九十五.チェキラとの小話
ヴィオラさん達の拠点へと戻った俺達を最初に出迎えてくれたのは、メイドリンさんに捕らえられていた男の子だった。
「どうだった? キャロルは? どこにいるの?」
その子は俺達の背に誰かいないか探るように見ていた。キャロルというのが一緒に捕らえられた女の子の事なのだろう。大分夜も更けているというのに寝ずに待っていた所をみると、その女の子に対する想いが窺い知れた。
「大丈夫。必ず助けてあげるから」
メグミンが横からそう告げると、今後の事について行商人達を踏まえて、ヴィオラさんが説明した後に今晩の為就寝する運びとなった。
チェキラに案内されて、寝室兼休憩室に案内された。寝室と言っても乱雑に床に並べられた布地に身体を預けるだけで、きちんとした寝具がある訳では無かった。他の行商人達に交じって雑魚寝をする形だ。
海猫商店からメイドリンさん達に追い掛けられ、この国のアインゲール王と面会して今晩には、バレンドール達の討伐作戦に加担する。目まぐるしく進む展開に頭も体もくたくただったのだ。
ざっと装備を取り外して横になると俺を呼ぶ声がしたので振り返った。
「なぁ、ショウ。ミズキやガイウスは元気してるっすか?」
いつの間にか俺の傍で寝っ転がっていたチェキラは、眠るまでの少しの間に小話がしたいみたいだった。チェキラと話すのもいつぶりだろうか? ベネット村を旅立って半年以上になる。少しくらい俺も世間話をしたいな。
「ああ、今頃巡礼の義式の為聖堂に籠っているよ。明日の昼頃には戻ってくると思う」
「そうなんっすね。でも、残念っす。さっき、ヴィオラさんが出発は明日の昼にって言ってたっすから、会うのはまた今度って事になるかもっすね」
「また、いつでも会えるよ。チェキラは今までどうしてたんだ? カオル君達には、たまに会ってたんだろ?」
「カオル君達は、相変わらず作物育ててのんびり暮らしてるっす。ショウ達が戻ったらきっと驚く事があると思うっすよ――」
意味深な事を言って黙り込んだチェキラに続きを話すように促そうとしたら、静かな寝息が聞こえて来た。勝手な奴だなと思いながらも、布地を肩まで覆い俺も寝る体制へと入った。
意識が遠のくのを心地良く感じながら、ふとミズキの事を思い出す。
今頃は控室でゴロゴロと暇しているんだろうな。戻ってきたら沢山話す事がありそうだ。メグミンと祭りを楽しんだ事は、言った方が良いかな? ミズキの事だ気にしてない様に強がるんだろうな、きっと――。
次に目が覚めた頃には大通りの賑わいが聞こえてくる頃合いだった。隣で寝ていたチェキラの姿はもう無かった。俺は、身支度を整えて皆の元へと向かう。
廊下を歩いていると正面にはチェキラがいた。
「おっ、今起こしに行こうとしたとこっす。メグミンが起こってたっすよ。ギルドに行かないといけないのにって」
ああ、そうだった。昨夜、アインゲール王……いや、アール氏がギルドに依頼を出すから受理しておいてくれとの話だったな。
チェキラと共に大部屋に辿り着くと、メグミンが呆れた顔で立ちんぼしている。
「ごめん、そんなに遅かったかな?」
「遅い! って言ってもショウはマイペースだからね。もう気にしない事にした」
俺とメグミンのやり取りを見ていたチェキラが唐突に口を割った。
「そういえば、お二人は恋仲なんっすか?」
俺は前触れもなくそんな事を言われて動揺した。
「い、いやいや。俺にはミズキがいるから」
それを聞いていたメグミンは意地悪い表情を浮かべていた。
「えっ、うちの事は遊びだったの? あんなにも肌を合わせて慰めたのに――」
「ばっ、馬鹿を言え。アレは……」
確かにスクラの街の一件で、塞ぎ込んでいた俺に肌を合わせて慰めてくれたのは確かだ。だが、決してやましい事は一切無い。いや、ちょっとだけ迷ったと思うがあれはセーフだ。そう自分に言い聞かせる。
「あー、やっぱりミズキとくっついたんっすね。ベネット村にいる時から、薄々感付いてはいたんっすよね」
あれ? そのセリフどっかっで聞いたような?
