九十四.王の務め
机を囲む俺達に顔を見渡すアール氏は、一呼吸息を吸ってから話し始めた。
「良いかい? 良いよね。僕がその事に気付いたのは二年くらい前、明らかに値が張るような品じゃないのに熱烈に買い求める者がいたからなんだ」
メイドリンさんが過去に取引を行ったのは三回だと言っていた概ね相違ないだろう。人の記憶というのは長く生きれば生きる程、年単位のズレ等些細な事だ。
「それで、それでね。秘密裏に調べてみると、ある貴族の名前が浮上して来た訳だよ。昨年の祭り時に彼の動向を探っていると、見事に大当たりだったよ」
得意げに話すアール氏は、喝采を求めてかそこで話を切った。仕方なしと思い、大げさに称えると気持ちが良くなって再び話始める。
「うん、うん。その貴族の名前は『バレンドール伯爵』、公務でも顔を合わせた事がある人だったなんてね。僕も驚きさ」
「そこまで分かっているのなら、直ぐにでも押しかけたら良いんじゃないんですか?」
メグミンが疑問に思った事を尋ねる。俺も気になっていた事である為、その問いには同調した。アール氏は俺達の疑問に対して、深く溜息を吐いて左右に首を振った。その様子を見て、ヴィオラさんが変わりに説明してくれる。
「そう簡単な話では無いんだ。バレンドール家と言えば、この国の建国時からある家系で発言権も高い。したがって、大々的な摘発は色々と難しい。ウォータリア王国の暗部も知っているかもしれないしな」
「そうだよ、それだよ。外交政策においては、国の弱みを他国に知られるのは好ましくない。例をあげれば北の女王が崩御した事で、ウィンティア王国はしばらくの間大忙しさ。それに漬け込んで、聴覚の鋭い野兎とかは群がるものだよね」
アール氏はヴィオラさんの方を一瞥する。対するヴィオラさんは何の事か分からないと言った態度で両手を軽く上に挙げていた。アール氏の耳にもオルタナの死が耳に入っているという事は、各国の上層部には既に知られていると思った方が良いだろう。俺も領地を持てばそう言った事に気を回す必要がありそうだと心にメモを取った。
「まあ、まあ。少し話が脱線したね。そのバレンドール伯爵には下に義弟が居てね、彼はとても優秀なんだよ。妾の子という事で表にあまり出て来ないけどね。そこで――」
先程までの陽気な声色が段々と低く変り、アール氏の表情もぐっと引き締まった。
「そこでバレンドール伯爵には不慮の事故に遭って貰う。その空いた椅子に義弟を継がせる手筈になっている。彼とは既に話が出来ているから問題は無いだろう」
その一言で背中にぞくっと嫌な雫が流れる感覚があった。バレンドール伯爵は確かに人攫いを行い、売買を繰り返して来た悪者である。
しかし実際そこまでしなければいけないのか。レイク王のように僻地に左遷するとか方法はあるのではないだろうか。
「他に方法は無いんですか?」
「私も永く考えて決めた事だ。今は自国の僻地で人攫いを行っているが、これが他国で行われるようになればどうなると思う? 答えは国同士の戦争に発展していくだろう。そうなれば、万単位の民が戦火に巻かれて不毛な死が訪れるだけだ。それを一人の命で抑える事が出来るならば……」
「俺は今回の取引が最後だと耳にしました。それでも当人を亡き者にするという事ですか?」
「ああ、先程教えてくれた事だな。だが、海猫商店の番が終わったとしても、第二第三の加担者が現れるだろう。元を正さねばならないのだよ」
苦虫を潰した表情で改めて自身の決断の再認識を行うアインゲール王を、ただ見ている事しか出来なかった。レイク王国へ帰り、領地を得た先で統治するにあたって俺も、何かを天秤にかける日が来るのだろうかと考え込んでしまった。
数分程経過して漸く心の整理がついたアインゲール王は、肝心の計画に話を移した。
「私の兵がバレンドール伯爵を常にマークしている。恐らくオークション会場にも足を運ぶ事だろう。明日の祭りが終わる真夜中……いや、もう日が変ってしまっているから、つまり今日の夜、何処かで品物の受け渡しがある筈だ」
「私達は何をすればいいんですか?」
先程人手が多い方が良いと言っていたのを思い出して、俺はアインゲール王に尋ねる。
「取引には相手も相応の警備を置いている筈だ。それの討伐組及び攫われた子供の保護に加わって貰いたい。君達は装備を見るに冒険者なのだろう? ギルドの方へは秘匿に発注を出しておくから昼にでも寄って受注しておいてくれ」
「分かりました。あの……一つ伺っても宜しいでしょうか?」
アインゲール王は何事かと訝しむ表情をして俺に話の続きを促す。
「どうして、余所者の俺達にバレンドール伯爵を殺せと仰らないんですか?」
余所者が強盗紛いに金持ちを捺そうなんて事は、ありそうな話だし何しろ王自身の心労は軽くて済む。どうして、根回ししてまで自分の手を汚そうとするのか俺には答えが出なかったのだ。
その問いかけに対して、アインゲール王は失笑を浮かべて陽気な口調で答えてくれた。
「それは、それはね。冠を被る時に僕が決めた事だからだよ。どんなに辛い決断だったとしても、決めなくてはならない。そう、自分で決めるんだ。結果どうなるか全てを受け止めるのは王としての務めだよね」
それから俺達は細かい打ち合わせを行い、昼過ぎにまたここで落ち合う約束となった所で今回は解散した。
元の宿屋には帰れない俺達はヴィオラさん達が拠点としている建物へと間借りさせて貰う事になる。
その帰り道、ふとヴィオラさんとアインゲール王の距離感が気になった。ヴィオラさんとは何者なんだろうか? アインゲール王とは随分親しそうに見えたけど……。そう思っていた矢先、俺の疑問を代弁してくれるチェキらがいた。
「それにしてもヴィオラさんが、アインゲール王と知り合いだったなんて知らなかったっす。求婚されていたみたいですけど、どんな間柄なんっすか?」
「んー、ああ。チェキラは知らなかったか? やつの許嫁だったんだ。まあ、私は貴族社会に辟易して家を飛び出したがね。遠い昔の話さ」
ヴィオラさんは空を見上げて煌く星空を眺めながら、感慨深く目を細めていた。その横では、チェキラがうなだれている。
「えっ!? ちょっとヴィオラさん。結構俺に言ってない事多い気がするんっすけど?」
「秘密は多い方が商人は優位に立てるって、前から言っているだろう」
簡単にチェキラをあしらう光景が、これから訪れる騒動とは掛け離れていてメグミンと共にくすりと笑みが零れた。
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