九十六.野獣ジュダル1
ジュダルさんの後について行くと、ギルドの裏手に演習場があった。なんでも、ギルドになっている場所は昔、衛兵の詰め所だったらしい。国の発展と共に中心部が移り変わって、現在のような蓮の葉状に拡張してきたのが、現在まで続いている。
通路が複雑で管理が大変なんだよ。そうアインゲール王は、俺達の後について嘆いていた。
「ショウと言ったな。獲物はどれにするんだ?」
演習場に着いてから、ジュダルさんは軽めな柔軟を行いながら聞いてきた。獲物とは武器の事だろう、怪我しても嫌だったので、近くに転がっていた木剣を指差した。
「これ使っても良いですか?」
「その腰にぶら下げている物を使うと良い、私に遠慮する事は無い。ギルドを管理する立場になったと言っても、まだまだ現役のつもりだ」
自信満々の表情を浮かべたジュダルさんは、自分の胸をどんっと叩いて見せていた。
「いいよ、いいよ。ジュダル君がそう言うなら遠慮する事は無いよ。バッサリ、スッパリ切っても後で問題になる事は無いと保証しよう」
俺達の様子を見ていたアインゲール王は得意の軽口で言っていた。まぁ、そこまで言うならと、一度拾いかけた木剣をそのままにしてジュダルさんと相対する。
「どうなっても知りませんよ?」
「気にする事は無い。ギルドには医療班が常時待機している。怪我をしても即死でなければ何とかなる」
笑いながら恐ろしい事を言うジュダルさんに呆れつつ、相手の様子を注意深く確認すると彼は武器らしいものを携えていない事に気付いた。
「ジュダルさんは何か使わないんですか?」
「ん? ああ、私の武器はこの拳だ」
前に突き出した拳を得意げに見せて来た。拳が武器? そう疑問に思ったが、先のアインゲール王が言っていた事が頭を過る。アイザック卿と並び称されるジュダルさんもただ者では無いという事を――。
俺は正眼の構えで距離を取り、ジュダルさんは左手を前に突き出して右手を腰の位置まで下ろす。お互いに相手の出方を確認している。
先に動き出したのはジュダルさんだった。その体格からは想像出来ない速力で、右に左にと位置を変えながら間合いを詰めて来る。
その思い掛けない速度に一瞬面を喰らったが、攻撃の間合いにおいて優位なのは俺だと冷静さを取り戻す。通常、剣道三倍段というものがある。武器を手にした者に勝とうと思ったら、三倍の強さが必要と言う意味合いだ。
それに相手は徒手空拳だ。俺が繰り出す斬撃を受ければ、必ず手傷を負うだろう。ジュダルさんは避ける以外の選択肢が無いのも俺にとっては優位だ。次の行動が読めるという点で俺のアドバンテージは高いと言える。
瞬時の内に思考を纏めた俺は、迫りくるジュダルさんに対して牽制の意味を込めて水平に切り込んだ。こうすれば、彼は後ろに下がるか止まるだろう。そう思っていたのに何故? 彼は自分の顔目掛けて飛んでくる刃をぎりぎりまで目視して、すんでのところで頭を下げ刃の下を潜って来た。
「くそっ!」
刃が迫って来るのが怖くは無いのか? 不味い、この距離はジュダルさんの距離だ。俺は一旦距離を取ろうと身体強化で後方に下がろうとした。だが、それを見越していたジュダルさんは同じ速度で俺にぴったりと肉薄してくる。
「動きは素人か……」
彼はそう呟いて、右の拳を俺の腹に叩き込んできた。俺は避けられないと思い、覚悟を決めてその一撃を受けると、俺は大きく吹き飛ばされた。
ジュダルさんの拳は想像以上に重く、皮膚から内臓までゆっくりとした波状の衝撃が伝わった。その一撃を喰らっただけで、意識を刈り取られそうになるのを必死に堪える。身体強化をしていなければ、腹に穴が開いていたのではと錯覚するほどだ。
吹き飛ばされた俺は、地面にぶつかる瞬間に受け身を取り、即座に立ち上がるも腹部の痛みによって片膝をついてしまう。
