トライアングルレッスンM アクシデント
「もしもし、ゆいこ?お前、今どこにいるんだよ?」
スマホを耳に押し付けて、雑踏の中、彼女の声に耳を澄ます。
今日はバレンタイン。
ゆいこのたっての希望で、俺とひろしは待ち合わせ場所で彼女が来るのを待っていた。
『ごめん、ごめん、電車に乗り遅れちゃって。今、カフェの前。もうすぐ着くよ。』
「なんでそう抜けてんだよ、お前は。しっかりしてくれよ」
申し訳なさそうに、でも楽しそうに謝るゆいこの声に、俺は呆れながら、ひろしに目を写した。
「今、カフェの前だって。」
ため息交じりにそう伝える俺に、ひろしが「しょうがないなぁ」と優しい苦笑いをその整った顔に浮かべる。
『会えるの楽しみ!久々だよね!』
耳にくっつけたスマホから響いて来るゆいこの楽しそうな声に、俺も思わずつられて微笑んだ時だった。
キキーッというブレーキ音に続いて、金属とガラスがぶつかって砕ける音が衝撃と共に聞こえて来る。
俺はびっくりして顔を上げた。
ほんの百メートルも離れていないその場所で、大型トラックがショーウインドウに突っ込んでいるのが見えた。
「おい、たくみ・・・あれって・・・っ」
隣でひろしが俺の肩をガシッと掴んだ。
あの場所は・・・・今ゆいこがいると言っていたカフェ?
「おい、ゆいこ!?ゆいこ!!」
俺は必死でスマホを耳に押し付け声を荒げる。
向こう側からはなんの応答もない。
恐怖で足が震えだす。
崩れ落ちそうになるのを必死に堪えた。
「たくみ!行くぞ!」
ひろしが俺の腕をひっつかんで、走りだす。
俺ももつれそうになる足を必死で動かしてひろしに続いた。
事故現場に集まりつつある野次馬を突き飛ばすようにかき分けて、俺とひろしはトラックが突っ込んだカフェのウインドウ前に駆けつけた。
「ゆいこ!!!」
「ゆいこ、どこだ!?」
周りの喧騒に負けじと大声で、俺とひろしがゆいこを呼んだ。
最悪の事態が頭をよぎり、冷たい汗が背筋を伝う。
「ゆいこ!」
トラックの反対側に回り込んだひろしが、一段と大きな声で叫ぶ。
俺は心臓を鷲掴みにされてでもいるように血の気が引いて行くのを感じた。
恐る恐る、震える足でひろしの元へと歩み寄る。
そこには・・・・顔面蒼白で地べたに座り込むゆいこがいた。
「ゆいこ!?」
ひろしがゆいこに走りよった。
「あ・・・・ひろし・・・たくみ・・・」
ゆいこが呆然と俺らの名前を呼んだ。
「怪我は!?」
「大丈夫・・・・びっくりして・・・」
ゆいこの震える声を聞きながら、気がつくと俺はゆいこを抱きしめていた。
「た、たくみ・・・?」
「ふざけんな・・・・心臓、止まるかと思った・・・・」
ゆいこの無事な姿に安心したからか、涙が溢れだす。
「たくみ・・・?泣いてるの?」
「・・・泣いてねえよっ・・・」
俺はさらにゆいこをきつく抱きしめた。
後頭部にゆいこの小さな手が回されるのを感じる。
「お前ら・・・ここが公衆の面前だってこと・・・忘れんなよ・・・」
ちょっと呆れたようなひろしの声を聞きながら、俺はゆいこの存在を確かめるようにさらにきつく抱きしめた。






