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「俺はくっそたれな現実を誤魔化しながら生きるこの天上社会が嫌だった、だから下界に下りることに决めた。
下界は現実をありのまま受け入れるている人々がいる理想社会なんじゃないかと思っていたからだ。
真実を見ている人たち、決して脳を弄ることなく、何のレイヤー無しにただ一つの真実を視続ける賢者たち。
だが下界でも薬物や酒、あるいはあらゆる娯楽が現実を誤魔化す為に消費されていた。
つまり気づいたんだ。人間には現実をありのまま受け入れて生きる事は出来ない、それは子供の夢であって、人間は何処かで現実を誤魔化しながら生きる生き物なんだって。
あるいは俺たち意識と呼んでいるこの機能さえも、その現実を直視する為じゃなく、辛すぎる現実を誤魔化す為にあるんじゃないかと……。
だから俺は下界で使い古された方法で堕ちた。
そうすることが何より自然で正しい生き方だと思えたからだ。確かに上は、ナノマシンや先端医療で脳を弄くり、その目で見る現実を加工している、だが現実をありのまま見ないという点では、ここもそう変わらない。それに気づいたんだ。」
「天上社会では人々がナノマシンによって脳を弄くられていることは秘匿されている。よってそれを知った俺は、真実の”現実”を見たいと思った。だがここで一つ疑問がある。
一体誰がこんな事を始めて、今現在誰がそれを続けているのか?だ。」
「始まりはこの天上社会が出来たころ、つまり下界を分断し自分たちだけを救おうとした富裕層が、社会ごと上に逃げ出し、下層の人間たちを追いやったことに遡る。
そうした人々は当時でも最先端な科学技術を持っていた為、以前から行われていた身体を弄る事に抵抗意識がなく、脳もその例外ではなかった。その富裕層のさらに上層部、
社会のあらゆる物事を決定する機関(もちろん民主主義的方法で選ばれるのだが)は、その当時分断された社会の荒涼とした姿に、心を病んでメンタルクリニックに通う人々の増加やそれでも止められない自殺者の増加に頭を悩ませていた。よって当時天上社会に選ばれる人間に義務付けられていた、ナノデバイス型医療端末を介して、本来であれば本人が任意に薬や健康食品などの受給を選ぶことが出来るシステムに、密かに脳のストレスを軽減させ、嫌なものは見えないように、受けたストレスをポジティブに変換するといった機能を持つ、ナノマシンを注入し始めた。よって自殺者は加速度的に減りった。そして社会はそれを天上社会と下界に分断し、下層の人間と触れ合うことが無くなった結果と考えた。だが真実は先述した通り違ったんだな」
以上が俺がこの世界に堕ちてきたあらましである。俺は気づいたんだ。結局現実を真実の様に視ることは人間には不可能なんだって。現実とは人の数だけある無数のレイヤーを指す言葉であり、たった一つの真実を指す言葉では無いのだと。だから俺は諦めて、気の済むまでここで堕ちることにした。上でナノマシンに脳を弄られるより、ここで原始的な方法で脳に作用する娯楽を嗜んだ方が遥かにレパートリーに富んでおり人間的であると俺は判断した。そう俺は人生を愉しむことにしたのだ。というかこの下界に堕ちてきて人生の楽しみ方を知ったという方が正しいか。
無論ここは経済的困窮者が集まっているので、貧困を原因とした諸々のトラブルや問題はある。
子供にクスリを売る売人。薬漬けにされ抜け出せなくなり中毒となってしまった者たち。蔓延る犯罪。でもその全てが人間的だと俺は思う。確かに上は綺麗だ。何もかも管理され、
嫌なものは見ないで済むし、健康に必要な労働(適正は社会によって决められ本人に最も適した職に就く)さえしていれば、衣食住や最低限度(無論望めばそれ以上)の娯楽は楽しめる生活だ。
だがそういった娯楽はシステムによって検問された、人にヤサシイ娯楽だけだ。本人の適正にとってショッキングなシーン、トラウマを誘発するものはナノデバイスによって事前検問され、
見ることは許されない。まるで保護者に管理された子供だ、大人は自分の責任を持って物事を決める生き物だった、かつては。俺に言わせれば、今オトナは、システムという保護者に管理されたコドモに成り下がっている。その点ここには、かつての自由がある、世界から見放された場所、けれども故に堕落した楽園であるここを俺は愛した。