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煌めく杯にむすばれて  作者: 赤だしお味噌
歴史のひだに立つ
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「はなむけ」


 ゆっくりと階段を降りていく。


 窓の外から差し込む、きらきらとした水の反射に誘われて視線を向けると、城下の街並みが見えた。


 ここは麗しき水の都ヌラーゲ。文明の(いしずえ)にして歴史の源泉。人類最後の砦。父なるハイペリオンの膝元で栄えた華やかな街の景観も、今はどこか陰が()り、沈んで見える。


 のしのしと階段を降っていくと、やがて途中の踊り場に見慣れたドアが見えてきた。『ノック! やさしく!!』という文字が書かれた大きなプレートが吊り下がっていた。


 何度目だったか、ノックせずに部屋に立ち入ったところで、女性陣から総スカンを食らった直後に『ノック!』というプレートが出現した。納得がいかないものの、しぶしぶノックするようにしたのだが、その度にドアを壊すという不手際を咎められ、『ノック! やさしく!!』という文面に改められたのだ。


 そもそも、この部屋はドアなど(しつら)えられていなかったし、プライベートな場所でもない。という抗議はなぜか聞き入れられなかった。不思議なものだ。


 ドアの前に立ち、拳をドアすれすれに近づけ、スナップだけで可能な限り優しくノックするも、結局ゴンゴンと乱暴な音が立った。しかし、こればかりは仕方がない。一族の中でも特に大柄な体格が故だ。


 三度目のノック音が立つと、すかさずドアが開いた。いつもの通りだ。


 ドアの向こうから顔を出したのは、小柄な白い女だった。頭の先から指の先まで真っ白。一種異様な風貌(ふうぼう)だが、そういう種なのだ。元々知性に優れた者達だが、特に彼女は知識欲が深い。いつだって胸元に大きな本を抱えており、片時も離そうとしないのがトレードマークになっている。


 その本は、なにやら大層な見た目の装丁(そうてい)だが、中身は大したものではない。あれは古代コンシャスの知識を伝える書でも、術の書でも、技術を記した書でもない。ただの日記だという。しかし、その日記を記す本それ自体は星遺物(オーパーツ)なのだというから分からない――分からないのは、星遺物(オーパーツ)を日記にしてしまう、この女の神経だ。


 一度、その(オーパーツ)を見せてもらおうと腕を伸ばしたところ、「乙女の日記を覗こうとするなんて!」といって(はた)かれたことがある。この女は、どうも自分に対して当たりが強い。


 それほど大事にしている本だったのだが、どうしたことか今日は両手が遊んでいる。実に違和感がある。


「時間だ、メランチ」


「ノックが荒いのよ、デンドロン」


 今やこの部屋の主となったメランチは、デンドロンの足音を捉えると、いつもこうしてドアの向こうで待っている。だからノックからドアが開くのに時間差がない。そして、いつもこうして、ふっくらした柔らかそうな顔で()め上げて、甲高い声で文句を言ってくるのだ。怒った様子ではない。どう見ても作り顔なのだが、どうしてそこまでして自分につっけんどんなのか、その理由はついに分からず仕舞いになりそうだ。


 部屋の奥から水の音がする。


 メランチは“資料室”を研究室兼自室に改造しており、奥のバルコニーに水浴び場まで(こさ)えているのだ。そんなことで、おかしなことになっているものの、ここは本来、図書館の資料を一時的に保管する区域だ。


 本に水は禁忌ではないかと思うのだが。曰く錬金術(アルケミズム)に水は必要だし、本も問題ないらしい。


 メランチは優秀な錬金術士であり学者だ。彼女がそう言うのであれば、そうなのだろう。デンドロンには、単に水浴び用に作っただけのように思えたし、それが真意だという確信もあったが、特に文句はない。


「むぅ……こういうときはレグナスが羨ましいな」


「……それ、本人の前で言わない方がいいわよ。暗がりから刺されるから」


 軽口を言い合いながら連れだって階段を降りる。


 デンドロンという巨漢に、一族の中でも特に小柄なメランチが並ぶと、もはや大人と子供にしか見えない。デンドロンは必然的にメランチの歩速に合わせねばならず、実は面倒くさい。昔みたいに抱えさせてくれれば早いのだが、最近はそうやって子供扱いをすると、ものすごく怒られる。もうメランチも大人ということらしい。


