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引きこもり龍姫と隻眼の龍  作者: 鳥居塚くるり
102/114

102 妄想

102


私は目を瞑ったまま、動けずにいた。ドキドキと鼓動が速くなり、落ち着くために深呼吸をした。


(昔のことを考えるのはやめよう。何か、楽しいことを考えよう)


そう思い、私は本棚に目をやった。大好きな物語がずらりと並ぶ本棚を見ると、それだけでワクワクとした気持ちになった。


お稽古が嫌で、お母様の部屋に逃げ込んだように、私はよく本の中に逃げた。私が知ってるちっぽけな世界を、本は大きく広げてくれた。笑ったり泣いたり、ハラハラしたりほっこりしたり、色々なことを想像して、気持ちが忙しく揺れる時間が好きだった。


たくさんの物語の中でも特に、“聖ピオニー学園七不思議”という学園モノが好きで、昼夜を忘れて読みふけった。


(何回読んでも、いつも同じ所で泣いちゃうんだよね……)


私は本棚からピオ七を手に取り、ページをめくった。何度も読んでいる本だったけれど、本棚に寄り掛かったまましばらく読み進め、いつも泣いてしまうシーンで、また涙を流した。


(この、アカぴーとミミっぺがケンカして仲直りするシーン、本当にいいなぁ……。胸がグッと熱くなるよ。フィンの部屋で見た、このシーンを再現した人形、ホントに凄い完成度だったなぁ……)


そう思いながらページをめくろうとした私の指が、ピタリと止まった。


(フィンって、誰?)


生まれてから今まで、私は学校にも行かず、ずっとヴァーミリオン家の屋敷にいた。お父様とお母様、ハンスにイレーナ……私の周りには、フィンなんて人はいない。


(新しいメイドの人? ううん、私のそばには、小さい頃から馴染みのあるメイドさんしかいない。何でこの名前が出てきたんだろう)


頭の中にモヤがかかったように、すっきりとしなかった。思い出そうとすると、何故か不安な気持ちになり、私は思わず胸の辺りに手をやった。いつも肌身離さず着けていた、お母様から貰ったペンダントに触れようとしたが、そこに探しているものはなかった。


(あ、あれ? ペンダントがない。シオンにチェーンをつけてもらったのに……)


そしてまた、私の動きが止まる。


(シオンって……誰?)


ドクドクと鼓動が速くなり、私は思わず胸に当てた手を握りこんだ。


(どうして知らない人の名前が浮かんでくるの? 違う、知ってる。シオンには双子のお姉さんがいて、シキさんっていうかっこいい女の人で……、違う、知らない。だって私は友達なんていないから、キャロルさんに“友達になりたい”って言われた時だって……だからキャロルって誰!?)


私は酷く混乱した。知らないはずの人たちが、私の記憶をかき回した。


(キャロルさんは最初シオンのこと好きだったけど、カイルにプロポーズされて……。カイルって……? 私は知らないはずなのに、私は、ずっとひとりで、人間よりも、どちらかというと魔物相手の方が緊張しないし、ソールだって最初魔物だと思って……ソールって誰なの!? 知らない、知ってる、ソールは神獣で……神獣……)


ズキリと胸に痛みが走り、私は激しく首を振った。


(神獣……ソール、ルーナ、アクイラ……ルクスさん……いやだ、いやだいやだ思い出したくない)


私の心とは裏腹に、私の脳裏に、白い髪の端正な顔立ちをした男が鮮明に映し出された。まるで夜空に浮かぶ満月のような片方だけの金色の瞳は、私を見つめ、そして形のいい唇から聞きたくない言葉が紡がれる。


“お前といることだけが、俺の幸せじゃない”


涙があふれ、私は膝から崩れ落ちた。


(ルベル……)


私がまだ小さかった頃、お父様に連れられて敷地内にある洞窟に行った。そこには巨大な隻眼の龍がいて、ヴァーミリオン家の守り神だと教えられた。小さかった私はその時のことをよく覚えてないけれど、片方だけの金色の瞳を見て、怖がることもなく、“きれい”と言って笑ったとお父様に教えてもらった。


私のそばには、いつもルベルがいた。私は“龍姫”だから魔力があって、その魔力を神獣であるルベルに分け与えているから、ずっとルベルのそばにいなくちゃならないと言われた。ルベルといることが当たり前で、離れるなんて考えたこともなかった。


