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金縛り

作者: 愚者


 ――はっきりしないおぼろげな意識の中で、僕はふと違和感を覚えた。


 何も無い暗闇の空間に、ぼんやり浮いているような感覚。身体はやけに温かく、上からは微かな圧迫感。


 状況がまったく理解出来ず、僕は咄嗟に自分の記憶を思い返した。


 大学の課題を済ませて早めにベッドに潜り、寝る前に某動画サイトとSNSをチェック。それもいい加減にさっさと切り上げ、明日に備えて目を閉じた……筈だった。


 とにかく、こんな状態ではまともに寝れる訳も無い。僕は一度起きようと意識を働かせ……愕然とした。


 身体がぴくりとも動かせない。腕すら1ミリも動かせない。まるで何倍も強い重力が上からのしかかってくるかのように、身動き一つとれなかった。


 寝室の状況を確認しようとするが、何故か目も開けられない……ここで僕は、自分が今とんでもない非常事態に陥ってる事を察知した。


 僕は叫ぼうとした。隣の部屋で寝ている母に助けを求めるべく。大声で叫びまくっていれば、嫌でも様子を見に来るだろう。


 だというのに……声がまったく出ない。必死に声を出そうとしているのに、まるで口が縫い付けられたように動かせなかった。


 刹那、心の奥底から嫌な感情が湧き上がる。全身が強烈な焦燥感に支配されていくのを感じる。

 

 最早ヤケクソな勢いで、僕は何度も声なき声を叫ぶ。何度も何度も何度も。


 何の前触れもなく自身に降りかかる得体の知れぬ‟死”の恐怖から逃れるために、必死に抗った。


 結局、最後まで声は出なかった。だが、その抵抗のお陰か、僕は唐突に目を開ける出来た。


 微かな安心感を得て、僕は視線を白い天井から真っ暗な寝室内に移して……ソイツを見てしまった。


 それは、女だった。真冬にも関わらず薄手の白いワンピースに、長い黒髪で顔を覆い隠した、あのテレビから這い出てくる怪異と瓜二つの、女が。


 明らかに異質な雰囲気を纏った謎の存在が、ベッドのすぐ隣に佇んでいたのだ。


 僕は恐怖心で本当に声が出なかった。温かった筈の身体は限界まで冷え切り、頭は真っ白に。眼前に立つ異質な存在を理解するのを、本能が拒んでいた。


 長髪の切れ目からちらりと見え隠れする女の瞳と、僕の視線が合う。目を開けられないままでどれほど良かっただろうと、僕はこの時後悔した。


 ドス黒い、何も無い深淵を宿したかのような目だった。人ならざる瞳を湛え、女はゆっくり動き出した。


 ジリジリと僕の元に近付いていき、身動き一つとれない僕の顔をじっと覗き込む。


 何も出来ない、どうしようもない絶体絶命。まるで訳が分からない状況の中で、僕は死を覚悟して――何かに激しく引き寄せられるように、意識を覚醒させた。


 視線の先には、先程と同じ白い天井。ただ、寝室は真っ暗ではなく、カーテン越しの窓から薄っすらと明るい光が差し込んでいた。当然、あの女の姿なんて影も形も無い。


 息は大きく乱れ、耳が痛い。枕元からは、6時50分を告げる目覚ましの騒音。僕の好きな某アニソンが、大音量でipadから部屋中に鳴り響いていた。


 脳が、現実を正しく認識していき、これまでの全てがただの夢であった事を理解した。僕は本当に目を覚ましたのだ。


 安心した。しがない物書きとして非現実の世界を描いている身ではあるが、非現実などフィクションの世界だけで十分だ。 


 経験上、夢の出来事に辻褄や合理性を求めるのは無駄だ。あり得ない展開、あり得ない場所、あり得ない人物が現れる荒唐無稽の夢を、僕は何度も見たことがある。


 何の脈絡も無しに、僕が寝ている隣に謎の女が立っているなど、あり得ないのだ。


 もうすぐアルバイトが始まる時間だ。支度をしなければならない。身体にそう言い聞かせ、僕はむくりとベッドから上体を起こす。    


 寝起きにも関わらず、意識はやけに鮮明だ。あの悪夢は……しっかり覚えていた。 


 正直、目を開けられるようになってからの女の(くだり)はよく覚えていないが……俗に言う「金縛り」のような体験は、たとえ夢の出来事であっても、僕の心を搔き乱すには十分過ぎた。


 自分の身体が自分の思うように動かせないという事態は、恐怖以外の何物でも無い。


 椅子に掛けておいた上着を羽織り、朝の強烈な寒気が充満した寝室を出る……その間際、僕は振り返り、真っ暗な部屋に‟何か”が居ないかを確認する。


 あんな夢を見てしまった原因は分かっているつもりだ。


(もう、寝る前にホラゲー実況なんて見ないようにしよう……)


 そうして、ちょっと不思議で不愉快な夢の出来事を経て、僕の一日が始まった。


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