「……これで、お別れなのね」


 そんなことを考えながら歩いていると、メランチがぽつり、感情の読めない声音で言った。


「お前達が(すべ)を見出して、帰ってくればいい」


「……」


 メランチの表情は硬い。


「メランチ、そういえば日記はどうした」


 それはデンドロンが大変気になっていたことだ。彼女の胸元に本がない、などという珍事は、ここ数年見たことがなかった。


「部屋に置いてきたわ。持って行っても、荷物だから」


 普段なら信じられないと目を剥くところだが、これから彼女が向かう任務が脳裏をよぎり、デンドロンはゆっくりと頷いた。


 なんだかんだ言っても、この女は騎士だ。任務のためには趣味を切り捨てられる女だ。本当に強く育った。子供の頃はいつも泣いてばかりいた白い団子のような少女が、今では同族からさえも畏怖される自分に向かってぎゃあぎゃあと、わめき立てる胆力を備えるにまでなったのだ。


 そんなことを考えながら目を細めてメランチの表情を眺めていると、「覗こうとしても無駄よ」と一本の鍵をくるくると指の間で器用に回して見せた。


「覗かんよ」


 そう言ったデンドロンに、メランチはつまらなそうに「ふーん」と流し目を送っていた。


 階段を降り切り、何度か角を曲がって進むと、やがて城の正門が見えてきた。


 そこには今日旅立つ騎士達が三人とも揃っていた。


「遅いぞ、メランチ」


 そう言って非難の色のない声を上げたのはレグナス。一族の中では特に小柄な男だ。白と黒でくっきりと分かれる特徴的な模様を帯びた、人間達と同じくらいの背丈の騎士だ。しかし侮るなかれ。目にも留まらぬ体捌き駆使し、小さな剣で致命の剣戟(けんげき)を闇から送る、恐るべき剣技を遣う。他の騎士にも決して劣らぬ戦闘力をその体躯に秘めている。


 そういえば、彼は身体が小さいことを気にしているらしい、と言うことを思い出して、さきほどのメランチの警告の意味を理解した。揶揄(からか)うつもりがなくても、この男の前で身体の大きさに絡む話題振りは避けた方がいいのだ。


 レグナスの足元には、彼の友人であるレグノが寄り添っている。レグノは全身が白毛に覆われた四足獣だ。言葉は話せないが不思議とレグナスと通じ合っており、彼と抜群の連携を見せる。


 メランチはレグナスに口を尖らせてああだこうだ言い返していたものの、白くてふさふさのレグノを見つけるとすぐに顔を緩めて抱きついた。


 その様子を脇目に、デンドロンは傍らに立っていたドーナーに歩み寄り、無言で腕をぶつけ合う。


 額から一本の長い角を伸ばしたドーナーは屈指の狩人だ。背中にかけた大弓の一射は天を穿(うが)ち、深き闇を射貫く。


 彼との間に言葉は不要だ。デンドロンとは馬が合うため、よく連れだって繁華街を練り歩いていた。そんなろくでもない記憶がふと湧いてきて、僅かばかりの寂しさが胸を(かす)めた。


 その隣で黙って立っているの最後の騎士の名はセンチュリオン。押し寄せる闇を一騎駆けで切り開く特攻隊長だ。永き一族の歴史においても傑出した戦士であり、歴代最強の声もちらほらと聞かれる。背中にかけた白濁した大剣こそ、この騎士の象徴だ。身体にはレグナスとよく似た白と黒の模様を帯びているが、体格が段違いに大きい。旅立ち組では一番の大きさだ。しかし、それでも一族基準だと普通より少し小さい。


 デンドロンの一族は大食漢が多いので、基本的に旅には不向きなのだ。それ故、騎士団の中でも体格が小さく、実力がある者達が選ばれた。


 センチュリオンは寡黙(かもく)な騎士だ。声かけは不要だろう。


「準備はいいか」


 メランチ、レグナス、センチュリオン、ドーナーが首肯(しゅこう)する。


「――では行こう」


 城の門から出ると、そこには中庭が広がっていた。回廊で囲われた広々とした空間は芝生で覆われ、中央には“尽きることなき”母なる噴水があり、浅い池がある。この都市(ポリス)ヌラーゲの象徴たる場所だ。その丸い池の中に、二人の騎士が中央の広い池の中で、くるぶしまで水につけたまま立っていた。


 背中に盾を二枚背負ったのはミーナエだ。比較的小柄な女でありながら壁役(タンク)をこなす女傑として名高い。隣にはグローガンがいた。長い槍に気だるそうにもたれかかっている。今日は騎獣のマルクを連れていないようだ。


