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過去ーー満たされた心

閑話2 少年の独白〈満たされぬ心〉


人は死ぬ。

身体が死ぬだけが死ではない。心が死んだ時が本当の死なのだと気づいた。

心が折れて死んでしまった人格の後に生まれた自分という人格は元の人格とは全く違うものだ。


人は死んで生まれ変わる。

心も死んで体も死のうとしていた僕の前に救世主が手を差し伸べた。

凛々しくも美しいその姿は恋をした。

僕にとっては初めましてであったが、かの人物は僕のことを知っていた。

思い出す間もなく僕の瞳から涙が溢れ出した。

なんだか僕はこの瞬間をずっと待っていた気がした。

そして、ずっと満たされていなかったような乾ききった心が潤った気がした。


そして僕たちは友達になった。

◇end


以下本文



その少年――西園寺(さいえんじ) 宅戸(たくと)は優れていた。

無能力者に生まれ苦労してきた両親は彼を能力者として産んであげられなかったことを嘆いていたが、その優秀には目を見張り心から喜んだ。


幼くして自分と他者に埋められないほどの大きな差があることに気づいた。

いやでも気付かされた。彼は優れていることがいいこととは言えなかった。察しが良かったが故に周りの悪意に敏感だった。

その知るべきではないことまで気づいてしまうそんな優秀さがきっと彼の人生を歪めたのだろう。

この世界は無能力者にあまりに生きづらい世の中だ。馬鹿に生き何も察せず生きていれば幸せだったかもしれない。

はたまた超能力者として生まれていれば彼は正当に評価を受けていただろう。

天は二物を与えず。

無能力者にして優秀。

その歪みが、社会の不条理が、劣悪な環境が彼を変えた。


道を歩けば初対面の人から犯罪者を目の当たりにしたような視線を向けられてきた。

それほどに無能力者というのは差別されているのだ……と気づいた。


世は超能力者至上主義である。

超能力者が人工の99.98%を占める中で無能力者は0.008〜0.02%程度しかいない。

社会に守られているという理由だけでなく身体能力が軒並み高いという意味でも超能力者が死ぬことは滅多にない。

超能力者から無能力者が生まれる確率は低くもないがこのような社会では家の恥として親が殺してしまうケースが多々あった。

無能力者は疫病、災害、人災といったありとあらゆる原因によって死ぬ。

だから彼らの人工の振れ幅は大きかった。

上手く大人まで生き残った無能力者は生存本能を刺激され子供を産みやすい。

無能力者の子供は非常に無能力者が生まれやすい。

わかっていても次こそは超能力者を産もうと頑張って育てきれないほどの子供を抱えて共倒れする。

無能力者にとってこの世の全てが悪夢だ。

死体が悼われることはない。

無能力者の死体はゴミのように集められ燃え続ける大穴に集められ燃やされる。


だからと言って無能力者達はスラムのような環境で生きているわけでも物乞いをしていたわけでもない。

そんな者たちを野放しにすれば治安は悪化し街にはゴミで溢れるだろう。

この国では治安維持の為、無能力者も高校生まで教育を受けることができた。しかし自由な職種に就くことも許されていない無能力者が高校以上の教育を受けることは出来なかった。


