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Rêverieレヴリ【夢想えば君がいる】

作者: 浜風 帆

女x2 男x1 (又は男x2 女x1)の朗読劇をイメージしています。


登場人物

・猫のユキポン

・倉辻未奈

・親父声の首輪

#1、僕、猫のユキポン


また、雨が激しく降り出した。

何回目の大雨だろうか。

どれぐらい雨の日が続いているだろうか。

やまない雨に心が痛む。


窓を激しく叩きつける雨音が、僕の心をも打ち付ける。

僕は窓辺に座り、外をじっと見て考えていた。

僕に何ができるだろうか? と。


首輪  :なに もの思いにふけってんだよ!

ユキポン:うるさいにゃー!


窓に反射する自分の姿。

白い毛並みに黄色い目。

小さな白猫の姿。

これが僕の姿。

倉辻未奈(くらつじみな)、彼女の思い出の中に住む僕の姿。


未奈ちゃんが子供の頃、僕を拾い、白くて雪のようだからシロユキという名前をくれた。

うん、わりとカッコいい。


なのに、いつもユキポン、ユキポンって呼ぶんだ。

せっかくシロユキってカッコいい名前つけてくれたのに……。


でも単純な未奈ちゃんらしいや。それに笑顔でユキポン、ユキポンって呼んでくれたし。ま、その呼び方も満更ではないかな。

彼女に育てられ、ユキポン、いやシロユキとして12年生きた僕。

ある夏の日の夕方。僕は未奈ちゃんに見守られながら天寿を全うした。

燃える茜色の空に濃紺の帷がかかる。

ねっとりと生ぬるく重い空間が世界を包み、心の中に、この世とあの世が交じりあった。

永遠の時を孕む一瞬。逢魔が時。


天使は来なかった。だけど光の筋が僕を導き、そしてお母さんだろうか? 僕と同じような白猫がやって来て頬を撫でてくれた。お母さんの事なんて何も覚えてないけど、何だか懐かしい気がして優しい気持ちになって、このまま一緒に光に導かれ消えていいと思ったんだ。


だけど、未奈ちゃんの涙がこぼれて、僕の心に落ちて来た。そして僕は彼女の心にしがみ付いた。


ユキポン:未奈ちゃん ……まだここにいたいよ。未奈ちゃんといたい。別れたくないよ


それから5年。僕は思い出にしがみついて未奈ちゃん心の奥に住んでいる。未奈ちゃんも大人になり色んな事があった。僕は、彼女の心の奥底で未奈ちゃんと同じように、喜び、楽しみ、怒り、悲しみ、いろんな感情を共に感じ、一緒に過ごしている。


そして、ここ1ケ月。

未奈ちゃんの中で悲しみの雨が降り続いていた。

窓の外の雨脚は幾分弱くなったものの、暗く渦巻く雨雲が不安にさせる。


ユキポン:行こう!

首輪  :待てよユキポン。ここを出て行ったら、もう戻って来れなくなるかもしれないぜ。


首筋、可愛い丸い星柄模様をあしらった首輪がチクリと痛む。


首輪  :どうせ何も考えてないんだろ?

ユキポン:……ゥ〜

首輪  :図星だろ。全く、だからお前はいつまでもユキポンなんだよ。

ユキポン:にゃー! お星の首輪のくせに。お前に言われたくないにゃー。

首輪  :にゃー、じゃねえよ。まったく。この高貴な輝く星の首輪に対してなんて口の利き方だよ。


首輪のどこに口があるのか分からなかったけど、未奈ちゃん手作りのこの首輪、いつからか勝手に喋り出すようになっていた。

しかも偉そうに。

しかも親父声。


首輪  :おい、分かってるのか? ユキポンは思い出にしがみついてんだ。その思い出を壊すと、もう戻れなくなるかもしれないんだぜ。

ユキポン:それでもいいにゃ、僕に何かできるにゃら。ずっと、ずっと、ずっと考えてたにゃ。僕はなんでここにいるんにゃ。僕は何で……

ユキポン:ほんの少しでも未奈ちゃんのために何かしたいにゃ。僕だってやるんにゃ!

首輪  :待てよ。何か考えとかあるのかよ?

ユキポン:……ウーーーーーーーー、にゃい!

首輪  :はぁ?

ユキポン:それでもいいにゃ、行くにゃ!

首輪  :いや、待てよ。だから勝手に出て行ってイメージが壊れると消えるって言ってんだろ。

首輪  :消えるって、お前、消えるってことで。もう一回死ぬのと同じだぞ。

ユキポン:……ゥ〜

首輪  :だからお前はユキポンだっての。な、よく考えろ。呼ばれるまでここにいろって。そのうちまた呼ばれるかもしれないだろ。

ユキポン:うるさい、うるさい、うるさいにゃー。ぼくは行く!

首輪  :消えたらどうすんだよ!!

ユキポン:フーー、フーー、知らないにゃ。

首輪  :俺はどうすんだよ。

ユキポン:消えるのは僕だけでいいにゃ。

首輪  :いや、ちょと待て。落ち着けユキポン。俺、首輪。ユキポンが消えたら、俺、動けない。っていうか首にハマってない首輪って何?