 レグナスが足元のレグノを放つと、白い獣は勢いよく中庭に飛び出して行った。マルクの姿を探して走り回っているようだ。


 そんなレグノは腰高の獣。一方のマルクは自分と同等の丈がある大きな獣だ。始めて見た者は全員もれなく勘違いするが、小さなレグノの方がマルクよりもずっと年上だ。身体が大きく、恐ろしげなマルクが、見た目がふっくらと愛らしいレグノに四苦八苦しながらじゃれつく様子を見るのが、デンドロンは好きだった。


 デンドロンがふと気付いて帰還した二人に尋ねる。


「シャーマン隊長はどうした?」


「帰り道で新しい(えき)を見かけたから対応してる」


 槍を持ち直しながら答えたのはグローガンだ。どうやら隊長は、このはなむけに間に合わなかったらしい。


 苛立たしげに小柄なレグナスが舌打ちする。


虚空の住人ども(ヴォイデンス)め、始末しても始末してもきりがない」


「隊長の部隊だけで大丈夫?」


 メランチの心配そうな声に、盾を背負ったミーナエが首をひねりながら気だるげに答える。


「規模は大きくない。あたし達だけでも見送りに行けってさ――おかげでマルクの背中に乗せられてくたくただよ」


 ミーナエの細面(ほそおもて)がげんなりと歪んだ。


 その様子に胡乱(うろん)げな視線だけ送り、非難するグローガン。多分、どちらかというと嫌がるグローガンを押しのけて無理やり乗り込んだのはミーナエだろう。


 そこからミーナエとメランチが話し込み始めた。同じ女性同士、仲がいい二人だ。話すことも多いだろう。


 デンドロンは一本角のドーナーに話かける。


「ドーナー。まずは、どこに向かうつもりだ?」


「……そうだな」


 ドーナーはねずみ色の体表色に、細かい白い斑点のある腕を組んで(あご)を撫でてみせる。彼は年長者で、実質、調査組のリーダーとなる。


「まずは全員でチズルを探し出す。あいつが一番情報をもっているはずだ」


「……すぐに坩堝(るつぼ)に向かうべきだ」


 ドーナーの声を遮ったのはセンチュリオンだ。普段あまり話さないセンチュリオンがしゃべり出すと、自然と注目が集まった。


「……ハイペリオンの(とき)はあまり残されていない。さっさと埋めるべきだ」


 さすがは特攻隊長の気質が前面に出ている。猪突猛進的な案だった。


「やり方さえ、分かればな」


 そこに冷や水を浴びせたのは槍を肩にかけ直したグローガンだった。センチュリオンは珍しく止まらない。


「八人でさえ手が足りなくなっているのに……四人抜けて耐えられるのか」


 こんなに長く話すのは、ここ数年で最長記録ではないだろうか。デンドロンは少し驚いた。


 ヌラーゲには八人の騎士がいる。傑出した実力がある八人だ。八塔(タワーズ)と呼ばれている。この八塔が(かなめ)としてヌラーゲを支えていたからこそ、これだけの期間耐えていられるとも言える。今回抜けるのはその半分、四人だ。影響がないわけがない。


「だからこそ、よ」


 メランチが緊張した声で、自分自身に言い聞かせるように続ける。


「私たちは迅速に、確実で、現実的な案を持って帰らなければ……いけないの」


 中庭に静かに沈黙が降りた。


 噴水がザアザアと水を吐く音だけが聞こえる中、レグナスがセンチュリオンの肩に手をかけた。二人の身長差だと、レグノが棚の上に手を伸ばすような格好になる。


「今、俺たちだけで殴り込んでも前回の二の舞だ。まずはドーナーについていって、確実にいこう」


 それ以降、センチュリオンが言葉を発することはなかった。


 デンドロンは大きく息を吸う。


「……もはや、ヌラーゲの、人類の、という話の範疇を超えた……(こと)は、我らが愛する娘たちの、我らの母の、大地の全存在を賭した抜き差しならぬ事態となっている。それ故、父なるハイペリオンが全てを賭けたのだ。我らもそれに答える」


 旅立つ四人の騎士達は、デンドロンの声に居住まいを正していた。その頼もしげな様子に向かい、デンドロンが手を掲げ、声を引き締めた。


「ハイペリオンの名代(みょうだい)、騎士シャーマンに代わってデンドロンが命ず」


 デンドロンのよく通る声が中庭に響いた。


「ドーナー、メランチ、レグナス、センチュリオン。深き坩堝(るつぼ)を埋める手段を見つけ出し、持ち帰るのだ」


 四人の騎士達の目が光り、デンドロンの後ろに聳える城を、そしてその奥の桃源郷(ザナドゥ)を見つめている。


 彼らならば、必ずや――。


「エヴァイアと共に――――」




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