“お前といることだけが、俺の幸せじゃない”


そんな言葉を言われるなんて、まるで思いもしなかった。


お父様に結婚するように言われて、私はルベルと一緒に逃げることを決意した。私の知っている小さな世界を飛び出して、()()()為に……。


なりたくもない冒険者になって、やりたくもないクエストを受けて、私は()()()()いった。新しい出会い、知らない人との交流、私には初めてのことばかりで、苦痛で逃げ出したいと何度も思ったけど、いつもルベルがそばにいて、見守ってくれていた。


そして、私は200年前のこの国の王女で、ルベルに恋をしていたということを思い出した。人間と龍だったけれど、私たちは思いを寄せ合い、互いになくてはならない存在になった。“ルベルと愛し合っている”こと……そのことが、今の私の心の支えになっていた。ルベルが好き。ずっと一緒にいたい。ルベルと生涯を共に出来たら、私はとても幸せ。きっと私は、そんな自分の気持ちにばかり夢中になっていて、ルベルの()()()()()なんて見えてなかったのかもしれない。


泣き崩れている私の前に、影が落ちた。見上げるとそこには、ウィーペラが佇んでいた。


「どうして冒険なんてしたのかしら? ずっと家に引きこもっていれば、何も知らずに()()()()()


ウィーペラは私を見下ろしたまま、言葉を続けた。


「死んで、何もかも忘れて、また“リーン=ヴァーミリオン”として生まれ変わって、15年好きなことをして過ごせばいい。傷付くことも、恐れることもない。愛する人に殺してもらう人生なんて、最高じゃない」


「最高なんかじゃない! 私を手にかける度、ルベルが傷付くんだよ!」


思わずそう叫んだが、ウィーペラは呆れたように鼻で笑った。


「ルベルが愛していたのは200年前の貴方で、今の貴方じゃない。私の呪いをとこうとしてるのも、自分がしてしまったことへの責任感からであって、貴方への愛情からじゃない。貴方といることだけが、ルベルの幸せじゃないのよ」


目の前が真っ暗になった。暗闇の中、ぼんやりとルベルの姿が浮かび、冷たい金色の瞳が私を見据えていた。


「お前といることだけが、俺の幸せじゃない。何を勘違いしている。200年前のお前は王女だったが、今のお前はどうだ? 学校にも行かず、ひとりじゃ何も出来ないただの引きこもりを、俺が好きになるとでも思っていたのか? おめでたいな」


「ルベル……」


「そんな目で見るな、うっとおしい」


ルベルは煩わしそうに頭を掻くと、今まで見せたことのないような表情で嗤った。


「もうすぐお前の16歳の誕生日だな。またお前を殺せると思うと、嬉しくて涙が出る」


(違う……違う。ルベルは絶対にそんなこと言わない。こんな表情(かお)絶対にしない)


これは私の妄想だと、頭では理解していた。でも、それでも、私の心はどろどろとした()()で覆いつくされ、良くない妄想は消えてくれなかった。


「いいか、何度でも言ってやる。お前といることだけが、俺の幸せじゃない」


ルベルの言葉が頭の中をこだまする。


(いやだ、聞きたくない)


「魔力を貰う為に仕方なく一緒にいるだけだ」


(聞きたくない、聞きたくない)


ルベルの気持ちがわからなくて、不安で、確かめたくて、その結果私は後悔した。訊かなければよかった。知らない方が幸せだった。何も知らないままがよかった。


耳を塞ぎ小さくうずくまったその時、どこからか自分を諭すような声がした。


『わしは不死身を受け入れている。愛する者と共に生きる覚悟を決めている。たまにはすれ違うこともあるだろう。だが、一生涯一緒にいるのだ。互いに歩み寄り、互いに努力していかねばならない。今回のウルズのように、引きこもっていては何も解決しない』


(不死身……? 引きこもる……?)


私は耳を塞いでいたけれど、その声は否応なしに私の鼓膜を震わせた。


『聞こえておるのだろう、リーン! ぬしに言っておるのだぞ!』


(ヒドルス……!)


私と同じ、不死身のヒドルスの声だった。そのすぐ後に、また私を呼ぶ声がした。


『リーン!!』


(……ルベル!)


私の妄想じゃない、本当の、本物のルベルの声だった。私は思わず立ち上がって、暗闇の中ルベルの姿を探した。


毎週土曜日に更新予定です。

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