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「ほらっ起きなさい!くそったれ!」
俺は極楽浄土の世界にいたのを無理やり現実に引き戻された。ドラッグも無い、生の現実。こんなのは嫌だ。
「誰だ、アンタは。人が極楽を味わっている中、この俺になんの様だ?下らない用だったらぶっ飛ばすぞ」
「私は主席監察官レニー・アシモフよ、あなたケネス・スレッグね、あなたの素性の情報は既に閲覧済みよ。故にあなたのことならなんでも知っている訳。あなた天上からここに落ち延びたヒトのひとりよね?」
「だったらどうした?」
「しかもあなたは私と同じ主席監察官だった、機密情報を持ったまま下界への逃亡、いや亡命といった方が正しいかしらね。許されるはずがないわ、よってあなたの身柄を拘束しにきたの」
俺は瞬時に判断した。この女は敵だ。懐から銃を取り出し女に向けて発砲する。女は素早い身のこなしでそれを躱すと、今度は逆に女が銃を取り出し、こちらに向ける。だが、遅い。
こちらはその瞬間にテントを飛び出し、川の中に飛び込んでいた。女は向き直り、当たらないと分かってるいるだろうに、こちらに向かって、銃を発砲し続ける。だが当然当たらない。
距離が開きすぎているのと、川の激しい濁流が発砲された弾を飲み込む。そして俺は白昼堂々逃げ出す泥棒のように、川の流れに身を任せ女から逃れるのだった。
俺が川の濁流の乗ってたどり着いた場所は、川辺の飲み屋だった。幸いそこは知っている店だったので、まずは店主に話しかけ一杯あおることにした。
「おやっさんいつものを一杯」
「おいジョン、そのずぶ濡れの姿はなんだ?見たところ川から這い上がってきた様だが、こんな冬場に泳いでいた訳じゃあるめぇ、それにこんな川で泳ぐのは相当な物好きか、馬鹿か、
そのどちらかだ、俺はお前さんがそのどちらでも無いことを知っている、何があった?」
「何も聞くな、訳ありだ、ちょいと面倒ごとに巻き込まれてな」
ジョンというのは俺のここでの名前だ。バカ正直に上で通ってる名前をここでも使っていたらすぐに足がついちまう、よって俺は名無しの死体、昔アメリカで使われていたという風習で、
名無しの死体を表すジョン・ドゥを名乗っている。幸いその風習はとっくの昔に廃れて久しいので、博識な俺は最もここでの俺らしい名前を名乗っている。
おやっさんは訳も聞かずに俺に一杯くれた。いつものヤツ、クスリが無い時はこれで”現実”を誤魔化している。こういうところがこの店は良い。もう通い始めて結構経つが、
事務的な対応ではなく、本当の”昔ながら”の飲み屋といった具合で、こういう店があるところが下界の良いところだ。
俺はおやっさんに話かける。
「おやっさん具合はどうだい?」
「まあぼちぼちといったところかな、上がるでもなく下がるでもなく、平常運転よ」
「そりゃあよかった。じゃあ俺は一杯飲んだら、上がらせてもらう、勘定は置いておくぜ」
「あいよ、確かに」
俺はこれからどこにいこうか迷った。いくべきところは無い。俺は文字通りこの街で堕ちていた。やるべき事も人生の目標も全て失ってしまった。元々何故俺がこの下界に落ち延びたのか?
それは話すと長くなるが……。