複雑な思い
奏音が産まれてからと言うもの、夫とふたりで過ごす時間はあまり無くなった。いや、あってもいつも奏音の話ばかりで、あまり夫の話を聞いていなかったかもしれない。恵はそれを当たり前と思い、夫もきっとそうであろうと勝手に思っていた。子供のいる夫婦はそんな物だと思い込んでいたからだ。どうしても奏音の良いパパとママでありたい気持ちが強くて、男としての夫を思い遣る気持ちが薄れていたかもしれない。やはり夫婦の時間は必要だったのだろう。だから夫はそれを他の女性に求めた。きっと自分には分からない不満もあったのだろう。恵は反省する事で、少しでも夫と一緒にいた女性に対する嫉妬の感情を納めようとしていた。
その時、奏音が目を擦りながらリビングに入ってきた。
「ママ〜おなかすいた〜、、」
「すぐごはんにするわね。」
「パパは〜?もうかいしゃ?」
「うん、そうよ。」
いつもの朝のやり取りをしながら、恵は胸がちくりと痛むのを感じた。
トーストを焼き、ミルクを温める。目玉焼きを作ろうとして、卵が無い事に気付いた。
そうだ、昨夜オムレツに使ってしまったんだ。
「奏音、今日はパンだけで良い?ごめんね。」
「どうしたのママ〜?おててケガしたの?」
「ううん、違うのよ、卵がね、、。」
そう言いながら下を向いた時、自分の手の甲にポタポタと落ちる水粒に気が付いた。恵は知らずに泣いていたのだ。
「ママ〜なかないで〜、いたいのいたいのとんでけしてあげる〜。」
奏音の優しい言葉に涙が溢れてくる。この子のために頑張らないと、しっかりしないとと思えば思う程、涙は止まらなくなっていった。そしてただ黙って奏音を抱きしめた。
その日を何とか無事に過ごし、夫の帰りを待った。しかし前日同様、夫が帰宅する事は無かった。