ユキポン:……知らにゃい。

首輪  :いや、知らにゃいじゃないから。俺の命もかかってんだからな。

ユキポン:……知らにゃい!

首輪  :おーーーーい


……僕は行くよ!! 行かなきゃ。大好きな未奈ちゃんのために。


窓の外は相変わらず暗い。

立ち込めた黒い雲が時間の感覚を狂わせる。

だけど分かる。もうすぐ逢魔が時。

僕は行く。



#2、私、倉辻未奈


大粒の雨が顔に「ボタリ」と落ちてきた。空まで届きそうな大杉の木々、その合間からドス黒い雲のうねりが見える。大杉の間の林道を歩いていた私は、一度足を止めて空を見上げた。


真っ直ぐにそびえる大杉の幹。その一つ一つが力強く凛とそびえ立ち、まるで天まで届いているよう。土の匂いがする。風の質が変り、冷たい風がふいた。木々がサワサワと騒ぎ出す。


自分が小さく小さくなる。まるで蟻。ちっぽけな蟻。そんな感覚になる。

ううん、いっそのこと蟻の方がよっぽどいいのかも。力強い。それに比べて、今の私には何もない。何も。


また「ボタリ」と落ちてきた雨粒は、「ボタリボタリ」と間隔をつめ、あっという間にザザーッと激しい雨へと変わった。

雨脚が世界を仄白く染める。

私は力なく歩いた。


一つに結んだ髪は濡れ、もうすでにその毛先から水滴がポタポタを落ちていた。

チュニック丈のパープルブラウスは雨に濡れてその色の濃さを増し、紺のロングスカートは足に張り付いた。


消えてしまいたいだけなのに。この雨に溶けてしまいたいだけなのに。

雨粒が痛い、寒い、張り付く服が気持ち悪い。

感覚は正直に私に訴えかけてくる。




1年半付き合っていた彼と分かれた。


何がいけなかったのか? 

どこで気持ちがすれ違ったのか? 

元々、あの人に気持ちなんてあったのだろうか?


ピアニストを目指してた彼には、新しい彼女ができた。彼女もまたピアニストを目指していた。

二人で連弾している姿を見て、私の居場所がないことを知った。 私はピアノが弾けない。手も足も出なかった。


私はただ好きな人を支えたかっただけなのに、そういうのは時代遅れらしい。

誰かに喜んでもらいたい、そう思って通っていた調理師学校もただ空いだけ。


……違う、誰かにじゃない。やっぱり彼に喜んでもらいたかったんだ。

その想いだけが、虚しく心の奥底に消えずに残っている。


遠くで稲妻が走り、遅れて雷鳴が轟いた。

やがて、少し開けた場所に出た。片側には菖蒲の花に囲まれた寂しげな東屋。

私はその東屋に入り濡れたまま長椅子に腰掛けた。滴が体からポタポタと落ちて足元に水たまりを作る。

雨は強さを増し、東屋の中にまで吹き込んでくる。

寒さに体が震えた。


未奈  :……バカみたい


これほど今の私にしっくりくる言葉ってない。


未奈  :……バカみたい。


言葉は消えていくのに、バカな私だけが残る。

子供じゃあるまいし、いい大人が気持ち悪い。

でも……


未奈  :……バカみたい。


それが、今の私の全てだった。


ユキポン:風邪ひくにゃ。

未奈  :エッ?

 

やけに甲高くか細い声が雨の音に混じって聞こえた気がした。

周りを見回したけど誰もいない。

気のせいかなと思った時、雨の中から白い塊が東屋にやった来た。


未奈  :……猫? 化け猫?


水に濡れた毛が体に張り付き、まるで生まれたての子猫の様にも見える。

細い足に華奢な体。今にも倒れそうなその体で、ヨロヨロとやってきた。口にはビニール製の水泳バックを持っている。

……白猫だ。


その白猫は水泳バックを置くと。体を振って、体の水滴を飛ばした。毛がいくらかフワッとし、猫の姿を少し取り戻す。そして、水泳バックの中からベージュのタオルを咥えて取り出すと、トコトコと私の前までやって来て、そっとタオルを置いた。


未奈  :……何?


……あ、その首輪。

濃い青に黄色い印の手作りの首輪。

白猫が見上げて来た。


未奈  :ユキポン?


私はびっくりして声が裏返った。水に濡れた姿だから分からなかったけど、その首輪、そしてその白い毛はやっぱりユキポンだ。

そっと手を伸ばす。


ユキポン:シロユキだにゃー。

未奈  :エッ??

ユキポン:シロユキだにゃーって言ってるにゃー。

未奈  :しゃべった?! ね、猫がしゃべった!