「え? それって確かガイウスも似た事言っていた様な。そんなに分かりやすかった?」
「逆に隠していたつもりだったんっすか? 二人共、自然と目で追いかけっこしてたっすよ。カオル君達も知ってるんじゃないんっすかね?」
チェキラのその言葉に隣ではメグミンが首をわざとらしく大きく縦に振っていた。
なんだか急にベネット村に戻りたくなくなってきた。ああ、帰ったら今度はカオル君達にも同じ事を言われそうだ。根掘り葉掘り聞かれるのも辛いものがある。早々に立ち去らないと――。
「それよりも俺、ギルドに行かないといけないから」
「あっ、うちも行く。この子をギルドに保護して貰わないといけないし」
「ああ、その方が安全っすね。今度は追い掛けられない様にするんっすよ」
出掛け際に背中からチェキラの声が聞こえた。
この祭りも最終日。最後のバカ騒ぎといった具合に、大通りでは更に大きな人の川が出来ていた。まあ、流石にこの人の多さでは俺達を探し出すのは至難の業だろう。
俺のその考えが合っていたのか分からないけれど、冒険者ギルドには難なく辿り着く事が出来た。受付に行くと担当者が御用件は? と尋ねて来る。
「俺に依頼が入っている筈なんだけど――」
そこで俺はどう返事をしていいのか思案する。王からの依頼は無いか? と聞けば良いのか。それともアール氏で通しているのだろうか? どちらだろう。
目の前で立ち尽くす俺をみて、受付嬢が助け舟を出して来た。
「あのぅ、ギルドカードを提出して頂ければ確認してみますが?」
ああ、その方法があったな。あまりギルドの依頼を受けないからやり方を忘れてしまっていた。すっとカードを提示すると、依頼内容を確認した受付嬢が慌てた様子で俺達を奥の部屋へと案内してくれた。
通された部屋には、見覚えのある仮面を被った浮浪者の出で立ちの人と、顔中傷跡が残ったスキンヘッドのガタイの良い男の二人がいた。
「やあ、やあ。早かったね、今依頼を出し終わって、マスターと小話でもしようかとしていた所だよ」
アール氏はテーブルに置かれたティーカップを上品に口に運んでいた。それに引き換えアール氏の対面に座るスキンヘッドの男は、俺達を一瞥すると疑り深い口調で話し出した。
「ほう、その優男が今回指名した者達ですか。受付からその者の資料を拝見しましたが、Aランクに該当する実力があるとか、何でもレイク王国に現れた魔人を討伐したと書いてあります」
「それは、それは。Aランクと言えば、代表的な東の獅子アイザックに、西の野獣ジュダル、北の天女フィオに匹敵する力があると言えるね。中央の――彼は別枠だね。まぁ、ジュダル君から見て彼はどうだい?」
「なんとも言えませぬな。拳を合わせてみない事には……」
何やら不穏な空気に部屋が覆われてしまった。ただ依頼を受けに来ただけだと言うのに、恐らくギルドマスターのジュダルさんといつの間にか手合わせする流れになっている。
アインゲール王が紡いだ言葉には聞き覚えのある名前があった。アイザック卿に、ハピアの母親の名前であるフィオ、それにアインゲール王から名前を呼ばれたジュダルさん。このジュダルさんが野獣ジュダルと言われる人であれば、俺には荷が重すぎる。
「あのー、話が見えないのですが?」
「いやね、いやね。このジュダル君が君に嫉妬しちゃってさ。どこの馬の骨とも分から無い冒険者に依頼するよりも自分に言ってくれれば良いのにと、拗ねちゃったんだよね。大きな図体して心が狭いよね」
なんだよ。このスキンヘッドのジュダルさん可愛げが高いな。
「そこまで言っておりませんぞ。ただ、模擬試合をしてみても良いかもと進言しただけです」
そう言うジュダルさんの目には明らかに俺へ向けた対抗心が宿っていた。可愛い。いや、顔は怖いけど。
どうやら模擬試合とやらは避けられそうにない。俺はその場の流れに身を任せる事にした。元々、アインゲール王は俺達が現れる前から、人身売買を止めようと画策していたのだ。俺達でなければいけないという事は無いのだろう。より力が勝る方を今晩の作戦に組み込むと言うだけの事。
試合に負けて作戦に参加できなかった場合、結果が知れないというのは心残りだけれど、危険な戦闘を回避できたと考えれば良い。
俺達の旅の目標はあくまで、皆無事にベネット村に帰る事なのだから。
「わかりました。怪我をしない程度なら、宜しお願いします」
ジュダルさんは僅かに口角を上げてのっそりと立ち上がった。
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