だから超能力者と無能力者の間には大きな格差があった。勉強を頑張っても将来就ける仕事は変わらない。

貰える給料は同じ、住める家の広さも変わらず自由な食事も許されない。

無能力者達が超能力者に楯突いて勝てる可能性は限りなく低かったがスラムが出来て犯罪行為や疫病の発生源ななられては困る。

そのような理由で無能力者達は犬小屋の方がマシなあばら家と物置のような狭い家に押し込められ一生を終える。

まさに家畜のようであった。

働いてお金を稼いでも使うことはできなかった。

ほとんどのお店で無能力者御断りをしていたからだ。

国民全員が聖書を信じていたわけではなかったが、見下してもいいという都合のいい存在を庇うほど人間が出来ていなかった。


習い事も出来ず、自由な職種につけず、家畜のように一生を暮らすそんな生活をする無能力者にはこの大きな格差を埋め技術も力も財も何もかもがなかった。


狭い家、薄暗い部屋で少ない食べ物を父と母、そして少年の三人でで分け育った。

その時は周りとの違いを感じながらもとても心が暖かかった。

無能力を入れると他の子供まで無能力になるかもしれないという酷い差別により幼稚園も保育園も入ることは叶わなかった。昼間は両親は共働きで家には誰もいなかった。

目を離したすきに殺されないように家の鍵は閉められ机と布団しかない殺風景な部屋で親の帰りを待った。

最初は寂しかったがいつしか話し相手が出来た。

誰も入ってくるはずもない家に現れたその人物に彼は驚いた。

ふわふわしていてきらきらしていた。

この世のものではないような気がした。

若干の恐怖を感じながらも恐る恐る自己紹介をする彼にその人物はキミが呼びたいように呼べばいいと言った。

なんて呼べばいいか迷っていた宅戸にその人物は冗談めかしたように『僕は月の女神様かなぁ』と言った。

それが割と嘘ではないような浮世離れしたその姿に不思議な魅力を感じた。

彼なのか彼女なのかわからなかったがそんなことはどうでもよかった。

とにかく毎日知らないことを知るのが楽しかった。

"月の女神"は近所の子供だったようだ。

すっかり仲良くなった彼らは一緒に小学校に行くことを約束した。

今までは親から頑張っても無能力者は意味がないと教えられていた彼は小学校へ行くのは別に楽しみではなかったが約束してからは小学校へ行けるのがとても楽しみだった。


ようやく行けた小学校では常に皆から離れた場所で授業を受けらされた。

同級生達は無能力菌がうつると彼を罵り避けたが気にしなかった。

別に小学校に勉強をしに来たわけではなかった。

約束を果たしただけである。


男にも女にも見えない不思議な魅力を彼は感じていたが周り人間はそうは思わなかったようだ。

男女やらオカマなどと品のない呼び方をした。『男でも女でもないどちらの魅力も持った僕は究極生命体だからね。凡人には理解できないのは仕方がないね』と語る彼女はこれほどもなくポジティブだった。小学校に入学した時から月の女神様というのはやめた。

出席確認でその名を知った。


ーー江花鵼(えばなぬえ)


不思議な音の名前から結局性別がわかることはなかった。

男か女かわからなかったが好きな人がいると話した彼に両親はどんな女の子なのか聞いてきたので江花鵼を彼は少女と思うことにした。


浮いたもの同士仲良くしていた。

彼女にも彼にも嫌がらせは加えられたが

もとより彼らは彼ら以外の誰とも関わる気がなかった。常に余裕を見せる彼女に負けたくないと黙々と勉強をした。

超能力は凄まじい。努力してもその差は埋まることはない。両親と同じように絶対に勝てないと諦め掛けていた宅戸は鵼に努力をすることで開いた差を縮めることは出来ると教えられた。



毎日学校へ来て授業をまじめに受け、休み時間は図書館で本を読み放課後も残って自主的に勉強する二人を教師たちは不気味に思った。

努力をした分頭が良かった彼らにイラついた子供達はイタズラをしたが反応すると面白がると理解していた二人は少しも反応を見せなかった。

叩いても濡らしても落書きしても石のように動かずひたすら手を動かした宅戸に対して鵼はしつこい相手を殴って黙らせた。


彼もただやられるほど無力ではなかったが無能力者が能力者に攻撃することは犯罪行為であり、それがいかなる理由であろうと許されていなかったが為に耐えていた。

江花鵼は能力者であった。何の能力者か誰にもさっぱりわからなかったが能力者であると判定を受けていた。

宅戸と彼女の違いはそれだけだった。

それだけで彼女は自由を手に入れた。

だからといって宅戸に不満はなかった。


テストではいつも二人して満点だった。

無能力者だという理由で学校から評価を受けることはなかったが彼女に置いてかれることなくいられるのが誇らしかった。

以前はわからないところがあれば教師に質問しに行っていた彼も、無能力者如きが勉強する必要はないと言う彼らを見てそれからさっぱり聞くことをやめた。


小学校6年生の頃には大学生レベルの問題を理解していた。無能力者が図書館に入ることは許されなかったが気を利かせた鵼が彼のために本を借りてきてくれていた。


努力の果ては孤独だった。

周囲にいる誰よりも努力して誰よりも頭は良くなったが後に続くものは誰一人いなかった。

それでも隣に彼女がいるだけで充分だった。

本当は努力すればみんなが認めてくれると思った。でも親でさえその努力を認めなかった。

何処か居なくなってしまいそうな彼女を引き止めたくて彼は彼なりの努力をした。

一人になりたくない。置いていかれたくない。

そう願って、そう思ったからこその努力だった。

力は叶わずとも頭が良くなればみんな認めてくれるというのは幻想だった。

なんとなく気づいていた。

この歪んだ社会の体制では死ぬまで努力をした無能力者よりも鼻くそをほじって毎日家に引きこもってばかりの超能力者の方が評価をされるのだろうと言う悲しい真実にきずいた。


