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煌めく杯にむすばれて  作者: 赤だしお味噌
歴史のひだに立つ
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若き狩人の願い#1


 アーティの背中を見ながら、ぐるりと円筒形の崖に沿って坂道を(くだ)る。地上に着くと、そのまま開け放たれた第一城門を通り抜け、無人の市街地へと戻った。城の正面から伸びた大通りを逸れて、すいすいと右に左に折れ曲がりながら小道を迷いのない足取りで進むアーティ。おかげでハーミットは気が気でない。


 ハーミットが片っ端から異形どもを掃除していたため、ここまでの道中で襲われることはなかったが、ここからはハーミットの知らない小道だ。そろそろ死角も多くなる。何より、この街中には数え切れない巧みな罠が仕掛けられている。アーティが角の先を確認せず曲がった姿を見て、ハーミットが堪らずアーティの背に声をかける。


「――魍魎(イグズド)が出そうだ。俺が前に出るよ」


「……魍魎(イグズド)って?」


 ――おっと、通じないぞ。おかしいな。


「暗がりから突然出てくる化け物のことなんだけど」


「……グロテスクのこと?」


「ぐろ……」


 確かに。グロい連中だ。ハーミットは胸中で完全同意した。一方で、またしても違う呼び名が出てきたことに困惑する。


「多分、それのことだ。じゃあ餓狼(フィーンド)は? なんて言うんだ? ほら、身体に硝子を埋め込んだ、全体的に白いやつらのこと」


「……グロテスク、かな? この都市(ポリス)には虚骸(コーマ)か、グロテスクしかいないよ」


 どうやら餓狼(フィーンド)魍魎(イグズド)も一緒くたにグロテスクと呼んでいるようだ。なら、ハーミットの認識では異形(グロテスク)という括りになりそうだ。


虚骸(コーマ)は知ってるんだな」


「うん……よく知ってる……」


 アーティは少し疲れた様子で続ける。


「大丈夫……ボクには異形(グロテスク)(たお)せないけど、この近くにはいないよ」


 ハーミットは怪訝そうに「そうか?」と相づちを打つと、もうひとつの懸念を口に出す。


「罠は? 結構やばい罠多いぞ」


 その言葉に、アーティは立ち止まって振り返った。


「罠はへいき。分かるから」


 そしてまた先導して歩き始めた。


 罠の存在を分かっていて、平気と言うからには相当自信があるのだろう。しかし、それでも不安は拭えない。ハーミットはアーティを常に視界に収め、何かあればすぐに(さら)って回避できるよう身体に緊張感を与えながら後を追った。


 ――それにしても、ヴェルダンに教えてもらった話がいきなり通じないとは。


「教わったばっかなんだけどなぁ……」


「なにを?」


 ハーミットが口の中で零した小さな呟きに、肩越しに振り向いて反応するアーティ。囁きよりも小さな声だったのに、よく聞こえたと思う。耳が良いのだろう。


餓狼(フィーンド)とか、魍魎(イグズド)とか、あと妖怪(アブザード)っていう呼び方だ。多分お前の言う、異形(グロテスク)に当たるんだが」


「……聞いたことない」


「まじかよ」


 がっくりと嘆息するハーミットに、アーティが歩速を緩め、隣に並ぶと、興味深そうに見上げてくる。


「近くに他の誰かがいるの?」


「近くと言うか、向こうの街にな」


「! 信じられない……」


 コンシャスの方を指差したハーミットを見て、アーティの気だるげな瞳が少し開いた。だがそれを言うなら、ハーミットはアーティがこの街にいる事の方が信じられない。


「その人は、仲間なの?」


「……少しだけ、な。あいつは、向こうの街に残ったよ」


「キミは、一人なの?」


「ああ。一人だ」


「そう」と言ってアーティが角をひとつ曲がる。ハーミットはアーティを視界から外さないように慌てて足を速めた。


「アーティは、どうなんだ。今から行くところに、他の誰かがいるのか?」


「……いない」と目を伏せたアーティに、ハーミットが言葉に詰まる。


 この子供は、こんな街でたった一人で何をしているのだろう。と思う一方で、自分に接触してきた目的はなんとなく分かっていた。


 たしか、母を殺して欲しい、とか何とか言っていたはずだ。尋常ではなかった雰囲気が思い返される。冗談で言ったわけではないだろう。この街の主人は間違いなく巨人達だ。アーティがあの巨人の一族とは思えない。どう見ても人間だ。巨人の街に、母を殺してと頼む子供が一人。全く事情が(さっ)せられない。


 ハーミットを導くアーティの動きは滑らかだ。スケールの大きい家に挟まれた茅色の迷宮を知り尽くしている感が背中から滲み出ている。長い時間ここに滞在しているのは確かだと思われた。


 それにしても、怖くないのだろうか。アーティは幼くはない。貧弱にも見えないが、子供の細い身体だ。餓狼などと対峙すれば、なす術ないだろうに。暗がりから魍魎が出てくることも知っている様子だった。罠の存在も知っている。しかし、アーティの表情には恐れが見えない。肝が据わり過ぎだ。


 一体何者なのか。考えれば考えるほど普通ではない。


 そうやってハーミットが思索に(はげ)んでいると、アーティは道ばたに落ちていた琥珀(こはく)色に透き通った硝子をふたつ、自然な所作でひょいと拾い上げ、おもむろに口に放り込んだ。


 ガリガリゴリゴリとかみ砕く音がハーミットの耳まで届く。


「――いる?」


「い、いや……いい」


 軽い既視感(デジャヴ)を感じたハーミットが愛想笑いを浮かべると、アーティは残りの琥珀色の硝子もぽいっと食べてしまった。その表情はさっぱり読み取れない。


 ――突拍子もないこの感じ……奇術師(マジシャン)か何かかな?


「――ついたよ」


 ネタばらしを期待しながら歩いていたハーミットを余所(よそ)に、アーティはそう言うと、とある路地に面した家の入り口の前で立ち止まった。


 窓も玄関も朽ちて、あらゆる家が開放されているこの街において、板やら何やらで目張りされて中が見えない家というのはかなり目立つ。


 アーティは玄関の板をずらしてするすると身体を滑り込ませると、中からちょいちょいと手招きした。誘われるがままにハーミットも隙間から身体をねじ込んで侵入する。


 家の中に入った途端、生活の匂いがした。所々に燭台(しょくだい)風に設置してある光る石のおかげで内部は明るかった。部屋は綺麗に片付けられており、いろいろな物品が置かれていた。隅には布を重ねただけの簡易的な寝所が作られ、その近くには衣料、簡単な雑貨品の他、本が何冊か積んであった。先ほどの琥珀色の硝子も幾つか転がっていた。寝所とは逆の部屋の隅には、作業場的な空間が(しつら)えられており、そこには様々な色の硝子の塊が散らばっていた。部屋の隅にも透明な硝子が山のように積まれている。硝子の物品がやけに多く感じられた。


 そして奥にはふたつ小部屋があり、その一室には異様な数の硝子瓶が棚の上から下まで整然と並んでいたのが特に印象深かった。


「椅子、ないんだ」


 そう言ってきょろきょろとするアーティに、ハーミットは「床でいいよ」と断って適当なところにあぐらをかいて腰を下ろした。


 それを見たアーティもまた腰を下ろした。


 二人の距離はおよそ四歩。ハーミットはこの距離にアーティの警戒心と好奇心の揺らぎを感じた。


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