私はびびびびびっくりして声が2オクターブ裏返った。

混乱して、そっと手を引っ込める。

……しゃべったよね?! いま。




#3、俺、首輪


倉辻未奈様が、怯えた様に手を引っ込める。

えー、俺、星柄の首輪です。よろしく。


首輪  :だから言っただろ。しゃべるんじゃないって。


俺は首筋から、小声でユキポンにささやいた。


首輪  :どうすんだよ。ユキポン。


ちょっと興奮しているユキポンが後ろ足で首筋を掻いた。


首輪  :……イタイ、イタイ。爪が俺に当たる!


ユキポンが気合を入れて、未奈様に向き直った。


ユキポン:あのー、ユキポンでいいにゃー。

未奈  :ヒッ! やっぱりしゃべった。


ユキポンが一歩近くと、一歩下がる未奈様。


未奈  :……何? ……誰?


と怯えた様に呟く。


ユキポン:僕にゃー、シロユキにゃー、ユキポンにゃー」


彼女はさらに一歩後退さった。


未奈  :……違う。ユキポンはそんなこと言わない」

ユキポン:……ウッ

未奈  :猫は喋ったりしないの。

ユキポン:……あのー、にゃー」

未奈  :誰?


未奈様のするどい一言で、ユキポンの声は遮られた。

……かーー!そう来ましたか。

俺は手を額に当てて天を仰いだ。手も額もないけどね。首輪だから。

どうすんだよ。これ。


そのまましばらくユキポンと未奈様は見つめ合っていた。


ユキポン:どうしよう?


ユキポンの呟きが聞こえる。

何も考えてなかったらしい。

くーーー、なんともユキポンらしい。

かーーー、そしてなんかダメらしい。


……どうする、どうする、どうする、俺。

よし、俺がしゃべって説明するか。いや、そりゃねえな。首輪がしゃべるって猫よりやばい。うーーーん。


首輪  :おい、どうするよユキポン!!

ユキポン:いいからタオルで髪拭くにゃ。風邪ひくにゃ


ユキポンは俺の言葉を無視して未奈様に話しかけた。

未奈様が怖がって、また一歩さがる。


ユキポン:もういいにゃーーーー!


ユキポンはそう言うと何歩か下がって、後ろを向いてふて腐れた。眉間にシワが寄っている。


首輪  :おーい、ヤケを起こすな。な、だから、猫が言葉をしゃべるんじゃないってあれ程言っただろう。

ユキポン:だってしゃべれるんにゃもん。未奈ちゃんの心の中だから通じるんにゃもん。

首輪  :だから、ニャーニャー言っとけば良かったんだよ。猫なんだから。猫がしゃべるなんてありえねえ。

ユキポン:うるさい。首輪のくせに。

首輪  :高貴な星の首輪に対してなんて口を!

ユキポン:あーあ、普通、もっと感動的に喜んでくれたりしにゃい? にゃんだよ。にゃんだよ。


そういうとユキポンはクルッと丸まって、本格的なふて腐れに入った。


ユキポン:フーー


と癖で低い声が漏れる。


首輪  :おい、どうするんだよ。このままだと俺たち消えちまうかもしれないぞ」

ユキポン:フーー、フーー、フーー


ユキポンの眉間のシワがますます深くなる。


その時ユキポンの頭の上にタオルが優しくフワッと掛けられた。


ユキポン:ニャ?!!!!!

未奈  :ごめん。やっぱりユキポンだ。フフ


俺はユキポンと一緒に優しくタオルで包み込まれて持ち上げられた。


未奈  :すぐ不貞腐れるんだから。


そう言って未奈様は顔の前までユキポンを持ち上げた。




#4、ユキポン


ユキポン:にゃっ


僕は急に体が浮いてビックリした。

そして、未奈ちゃんと目があった。

少し笑ってる。


未奈  :ほら不貞腐れ〜〜


と言って未奈ちゃんが、僕の眉間を触ってくる。


ユキポン:シャー、やめてよいつもいつも。

未奈  :フフ、この眉間のシワ。やっぱりユキポンだ

ユキポン:遅いよ!

未奈  :だって、猫はしゃべらない!


