10 本音
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温泉があるという洞窟に行く道中、リーンとシオンは並んで歩いていた。
『シオン、お前はどうして冒険者をしている?』
「え?」
ルベルは、懐かしさの真相を探るべく、シオンの情報を集めようとしていた。
「うーん、ほぼ成り行きなんだけど……。おれ、会ったこともない人との縁談を親に勝手に決められて、めんどくさそうだったからプチ家出してるんだ」
「え!?」
(縁談がイヤで家出って……私と同じ?)
リーンは、シオンに対して親近感が湧いた。
(縁談を親が決めたということは……シオンは一般家庭の生まれではないのか。貴族や……リーンと同じ領主の息子という可能性もある。だが迂闊には訊けないな……。逆にこちらのことを訊かれても困る)
『それで生活の為に冒険者になったのか。だが、いずれは家に帰るのだろう?』
ルベルは慎重に話を進めた。
「うん……そう、かな。リーンは? どうして冒険者になったの?」
シオンは少し曖昧な返事をした後、リーンに話を振った。
「えっ!? えっと……」
(シオンと同じで……知らない人と結婚したくなかったから……)
「しら……し……社会勉強、の、為……かな」
「へー、偉いね。おれとは全然違う」
シオンが尊敬するような眼差しを向けたので、リーンは思わず目を逸らした。
(うう……全然偉くないんです……)
本当のことを言えず、リーンは後ろめたい気持ちを抱えたまま、重い足取りで温泉へと向かうのだった。
しばらく歩いて、温泉があるという洞窟に辿り着いた。そこは冒険者の憩いの場になっているらしいが、まだ早い時間だったので、リーンたちの他には誰もいなかった。
洞窟内にあるという温泉は、女湯と男湯にキチンと別れていて、入り口も別々だった。リーンはキャロルと共に、女湯へと進んだ。中は割と広く、自然の岩に囲まれたような湯船には、透明のお湯が沸いていた。
「あー久しぶり! やっぱりお風呂って気持ちいい~!」
キャロルは服を脱ぐと早速お湯に浸かり、はぁーと気持ち良さそうに目を細めた。
「何してるの? 入らないの?」
「はっ、はいっり、ますっ……」
リーンは未だ服を着たままモジモジしていた。
(お、女同士とはいえ、そんなに仲良くない人の前で裸になるって……めっちゃ恥ずかしくない? しかもキャロルさんナイスバディで、目のやり場に困るんですけど!)
のろのろとローブを脱ごうとしているリーンを見つめ、キャロルは本題に入った。
「ねぇ、あんたって、シオンのことどう思ってるの?」
「え?」
「店員と間違えたって言ってたけど、本当はシオンのこと狙ってるんじゃないの?」
「狙ってる……?」
リーンは、言われた言葉をすぐには理解できず、数秒考えた。そして何かに気付いたように目を見開くと、慌ててキャロルに向けて両手を振った。
「え!? いやいやいやいや!! 狙ってません!!」
「……ふうん? その割には、チラチラ見て恥ずかしそうにしたり、上目使いしたり……。いかにも、か弱くて庇護欲をそそる女っていう所作が、あざとくてムカつくんだけど」
「あっ、いやっ、それはっ、その……わ、私、人が苦手で!! 決してそのようにしようと思ってしている訳ではなく!! ましてや邪な気持ちで接してなど!! す、すいません!! すいません!!」
「そうやって、意味もわかってないくせにすぐ謝る所もムカつく」
キャロルはペコペコと頭を下げるリーンに対し、イラついた。
「す、すいま……」
(あ、謝ったらムカつくって言われたんだった……)
リーンは言葉を途中で切り、黙り込んだ。
(ど……どうすればいいの? もう嫌だ、帰りたい。逃げたい。私がここにいてもキャロルさんが不快になるだけなら、視界から消えた方がお互いの為だよ……)
リーンはそう考え、キャロルを残しその場を去ろうと思った。しかし、キャロルはそんなリーンに向かい、引き留めるように口を開いた。
「あたしはシオンが好き」
リーンが驚いてキャロルを見ると、唇を引き結び、少し赤い顔をした彼女が強い光を宿した瞳で見つめていた。
「出会ったのは最近だけど、でも出会った頃からシオンのことが好き。そばで、シオンのことを見てきたからわかる。シオンは……あんたに興味を持ってる」