例えば努力が報われ誰かと仲良くなろうとも年齢に見合わぬ知識を持った彼にとって誰もが幼稚に見えて話にならなかっただろう。


もしかしたら自分よりも頭がいいかもしれない彼を大人たちは煙たがった。


自分も自由が欲しい。

自由に学びたい。自由に生きたい。

願うだけでは叶わぬとわかっていた。

だからこそ努力で願いを叶えたはずだった。

神が認めずとも生まれに否定されようとも、社会に弾圧されようとも。

超能力者であれば誰でも簡単に手に入れてるその権利を彼は血を吐くような努力を重ねて手に入れてきた。

何をしてもどれだけ頑張ってもありとあらゆる分野で周りに届かなかった彼はそれでも努力した。

決して諦めなかった。


でもそれ報われることはなかった。



『出る杭は打たれる』とも言えば『超能力者でないもの人であらず』とも言う現代では彼を認める人間はいなかった。

いや、一人だけいた。

折れず曲がらず努力する天才を応援し彼を認めてくれる人間がいた。

他ならぬ親が認めてやるべきだった。


彼の親ですら出来過ぎた息子に嫉妬し理解し過ぎた少年を気味悪がったというのに幼馴染――江花鵼(えばなぬえ)一人だけは彼を応援した。


いつまでも幻想的な彼とも彼女ともつかぬ幼馴染は彼が前に進む限り応援した。

否定され迫害され迷い立ち止まりそうなものなら励まし震えたたらせた。

一人でどうしようもないときは二人で乗り越えた。


街で見る無能力者達はみな諦めを見せていた。誰も彼のように努力して現状を変えようとはしていなかった。

この世の不条理に嘆くことは誰でも出来るが不条理に打ち勝つのは自分にしか出来ないことだと気づいた。

そして他の人間の心が弱いことに気づいた。

だからもし自分が生まれた理由があるならば、自分を彼女が導いてくれたように自分も挫けてしまった無能力者達を助けることではないかと考えた。

そしてそれからと言うもの血を吐くような努力と眠る前も惜しんで勉強をした。


いよいよ親からは冷めた目で見られ完全に親子関係は冷え込んでいた。いつかの苦しいながらも暖かい家庭はなかった。

彼は天才であった。それ以上に努力の鬼であった。

誹謗中傷を受け家に帰れど味方はおらず学校では良く理不尽な暴力も受けた。


努力の鬼であったがそれ以上に精神は怪物だった。

ありとあらゆる誹謗中傷を受け心は擦り切れた。擦り切れた心は彼女しか映さない。それ以外全てを捨てた。

親が死に家は燃え孤児となった。

貯金を切り崩してただひたすらに勉強をした。

火に巻かれ半身が焼け爛れ姿が酷くなった彼をさらに気味悪がったが彼女だけは内面を見てくれた。

親もおらず帰るあてもないそんな彼に彼女だけが手を差し伸べた。

ちょうど長女を失って悲しみにくれていた江花家は次女の鵼の提案を受け入れ彼、西園寺宅戸を受け入れた。

江花家は今までになかった幸福を彼に与えた。

無能力者を差別しない鵼の両親に自分を理解してくれる幼馴染。

死んだ心が蘇った。幸福は長い悪夢を埋め心を取り戻していった。


そして少年はいつのまにか高校生になっていた。



閑話3 少年の独白〈果たされた約束〉


僕たちの約束は果たされた。

僕は常に誰かに救いを求めていた。

死ぬような思いをした努力も評価されなければやってないようなものだ。

そしてどんな努力も死ねば無に帰る。

誰かに追いつきたくて始めた努力はただ周りから人を離して行くだけだった。

肌は焼け爛れ骨は砕け体は乾き飢え虫に啄まれ一歩も動くことはできなかった。


人は死ぬ。

心が死んだ時でも人は死なぬのだと気づいた。

精神の死は偽りの死である。辛さから逃れるために精神は死に蘇る。しかし肉体の死は真なる死である。

肉体が死ねば生き返ることはない。

それだけは超能力者も無能力者も言える世界の理だ。

僕は地獄からすくい上げられた。

僕の救世主。僕だけの友達。


あの日、死にゆく僕を救い彼女のものになった。


思い出す間もなく僕の瞳から涙が溢れ出した。

なんだか僕はこの瞬間をずっと待っていた気がした。

誰かに必要にされたかった。

ただそれだけだった。


◇end


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