未奈ちゃんが、抱きしめてくれる。

……ニャッ! 未奈ちゃんの方が体冷たいよ。

だけど、未奈ちゃんはそんな事気にせず、背中をワシャワシャ拭いてくれる。


ユキポン:にゃにゃにゃにゃにゃ

未奈  :ほら、じっとしてユキポン。


背中もお腹も、足の先も首の下も。最後に頭をワシャワシャ、耳の周りをよく拭いてタオルをどけると未奈ちゃんとパっと目が合う。

ぼく覚えているんだ。

この感じ。




その夕立降る夏の日に、生まれたての僕は箱の中にいた。

暑い夏なのに雨が冷たくて冷たくて冷たくて。

でもね何も知らないぼくは、こんなもんだと思ってたんだ。


何もないんだな、

消えてしまうんだな、

僕はいなかったんだなって。


そう思って

夕立の雨粒に少しずつ消えていく僕を、

僕は静かに待っていた。


………………キエル

…………キエル

……キエル


小学生の未奈ちゃんに、そっと抱いて持ち上げらるまでそう思ってた。

ベージュのタオルでワシャワシャ拭いてくれて。

最後に耳の周りをよく拭いて、パッと目があったんだ。


未奈  :シロユキ。うん。白くて雪のようだからシロユキ。


小さな未奈ちゃんは、泣いてる様な笑ってる様な顔でそう言った。

……シロユキ。それが僕の名前。


未奈  :ごめんね。ごめんね。……シロユキ。


そう言って、未奈ちゃんが抱いてくれた。

暖かい胸の中で、僕はシロユキになった。


そして僕が「にゃー」と力を振り絞って鳴いた時、

未奈ちゃんがパッと笑ってくれた。

笑ってくれた。




大人になった未奈ちゃんが、あの時と違うのは、今は笑ってくれないこと。未奈ちゃんの方が、僕よりうんと冷えていた。


未奈  :水嫌いだよね。

ユキポン:……ニャン?

未奈  :いつもシャワー全力で嫌がってたもんね。

ユキポン:ニャー。

未奈  :それなのに……ごめんね。

ユキポン:にぇえ、未奈ちゃんは自分をふいてにゃ。

未奈  :……私はいいの。


未奈ちゃんは黙って僕を拭いていた。

雨の滴とは違う滴がこぼれ落ちる。未奈ちゃんは力なく立ち上がると後ろを向いた。


ユキポン:ダメ!! ぼくそのために来たんにゃ!!」

未奈  :……うん。

ユキポン:笑ってにゃ。

未奈  :……ごめんね。

ユキポン:僕じゃ、役に立たにゃい?

未奈  :違うの。……ごめんね。

ユキポン:未奈ちゃん。

未奈  :ありがとうユキポン。マボロシでも嬉しいよ。


……どうしよう。

僕は眉間にシワを寄せた。


首輪  :あのー。お取り込み中申し訳ないが、タオルが下に落ちてますよ。そして濡れちゃいそうですよ。


未奈  :エッ!! 


首輪がやけに格好をつけた声を出した。


未奈  :誰? 今、おじさんの声がしたけど。


未奈ちゃんが振り返る。


ユキポン:にゃんでお前がしぇべるんにゃ。


僕は首輪に怒った。


首輪  :いや、ユキポンがダメなら。俺の出番かと。

ユキポン:首輪がしゃべっちゃダメだにゃ。

首輪  :猫がしゃべるんだから、首輪がしゃべったっていいだろうが。


そういうと、ウォホンと咳払いをして首輪が話し始める。

僕はもうヤケクソの気持ちでその場に座り込んだ。


首輪  :ええと、初めまして。俺はその…… あの…… 未奈様に作ってもらった首輪です。どうも。


ただただ驚いている未奈ちゃんが、一歩二歩と後ずさる。




#5、倉辻未奈くらつじみな


私は混乱していた。

ユキポンがしゃべった。

うん。まあ、これはよしとしよう。うん。

そして……


未奈:えーと、首輪?

首輪:はい。俺、首輪です。

未奈:……そ、そう。

首輪:えーと。中学生の未奈様に作っていただきました。それはそれは一所懸命。

首輪:お父様にいただいた何かの生地を一生懸命切って、縫って、手に針を刺しても、一生懸命一生懸命。ありがとございます。

首輪:高貴な濃紺の生地に丸いかわいい黄色い星。気に入っています。素晴らしい。天才だ。創造主だ。神様だ。

未奈:……あ、うん。


私はなんて答えて良いか分からなかった。

だって、首輪がしゃべるなんて。

しかも何故、おじさんの声?

そして何? このキャラは。


首輪  :ユキポン。ほら、お前もなんか言え。

ユキポン:にゃー。まあー、悪いやつじゃないにゃ。

未奈  :えっと……


私は、なんて言えばいいか考えた。

これは中学生の時の工作で作った首輪。

夏休みの最終日、慌てて作った首輪だった。


未奈  :そう……なのね


としか、言えなかった。


首輪  :はい、俺、首輪です。

未奈  :そう。

首輪  :はい。


私は、何といえばいいのか、何をすればいいのか考えたけど、あまりにビックリして何も浮かばなかった。そのまま、沈黙が続いた。

そして、しばらくして首輪がまた話し始めた。


首輪:あのー、そのー、もしー、よければ、私にも、そのー、是非名前をくれませんか?

未奈:えっ、名前?

首輪:はい。ユキポンの首輪ではなく。れっきとした。この、私にふさわしい名前を。未奈様、神様、未奈未奈様。どうかこの私目に名前を。

未奈:……

首輪:……ダメですか?


……困った。どうしよう。


未奈:ダメっていうか…… じゃ、にくきゅうまる。

首輪:に、にくきゅうまる……ですか? 肉球? それは、何故、肉球?

未奈:え、だって、それ。猫の肉球だもん。


といって私は、首輪の黄色い丸を指差した。


首輪  :え、この星は、星ではなく、これは肉球でござりまするか?

未奈  :ユキポン、足かして。

ユキポン:にゃ?