リーンは、黙って話を聞いていた。キャロルの瞳が震え、少し泣きそうな表情になったので、なぜか胸がギュッと締め付けられた。
「シオンは、今まで何にも興味を示さなかったのに……あんたに対しては積極的に話しかけて、あんたのことを知ろうとしてる。あんたのこと、実家の犬に似てるって言ってたけど、それだけじゃないような気がする」
「え……犬、ですか?」
リーンは思わず顔をしかめた。
「なによ、不服なの!?」
「いっ、いえ!! 滅相もございません!! 私なんか犬畜生で十分です!!」
キッと目元を吊り上げたキャロルに、リーンは慌てて自分を卑下したが、そんなリーンを見て、キャロルはそっと目を伏せ小さな声で呟いた。
「例え犬でも……それでも、シオンに気にして貰えるあんたが羨ましい」
「キャロルさん……」
キャロルから零れた素直な言葉は、リーンの胸を再びギュッと締め付けた。
(キャロルさんは、可愛くて、スタイルも良くて、魔法も凄くて、シオンやカイルとパーティを組んでるリア充なのに、なのに……私なんかのことが羨ましいだなんて……)
リーンは、いつも服の下に忍ばせているペンダントに手を当て、キャロルを見つめた。
(キャロルさんみたいな人は、私なんか眼中にないと思ってた。いつでも自信たっぷりで、普通にしてるだけでみんなに認めて貰えて、きっと悩みなんかなくて、自分とは違う世界の人だって勝手に考えてた。だけど……)
胸がざわざわとし、リーンは目を伏せているキャロルのそばに歩み寄った。しかしその時、キャロルのそばで何かが蠢いた。
(えっ……?)
「……とにかく、そんな訳であたしはあんたが嫌いよ。悪いけど……」
キャロルがそう言いながら風呂から出ようとしたのを、リーンが大声で止めた。
「動かないでキャロルさん!!」
「は?」
突然リーンに怒鳴られ、キャロルは眉間にしわを寄せた。しかし、自分の周りから奇怪な音が聞こえ、視線を向けたキャロルは息をのんだ。
「ひっ……」
キャロルは、いつの間にか無数の蛇に囲まれていた。湯船を囲む岩場で蠢いている蛇は、そろそろとキャロルに近付いていた。
「バイパーです! 警告音を出しているので、迂闊に動いたら攻撃されます!」
「そ、そんな……どうしてこんな所にバイパーが!? ど、どうすれば……」
キャロルは、岩場に置いてある自分の杖に目をやった。その様子を見たリーンは、首を振ってキャロルを止めた。
「ダ、ダメですキャロルさん! 動かないで下さい! バイパーに噛まれてしまいます!」
「だからって、ここでじっとしててもこんなに数がいたらどの道噛まれるわ!」
キャロルはそう叫ぶと、迷わず杖へと手を伸ばした。
「キャロルさん!!」
杖へと伸ばされたキャロルの手を目掛け、近くにいた1匹のバイパーが襲い掛かった。
「っ……!」
リーンは咄嗟に手を伸ばし、渾身の力でキャロルを引っ張ったが、バイパーの動きは素早く、そのままキャロルの手に噛みついた。
「いっ……!」
すぐに激痛が襲い、キャロルは噛みついたバイパーを引き剥がそうと胴体を掴み引っ張った。しかしバイパーは離れず、キャロルは苦痛に顔を歪めた。リーンはキャロルの手を掴み、バイパーごとお湯に浸けた。するとバイパーはキャロルの手から牙を抜き、水面へと浮上した。
「な、何で……」
「バイパーは水中では息が出来ません! だから、水中に沈めれば呼吸の為に離すんです!」
リーンは噛まれたキャロルの傷口を確認し、自身の荷物から小瓶を取り出した。小瓶の中には紫色の粉のような物が入っていて、その粉をキャロルの傷口に振りかけた。キャロルは激痛に襲われながらも、何とか意識を保とうとしていた。
「バイパーの毒は危険です! これはあくまでも応急処置なので、早く病院に……」
そう言いかけたリーンだったが、その時興奮したバイパーの警告音がひと際大きくなり、リーンたちに向かい牙を剥き出しにした。
「!? 急に、どうして……」
リーンがごくりと喉を鳴らした時、背後で何かの気配を感じた。リーンがゆっくりと振り向くと、そこには、銀色の毛にガーネットのような綺麗な赤色の瞳をした、巨大な狼の姿があった。
「え……」
バイパーは、突然現れたその巨大な狼に狙いを定めているようだったが、当の狼はバイパーには目もくれず、真っ直ぐリーンを見つめていた。
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