九十七.野獣ジュダル2
俺は徐々に距離を詰めて、一振り二振りと立て続けにジュダルさんへと攻撃を浴びせるも、筋骨隆々な体躯から想像できない程の瞬発力で見事に躱され続けた。
「もっと、激しく! 鋭く! 私を満足させてくれ!」
何かを渇望し、天を仰いで叫ぶジュダルさん。これ、小芝居入って無いんだよな? 素でこれなの? お尻がむずむずするのは考え過ぎなのだろうか。
「あれ、あれ。ジュダル君なんだか気分が乗って来たみたいだね。メグミンと言ったね? ちょっと建屋に行って、医療班を呼んで来てくれるかな? 一応念の為だからね」
メグミンはアインゲール王の指示に従って、俺達が来た道を戻っていく。外野のそんなやり取りを聞いて依然不安でたまらない。
ジュダルさんは強い。俺とは比べ物にならない程の戦歴を重ねているのだろう。それこそ、あのアイザック卿と肩を並べる程に――。
先程から身体強化で迫るも、ジュダルさんは俺の動きを読んでいるみたいに躱してくる。当然、素手のジュダルさんは俺の攻撃を受ける事は出来ない。
しかし、俺も馬鹿では無い。予め避け易い軌道で刀を振り下ろし、相手の動きを予測して更に攻撃といった具合に、追い掛けているのだが悉く躱されてしまう。これはもしかして――。
「そろそろ、気付いたか? 予想通り、俺のスキルは直感によるものだ。【野生の勘】という、ただの危険を察知するものだ」
俺の攻撃を躱しながら、口角を持ち上げて教えてくれる。確かにそれなら躱す事は造作もなさそうだ。だけど、それはジュダルさんの完成された身体があり、尚且つ様々な経験によるものが大きそうだ。
「説明ありがとうございます。こっちはそんな余裕ないんですけどね!」
今度はジュダルさんが攻撃に転じて、俺が振る攻撃を掻い潜って迫って来る。間合いの内側に入られると不利になるので、後方へ跳躍して距離を取った。こうすれば先程と同様に、ジュダルさんは迫って来るかと思ったが、追ってこなかった。
「折角間合いに入ったのに今度は追って来ないんですね」
「うむ。今のはちょっと危ない気がしてな……」
相対するジュダルさんは考え込むように答えた。くそっ、先程と同様に追い掛けてくれればジュダルさんが地面から足を離した瞬間に、身動きの取れない空中で【快刀】を使おうと思っていたのに。
実際、その動作をした訳でもないのに気取られるなんて、【野生の勘】とは何て厄介なスキルなのだろう。足が接地している状態で【快刀】を放ったとしても、あれだけ勘が鋭ければ避けられてしまう。何とかして隙を作らないと――。
「まだ奥の手があるんだろう? 出し惜しみしていると、合格点はあげられないなぁ」
くっ、まだ見せる訳にはいかない。一度見られてしまえば、対策を考えられてしまう。そうすれば、勝ち目は薄い、この試合に勝たなければベネット村に帰る事が出来なくなってしまう。チャンスは一度きり、思考を止めてはいけない。
野生の獣のように、縦横無尽に迫って来るジュダルさんに翻弄されながらも思考を巡らせる。そうした事によって、迫るジュダルさんに不要な一刀を振ったのが原因で、間合いに入られてしまった。
「おねんねの時間だ。ショウとやら」
ジュダルさんの左拳は低い弾道から、かち上がり俺の腹部へと迫る。俺は左腕で防ぐも、筋骨隆々な体躯から放たれる一撃は依然重く、俺の身体をふわりと持ち上げた。続けて、右の拳が俺の顔面目掛けて突き出して来る。これは防ぎ切れない――。
グシャ。鈍い音が脳内に響き渡り、鈍痛により顔をしかめる。だが、辺り所が良かったのか意識を刈り取られるまでとはいかなかったのは幸いだ。衝撃で飛ばされながらも、片手を地面に突き体勢を整える。
「おっと、浅かったな。やはり、昔と同じとはいかないか。やれやれ、俺も大分歳を取ったものだ」
戦場から離れて月日の長さを確かめるように自分の拳に目を向けて、感慨深く呟くジュダルさん。俺の視界は若干ぼやけている。呼吸も荒く肩が上下しているのがわかる。
だけど、先程のジュダルさんの攻撃で俺は勝利への糸口を見つけた。
「ジュダルさんが見たがっていたものを、今からお見せしますよ」
「ほう、やっとか。いいぞ、こい! 全身の毛が逆立つようなこの感覚は久しぶりで癖になるな」
なにやら、色んな意味にも捉えれそうな発言を言っているも、その発言に構っている余裕は俺には無い。次で決める!
俺は水平に大きく切り払い【快刀】を放った。斬撃は空を切り裂きジュダルさん目掛けて迫っていく。はっと目を見開いて何かに気付いたジュダルさんは、高くその場で跳躍して【快刀】を躱す。その斬撃は虚しくも演習場の内壁に傷を残しただけだった。
内壁に刻まれた傷を視認したジュダルさんは驚きの声をあげる。
「くっ。何て攻撃だ! 本当にバッサリ、スッパリいかれる所だった」
「まだ、これからですよ」
俺は空中に跳躍したジュダルさん目掛けて刀を今にも振り下ろさんとする素振りを見せると、ジュダルさんは慌てた様子で声を荒げた。
「待った! 待った! 俺の負けで良い。合格だ! それで良いですよね? アインゲール王?」
「そうだね、もちろん。ジュダル君が降参したんだ。僕が言う事は何もないよ」
「やった! ショウが勝った!」
いつの間にかギルドの医療班を連れて戻って来ていたメグミンが、喜びと共に俺の傍まで駆け寄ってくれた。
「しかし、驚いちゃったよ。まさか、君がそんなにも強いとはね――。君達さえ良ければ本当に僕の傍に居てくれないかい?」
「お気持ちはありがたいのですが、俺達には帰るべき場所があります。もちろん、試合前の約束覚えていらっしゃいますよね?」
俺は痛む顔面を手で抑えながら、アインゲール王に向き合う。一瞬の沈黙の後、アインゲール王はいつもの軽口で「冗談だよ」とおどけて見せていた。
俺はその言葉が聞けたことによって、緊張の糸が切れてふっと意識を失うのだった。意識を失う寸前、耳に残っているのはメグミンが心配そうに俺の名前を呼びかける音だけだった。
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