私はユキポンの足を裏返して、柔らかい肉球を撫でた。


未奈  :これ。

首輪  :お、俺は、星ではなく肉球…… そして、にくきゅうまる……


黄色い形で彩ったユキポンの肉球、ちょっと大きな丸に、ちょっと細長い丸が4つ。


未奈  :ごめん。まだ中学生だったし、夏休みの最終日だったから…… 

未奈  :えっと、その、くっついちゃったし、ちょっと歪んでるけど…… でも可愛いかなって。

首輪  :……にくきゅうまる……


……私、悪いこと言っちゃったかな。


未奈  :えっと。ごめん。

首輪  :にく、にく……

未奈  :名前、変えようか?

首輪:ヒャッホー!!!肉球ー! 肉球最高!! 今、時代は肉球。誰もが大好きな肉球。肉球バンザイ!! インスタ映え間違いなし、バズりまくり。そして何よりも、未奈様が大好きな肉球。その名前を頂けるなんて。 あーーーーー、こんな嬉しいことはございりませぬ。すばらしき名前『にくきゅうまる』。拙者、今日から『にくきゅうまる』。そのお役目しっかりと果たしまする」

ユキポン:落ち着きにゃ。しゃべりがなんか変にゃー


ユキポンが首輪に話しかけてあげてる。

……どうしよ、いいのかな?


未奈  :無理しなくていいよ?

首輪  :滅相もごまいませぬ。拙者、にくきゅうまる。感激至極にござりまする。ここで命を落としても本望。

未奈  :本当にいいの?

ユキポン:いいんじゃないかにゃー。気にいってるみたいだにゃー。

首輪  :ウッ、ウッ、ウッ、ウッ。

ユキポン:にゃくな。にくきゅうまる。首が震えてこそばゆいにゃー。

首輪  :すまぬ。ユキポンどの。嬉しくて、嬉しくて。涙がとまらぬ。……涙は出ないけど。

ユキポン:出なくて良かったにゃー。

首輪  :さささささ、次はユキポンどの。出番でござる。

ユキポン:お前、何もしてないにゃー!!!


仲いいのね。

私は、ちょっと二人がうらやましくなった。




#6、星の首輪改め


拙者、星の首輪改め、これからは「にくきゅうまる」として生きていくことになりました。

えー、言葉がいろいろおかしいのは、まだ慣れておりませぬ故、その辺り温かい目で見てご容赦いただきたい。


首輪  :ほら、ユキポンどの、姫の気持ちが解れましたぞ。ささ、もっと何か楽しかったことや、嬉しかったことなどを思い出してもらって、辛いことなど忘れてもらうのですぞ。

ユキポン:『にくきゅうまる』……お前、名前がついて、ちょっと賢くなったにゃー。


ユキポン:にゃー、未奈ちゃん。食事が美味しいにゃー」

未奈  :……

首輪  :こら、未奈様が混乱しておられる。もっと丁寧に話さぬか」


とユキポンに耳打ちして注意する。


未奈  :カリカリの事? あ、チュールのこと?

ユキポン:違うにゃー。未奈ちゃんの作った料理が美味しいにゃー。僕、未奈ちゃんの心の中に来てから、未奈ちゃんと一緒に食べてたにゃ。

ユキポン:未奈ちゃんが美味しいと思ったものは、僕も美味しいにゃー。カボチャの入ったミネストローネスープがいいにゃ。

ユキポン:あんな美味しいもの食べた事なかったにゃ。………………チュール以外」

首輪  :最後に余計なことは言わないでござる」

ユキポンに耳打ちする。まったくユキポンは。

ユキポン:にゃー。天才にゃ。あんにゃ美味しい料理作れるなんて、あんな幸せな気分になれるにゃんて。……だから、ちゃんと作って食べよう。最近ちゃんと食べてないにゃ。

未奈  :……気付いたの。美味しい食事を作れば作るほど。誰かと一緒に食べたいって。誰かと。一緒に。……彼と。一緒に。そのために私。

ユキポン:ぼくが食べるにゃ! ぼくが一緒に!!

未奈  :……ありがとう。ユキポン。


 ……拙者も一緒に食べるでござる。口はないけど。


ユキポン:僕、知ってるにゃ。未奈ちゃんの心に居るんだから。彼がピアノを弾いて、それを聴きながら未奈ちゃんがご飯を作って、ご飯のいい匂いと、優しい音色のピアノ。そこにあった幸せ。知ってるにゃ。初めて彼と食事をした時の事、初めて自分のためにピアノを弾いてもらった日の事、その嬉しくて嬉しくてたまらなかった気持ち。僕も知ってるにゃ。だから、悲しいのも、辛いのも、痛いのも、わかるにゃ。 だけど、だけど、それが全てじゃないにゃ。

未奈  :……

ユキポン:未奈ちゃんは、彼に会う前から料理がすきだったにゃ。みんなに喜んでもらうために、調理師学校に行って勉強してたにゃ。美味しいもの食べるとみんな笑顔になるって、知ってるにゃ知ってるにゃ知ってるにゃ。未奈ちゃんだって知ってるにゃ。

