不老不死になる為の錬金術で使いましたわ! その眼球は……一体何ですの!? ジーク!!」
「ウィーペラの……身体は……、父上が……管理して……いました……。その時、に……、次期……領主として……、僕は……蛇の……神獣の……秘密、を……知り、ました……ゲホッ、ゲホッ」
「秘密!? 一体何ですのそれは!?」
ジークは目を細め口角を上げると、アマンダの疑問に答える代わりに、魔法の詠唱を始めた。
「怨嗟の、炎よ……、我が身を……焼き尽くせ。我が……命を苗床に……怨毒の牙を……怨敵に……向けよ……」
ジークが唱えた詠唱は、明らかに先程自分が唱えたものと同じだと気付いたアマンダは、青ざめ声を荒げた。
「やめなさいジーク!! 何を……何を考えているのですか!? 今すぐ、その詠唱をやめるのです!! ジーク!!」
「“魂魄を……喰らえ”」
ジークはアマンダの訴えを無視し、詠唱を言い切った。すると、その身体はすぐに黒い炎に包まれ、そして炎は薄ピンク色の眼球へと集まり、黒い火球となった。
「母……上……、これ……で……、あな……たと……、永遠……に……いっ……」
恐らく“一緒だ”と言おうとしたジークの言葉は、最後まで聞き取ることが出来ず、黒い火球は蛇の形になり、ものすごい速さでアマンダの胸に咬みついた。
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