「ふむ、あの一撃で終わらせるつもりだったが、Aランクと言うのも伊達では無いという事か」
ジュダルさんは俺を観察する素振りをみせる。その表情からは余裕が滲み出ていた。あの一撃が手加減かと俺は自然と苦笑いが浮かぶ。ケタが違い過ぎる、同じ人の身でありながら、今まで戦ったどの相手よりも強い。
「どうする? やめるか? 私はどちらでも構わないが」
「ショウ。もう良いんじゃない? やめようよ」
アインゲール王と共に観戦しているメグミンも、俺を心配して声を上げている。俺はジュダルさんの問い掛けに一度呼吸を落ち着かせながら思案する。
ジュダルさん達にとってこの手合わせに対する利点は何だ? 俺達がこの件に関わったのは偶然であって、今晩の作戦に元々俺達は組み込まれていなかった筈だ。別に俺達が絶対に必要という事は無いだろう。となれば、この手合わせの本当の意味が見えてくる。俺達の脅威を推し量ろうという事では無いのだろうか。
先程のアインゲール王の話し振りからすると、Aランクという肩書は必然的に所属する国の軍事力に直結する。賢者と言われる魔法使いを、各国が取り込んでいるのはその為だ。よって、ミズキは魔法を使えるが余り人目がつく場所では使用を控えている。レイク王都を出る際に火の賢者クライスはその力を他所に取り込まれないかを危惧して忠告してくれていた。
こんな時シンシアがいてくれたらどう動くべきか教えてくれるのにな、とため息が漏れた。政治的な意味を持つこの手合わせに対して俺の選択肢は限られる。歴戦の猛者であるジュダルさんを倒せるとは思わないが、【快刀】を使えば初見で躱すのは難しいだろう。手傷くらいは負わせれるか。それとも、あっさりと負けを認めるのが良いか。
「どうした? 魔人を屠った力はその程度では無いのだろう?」
片膝をついた状態から立ち上がらない俺を訝しんで、わざと挑発的な態度を取るジュダルさん。心配そうに俺を見つめるメグミンを一瞥した俺は決心を固めた。
「アインゲール王に一つお願いがあります」
「おや、おや。急に何だい?」
「俺達が無事に次の目的地に出発出来る事を保証して欲しい」
「何だい? 何だね。保証はすると先程言った筈だけどね」
「いや、そうじゃない。俺があなた達の合格ラインを越えたとしてもだ」
ジュダルさんとアインゲール王は何かを察して互いに目配せをしていた。
「そうかい。そうだね。まあ、そこまで判っているのなら、もう合格点をあげても良いかもね。確かに危惧しているのは君の強さだ。我が国の脅威になり得るのか否か。純粋にジュダル君が君に興味があっての事なのには変わりないけどね。君は軽率な行動はしないようだ。良いよ、保証しよう」
メグミンは話の流れについて行けずに疑問符を浮かべていた。俺に相対するジュダルさんは口元を緩めていた。
「中々に切れ者ですな。という事は変な小芝居は、もう不要かな?」
「ええ、ここからは本当に怪我しても知りませんからね」
俺は立上って再びジュダルさんと向き合った。
長考したかいがあった、この手合わせに関して言えば俺達に利点は一切無い。ギルドで俺のランクを聞いたアインゲール王は、俺の強さをこの手合わせで推し量り、相当な使い手だと分れば懐柔しようとしていたに違いない。それに当たりをつけて、カマを掛けたのが良かった。
アインゲール王との約束は口約束に過ぎないが、昨晩聞いた彼の矜持のようなものを聞かされていたので、この約束は簡単には反故にしてこないだろうと信じたい。
「今度はこちらから行きますよ!」
一呼吸置いて俺は踏み込みジュダルさんへと肉薄していった。
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