未奈  :うん。分かってる。頭ではわかてるんだけどね…… 忘れようとしても、忘れようとすればするほど、心があの時に戻って……


そういうと未奈様は寂しそうに俯いた。


ユキポン:僕は……

未奈  :……

ユキポン:僕は……

未奈  :……

ユキポン:僕だって、何か未奈ちゃんの役に立ちたいにゃ。にゃんも出来ないかもしれないけど。僕だって役に立ちたいにゃ。

未奈  :ユキポン


未奈様が顔をあげる。


ユキポン:僕は……、小学生の未奈ちゃんに拾ってもらって、タオルで拭いてもらって、温めたミルクを飲ませてもらって、僕は幸せだったにゃ。

ユキポン:そして、未奈ちゃんの笑顔が大好きだったにゃ。

未奈  :……

ユキポン:ミルクを飲みながら、見てた未奈ちゃんの笑顔はマボロシじゃないにゃ。

未奈  :……

ユキポン:皆んなに料理を作ってあげてた未奈ちゃんの笑顔はマボロシじゃないにゃ。

未奈  :……

ユキポン:未奈ちゃんはいっぱいいっぱい皆んなを幸せにして。僕を幸せにしてくれたにゃ。だから、僕だって、ピアノ弾けないけど。

ユキポン:何も出来ないかもしれにゃいけど。でも、でも、ここにいるにゃ!!!!


ユキポンは「フーフーフー」と興奮しながら言い切った。

……拙者の出る幕ではないな。ユキポンがんばれ!

未奈様は、長椅子に座り壁にそっと寄り掛かった。

そしてそのまま、しばらく黙って、雨降る外を眺めていた。


ユキポン:消えちゃ 嫌にゃ!


ユキポンが、未奈様の膝に飛び乗り、丸くなった。




#7、僕はユキポン、たとえ消えようとも


僕は、未奈ちゃんの膝の上で祈ることしか出来なかった。

……あれは、マボロシじゃない。


夕立後、一緒に見た不思議な夕日。

ハラハラしながら飲ませてくれた、ミルク。

飲んだのは僕だけど、僕以上に嬉しそうだった未奈ちゃんの笑顔。

一生懸命作ってくれた『にくきゅうまる』。

いっぱい作って遊んでくれた手作りおもちゃ。

病気になった時、抱いて病院に連れてってくれた時に聞いていた心臓の鼓動。

最後まで一緒にいてくれて、こぼれ落ちた涙。


いつも一緒だった。

いつも同じ気持ちだった。

それは、僕がなくなってからも同じ。

僕は未奈ちゃんの心の中で、いつも一緒だったから、いつも同じ気持ちだったから……


だから、分かるよ辛い気持ち。


ユキポン:僕はだれより、未奈ちゃんが好きにゃ。


未奈ちゃんの体から心が出て行こうしているのを感じる。


ユキポン:ダメ、行っちゃダメにゃ。


僕は、必死で未奈ちゃんの心を繋ぎ止めた。

冷えた未奈ちゃんの体が小さくなる、小さく、小さく、小さく、小さく……

その姿は、やがて1匹の三毛猫の姿になり、凍え震えていた。

息が細い。


ユキポン:未奈ちゃんあああん。


体が冷えすぎている。僕は体を寄せて温めた。


首輪  :こ、これは、一体?


肉球丸が呟いた。


ユキポン:わかんないにゃ。でも、未奈ちゃんの心が、体から離れようしてたにゃ。だから、引き留めてるにゃ。僕の心で引き留めてるにゃ。

首輪  :ユキポンの心……。未奈様がユキポンの心に入っているでござるか?

ユキポン:分かんにゃい。だけど、だけど、未奈ちゃんは僕が守るにゃ!!」


もう迷わない。

未奈ちゃんが、あいつと付き合う時、辛かった。でも、それが未奈ちゃんの為ならと、目を逸らしてた。なにもできない自分が嫌で嫌でしょうがなかった。僕は猫だし。

いや、必要とされてないのかも。忘れ去られているかも。その事が怖かった。だから僕はただ目を逸らして逃げてた。


だけど、もう迷わない。


ユキポン:未奈ちゃん愛してるにゃ。


未奈ちゃんが薄く目を開けた。 


ユキポン:……僕は消えたっていいにゃ。


未奈ちゃんががそれを望むなら、僕も一緒に消えてしまおう。でもそれまでは僕もそばにいる。相手にされなくても、役に立てなくても、それでもそばにいる。

そして、一緒に消える。


ユキポン:ごめんにゃ、何もできにゃくて。


でも、お願い。

未奈ちゃんは自分を取り戻して。

僕は祈ることしかできなかった。


未奈  :……ユキポン


未奈ちゃんの口から微かに声が聞こえた。


雷鳴がとどろき、どこか遠くで木が爆ぜた。

雨の音が遠のいて、空間が歪む。


ユキポン:ニャッ!!


未奈ちゃんの手が背中に触れた。


ユキポン:未奈ちゃん!


未奈ちゃんの姿が人間の姿に戻っていた。手を背中にそっと置いてくれる。


ユキポン:……よ、よかったにゃ。


僕は一生懸命、冷えた未奈ちゃんが手に顔を擦り付けた。


首輪  :ユキポンどの。ま、まずいでござるぞ。こ、これは、逢魔時。


周りを見渡すと、雨の音が消えていた、周りが急に暗くなり空気が重い。


首輪  :この不安定な場所、不安定な心、何が起こるか想像できませぬ。


その時、暗闇にピアノが浮かび、そのピアノの向こうからピアニストの彼が静かに現れた。

カットソーにベージュパンツ。細身でスラリとした背がまるでモデルを思わせる。

彼は気取らずピアノの前の椅子に座ると、一呼吸置いて、鍵盤を見つめていた。

全ての音を飲み込んで静寂がすべての動きを押さえつける。

刻が止められたように動けなかった。


……逢魔が時。


僕は、彼のマボロシを飛びかかって引っ掻いてやろうと思ったけど、静寂に押さえつけられた体が動かない。上を見ると、未奈ちゃんが彼をジッと見つめていた。


ユキポン:クソックソッ。


もう一度、動こうと頑張ったけど動けなかった。




#8、倉辻未奈 たとえ夢の夢だとしても


未奈  :……大丈夫


私はユキポンに小さく呟いて、そっと撫でた。

フー、フーとピアニストの彼に興奮してたユキポンを、そっと撫でた。

ピアノの前の彼は、呼吸を整えた後、優しくピアノを弾き始めた。歩く速度よりはやや速く、夢見るように。

同じ繰り返しの伴奏に、キラキラとしたメロディーの旋律が揺らめいている。


ドビュッシー 「Rêverie(レヴリ)【夢】」


私の好きなドビュッシーの曲で、最後に二人だけの時に弾いてもらった曲。

波のはざまに漂うように、儚く揺れる。

煌くような美しい波間も、また、儚く現れては消える。

包み込まれる。


……ピアノって本当ずるいよ。一瞬で全ての心を持ち去ってしまう。


ああ、私は消えるかもしれない。

不安定な美しさに身を委ねながらそう思った。


だけどユキポンの温もりが膝の上にあった。

確かなものが、優しい気持ちが、ここにあった。

私は、その温もりを感じながら、ピアノを聞いた。

ドビュッシー「夢」も優しい旋律を奏で、家に帰ってきたような安心感を受ける。


この曲は生きているのかも、彼の弾いてくれたこの曲は、例え夢の夢だとしても、この曲は、ここに生きている。

そしてまた、ユキポンも心の中に生きている。

私も、生きている。ユキポンの心の中で、愛されて、守られて。

消えることなく。

ここに確かに。


音の粒が光の粒となり、

キラキラと揺れながら、ゆっくりゆっくり、消えていく……

最後の音が儚く消え、

余韻の静寂がいつまでも続いた。


私は消えなかった。

ユキポンと一緒に、私は消えなかった。


彼はゆっくりと立ち上がると、静かに一礼して闇に溶けていく。

儚い夢のように。


それは夢だとしても、幻ではなく、私の体に沈み溶け込んでいた。彼は弾いてくれたピアノは、重なった色の一つとして、今はもう見分けがつかないけど、確かにここにある。


ユキポン:僕にもわかったにゃ。


ユキポンが顔をあげて呟いた。

涙がこぼれ落ちて、ユキポンの背中を濡らしてしまった。


未奈  :ごめん。ユキポン

ユキポン:いいにゃ

未奈  :ありがとう

ユキポン:いいにゃ……もし、消えるなら、僕も一緒にきえるにゃ。

未奈  :……


私は涙を拭うと、残ったピアノに手をかざして消し去った。

そして、ゆっくりとユキポンの背中を撫でた。


ユキポン:あったかくなってるにゃ。

未奈  :なに?

ユキポン:ほら、未奈ちゃんの手、あったかくなってるにゃ。


そういってユキポンが頭を擦り付けてきた。

私は、何度も何度も優しくユキポンの背中を撫でた。


ユキポン:僕は役に立ったかな。


ユキポンの呟きに、「うん」と頷いて、何度も何度も優しく背中を撫でた。

そして


未奈  :一緒に、ご飯食べようか。

ユキポン:うん。それがいいにゃ。


ユキポンが、顔を向ける。

闇が晴れると、雨も上がり雲に切れ間が見えた。

紫色の空にピンク色の雲、不思議な焼けた様な空が広がっていた。


ユキポン:必要ににゃったら、必ずまたくるにゃ。

首輪  :拙者もいるでござる。

未奈  :……うん。


私は空を見上げた。

頼りない光でも、嬉しかった。


未奈  :帰ろう!

ユキポン:にゃ〜

未奈  :な〜に今頃。猫みたいに。


ユキポンが、またゆっくりを頭を擦り付けてきた。

フフフッと笑みが溢れる。


未奈:帰ろう。

ユキポン:にゃ〜。




この日のことは幻だろうか? 夢だろうか?


でも、

たとえ夢の夢だとしても。

私の中では生きている。

確かに煌めき生きている。

たとえ夢の夢だとしても。




#9、肉球丸の呟き


えー、拙者肉球丸。

その後、未奈様のキッチンには野菜をコトコト煮込んだ優しい香りが漂っております。ギューっとお腹が減ってまいりました。

拙者、鼻もお腹もござりませぬが分りまする。それが未奈様、そしてユキポンどのの気持ち。


首輪  :ユキポンどの、良かったでござりまするな。

ユキポン:……にゃ。


ユキポンどのは少し離れたところで、未奈様をずっと眺めておりました。多分、未奈様には、もうユキポンどのも、拙者も見えておりますまい。

全ては夢の中。夢の夢の夢の中の出来事として片付いているはず。

しかし、出来上がったミネストローネスープのお皿は2皿ござりました。

一つの皿をそっと床に置いてくれます。


未奈  :一緒に食べよ。


一人と1匹と一個で、暖かいスープを味わいました。

生きているってこう言うことでござりまするか。生きてはおりませぬが、一緒に感じておりまする。


首輪  :ユキポンどの、このあとどうするでござるか?

ユキポン:……帰るにゃ。

首輪  :そうでござるな。


雨が止み、木漏れ日のような柔らかい日差しが部屋の中にふんわり漂っております。

そんな優しい日差しに包まれた未奈様をじっと見つめていたユキポンどの。


首輪  :ユキポンどの?


瞳から輝きが一粒、お皿に落ちました。


ユキポン:ぼくも大丈夫にゃ。がんばるにゃ。

首輪  :どうしたでござるか?

ユキポン:ほんとの僕の居場所はここじゃないにゃ。

首輪  :そうでござるな。さ、それでは心の中に帰るとするでござるか」

ユキポン:ちがうにゃ。

首輪  :え?

ユキポン:本当の場所に帰るにゃ。

首輪  :……それは

ユキポン:空に帰るにゃ。

首輪  :えっえええ!?

ユキポン:未奈ちゃんが猫になった時。このままでもいいにゃ。消えてもいいにゃ。いっそ、このまま一緒に…… って思ってしまったにゃ。ずっと一緒にって思ってしまったにゃ。

……だけど、それじゃダメにゃ。未奈ちゃんのためにも。僕のためにも。

首輪  :……

ユキポン:分かったにゃ。別れが受け入れられず、逃げていたのは僕の方にゃ。だから僕はそらに帰る。

首輪  :一つお聞きしても宜しいかなユキポンどの。

ユキポン:なんにゃ?

首輪  :空に登るとどうなるでござる?

ユキポン:知らにゃい。僕じしんだって、どうなるのかは知らにゃい。でも…… 未奈ちゃんに何かあったら空の上からでも飛んでくるにゃ。

首輪  :あのー。大変聞きずらいのでござるが、拙者はどうなるでござる?

ユキポン:……

首輪  :沈黙。……そうでござるよな。分からぬでござるよな。

ユキポン:はずしていこうかにゃ?

首輪  :いや、一緒に行くでござる。

ユキポン:いいのかにゃ?

首輪  :拙者、ユキポンの首輪『肉球丸』ですぞ。最後までユキポンどののお供をするでござる。それが拙者の役目。

ユキポン:……一緒にいくにゃ。

首輪  :行くでござる。


とうとう、その時が来たでござるか。




#10、シロユキ、ユキポンとして生きて


ユキポン:未奈ちゃん行くにゃ。

最後にそっと、未奈ちゃんの手に触れる。


ユキポン:ありがとうにゃ


そして僕は空へと続く光の筋を歩いていった。

長い坂道をゆっくりと上っていく。

やっぱりまた白猫が迎えにきてくれた。頬を優しく擦りよせてくる。

一緒に上っていく。振り向くと小さくなっていく世界が眼下に広がっている。小さく、小さくなっていく。


ユキポン:未奈ちゃん……


全てが夢まぼろしのように消えるとしても。

心に一つ、未奈ちゃんとの暖かい想いを持って。

確かに消えぬ想いを持って。

 

全てが夢の夢だとしても。

確かに消えぬ想いを持って。

僕は行くよ。

だから心配しないで。


未奈ちゃん、僕はちゃんと生きたよ。


未奈ちゃんに助けられ生きたよ

未奈ちゃんと一緒に生きたよ。

うん。生きた。


光が強くなって僕を包み込む。

僕が僕で満たされて光の中に溶けていく。

世界の中に溶けていく。

全ては溶けて、夢の間に消えるとしてしても、

確かに消えぬ想いだけは残る。


ユキポン:ありがとう。あいしてるにゃ……未奈ちゃん。



Fin


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― 新着の感想 ―
[一言] ユキポンの未奈ちゃんを想うまっすぐな愛情が胸に響きました。 にくきゅうまる(このネーミング最高です!)とのやりとりが軽快で、すこしせつなさのあるお話も楽しく読ませて頂きました。 未奈ちゃん、…
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